58話 街を襲う赤熱
トランライク。トトサワルモ地方の東南部に設立されたこの街は獣人の自治区を含めた一帯を監視するために作られた商業軍事都市だ。
人口は十万人程度、その名の通り軍事力を商品とする都市であり、平時は周辺の街に傭兵の様に兵士を派遣し、万が一の時に獣人の氾濫が起こったら鎮圧するために存在している。
そんな街の中心にあるひときわ大きな館ではトランライクの領主がハイディ教から派遣された聖騎士の男に詰め寄られていた。
「ですから、今すぐにお逃げ下さい!【暴竜】が近づいて来ているのです!奴を街に入れてはなりません!最低でもニ十キロは離れた場所でなければ街に被害が出てしまします!!」
必死の形相で詰め寄る聖騎士を領主は笑い飛ばす。
「はっはっは!また大げさな。悪名高き【暴竜】が何の要で我が町に来たかは知らないが、いきなり攻撃をしかけてくることは無いだろう。第一、我がトランライクの外壁はこの国で最も堅牢。A級冒険者であろうと破れなかった実績もあるのだぞ」
領主の男は冗談を聞いたような反応だが、本来なら領主の方が正しい。
なぜなら、街の外壁とは敵からの進攻を防ぐためにあり、また防げると判断された水準で作られるからだ。
この世界にはステータスシステムが存在するため、誰でも鍛えれば超人的な力が手に入る。
技を鍛えればスキルレベルが上がり、魔物を倒せば能力値が上がる。才能がなくとも努力すればだれでも熊程度なら剣や槍といった原始的な装備で倒せるようになれる。地球の常識で言えばまさに超人と言っていいだろう。
しかし、この世界ではその程度の超人は常識の範囲内であり、当然そんな熊を倒せる能力値と戦闘系スキルを習得した戦士が攻撃してくることを想定し、その攻撃を防げるから外壁があるのだ。
どれだけ強くとも、たった一人の攻撃で外壁を破壊など出来るはずがない。
それにトランライクの外壁はハイディ教の技術者に造らせた一級品であり、対魔力、対物理の両方に優れ、中でも外門は山さえ両断するA級冒険者でも破壊できなかった自慢の門だ。
「そのような常識で語れる生き物ではないのです!あの男は!私はあの戦争ではチヨウ国側に派遣されていたので直に見ているのです!あの男の恐ろさ――」
「うん?なんだあれは――」
聖騎士が尚も説得を続けていると、蹴り飛ばされた外門が領主の館まで真っ直ぐ飛ばされ、館が粉砕された。
「……ううっ……なにが……」
聖騎士が目を覚ますと、そこは瓦礫の海だった。
高さ三十メートル、横幅十五メートル、奥行き一メートルの分厚く頑丈な外門は蹴り飛ばされるがまま等速に運動し、直撃した館は衝撃で木端微塵。勢いを落とさず街の反対側にまで破壊し草原のどこかで止まったようだ。
「……っぁ……ぃっ……」
目の前には瀕死の領主。
咄嗟に庇った甲斐はあったようだが、ハイディ教でも高位の回復魔術の使い手に見せなければ長くないだろう。
ゆえに、聖騎士は領主の首を刎ね飛ばした。
「聖騎士様!ご無事で――ええっ!?」
夜中だというのに起こった騒ぎに気が付いて駆けつけた部下の神官戦士、神官騎士たちはその蛮行に驚きの声を上げるが、当の聖騎士は構っていられないとばかりに必死の形相で命令を下す。
「せ、聖騎士様!そっ、その、我らはこの街と、ひいてはこの街の領主を守護する任を預かっているはずでは……」
「これが最善の行動だ!この首でも何でもいいから【暴竜】の目的のものを差し出して街から追い出すんだ!万が一街中で戦闘が起これば、この街は消滅するんだぞ!
