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ダンジョンコアの闘争  作者: ライブイ
4章 染みわたる意志
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57話 獣人の奴隷

 ハイディ教。それは法と光の神ハイディ教を頂点とする宗教である。

 魔王との戦いを生き残り、衰退したこの世界をずっと見守り続ける最も偉大な神。この世界の人類の中で最大の信徒数を誇り、神の元へ召し上げられた人間も全員がハイディ教徒だ。

 しかしセイからすれば驚くべきことに、他の神を崇拝する宗教と仲が悪いわけではない。


 代表的なのはヴィーナ教だろう。愛と生命の神ヴィーナ、愛に奔放な神であり、神話の時代から厳格なハイディと反目し合い頻繁に衝突していたヴィーナを頂点とする宗教。

 ただそれだけなら問題はないが、悪いことに、魔王との戦いで生き残った大神の片割れであるにも関わらず、愛する勇者を失ったことで狂気に堕ち、魔物や信徒と交わりダークエルフや獣人、吸血鬼やケンタウロスを生み出して新たな混沌を生み出してしまった神である。


 秩序を重んじ、この衰退した世界を共に復興していくべき時に勝手に狂ったヴィーナは悪神として語られることも多く、吸血鬼や魔人族が人類を攻撃し、ハイディ教徒が撃退している事実と合わさりハイディとヴィーナは善と悪の象徴として語られることも多い。


 しかし、こういった事情は大半の人類にとってはどうでもいいことだ。


 地球に住む人類と同じようなものだ。科学に基づいて世界の始まりが百三十八億年前のビックバンでも、地球の始まりが四十六億年前でも、宗教に基づいて数千年前でも数百年前でも、どうでもいい。

 学者や変わり者が気にすることはあっても、大半の人にとっては争うような理由にはならない。

 この世界でも同じだ。神殿では五万年前の魔王との戦いで色々あったと語るが、自分たちの生活に影響することはあまりないだろう。


 どちらの宗教の神官も口にする。神話の時代にハイディとヴィーナは不仲だった。しかし今の我々は共にこの世界を生きる同胞。ともに力を合わせ、困難に立ち向かおう、と。

 ……その背景にはハイディ教が人類の最大派閥なだけで、割合では人類の三割しか信徒が居らず極端な一強なわけではないことや、反ハイディの勢力がヴィーナ教を名乗っているため無視できない勢力であることも理由の一つらしいが。


 なにはともあれ、今のこの世界は宗教的には平和だ。過激派と融和派のどちらもいるが、この時代は融和派の方が力が強い。

 もとよりこの世界は十二の大神が創造した多神教の世界なのだ。宗教が違うだけで争うことは無い。


 しかしこれはあくまで世間一般の常識であり、世間に含まれない影には、宗教を口実にした暴力の風が吹き荒れている。





 ラキア国があった場所より遥か東、獣人の自治区が存在する。


 この時代のトトサワルモ地方では『人間』とは人族、エルフ、ドワーフのことを指すため獣人は人間ではないが、人間に準じる知性と人間を上回る身体能力を持つ種族だ。境界山脈の向こうから追放され難民としてトトサワルモ地方にやってきたらしい彼らと争っても得るものが無い以上、自治区に押し込んでおくのが最も利益の大きかった。

