54話 懐かしい顔
四章開始、これが最後の前日譚です。
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セイは無法者の街ティパーラを離れ、トトサワルモ地方の南西にある国にたどり着いた。境界山脈の東側はフクロウナギを横から見たような顔をしているので、だいたい上顎と喉の境目あたりである。
セイがかつていた国、ラキア国の南西に位置する小さな国でもある。
「平凡な都市国家と聞いていたけど、賑わっているな」
「へへへ、そうみたいですね……。私、人の街ってあまり知らないですけど」
「セイ、金を寄越せ。適当に買い食いしてる」
「あいよ。何が美味しかったかあとで教えろよな」
「ロダン様!私も行きます!」
旅をするには不向きなぼろいローブをかっこいいと思ってきている青年と、陰気で卑屈そうな女性と、妙に神々しい竜人族の女性という目立つ三人組が街に入った。
彼らはすぐに分かれ、青年、セイは一人で冒険者ギルドに向かった。
グードベア。それがこの街の名前であり、この世界のいたるところにある無法者の街の一つだ。
分類すれば都市国家になるが、セイの主観的には一万人ほどが住んでいる村というのが正確だろうか。
人がいて、土地があり、家があり、職があり、軍があり、娯楽があり、統治者がいる。国として数えられる要素は満たしているが、都市国家であることを望んだのではなく、他のコミュニティと連合を組むことでしか繋がれない、この世界の平凡な街であり国だ。
「やっぱり冒険者ギルドは便利だな。どこにでもある」
冒険者ギルドは人間社会の民間企業の一つだが、その規模と歴史を踏まえると、一種の秘密結社に近い。
カドアバという独立国家が冒険者ギルド本部を兼任しており、数万年生きるハイエルフがその長をずっと続けているためこの世界でも最長の歴史を持ち、人間社会の隅々まで根を張っているフランチャイズの支店の様な冒険者ギルド支部をいくら潰しても冒険者ギルドそのものがなくなることは無い。
合法的な国でも、無法者たちの街でも、何を信仰しているかも問わず、どこにでも支部があり誰でも使える冒険者ギルド。セイからすればいつでも金を稼げるため便利なものだ。
「おい……あれって噂の……」
「間違いない……姉御に報告するぞ……」
金と情報を仕入れたセイは冒険者ギルドを離れ、大通りを歩く。
この街はこの世界のどこにでもある平凡な国だが、それはあくまで大きな視点で見た場合の話。小さな視点で見ると当然違いがある。
地形と気候が違う。ひいてはその地域で育てやすいもの、作りやすいもの、物資の仕入れやすいもの、それらで作れるものが違う。日本で言えば名産や郷土料理と呼ばれるものがこの街にもあるのだ。
(できれば料理のレシピや名産の作り方も知りたいんだけどなぁ……あ、貴族っぽい格好をして、金を払えば見せてもらえるかもな。俺の【完全記憶能力】で全部覚えていつか自作して俺好みに改良しよう)
思い立ったが吉日とばかりにセイは近場の料理屋と工房などを片っ端から回り始めた。
「図鑑を埋めているみたいで楽しいな」
数日後、セイは宿屋で脳内のデータベースを整理する。
ダンジョンコアとして成長し身に着けた【完全記憶能力】。そしてステータスを改竄出来ないかと研究し、結果出来上がった見た目だけは書き換えられる無属性情報魔術【メモ帳】。そしてセイの莫大な魔力と【知力】によって構成される膨大な容量。
これらを組み合わせることでセイは仮想的な地図を脳内に創り、どの地域になんという国があり、その国にどんな特徴があるのかを記録していた。
傍から見れば目を瞑ってじっとしてるだけだが、セイの内心はうっきうきだ。
もとよりゲームは図鑑も称号もコンプリートしたい人間だ。拠点とも呼べる自分だけのダンジョンは必ず作る。だが、引きこもる前に集められるだけの情報を集まるのもいいだろう。
自分の寿命が長いことは分かっている。しかし集めた情報は魔物を作るのと同じように、名産品もダンジョンで再現できるのだ。いつまでも準備に時間をかけていては本命にたどり着けないため配分が難しいが、当分はこうやって世界中で情報を集めるのもいいだろう。
「ん?」
と、未来に思いをはせていると、宿に誰かが近づいてくる気配を感じた。セイの【気配探知】スキルはレベル10と極めて高いためこの距離でも余裕で探知できるが、探知したことではなく、大勢いる人々から無意識のうちにその人に気を引かれたのかが気になった。
(……知り合い、か?いや、思い出せないな。なら、俺が【完全記憶能力】を習得する前の知り合い。もしくは極端に成長して俺が確信できないのか?)