そんなことになれば、本国からいらっしゃった司教様が死ぬ!それだけは避けなければならない!」
聖騎士。ハイディ教を守護する武力の象徴であり、聖騎士、聖殿騎士、聖堂騎士の順に位が高くなり、最高戦力の無限光を次ぐハイディ教の上級戦力だ。
その中でもただの聖騎士は最も下だが、聖騎士の時点で一般の信徒や神官戦士よりも身分が高く、実力も高い。
そんな聖騎士が恐れる【暴竜】ことセイは街の破壊には関心を出さず、神官騎士たちから獣人の奴隷を買い取った奴隷商を殺して回っていた。
「ひっ……ひぃぃぃぃ……」
「お、おたすけぇ……」
「びびってるんじゃないよ!今のうちに逃げるんだ!」
「いや待って俺は君たちを助けに来たんだよ」
「信じられるか化け物!みんなを食べやがって!」
「みんなを返して!今すぐ吐き出して!」
「いや……これは俺のユニークスキルの複合技であって……と言っても信じられないのも当たり前か。さっさと全員連れ出してから説明すればいいな」
「「「「「ぎゃーー!!!」」」」」
セイは奴隷商人の拠点に殴り込み、用心棒と有力者を殺害。そのまま獣人の奴隷たちの保管場所に向かい、奴隷たちを【念動】の魔術で引き寄せ体内に収納していた。
体内に収納していた。
「マリー!?あ、貴方、そいつの手に頭がめり込んでる!?」
「きゃあああああ!!!!!」
「ヴィーナ様、どうか我らをお助けをぉ……」
「……奴隷にされた割に元気だな、とでも前向きに考えておこう」
謎の青年が手を向けると謎の力に引き寄せられ、手のひらに触れた瞬間に同胞たちが、すぽんっ!と吸収される。
聞いたこともない異常事態に喚き散らすが、その光景の特殊さはセイも多少は自覚しているので、「せっかく助けに来たのに……」と少々悲しそうにしながらも飲み込んで救出活動を続ける。
この光景はセイのユニークスキルである【万物同化】と【神格:迷宮神】の複合技だ。
もとよりセイはダンジョンコアでありダンジョンマスター。ダンジョンを創る能力を持っている。
ダンジョンを創る条件は膨大な魔力と起点となる空間。本来は洞窟や樹木といった魔力の淀みになりやすい場所で発生するが、セイはこれを己の体内を起点にしてダンジョンの創造に成功したのだ。
もとよりダンジョンは異界に存在する特殊な空間。異界を体内に、門を体表に設置することは難しくない。
問題なのはダンジョンマスターというのは一番安全なダンジョンの最奥にいるため体内の異界化なんて出来てもやる意味がない事だが、外に出るダンジョンマスターであるセイにとって体内の異界化はメリットの方が大きいのだ。
「リンクス!?あなた無事だったの!?」
「うわーん!心配してたんだよ!」
「マリ姉!ルリ姉!それに皆も!よかった~」
「本当に、本当に良かった……」
「それはそれとして、ここはどこなの?あいつは誰?」
「ええっと、私も良く知らなんだけど、助けを求めて……」
【万物同化】による同化の力と【神格:迷宮神】にまで高まったダンジョンマスターとしての力で作り上げた特殊ダンジョン『体内世界』に意識を集中させ会話を盗み聞くと、おおよそ感動的な会話が聞こえてくる。
この調子で全員を救出しようと考えたが、さすがに街の外門を蹴り破って侵入したのは派手だったのか続々と増援が来た。
「そこまでだ!俺たちはA級冒険者パーティ『剣王会』!おとなしく投降しろ!」
「同じくB級冒険者パーティの『虎王の牙』……げぇ!!セイ!?」
「おっ、懐かしい。ライドじゃん。会うのはアトラス以来だっけ?」
駆けつけたのは二組の冒険者パーティだった。片方は知らないが、もう片方の【虎王の牙】のリーダーであるライドは空境都市アトラスでハナビの子育てをしていた時に会ったことがある。
「ちいっ……まさかお前が襲撃者だったとはな……さらば!」
「はぁっ!?」
「逃げるのかよ。まあ、じゃあ追わないけどさ」
残念ながら敵の様なので殺そうとしたら、ライドはパーティーメンバーと共に一目散に逃げ去っていった。
正しい事ではある。命あっての物種。勝てない敵からは逃げるのが正しい。それが魔物であれ敵対する人間であれ同じこと。
その判断が速すぎてびっくりしたが。
「情けない奴め。ならばこいつは俺たちが仕留める!」
逃げなかった方の冒険者パーティ、『剣王会』の切り込み隊長らしき男が切り込んでくる。
剣の王の会を名乗るだけあって全員が剣士であり、実力もありそうだ。
