59話 シティコア
トランライクで奴隷にされた獣人を助けた後、セイの姿は北西に少々進んだ魔境の奥地、地元の冒険者からはナタス火山と呼ばれる山にやってきた。
「実験実験、楽しいなーっと」
火山の底面の中心あたりまで土属性魔術で削り進んだ場所で、セイは体内からある物質を取り出し、胸の前に掲げる。
形はほぼ完全な球体。大きさは握りこぶし程度。内包する魔力は極めて膨大。素材はセイの肉片。
その名はシティコア。ダンジョンコアであるセイの肉片を作って作り上げた新しいダンジョンコアだ。
「都市創造」
一言呟くとシティコアが輝き、景色が急速に変化する。
今のセイは【神格:迷宮神】を持つダンジョンの神、【ダンジョンコア接続】しか持っていなかった頃とは腕前が文字通り人と神ほどに違う。火の神が術ではなくオーラの様に火を纏い操る様に、セイはダンジョンを意志のままに生み出し、操る。
シティコアはダンジョンコアから作った下位互換の核だが、同時に拙い作りだからこそダンジョンコアよりも人間の生活に適した世界を構築できる。
ダンジョンの創造とは極小の世界の創造であり、ダンジョンマスターとは魔力というリソースの限度はあれどダンジョン内部を意志のままに操る全知全能の存在。完全に閉じてしまえば異世界転位の術でも使わなければ出入りできず、無限の魔力があれば生命でも精密機械でも何でも作れる創造力を持つ。
しかし、人間の居住区域と考えれば過剰なものだ。外界との区切りは空間断層ではなく土や空気で賄い、ダンジョンマスターの創造力を気候操作程度にまで抑える。その代わりに核を破壊されても崩壊しない、お手軽で安全な簡易なダンジョンが作れる。
「大枠はこんなもんか」
少しの時間が経過し、火山の内部に空洞が出来上がった。
物理的に陥没しないほうがおかしいほどにくり抜かれ、内部の気温や湿度は風通しのいい平野と同じ。物理的に火山の土が外部との繋がりを遮断しているため日光は入ってこないが、内部の上空には太陽光を放つ光球が浮かんでいる。
そんな物理的にあり得ない光景に自分で作っておきながら奇妙な景色だと感じながら、便利だからいいやと気にせず、続いて居住区域を作っていく。
「……獣人の家ってどんなだろう……まあ適当な集合住宅でいいか……いまいち、やり直し。住宅街はもう少し右で……こっちには畑でもあればいいかな。肉は外に行けば魔物がいるし。あとは何かなー……集会場とか?」
体内に避難させている獣人たちを表に出して故郷の様子を聞けばいいと気が付かず、独り言を呟きながら作業を進めていく。
その速さは異常に早い。脳内に思い浮かべる景色が即座に現実に反映されるため、夢でも見ているかのように家が作られ、かと思えば消え、道が浮かび上がっては消える。寝起きの寝ぼけた頭が覚醒するように、街が形を成していく。
「……俺ってセンスないよぁ……結局は以前見たものの真似になる」
いろいろといじくりまわした結果、以前訪れた村のコピーに落ち着いた。
仕方のない事だ。セイの知識に獣人の実生活など無いし、難民の一時避難先など知らない。保護した獣人の数は全部で五十程度。この人数が生活できる村があれば十分なので、これが及第点なのだ。
「お前たちも、なにか気になることがあれば助言してくれてもいいんだぞ」
「え?い、いやぁ……私は人間の街とかよく分からないので……」
「我も知らん。それよりも外で魔物を食べてくる」
「ロダン様!お供します!」
「……だろうな」
セイに取り憑いている龍神たちに役に立たない奴らめと舌打ちしながら、最後に調整をして体内にいる獣人たちに声を掛けた。
セイの体内にある特殊なダンジョン『体内世界』で獣人たちは今後について話し合いをしていた。