セイはソファーから立ち上がり、部屋を出る。
一階に降りたところで、何やら先ほど探知した人が宿に入ってきた。キョロキョロしているのを見るに、誰かを探しているのだろう。
その少女はこちらに気が付くと、嬉しそうに飛び跳ね駆け寄ってきた。
「あっ!」
「ごめん誰?」
「……がくっ」
その人は少女だったが、やはり分からない。特徴は混じりけのない美しく長い金色の髪。さらさらとした髪質も美しいが、その髪が腰まで伸びてい事も特徴だろう。体つきも女性的だ、顔立ちも整っている。
総じて言えば、どうして思い出せないのかが分からないくらいの美少女だ。
「すまん、俺の知り合いらしいが、どこであったかが思い出せない。誰だ?」
しかし思い出せないものは思い出せないので、素直に聞くと少女は一つ咳払いをして、しっかりこちらを向き、美しく微笑み、軽く頭を下げた。
「お久しぶりです。あなたは覚えてないでしょうが、私はセレーネ。水の都ライランで、貴方に助けていただいたことがあります」
「……ライラン……ああっ!あの時の娼婦の子!?」
「はい!覚えていてくれたんですね!」
名前を聞いて、ようやくセイは思い出した。
セレーネ。たしかセイがラキア国の兵士をしているときに、水の都ライランを攻め落とし、その休憩の時に使用した娼婦だ。
【完全記憶能力】を習得するよりも前の話なのでうろ覚えだが、確か大金が入ったので適応な商売女に全部貢ごうと思い娼館に入り、そのままなぜか魔術談義になった時の相手だ。確か見た目は幼いが、同い年のはず。
助けられたというのはお金を貢いだことだろう。本来は軍で行う街の制圧をセイが一人で行ったため他の兵士よりも多く金を貰い、全部セレーネにあげた。その額は娼婦に堕ちた理由である借金を返し、その後の生活費用を賄えるだけのものだったのだろう。
……そもそもセレーネが娼婦なったのは、セイが街を攻め落とす際に火属性魔術を使い住人の半数である五万人ほどを殺し街を壊したことに起因するので、お礼を言われるのは変な気分だが、まあこの気持ちは一旦は置いて行くとしよう。
「懐かしいな。四年ぶりか。元気にしていたか?今は何を?夢だっていうマジックアイテム屋さんか?
