6話 三日目
「あーくそ、どうすっか」
セイは獣の巣穴から戻った翌日、今後の方針で悩んでいた。
ダンジョンに挑んだ結果、魔物の数が多すぎて攻略は難しいと感じたからだ。
数が多いというのはそれだけで脅威となる。人間で言う剣術でも片方が攻撃を受け止め、その隙にもう片方が攻撃するという単純かつ最強の戦法を正面から破ることは非常に困難だ。
魔物であっても同じだ。前方の魔物の動きを観察しているうちに他の魔物から攻撃されればセイには避けられない。それを何連戦もこなすなら猶更だ。
魔術ならば大量の敵を一度に葬れるが、セイの魔力も無限ではない。
もちろん、だから挑まないという選択肢はないのだが。
攻略法がまとまらず、とりあえず朝食に向かう。
「えー!本当ですか」
階段を降りていると、ミラの声が聞こえてくる。
「ええ!これでもA級の天才冒険者ですからね。その程度のダンジョンなど朝飯前ですとも!」
「わぁあ!ありがとうございます!これでも村のみんなも安心です!」
誰かと話しているようだ。階段を降り切ると、受付にはミラの他にもう二人、金髪のセイと同い年くらいの少女と黒髪の怖そうなおじさんがいた。
「いつまでも攻略者が現れなくて、みんな不安だったんで……あっ」
セイが一階に降りてきたことに気が付くと、ミラはバツが悪そうな顔をして気まずそうにそっぽを向く。
……気まずそうにすることではないと思うのだが、何事か察しは付く。二人組は凄腕の冒険者で、ダンジョンを攻略に来たのだろう。攻略できるかも分からない田舎者や新米よりも、熟練の冒険者がやってくれるほうが安心だというのはその通りないので、セイも責める気は無い。
ダンジョンの攻略に順番など無く、早い者勝ちなのだから。
「おや?どうしたんですか、そこの駆け出しっぽい格好の少年君」
文句はないつもりだったのだが、どうやら顔に出た言葉は違ってしまったらしい。
「いえ、なんでも。危険なダンジョンが早急に駆除されるのはいいことです」
「あ、えっと……その人はこの間ダンジョンを攻略に来た人でして……」
「ふむふむ、同業者でしたか。あー……そうだ!なんでしたら一緒に攻略します?」
そういう同情はいらない。
「……スレイ。俺らは手を引くぞ」
「え?いいんですか?」
「どうせ暇つぶしに来ただけだ。それに大した稼ぎにもならん。駆け出しの手柄を奪おうとも思わん」
「あーそれもそうですね。でもライオスさん。私暇になるんですけど……あ、そうだ!じゃあ私が彼に稽古つけてあげましょう」
「お前が?出来るのか?」
「任せてください!駆け出しの面倒を見るのも私たち上級冒険者の役目ですからね!」
「……そうか。まあ勝手にやれ。俺は武器の手入れでもしてる」
ライオスと呼ばれた男性は席を立ち階段を上っていく。すれ違いざまに見上げるとかなり身長が高い。百八十はありそうだ。
あと目が怖い。
「で、どうします?稽古をつけてあげましょうか!?」
「えー、独学なので助かります」
その女性の言葉は立派なものだが、どこか大人ぶっているようにもみえた。なんにせよ渡りに船なので稽古をつけてもらうことにした。
後悔した。
村からほどなく離れた位置にある森、肉が叩かれる音が響いていた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……ぎゃっ!」
「腕だけで振らないのはいいですが、それを意識しすぎて動きが硬くなってますよ!」
突進するように剣を振り下ろすセイが簡単に転ばされ地面に叩きつけられる。
立ち上がったセイは再び木刀を振るう。重心の動きを意識し腰を起点に体を動かす。腰の動きで肩を動かし、肩の動きが連動して腕を動かす。
しかし確かに不格好だ。まだまだ未熟な身でありながら正しい剣の振り方を意識するあまり、かえって腕だけで振る方が速いという本末転倒な事態を引き起こしている。
剣戟を重ねても彼女は一歩も動かずセイの剣を捌く。高い能力値に任せた防御ではない。セイにも自分が流されるように地面に倒されていることから相手の力量の高さ……自分よりはるかに高みにいるのだと感じていた。
(分かっていたけど俺って剣術が下手だなぁ……まだ剣を持って三日目だし、そりゃそうだけどさ)
基本的に、技術の習熟度とは打ち込んだ時間に比例する。それは地球でも、ステータスシステムのあるこの世界でも同じである。
他の人が料理や荷物の運搬、事務や書類仕事、工業や農作業に打ち込んでいる時間、自分は剣を振り魔物と戦っていれば、その分魔物と戦うことに習熟していくのは道理だ。
