56話 無神論な救護騎士団
リリが納めている街で無法者たちが集まった日、それはこの世界を大きく変える最初の一歩だった。この日を境に数々の陰謀と奸計が企てられ、人心は荒廃し、世界が滅亡する寸前になり、しかして勇者たちが食い止めた偉大なる英雄譚の一ページ目だった。
リーダーのアデライドに忠誠を誓った八人の災害の化身、八大災禍が一堂に集結し、邪悪なるものたちが一つになってしまった恐るべき日だ、と、多くの歴史家は語るだろう。
しかし歴史を俯瞰せずに見ると特別な日ではなく、悪人たちが一つになったわけでもない。
具体的には、翌日には一旦解散していた。
無法者たちの中には迫害などの理由で仕方なく流れ着いたものも多い。それに八大災禍には強大な個人もいるが、大半は大勢の部下を持つ組織のリーダーだ。それまでの活動拠点を全て放棄して集まったわけではない。
所詮は破落戸と悪人の集まり。利害が一致したから集まっただけであり、アデライドから招集がかかるまでは各自勝手に活動するのだ。
「しばらく厄介になる。よろしくな」
「こちらこそ。あなたと共に行動出来て光栄よ」
リリの統治する街を離れたグループの一つ、救護騎士団にセイの姿があった。
救護騎士団。悲劇を憎み、悲しみに悲しみ、この世から冷たい涙を無くすことを目指す、善であり正義の騎士団。
そんなありふれた使命に燃える人たちだ。セイとしても好ましく思う。
しかし三日後には決裂してしまった。
「異端者を許すな!」
「同胞を誑かす異教徒どもを殺せ!」
救護騎士団に同行した翌日、魔物に襲われていた街を助けたところ、少し遅れて救援に来たらしいハイディ教の神官戦士たちに襲われてしまった。
「救護騎士団ってほとんどが無神論者だけど、その場合も異教徒って言うのかね」
「言わないんじゃないかしら?けれど、ハイディへの信仰を捨てた私をまだ異端者と呼ぶ狂った連中だし。彼らの中では合理性が取れているんでしょう」
「団長、とりあえず皆殺しでいいんですよね」
「ええ。セイも助太刀してね」
「あいよー」
救援に来たハイディ教の神官戦士は五十名程度で、質は数人がC級、残りがD級程度。もとより救護騎士団だけで十分な相手だ。それに加えてセイが加わったため苦戦することもなく終わった。
「あ、諦めるな……まだ、希望が……」
「ねえよ、死ね」
セイが最後の一人の首を刎ね、全部で五十個の死体の山が出来上がった。
「セイ。死体は買い取らせてもらえるかしら?見せしめにするの」
「え、見せしめ?……まあいいか。ただであげるよ」
「そう?分かった。じゃあ略奪は貴方が一番最初でいいわ。でも神殿以外は襲っちゃだめよ?」
「分かっているよ」
救護騎士団。ありふれた使命感に燃える集団だが、全員が無神論者で構成されている世界規模の異端者集団でもある。
無神論。それは地球では神の実在性を否定する考え方だが、この世界では神を信仰しない者を指す言葉だ。
この世界において、神は明確に実在している。神話を裏付ける根拠が多いことも理由の一つだが、それ以上に神託や神の加護、中には御使いまで降ろす人間がいることがその証拠である。
神官たちが説くように、神々は我ら人間を見守って下さり、我ら人間を導いてくださっている。それがこの世界の一般的な認識であり、また事実である。
しかし同時に、神の絶対性を否定する人間が現れた。
神が直接地上で人々を統治していた時代はそのようなものはいなかった。しかし異世界から邪悪な神々が攻めてきて、この世界の神々は地上から姿を消した。
それから五万年もの時間が経過した。
言葉では世界のためといいながら、実際は全く状況が好転していない。
ならば、神は本当に頼るべき相手なのか?頼っていい存在なのか?頼り、祈り、御心に従い、本当に、我らは救われるのか?
