53話 地の底で神様と
これにて第3章は完結です。次回はキャラ紹介、その次から前日譚最終章『世界滅亡編』を投稿します。
「久々に肝が冷えた」
セイは封印を解除した後、S級ダンジョン『砂地獄』の最下層、二百層のさらに下の封印部屋の一角にある休憩室のソファーに寝っ転がり一息ついていた。ここはカラザの自室の様なもので、五万年もの間ダンジョンマスターをしているのに暇だったために暇つぶしで作った区画の一つらしい。
「しっかし人間じゃなきゃ目覚めさせることが出来ないって、神ならではの防犯装置だったな。敵対勢力の神は手出しできないし、堅牢に守っているから保護者が連れて来た、つまり信用できる信者だけが解除できる。
俺は力ずくで来ちゃったけど」
逆に言えば信用できる信者が居なければ自分でも解除できない強固な封印だが、龍皇神ワクシャクの娘とはそれほどのことをして守る程の存在だ。
龍皇神ワクシャク。それはこの世界を創造した十二の創世の神の一柱だ。
そして、もう死んでいる神でもある。
神は永劫不滅の存在であり、敵対した場合は封印するのが限界だ。もしも消滅させたいなら人々の信仰を無くして長い時間をかけて自滅させるしかない。
しかし例外的に、魔王と呼ばれた邪悪な神は不滅であるはずの神さえ滅ぼす力を持っていた。邪悪な神々との戦いで最前線で戦っていた龍皇神、獣皇神、巨皇神は敗北し、魂を砕かれて消滅した。そう神話で語られている。
それが事実であるとセイは知っている。ダンジョンマスターの補佐として創られたナビは術と時の神コククロが永い眠りにつくまでの情報、つまり三柱の自然神たちが消滅したあと、異世界から勇者たちを召喚して、魔王を倒す直前あたりまでの事情を知っているため、龍皇神ワクシャクたちが完全に消滅したことは事実だ。
しかし、娘がいたなんていう情報はない。
「たしか……大神たちは自分の鱗や血液、体毛といった体の一部から次世代の神々を創造したから、父親に母親、娘に息子といった人間の尺度には当てはまらず、ただ単に【親】と【子】という。もしくは第一世代、第二世代という風に分類する……んだよな、ナビ」
『はい、その理解であっています。そのうえで『娘』と表現されるならば、それはもはや分身、もう一人の自分自身です』
「うえー……だよな、聞いたことがないよ。でも、あの威圧感は大陸龍なんて目じゃなかったし、龍皇神でも驚きではない」
あーでもないこ―かもしれないとだべっていると、扉の向こうからカラザが声を掛けてきた。
「ご説明いたします、セイ様。三柱の自然神たちは己の敗北を悟り、力を分けたもう一柱の自分を作り、ヴィーナ様に密かに預けたのです。現在では魔王に負けても、いつかの未来で勝利するために。
結果的に魔王の敗北で終わったために予定とはずれ、記憶を持たないが力は大神に匹敵するお三方の扱いは宙に浮きました。封印を解くべきか、まだ解かないべきか、と。
その後ヴィーナ様とハイディとの戦いで巨皇神の娘は死亡、獣皇神の娘は行方不明。龍皇神の娘、龍皇姫様だけが残り現在に至ります」
「……まじで知らない神話だな。ハイディの信者は語り継がなかったのか……いや、そもそもヴィーナ側でないと知りえない話か、これは」
「はい。私もこのダンジョンに入ってきた人間の会話でしか情報が分かりませんが、ハイディの信者たちは全く知らないようです。ハイディもわざわざ神託で教える内容でもないですし」
「ふむふむ……ところでカラザ、なんでいつまでも部屋に来ないんだ?俺が攻略したとはいえこのダンジョンはカラザのものだから、遠慮はいらないと思うが」
「そっ、その……緊張していまして」
「緊張?」
「はい。女体とはこれでいいのか、判断が付かないのです」
「女体?何言ってんだ?」
「セイ様へのお礼です。ロダン様の封印を解いてくれたお礼と……そ、その、私どもを今後ともごひいきにということで……へへへへへへ」
そういえば、先ほどまでの念話のような話し方とは違い、肉声に聞こえる。そう考えていると、部屋に入ってきたカラザを見て、セイは一瞬思考が止まった。
カラザが、人型になっていた。
「でけぇ……」
身長は百五十程度だろうか。全体的に黒い、というか暗く、黒いローブを羽織い、卑屈な笑みを浮かべているその姿は気弱な呪術師のようだ。セイはカラザを見て「黒くて陰気な呪術師を擬竜化したような姿」と思ったが、そのモデルとなった人間の姿を逆算したような姿だ。
しかしそんなことよりもあまりにも大きい胸に視線が向いてしまう。セイに女性の胸を見ただけでバストサイズを当てる様な技能はないが、片方だけで頭部三つか四つ分の胸は、媚びを売るような卑屈な笑みと合わさりセイの情欲を掻き立てる。
「い、いかがでしょうか。勇者ピュオーが、雌雄のある生き物は異性の異性的な体を求めるものだと言っていたのを思い出したので、依り代を改造したのですが、お気に召して……いただけたようですね。へへへへへ」