「じゃあ、あなたは本当にあの男のことは何も分からないのね」
「うん……ごめんなさい」
「謝ることじゃないわよ。……でも、困ったわね。打てる手が何もないわ」
そして一瞬で終わってしまった。
彼女たちは故郷を襲われ奴隷にされた獣人。今までどう言う目にあったのか、今まで何をしていたのか、あの街にいなかった他のみんなについて知っていることなどの情報を共有した。
その後は自分たちの今後について、ひいては自分たちを助けてくれたあの青年と、今自分たちがいるこの謎の空間及び青年の能力について知ろうとするのは当然だ。
「私……売られる寸前に逃げ出して、追っ手に捕まる寸前に助けてもらって……何でもするからみんなを助けてってお願いしたらすぐに街に向かってくれて……だからごめん、腰を据えて話したこともなくて、本当に私は何も知らないの」
しかし唯一セイと言葉を交わしたリンクスですら持っているセイの情報は皆無に等しいので、何も話が発展しないのだ。
「あいつ、何者なの?助けてくれたから悪い人じゃないと思うけど、私たちを助けた理由が分からないわ」
「そうね。そもそも私たちを奴隷にしたのはハイディ教。なら私たちを解放するのはハイディ教と敵対することと同じよ。だと言うのに、そこまでのリスクを背負ってまで、なぜ?」
「腕っぷしもかなりのものだったね。私たちが手も足も出なかった騎士たちや冒険者たちを余裕で倒した姿は見ていて爽快だったもの。うちの戦士長より強いのは間違いなんじゃないかな」
「この空間が気になる。空間属性のマジックアイテムだと思うけど、神話級のマジックアイテムの『異界へ繋がる虚』でも持っているのかな」
「何にせよ、それほどの実力者に助けてもらったのはヴィーナの導きとしか讃えようのない幸運だけれど、何の見返りも求めない好意に甘えるほど、私たちはもう人族を信頼できない。早々に縁を切ったほうがいい。
ただ、今の私たちが無力なのも事実。せめて故郷が本当に無くなったのか確認したいけど……、優先するべきは子供たちの未来だし、高望みは止めておいた方がいいわね。私たちに次の行き場はないから、獣人差別の少ない場所に出してもらえるように頼んでみることにしましょう」
それがいい。と獣人たちが頷く。
自分たちの故郷は滅んだ。認めたくないが、彼女たちにははっきりと故郷が砕かれ炎に沈む光景をはっきりと覚えている。
彼女たちの人数は五十人。そのうちの半数はまだ子供であるがゆえに現実を理解しきれておらず、大人である残りの半数も現実を受け入れられているとは言い難い。
しかし、ここまで衰退した自分たちが生きていくには、落ち込んでいる暇はないということも理解していた。
ここからは皆で力を合わせ、一致団結して、そう考えていたところに待ったがかかる。
「となると、集団の意思を決定するリーダーが必要だな」
不快な声に皆が眉を顰めるが、声を上げた犬系獣人種の男は気にせず話を進める。
「こんな時こそ結束が一番大切。で、マリベル。お前は長の娘だが、故郷がなくなった今でもそんなことを気にするのはおかしな話だろう?なら、この中で唯一男であり五体満足の俺がリーダーになり、ハイディ教に復讐を――ぎゃふん!」
「死ね、種無し男」
「ケルとオルが腕を失ったのは戦ったからだ。その間、お前は何をしていた?真っ先に逃げた獣人の面汚しが!」
勝手な言い草に一瞬で沸点を超えたリンクスとルリススは必殺の拳がワッグに突き刺さる。
回転して飛んでいく様は見事だ。
「戦うことすらしなかった負け犬め」
「子供たちを安心して育てられる場所を探すって言ったばかりだろ、聞いてなかったの?」
セイが居れば「負け戦と決まれば降伏して体力を温存し、未来に希望を繋げるのは間違ってはいない」と口出ししたが、獣人の価値観としては真っ当なのだ。