剣を振っている時間が積み重なるたびにより早く鋭い剣の使い方が身につき、咄嗟の事態にも考える前に積み重ねた経験から最善手を導き出せる。
才能の高さに関係なく、積み重ねた時間は血肉となるのだ。
なので、高い才能もなく、対して時間もかけていないセイが剣術に秀でていないのも道理だろう。
しかし、だからといって何も手を打たないというわけにもいかない。普段のセイは剣術だけでなく魔術も使うのだから。
一歩くらいは動かしたい。
「おっ?」
スレイが驚きの声を上げるが、セイは無視して魔力を集め魔術陣を四つ起動する。空気中の水分を集めて効率的に水の塊を作り、水の塊を繋げて巨大な鞭を作る。
「【水蛇鞭】」
水で出来た鞭は踊り狂う。余波だけで樹々をへし折り地面を凹ませ、独自の自我を持つ蛇のように身をしならせ、胴体で少女を囲い、かみ砕くように襲い掛かる。
しかし、スレイが文字通り水面を切るように剣を振るうと、水の鞭はただの水に戻り、完全に形を失い雨のように地面に落ちる。
そして、スレイの体には水が一滴もついていなかった。
「魔術も使えるんですね。いいことです。私は使えませんが水や火種を作るのに重宝しますからね」
「……いまの、結構自信あったんですが。今のは武技ですか?」
「いえいえ、ただの技術ですよ。どれほど大規模な攻撃でも、守るのはいつだって自分一人、人間一人分です。なので大したことではありません」
言っていることは分かる。相手が山の様な巨大な攻撃をしてきても、自分が守るべきは自分一人であり、当たらない攻撃は無視していいのだ。
しかし、セイにはその難易度を思えば机上の空論としか思えなかった。
目の前でそれをやられてなお、受け入れがたいほど衝撃的だ。
「まあ、気を落とすことはありませんよ。今の魔術でもランク5くらいの魔物までなら一撃で倒せるでしょう」
「余裕で躱した人に言われると反応に困りますね」
剣術はともかく魔術は自信がそこそこあったので残念だが、まあ一歩は動かすという目標は達成したからいいだろう。
……いや、ちがう、よく考えると一歩は動かせたのではない。
最初の位置から一歩しか動かずに、全ての水の鞭を躱したのだ。
「剣術に限りませんが、接近戦で大切なのは足捌き、歩法です」
最初の位置から動かなかったスレイはそう言うと、一瞬でセイへの間合いを詰める。
セイには全く見えなかった。予兆など無く、強いて言えば前に倒れるように体が揺れたと思った次の瞬間には強く踏み出し、気が付けばその綺麗な顔が目の前にあった。
「遅い!」
「……が、ぁっ!」
突き。
手加減はしていても一切容赦のない強烈な突きがセイの腹に突き刺さる。
痛みと共に腹部の筋肉が萎縮しうまく呼吸が出来ない。偶然か狙ったのか、息を吐いた後だったのも重なり酸素が足りず意識が遠のく。
「戦いの最中に寝るな!」
「ぎゃっ!」
横なぎの一閃。
咄嗟の防御も間に合わず、木刀がセイの右腕に叩きつけられる。骨が折れたんじゃないかという程の痛みと共に吹き飛ばされる転がされる。
真剣なら死んでいた。
いや、木刀でも殺されるんじゃないという確信が持てるほどのしごきだ。
稽古という言葉の意味を聞きたくなってきた。
思わずセイは距離を取る。圧倒的な強者を相手に間合いを取るのは良い選択だ。相手の癖などの動きを見るにも回避の余裕を作るためにも役立つ。
しかし。
「逃げるな!」
「ひゃあ!」
スレイに一喝にセイの身が縮こまる。
殺気。威圧感。オーラ。魔物から浴びるものとは違う、セイが生まれて初めて味わう圧力。
闘志とでもいうべきものを全身で浴びてしまい、全身が萎縮し動けない。
「距離を取るのは構いません。離れれば離れるほど安全になりますからね。しかし、ただ怖くて逃げるのは意味が違います。剣を持ったならば生存の本能を捨て、意識全てを戦うために切り変えなさい」
「……はい?…………は、はい!」
ちょっとハードル高すぎるんじゃないかと思ったが、よくよく思えばスレイの言っていることはセイの求めるものそのものだ。
戦いとは何か。戦うとは何か。戦う者とはないか。その答えに彼女はたどり着いてる気がする。
「まだやりますか?」
「も、もちろん」
すでに前世を通しても人生で一番ぼろぼろだが、セイは立ち上がり再び剣を構える。
目の前の同い年にしか見えない少女が自分よりも遥かに強いことは十分に理解している。
そして同時に、そんな人から対価も請求されずに稽古をつけてもらえるということがどれほど貴重なことかも理解している。