セイの目線が獣のようになっていくのを自覚する。話しぶりから察するに、カラザはロダンと共にセイの庇護を受けたいのだろう。その対価に、体を差し出しているのだろう。
この推測が正しいのかは分からない。いや、合っているかを確かめる機能が働いていない。目の前に極上の女体があり、自分に差し出されている。この状況に整合性を取るために理屈がセイの中で組みあがる。
着ているものはローブではなかった。布だった。前が開き、現れた非常に豊満な乳房に目を奪われる。
気のせいかもしれないが、視界の端でカラザの眼が赤く光った気がする。
カラザの手がセイに触れる。柔らかい。異常なほどに柔らかい。まるで生まれてから何にも触れていないようだ。
いや、まるで、ではない。本当に何にも触れていないのだろう。まだ依り代を作ってから、一度もダンジョンの外の世界に出ていないのだから、触れる機会が無かったのだろう。それが結果的に、まるで一歩も外に出たことがないお姫様のような柔らかい体になっていた。
何より、目の前の生き物が神だとい事実がセイの心の傲慢な部分や、自尊心、征服欲を非常に強く刺激する。
客観的にはともかく、セイは自分の事を人間だと思っている。そして、神とは人間よりも上位の存在だ。今目の前の神を何人程度が信仰しているのか、そもそも人間体になっただけで竜であるとか、神といっても結構いるとか、殺し合えば自分が勝つとか、そんなことは関係ない。神は神だ
人間である自分に、人間よりも上位の神が、自分を見上げ、媚びを売り、庇護を求めている。その全てがセイを本能のままに振舞う獣に変えていく。
「ここのダンジョンのコアを俺が吸収すれば、お前が困るなら、ダンジョンコア以外のもので手を打とう」
「はい……では、私の全てをあなたに捧げましょう。ロダン様をヴィーナ様の下に届けてくださるならば、私の全てはあなたのために」
「契約成立だ。俺の一部をお前に埋め込むぞ」
セイは立ち上がり、己の血液をカラザに飲み込ませる。
一種の加護であり、ハナビやアサルに授けた【ダンジョンコア解放】の権限と同じものだ。セイから直接セイの肉体の一部、すなわちダンジョンコアの欠片を受けこまれたものは、セイの眷属になる。
ここに契約は成立し、カラザはセイの眷属になり、そのままその部屋で数日ほど過ごした。
……なお、加護とは上位者から下位者授けるものであり、神であるカラザに授けられたということは、セイは神であるカラザより上位だという証明であるのだが、そのあたりの知識のないセイは気が付かなかった。
『個体名・カラザの能力により個体名・セイの【変心誘発】が誘発されました』
『個体名・ナビが防衛しました。このスキルによる影響はありません』
『このアナウンスは個体名・セイには表示されません』
「誰だ?」
数日たって落ち着くと、セイがまた扉の向こうに誰かいることに気が付いた。
いや、だれかではない。ここにいるのはセイとカラザを除けば候補が一人しかいない。
衣服を整え頭をさげ、出迎える。セイには信仰心は薄いが、仮にも上位者。礼節を示すのは当然だ。
「初めまして、ロダン様でしょうか」
「そうだ、お前が封印を解いたくれたそうだな。礼を言う」
「お役に立てて何よりです」
セイは礼儀作法に詳しくないが、精いっぱい敬意をはらっているように振舞う。それでも足りないだろうが、敵でも味方でもないならフラットに身分や立ち位置に合った振る舞いをするのが常識だ。
「お前が我をヴィーナの下に届けてくれるそうだな。よろしく頼む」
「お任せください。直ぐに、と、言いたいところですが、ヴィーナ様の居場所は分からず、私にも予定がありますので、いつになるかは明言出来かねます」
「我をハイディに売られなけらばそれで構わん。もとより我の行動は私が決める。お前が案内すると言っても、我が気分でなければついてはいかん」
「でしょうね」
無茶苦茶なことを言っているが、セイは同意を返す。
今のセイの強さはS級冒険者を超えている。そして最上級の神であるロダンはさらにその上を行く。S級冒険者六人がかりでも勝ち目があるかどうか。ハイディ派の神が地上に降臨するくらいのことがない限るは身の危険なぞあるはずもない。
そして何より、ロダンは龍皇神ワクシャクの娘。ほとんど双子の様な分身だ。そのあり方はワクシャクとうりふたつ。無性から女性体になったことで多少は変わっただろうが、大自然の様にあるがままな生き方は変わっていないだろう。
「話はまとまったな、じゃあ子づくりをするぞ」
「は?うわっ!」
急に押し倒された。
「お前は強い。魔王と戦った時、我と肩を並べた人間たちに並ぶほどに。お前となら強い子が生まれるだろう。お前は我と対等だ」
「いやまってまってまってどういうこと?」
「記憶がなくとも本能で覚えている。我は子を残すために女体型になったのだ。強い子を産んでやる。お前も嬉しいだろう?」
「待って!ちょっと待ってごめん頭が追い付かない!」
咄嗟に押し返そうとして、その力の差に戦慄する。