 自治区は国とは認められず一等低く扱われるが、周辺国家でも貧民と同程度には扱われる平和な時間が流れた。


 しかしそれから百年たった現在、獣人の自治区に死体の山が築かれていた。


「大量大量。こんな美味しい狩場に手を出さないとか爺共は馬鹿ばっかだな。これからは俺たちの時代よ」

「最近はどこも不景気だからな。蓄財しておくのはいい事だろうに、これだから頭の固いやつらはよぉ」


「うっ……」

「おいおい、誰かこの餓鬼の手当てしてやれ。あんまり弱ってると奴隷商人の旦那に足元を見られるからな」

「げ、こいつは腹が裂かれてるな。もうだめだな。治療せずに捨てていこう」

「それがいい。ぎゃはは!俺たちって優しいな!もしかしたら助かるかもしれないぜ!」


 炎の海に沈んだ街の残骸の中で、馬車の集団があった。

 荷台には獣の耳と尻尾が付いた人型の生き物が並べられている。胸が上下しているため生きているだろうが、無傷の者はおらず、最低でも多少の傷と、煙にやられている。


 もう出発するのだろう。幌馬車の周囲で護衛しているらしき者たちが口を軽くして談笑の声が響く。

 どう見ても悪行だが、彼らに罪の意識も悲壮感も見えない。獣人は高値で売れると知っているからか、これから温まる懐の使い道でも考えているのだろう。


「ひひっ!ま、これもハイディのお導きってやつだな」

「全くだ。毎日教会でお祈りお陰だな」

「獣人を人間と同じように扱っていただなんて、やっぱり爺共は頭がおかしかったんだ。服なんて着せずに檻に入れて、俺たち人間が飼ってやるのが正しいってのに」


「獣人の長たちは司教様が会合に呼んで毒を飲ませたらしい。お陰で楽だったな」

「へっ!長なんかがいたところで、武器も使えない雑魚に負けるかよ」


 獣人は人間よりも身体能力に優れている。だと言うのに彼らが敗北したのは、襲撃してきた人間たちが武力と策略に優れていたから。


 彼らはハイディ教の神官戦士だった。


「ひっいぃぃ……」

「お姉ちゃん……怖いよぉ……」

「そう怯えるなって。金になるまではちゃーんと飯も食わせてやるからよ」

「おっ、デカい!この牛系獣人種の娘なんか献上品にいいんじゃないか?」


 下卑た目で女子供を舐めまわし品定めをする姿はとても聖職者には見えないが、この時代ではよくあることだ。

 彼らは神官戦士の中でも下から二番目の神官騎士に分類される。志願すれば誰でもなれる神官戦士ではなく、教会から信用に値すると判断された神官騎士だ。


 しかし信用されたといえば聞こえはいいが、この世界における信用とは個人ではなく家で判断する。

 貴族とは名ばかりの王家にも私兵にも出来ない三男四男以下、すなわち人格に難があるものばかりだ。


 「ハイディがそう教えているから」。それだけを根拠に彼らは百年間友好的な関係を築いた獣人の自治区を襲い、生き残りを奴隷にしたのだ。


「こんなとこかな」

「ああ。爺共にぎゃーぎゃー言われる前に売っぱらっちまうか」


 最後に街に魔術で火を放ち、自治区は完全に壊滅した。





「追え!逃すな!」

「金貨五枚で売れたんだぞ!逃したら全員死罪したやるからな!」


 時は少し進み、森の中を奴隷の首輪をつけた少女が失踪していた。

 年は十代の後半か。身長は百五十センチ程度と小柄。検分されていたことを思わせる麻で出来た一枚の布を纏う姿は逃亡奴隷そのものだ。


 しかしさすがは身体能力に優れた獣人。森を裸足で歩けるわけがないという人族の常識を嗤うように、素足で木の根を踏み締めて風のように走り抜ける。


「【止まれ】!」

「あぐっ!?」


 逃げられると判断した神官騎士の一人が呪文を叫ぶと奴隷の首輪が収縮し少女の首を締め付けた。

 身体能力に優れていると言っても人型をしている以上構造も人族とほとんど同じだ。首が絞められると反射でえづき呼吸が止まる。


「……くっ……この!」

「手間かけてんじゃねえ!」

「ぎゃ!」


 追いついた男が背中を蹴り飛ばす。首輪に意識を取られ呼吸もできなくなった少女はなすすべなく地面を転がる。


「馬鹿野郎!まだ売る前だぞ!価値が下がるだろ!」

「はっ!しまった!」

「気をつけろよ」

「悪い悪い」


 取り返しのつく初歩的な失敗を知った後輩を叱る先輩のようだが、そんな和やかな雰囲気は蹴り飛ばされた少女にとってはなんの慰めにもならない。

 

(こんな、ところで……)


 悔しさが涙となって少女の頬をつたる。

 少女は信心深い自治区の戦士団の見習いだった。

 獣人の自治区で生まれ育ち、数日前の略奪で奴隷にされ、森の中で密かに作られた小屋の中で売却された。その寸前、引き渡される前に奮起し脱走したのだ。


 獣人はヴィーナと獣神が交わって生まれた種族だ。ならば神話的にヴィーナが過ちを犯そうとも、獣人がヴィーナを信仰することも当然ある。

 少女はそんな獣人の一人だった。


 百年前に抗争の末に追放された、見たことのない故郷に同胞たちと帰ること。それが少女の夢だった。

 苦難の道であることは承知している。道半ばで倒れるかもしれないのも理解している。だが、こんな、戦いの末に死ぬのではなく、敗れた末に辱めを受けるなど、受け入れられない。