この世界では男性の立場が強い。正確には、邪悪な魔物と戦う戦士の立場が強い。そして肉体的に頑丈なのは男性であるため必然的に男性の立場が高くなる。
しかし、それはいざという時に戦うからこそ尊敬を集めるという話。負けることは許容されるが、戦うことからすら逃げる者には非常に厳しいのだ。
ましてや獣人は人族よりも肉体的に人族よりさらに頑丈かつ高性能であるため戦士に向けられる尊敬と、それを放棄したときの失望は極めて大きい。戦いから逃げるものは子供を作る価値無しという意味を込めて種なしと呼ばれ蔑まれるほどだ。
「はぁ……不快な邪魔が入ったけど、意思の最終決定をする役目は誰かが担わないといけないのは事実ね。あと、あの男と会話する役目」
「あ、そうだ!マリ姉!実は私、みんなを助ける条件に人体実験をさせられることになってるの。だからついでにあの人との会話係もするよ」
「は?」
リンクスの言葉に獣人たちの言葉が止まる。
人体実験。獣人というファンタジーな生き物でもこの良くて中世の世界に生きている以上、その知識と意識もそれ相応だ。増してや獣人の自治区として隔離されていた彼らは当然教養はさらに低い。
「まさかあいつ、悪魔崇拝者だったの!?」
「リンクス!私が変わるからあなたがそんなことをする必要はないよ!」
彼らに治験の概念すらない。人体実験とは怪しげで邪悪な薬品や魔術で邪悪な神を降臨させる一環の様なものだ。とても受け入れられない。
「あはは。きっと大丈夫だよ。私のユニークスキル【悪心察知】と【童心察知】のこと、みんな知っているでしょ。大丈夫大丈夫、悪い人じゃないよ」
「リンクスは楽観的過ぎるが……私も心配はしなくていいと思う。実験素体が欲しいなら奴隷を買えばいい。だと言うのにわざわざ我らを助けたのだ。取り返しのつかないことにはならないだろう。恩人の事を悪い言うものでは無い」
「でも!」
「そんなことを言って!もし死んだらどうするのよ!」
「命を助けてもらったんだから命くらい上げてもいいじゃんか!」
空気が悪いくなっていくなか、上空からセイの声が落ちて来た。
「おーい。街ができたら出すぞー」
全員の意識が揺らぎ、ぴょーんと外に放り投げだされた。
「なにこれ遺跡?」
「ここ、洞窟の中?いや、でも……故郷より快適……?」
「え……えっ?どういうこと?上にあるのは太陽?」
「五年くらいは此処を本拠地にするから、好きにしていいよ。欲しいものがあれば言うように。あと他の奴隷にされた人も探すけど、ちょっと時間がかかるのは理解してね」
獣人たちが愕然とする中、セイは作ったばかりの自宅に帰ろうとする。
「あっあの!」
そんなセイを呼び止めるのはリンクスだ。セイに助けられ、セイに助けを乞うた少女。
その顔は信じられない者を見る目でセイを畏れている。
「なんで……なんで、此処までしてくれるんですか?」
「助けてって言われたからだよ。俺は人攫いを糾弾できるような真っ当な人生は送っていないけど、困っている人を助けるのは当然さ。その人が前を向く意志があるなら尚更。
もちろん。俺は聖人君子じゃないから、攫われた奴隷たちを助けるのが俺にとっては簡単なことってのも、君が可愛いから贔屓にしたのも理由の一つだけどね」
何ら気負うこと無く言葉を返すセイに、リンクスの眼が畏れから尊敬に、そして獣神の神像に向ける様な目に変わっていく。
「このご恩は必ず」
「楽しみにしているよ。あとで実験するから準備が出来たら言ってね」
こうしてセイは火山に住み、一年の時が流れたころ、リリから召集の手紙が届いた。
街づくりに忙しいからパスって返信したけど、ダメだっただろうか。