セイの戦闘力はS級冒険者を上回り、中でもステータスにも表示される【力】は群を抜いて高い。その能力値と龍闘気を合わせた力は山さえ動かし、龍にも匹敵する。
(————————重い)
しかし龍のような力は、龍そのものを前に全く歯が立たなかった。
当然だ、相手は龍皇神ワクシャクの娘、龍皇姫ロダン。
人知を超えたからといって、天地自然の化身に勝てる道理はない。
セイを押し倒し、胸に手を当てる。体重は軽いようだが、起き上がれない。山さえ動かすセイの腕力でも、何一つ動かせない。
「分かった、理解した。そのうえで断らせてほしい。俺は子供が居ながら放浪しているダメな親でな。子供を作っても育てる自信がないんだ」
「安心しろ。龍は母親だけで子を育てる。お前は何もしなくていい」
「畜生これが種族差か!!……いや、本当に待ってくれ、せめて時間をくれ!」
「時間?」
セイに抵抗しても逃げる気はないと理解したのか、ロダンは手を離してくれる。押し倒されていることには変わりないが、少し楽になった。
「美女に迫られるのは嬉しいが、子供を作るなら今は無理だ。子供を作るからには俺も面倒を見たい。で、今の俺に子供を作っても面倒を見る余裕がないから無理。せめて時間をくれ」
「いいぞ」
「いいんだ」
あっさり受け入れられた。
「我も初めてのこと故、心の準備が万全ではないもの確かだ。生まれてからは五万年ほど経過したが、活動期間はまだ数日の幼子にすぎん。そうだな……百年後を目安にしよう」
「タイムスケジュールが異次元すぎる。俺はまだ百年も生きてないぞ。……だが分かった。気が変わるかもしれないが、とりあえず百年後まで仲よくしよう」
セイとロダンは握手を交わす。
「我を見つけ、解き放った新しき勇者よ。汝の未来に祝福を。過去と未来を見ない我は、汝の仲間として、汝の生を見届けよう」
「俺の早くに死ぬだろう。だが、俺は人生に悔いは残さない。あなたに記憶に残るものになるだろう」
力の化身と命の炎はここに出会った。きっとこの瞬間を忘れないだろう。セイはそう確信した。
(……)
その隣で起きていたカラザは何とも言えない目で二人を見ていたが、空気を呼んで黙っていた。
セイは無法者の街に戻って来た。
今は一人だ。ロダンはその辺を放浪。カラザはその従者にした。カラザはセイの眷属なので居場所は分かるし呼べばくるように言いつけてあるが、いつも一緒にいたいわけではないので、これでいい。
(これからどうするかなー)
今回のダンジョンアタックの目的であるダンジョンコアの吸収はできなかったが、それを補って余りある眷属と友神を得る事ができた。
しかし、それだけの力があっても、セイにはやりたい事がなかった。大抵のことはできるが、選択肢が多くてやりたい事が絞れない。
一番のやりたいことである「後悔せず戦って死にたい」も、そんな相手と戦えない理由が多い。
セイより強い者はいる。友人のトトキしかり、今回拾ったロダンしかり。もし世界を荒らして光の神ハイディを降臨させるのもいいだろう。
しかし、今のセイが死を覚悟する相手なぞ、戦うだけで世界への影響が大きすぎる。
本当にやりたいことなら、世界の影響なんて気にしない。しかしこんなことを考えている時点で、もしかしたら本当の願いではないのかもしれない。
今の自分では、気持ちよく戦えない。
セイは強い。夢などないのに、野望などないのに、ただただ強い。
気持ちよく戦えない。強すぎて、周囲を壊してしまうが故に。考えすぎて、余波で死ぬ人を思ってしまうが故に。
(………………)
気分が沈む。
こんなことなら、この世界に転生してすぐにゴブリンの群れにでも特攻をかまして死んだほうが幸せだったかも知れない。そう考えてしまうほどに、気分が沈む。
だが、同時に否定する。出来ることは全てやる。鍛えられる限り鍛える。思いつく限りの策略を取る。その上で全力を出し尽くし、敗北する。それが今のセイの夢だ。
限りなく困難だ。諦めたほうがいいかもしれないと思うほどに。
(まあいいか。そのうち解決できるだろう)
セイは切り替えて、冒険者ギルドに向かう。自分の目標を決め切れないセイにとって、依頼というのはありがたいシステムだ。今まで魔物の素材を買い取ってくれる場所くらいに思っていたが、今度は依頼を受けて人々との関わりに積極的になってみよう。
組織人になるものいいかもしれない。セイは地球では十七歳の高校生の時に死んだため社会人の経験はないが、上からの命令をこなすのは性に合っている。
気にくわなければ上の人間を殺してしまいそうだが、まあうまくやれるか試してみたい気持ちは確かにある。
この世界には面白いことも、分からないことも、知りたいこともたくさんある。
興味が引かれるものを追いかけ続けていれば、今よりマシな結論が出せるだろう。
『称号・【八大災禍】を獲得しました』
「ん?」
知らない称号が付いたようなので、とりあえずこれを調べてみよう。