ならば、強くなるためにも、少しでも長く殴られなくては。
「よろしい!それでこそ私も剣を振る力が入るというものです」
とても嬉しそうだ。
いままで教え子全員に逃げられでもしたんだろうか。
「どんな攻撃で殺せるか、ではありません。どうすれば相手は死ぬのか、が重要ですよ」
「うわっ!……どわっぁ!」
そこから稽古はさらに苛烈になる。スレイは足をかけセイは転ばされ、頭部が突き刺さる位置に剣が置かれている。
セイは間一髪で頭部を横に避ける。
「傍に水辺があれば着き落として溺死させるほうが確実だし早いです。もちろんつべこべ言わずに剣で切るほうが早いこともありますが、そこはまあ自分の実力と相談ですね」
「はっ、はい!……あいたっ!」
セイでも受け止められる程度の剣速と威力を出してきたと思ったら、巧みに場所を操られ、先ほどセイが壊した木の破片に足を引っかけて転ばされてしまった。
その後もしごきは続き、セイは切り傷塗れになった。
稽古が終わったのは、日も暮れて呆れ顔のライオスが迎えに来た時だった。
「はっはっは!だめだめでしたけど、目を瞑らないのはよかったですよ!」
「お前はどんだけ厳しくしたんだ。坊主。どうだった?そいつの稽古とやらは」
「強かったです……それに、こわかったです」
「そうだろう。大変だったな。そいつは教えるのが下手だからな」
「む、下手とは何ですか下手とは!」
「お前のは剣術とは言わん。うちの傭兵団の中でも何人も自主脱退に追い込んでるだろ。ああ、そうだ坊主、飛び道具も身に着けておきな。魔術だけじゃ魔力がなくなったら何もできなくなる。弓術が理想的だが、その辺の石を投げつけるだけでも十分だ。あと剣が折れた時のつなぎとして格闘術もかじっておけ」
「はい……ありがとうございます……」
「むー、眠そうですね。そんなに疲れたんですか?」
「そりゃそうだろう。なんで朝飯も昼飯も食わずに十時間もぶっ通しでやってんだ」
「戦場ではそれくらいよくあることですよ?」
「ねえよ。大抵のやつはその途中で死ぬ」
村に帰ってきたセイはスレイに連れられて食堂にいた。
稽古で体力を使い果たしており、ミラが食事も持ってきてくれなければ食事を運ぶだけで疲れて寝てしまったからもしれない。
「あの……お二人とも、傭兵なんですか?」
「ああ。本職はな。だが最近大きな戦が無いせいでどこも俺たちを雇わねえんだ。だからその間は冒険者をやってる」
「私たちを雇うとなると大金がかかりますし、なにより相手へのおどしにもなりますからねー。小競り合いで雇われるのは質の低い傭兵だけです」
「名が売れすぎるのも考え物だな」
「まー向こう五年以内にはおっきな戦がまた始まるでしょうね。今から腕が鳴ります!」
「ほどほどにな。……って、この坊主寝ちまいやがった。スレイ、部屋に運んでやれ」
「はーい!了解であります副団長!」
「その変な口調やめろ」
「……起きて、ます……ぐぅ」
セイは部屋に運ばれベッドに寝かされる。
「おやすみなさい。……ちょっと強く叩きすぎちゃったかな」
意識が朦朧とするなかで、その言葉に声に出せずに心の中で同意する。
(……たしか、回復魔術ってのが、あるはず……えーと………………)
このままでは明日は確実に動けなくなる。時間制限がある中、動けなくなるのは痛い。
そのためセイは魔術で体を回復させることにした。
傷の修復や人の治癒能力の強化ではない。寝ぼけた頭でセイは『疲労』や『負傷』、『穢れ』や『負の生命力』といった概念をとらえ、それらを体から抽出し中に放り投げる。
寝ぼけていく意識の中で、確かにセイは回復魔術を行使していた。
「んー!よく寝た。おー、傷もちゃんと治ってる。」
翌日、セイは起きると体に異常が無いことを確認すると、元気よく階段を降りていった。
「おはようございます!」
「はいおはよう、でももうお昼よ」
「え?あっ、本当だ。太陽が高い」
「それと、あなたにお客さんよ」
「俺にですか?」
ミラが指さす方を見ると、見覚えが何となくある人が座っていた。
「あ、あの!あなたに助けられたもので、ララと言います。この間は助けていただきありがとうございます!」
「ああ、この間の。いやいいよ。当然のことをしたまでだから。それよりけがはない?もう動いて大丈夫なの?」
「はい!おかげさまで怪我一つありません。……そ、それで、なにかお礼を思っているのですが……」
「お礼?別に要らないけど……あ、じゃあ荷物持ちをお願いしたい」
「荷物持ちですか?任せてください!」
四日目、セイは再びダンジョンに向かった。