最初の男は地面を砕く勢いで踏み込み、セイに【突貫】を発動する。身長よりも大きい大剣を有効に使ったいい一撃だ。男の体格が大柄なこともあり大抵の敵は殺せるだろう。
「なっ!」
「お前ら本当に『剣王会』なのか?噂よりかなり弱そうだな」
しかしセイは大抵に含まれない敵だ。【結界】を前面に展開し完璧に防ぐ。まるでゲームの画面外に進もうとしているように剣は完全に前に進めなくなっている。
その光景が驚嘆ものなのだろうが、隙だらけだ。
「おっ!すごいな。転武の使い手と、そっちは刀使いのは先潰しって技だな。後ろにいるのは足運びからして雪風流?」
「ぐっ……っ!」
「軽々と……っ!」
殺そうとしたとき、壁を垂直に走って切りかかって来た短剣使いと、一瞬で距離を詰めてきた刀使いが襲ってきたので避け、無属性物質魔術【理力の剣】で曲刀を作りすれ違いざまに腹を掻っ捌いた。
「うおおおおおおお!!!!!——————ぎゅぺ」
「全員が綺麗な剣術。道場で習ったのか、傭兵に教わった俺とは大違いだな」
押し込もうと再度力を籠める最初の男の首を結界越しに切り飛ばし、さっさと終わらせるために【闘気】で能力値を強化して大きく剣を振るう。
「【気円刃】」
闘気で刃を作り、回転して円状に切り裂く技だ。その範囲は使い手によって変わるが、セイは建物の周囲ごと切り裂いた。
「がふっ……」
「なんと、容赦のない……」
「取り囲んでおいて何を言うか。外には三十人近くいただろ」
噂と違い弱かったことが妙だと感じ首を傾げながらも、今回の目的とは関係が無いため無視して残りの奴隷を探す。
「止まれ!こいつを殺されたくなかったら――」
「きゃ!……ぎゃー!」
「こいつで最後かな。つっても総数が分からん。どっかに書類ないかな」
獣人の奴隷が目的と気が付いたらしく人質作戦を仕掛けて来た豪華な服を着た男を【念動】で圧殺して人質は『体内世界』に収納して拠点で書類を探す。
「無いな。違法奴隷だから最初から作らなかったのか?いや、仮にも神官騎士らしいし文字は読めるだろう。それに違法だからこそ法が守ってくれず、書面でちゃんと契約するとも聞く……分からん。これでこの拠点にいたのは全員のようだし、いったん切り上げるか」
セイはトランライクでの奴隷探しを終え、街から出ていく。
トランライクを離れて目星を付けていた拠点に向かってしばらくすると、追手が現れた。聖騎士だ。
後ろを振り向いて意識を向け、人数を把握する。八人。剣士が五人、おそらく魔術師が三人。セイを追ってきた人数にしては少なく思えるが、接近してくる速さから考えて質が高いのだろう。
直接戦うのは面倒そうだ。
「目的の獣人の奴隷は見つけたし、全部燃やすか」
セイから熱気が迸り、周囲の温度が急激に上がる。
まき散らした火属性の魔力が引火したのだろう。森の樹木が発火し、地面が赤熱し溶けて消えていく。
「なんだっ!?」
「あっつ!?」
「これが隊長の言っていた力か!?」
聖騎士たちがうろたえ始める。
追いかけて来た聖騎士たちは領主と話していた聖騎士の部下だ。階級は同じだが、今回は上下関係にあり、敵の情報を受け取っていた。
狂乱していたため話半分だったが、噂通りではない。噂以上だ。
全部燃やす。
陸上の選手も砂浜ではうまく走れないように、料理人もキッチンと料理道具が変わればうまく料理ができないように。
人は、死ぬ。熱で、寒さで、空気で、土地で。人が平地に住むのは住みやすいからであり、人が火口や水中に住まないのは住んだら死ぬからだ。
「俺の最も優れた点は体が頑丈なこと。ならば周囲を俺しか生存できない環境に塗り替えることが最も確実な戦術だ」
季節が変わり、水筒の中身が一瞬で蒸発する。金属製の鎧は溶けて人体に張り付き、剣は形を失う。
人が灰になる。必殺の空間。
災害指定、環境魔獣の如き地形を塗り変える力。セイの百億越えの魔力で引き起こす世界改変級の大規模魔術【赤熱世界】。
セイを中心に水平線までの景色が溶岩に変わる。形あるものが赤熱し、みるみるうちに森など見る影もなくなった。
「……おっ、経験値が入ったから殺せたな。これを使うと死んだかの確認が大変なんだよな」
セイは追手を返り討ちに出来たと判断すると、目星をつけていた拠点に向かう。
そこには見る影もなくなった森と、原形のなくなった生き物が残った。