あ、そもそも死の半島の大氾濫をどうやって生き延びたんだ?全滅したと思っていたんだが」
そう。いろいろと気になるが、何よりもどうして生きているのか、だ。
かつてセイが戦った怪物、死の王、マギア・ケリュケイオン。あいつが住処にしていた死の半島から魔物が溢れ、ラキア国とチヨウ国を飲み込んだ。隅々まで探したわけではないが、まず全滅したと思っていたが。
他の国に移住していたのだろうか。
「えへへへへ。実はあの後はラキア国に移住したんですよ。それで、魔物の反乱はダンジョンに隠れてやり過ごしました。ある人と一緒に」
「なるほど。確かにダンジョンの中ならとりあえずは安全だ。ダンジョンは魔物の揺り籠だが、同時に檻でもあるため外部から魔物が入ってくることは無い。魔物が溢れた時は平時とは逆に安全になるからな。……って、ある人?」
「はい。実は、今日はその人に頼まれて、セイさんを呼びに来たんですよ」
「?」
大方、ラキア国に移住した後に出来たいい人か、世話になった人か、そのあたりだろう。
そう瞬時にあたりをつけたが、その人物の名前にセイの思考が止まった。
「リリさんという方です。ララさんっていうセイさんの昔の友人の妹さんらしいですけど、知っていますか?」
リリ。その名前はセイにとって重要ではないが、セイにとっては忘れられない人の関係者だ。
ララ。
セイのかつての相棒であり、この世界に転生して、最初に仲間になった相手。
かつて守りたいと思った人。守れず死んだ人。もっと一緒に居たかった人。
苦しかった時に、一緒に居てくれた人。
「こちらです。普段は他の場所にいるんですけど、セイさんが見つかったと聞いてこの街に来たんですよ」
「へえ」
この世界に転生して、セイはすぐに人を殺した。村人だ。補給のために殺した。
殺すことはいい。すべきならばする。すべきでないならしない。したいならする。したくないならしない。
地球の常識を持ちないほうが良いとは直ぐに気が付いたのは転生してすぐの事だ。死んだと思ったら幽霊になり、どうやら種族・ダンジョンコアという無機物の様な生き物になり、補給のためには人を殺すしかないらしい。ゆえに殺した。そこに後悔はない。
しかし、辛くなかったわけではない。魂が闘争で出来ているセイにとって、死も生も、得るならば戦いの結果であることを良しとする。村人が全力で抵抗し、自分は剣を抜き、殺害したならまだ飲み込めた。
しかし、彼らは彼らの代わりにセイが娘を育てることを条件に、自らセイの刃を受け入れた。
それはセイにとって精神的に辛いことだ。勝ち取るならばいいが、捧げられることは嫌だ。略奪を良しとするが、見逃す代わりに金品を差し出されることは嫌だ。
栄光は勝利の末に手に入るもの。勝利ではなく取引で生存することは、それは道理としては正しくともセイの美学、すなわち命と同じくらい大切な何かに反した。
……もちろん、それは机上の空論だ。この世界のことを何も知らないのに、打浪静穏の断末魔から再構成した自分の心に従った考え。
変えられない芯以外は柔軟に変えなければならない。
しかしこの世界に来たばかりの、少し前まで日本で高校生だった少年にとって、辛いことだったのは間違いない。
そんな時、自分を慕ってくれて、一緒に居てくれる人が、どれだけ救いになったか。
「こちらです」
セレーネに導かれ、裏の路地を進むと、大通りのお店にも負けない豪華な建物にたどり着いた。薄暗い街に囲まれているが、どこか洞窟の中を思わせる。
門番のいない門を開いて進むと、一本の道が続いて行く。両脇の扉には武芸者の用心棒でもいるのか、妙に静謐とした雰囲気だ。
突き当りの扉開けると、そこには一人の女性がいた。
キリっとした眉に、肩で揃えられた金色の髪。空の様な青い瞳。野に吹く風の様な、美しい女性が。
「お久しぶりですね。セイさん。いえ、言葉を交わすのは初めてなので、始めましての方がよろしいでしょうか」
「お久しぶりです、で、いいですよ。こちらこそ、お久しぶりです。リリさん」
その姿は、ララに似ている。まだ生きていれば、こうなっていただろうと思えるほどに。
少しだけ、懐かしい。
思わず手に力が入る。手が拳の形になり、目の前に居ない相手を睨む。
怒りと後悔が心に渦巻く。生きていれば、守れてれば。テロリストが突然襲撃して死んだなどセイがいくら強くなっても関係がないのだが、それを理解していても、セイの身を動かす消えない衝動が、再び強くなる。
顔を顰めるセイを見つめながら、リリは微笑みながら口を開く。
飛び出すのは破滅の誘いだ。
「……積もる話もありますが、早速本題です。これから世界をハイディ教の勢力からひっくり返す儲け話があります。八つの災禍に数えられるあなたも、一枚噛みませんか?」
セイは少し考えた後、その勧誘にうなづき、彼女の拠点について行った。