そんな疑問を持ち、『神に祈りを捧げる意味はない』と結論付けた者たち。それがこの世界の無神論者だ。
当然のように既存の宗教組織と対立したが、神の絶対性を疑問視出来る様なものはこの世界の異端者であり、同時にこの世界の屈指の実力者でもある。
人里離れた場所で人ならざる者に触れたもの。神が口にしないだけで、確かにあった歴史の闇に触れたもの。神の絶対性にふと気が付き、それを確信に変えるほどの人生を歩んだもの。総じて言えば、異常な者。
普通の人と違う思想を持ち、それを行動に移し、当然のように多くの組織から命を狙われ、生き延びているのだ。当然相当な実力者であり、全員がC級以上。数こそ少ないが精鋭揃いといえるだろう。
「ひぃっ!」
「か、神よっ!どうか我らをお助け下さいっ……!」
救護騎士団の面々は全員が神への信仰を捨て、神に仕える神官を嫌い、排除の対象とする。略奪対象も神殿の関係者だけという徹底ぶりだ。
「【物質探知】……あれ?【音波探知】、【透視】……あれれ??意外と蓄えがない?」
セイは早速街で一番大きい神殿に向かい、震える人々を無視して財宝を探したが、驚いたことにめぼしいお宝は無かった。
神殿は基本的に清廉であり、良心的であり、人々のために存在している。
しかし同時に回復魔術士を大勢抱える治療院も兼ねているため儲けも大きく、また人と金と富が集まり、神という国よりも大きな存在に使える組織である以上権力と腐敗も大きく、大抵の神殿が不当な利益をため込んでいるものだ。
しかし、この街の神殿は真っ当だったらしい。
「じゃあ金はいいか。おいそこのやつ。この街の戸籍……じゃないんだっけか。住民札と取引記録を全部見せろ。そうしたら俺は帰ってやる」
「えっ……?ひ”っっ…………!!こ、こちらですっ」
指名された神官は怯えと疑問が混ざった顔でセイを見つめるが、恐怖が勝ったのか案内してくれた。
残された神官たちに安堵が広がる。理由は分からない。だが、襲撃者は理性的だし自分たちを害さない存在なのだと理解したからだ。神官の一人は立ち上がり、街の状態を把握しようと外に出ようと扉に手を掛ける。
しかし、突如として扉は蹴り壊され、神官は吹き飛ばされ床を転がった。
安堵は早とちり。残念ながらセイが変わり者なだけだった。
「お前たち、速やかにこの神殿と神像を破壊し、神への信仰を捨てろ。さもなくば全員奴隷にする」
剣を手に踏み込んできたミレイユたちに神官たちは震えたのち、半数ほどが奴隷になり、残りは神殿を壊し始めた。
「信仰を捨てない人って、若い人も年寄りも変わらないんだな」
「若い者は未熟な考えから神への絶対性を捨てられず、年寄りは積み上げた時間から神は絶対という常識は捨てられない。総じて同数くらいになるの。哀れなことだけどね」
神官の抵抗にあい負傷した救護騎士団のメンバーと、騎士団に切られ怪我をした神官を治療しながら、奴隷になった神官たちを見る。
目が虚ろで、力が抜けているものがいる。現実と未来を正しく認識できず、ぎゃんぎゃんと元気なものがいる。神への祈りと聖典の暗唱を繰り返す者がいる。
「……」
彼らは戦利品で、救護騎士団は彼らを好きにする権利がある。一般的な無法者のように余計な暴力も加えない。奴隷商も兼ねているメンバーが彼らを売り払い、次の救護の資金にする。綺麗な仕組みだ。
「どうだ?我々の行動に同行してみて。正式に入る気になったか?貴方の治癒魔術は七十年生きて来た私の人生の中でも最も優れている。正式に入って欲しいし、雇う形でも構わない」
ミレイユはセイを随分と買ってくれているようだ。その言葉が真剣なスカウトであるとも分かる。彼らは多くの人を救うために活動しているのだ。
「規則的過ぎて俺には合わないな」
しかしセイは拒絶した。
人を奴隷にすることもいいし、神殿を過剰に敵視するのは構わない。
だが、混沌の中に在っても規則正しさがありすぎて、セイには合わない。
救護騎士団に加わっても、ラキア国で兵士をしていた時と同じように揉めるだろう。
「……そう。分かったわ。けれど、貴方に多くの人を救う力があることには変わりないわ。気が変わったら連絡してちょうだい」
「もし気が分かれば、な。じゃ、他のやつらによろしく」
セイの救護騎士団への同行は、三日で終わった。
「次はどうするか……他の八大災禍の組織に行ってみるか。それともリリに下でゴロゴロしているか。それともアデライドに指示を仰ぐか……ん?」
セイは一人で森に入ると、こちらに弱っている誰かが走ってくる気配に気が付いた。