 かといって、この場で舌を嚙み切って自害する勇気もない。


「うーしっ、さっさとこいつを連れてかえ――ぎゅぺ」


 少女の顔を絶望と虚無が満たす中、少女に手を伸ばした男の顔が突然爆散した。


「——えっ?」

「なっなんだ!?」

「敵襲だ!」


「……装備は騎士に見えるけど、会話を聞くに人攫いか。世も末だな」


「なっ、なんだて――」


 木の裏から現れた青年、セイが手を向けると、無色透明な衝撃が走り、騎士達の首をねじり切った。


「あ、あなたは一体……?」

「俺はセイという。君は獣人か。目が死んでないし、見た感じ長く奴隷だったようには見えない。最近自治区から誘拐でもされた?」


 呆然とする少女の首輪を腕力で破壊しながら優しく問いかける。セイにカウンセラーの経験はないが、知識はある。出来るだけ優しくを心がけた。


「は、はい……自治区が襲われて……みんな死んじゃって、生き残った人も奴隷にされて……お、お願いです!みんなを、みんなを助けてください!」


 少女は縋りつくように頭を地面に着くまで下げる。


「いいよ。暇だし」

「いいんですか!?」

「でもぶっちゃけ面倒だな……」

「あうっ……え、ええと……何かお礼を……ええと……その……」


 少女は必死に頭を巡らせる。目の前に人族の青年が一瞬で騎士たちを皆殺しにした姿を思えば、青年の力のほどがうかがえる。間違いなくかなりの実力者だ。

 しかし同時に、それだけの実力者の強力を仰ぐのは大変なことだということも理解していた。金銭で言えばいくらになるのか。いや、いくらであっても、今の自分に持ち合わせはない。

 いやいや。そもそも故郷も家族も皆なくなったのに、協力の見返りに渡せるものなど無い。


(どうすっかな)


 そんな少女の事情を何となく察しながらも、セイも思案する。

 困っている人を助けることは善行であり、善行を行うことは良いことだ。しかし話しぶりからして故郷がなくなっているので、奴隷にされた人たちを救出して終わりにならならなさそうだ。

 面倒くさい、という感情が大きくなっていくのを感じる。セイは善人であるが、それは人並に善人であり、底抜けにではない。


 局所的に人を助けるのはいい。しかし、長期間大勢を保護するなど面倒なことこの上ない。


(俺が好色な人間なら『ぐへへへへ娘どもを差し出すがいい。差し当たってお前は俺の女な』とでも言って助けるけど、さすがに面倒くさいって感情の方がでかいなー)


 セイは基本的に何でもできる。欲しいものを手に入るし、欲しくないならあきらめる。人を助けた後の面倒くささを超える何かがあれば、助けるのだが。


「あっ、そうだ。お前、俺に実験される気は無い?自分以外に人体実験をする経験はそんな無いんだよ」

「……?はっ、はい!よく分かりませんが、それでみんなを助けていただけるなら、私、何でもします!」

「よし、じゃあ助けてあげるからちょっと待ってて」





「ん?なんだあれ?」

「旅人かなんかだろ。お喋りしていると上長に怒られるぞ」

「いやそうじゃなくて、なんでこんな夜中に来るんだよ」

「寝坊でもしたんだろ」


「ここか」


 自治区から最も近い街の前で、セイはお喋りな門番に話しかけた。


「おいお前ら。この街に獣人の奴隷が運び込まれたはずだ。今すぐ全員連れてこい。もしくは話が通じるやつの所に案内しろ」


「はあ?何言ってんだお前」

「……獣人の奴隷なら確かに沢山運び込まれたが、お前にそんなことをしてやる理由はない。さっさと立ち去れ」


「そっか」


 にべもない門番たちを無視して、セイは外門を蹴り飛ばし、街の中心にある領主の屋敷をぶっ飛ばした。

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