52話 悪霊竜神
S級ダンジョン『砂地獄』は遺跡型に分類されるダンジョンだ。入り口は聖領ガルダブブグナルの広大な砂漠の中心あたりにポツンとあり、その光景はまるで砂の海に埋没した遺跡が少しだけ顔をのぞかせている様にも見える。
入口を囲むように人が集まり街が出来ている。無法者の街ティパーラの冒険者たちがいちいち往復することを嫌い、冒険者ギルド主導で作り上げた迷宮都市のような街だ。
迷宮は魔物を生産・育成する牧場だが、魔物たちにとってはダンジョンコアを守る様に精神操作を受けているためか牢獄の様に感じるらしい。そのため魔物はダンジョンに入ろうとしない。
この性質を利用して、ダンジョンの出入り口という隙間のような安全地帯に小さな町を作り上げたのだ。
(まあ、今回は関係ないな。準備はティパーラでもう終えているし)
セイは人混みをすり抜けるように通り抜け、『砂地獄』に入っていった。
『砂地獄』の歴史は長い。人類が境界山脈の南側にたどり着いた時には聖領ガルダブブグナルが成立していたため、最古だと五万年前という神話の終わりの時代には発生していた可能性すらある。
これまでの歴史上で資料が紛失することもあったが、延々と挑み続けているため大まかな情報は分かっている。
基本的には砂漠に出現する生き物がそのまま変質したような魔物が出現する。しかし何故か竜のような要素を持つ魔物が多く、鱗が強力で並みの武器では歯が立たず、魔物のランクは最低では5だが冒険者は最低でもB級以上が推奨される。
高位ダンジョンにはよくあることだが、罠も強力だ。砂漠の様な環境であるため流砂の様な落とし穴が頻繁に発生し、どこからか吹き荒れる風に煽られ砂嵐が起こる中、毒性のガスや五メートル以上の大きな矢がどこからか飛んでくる。
深く潜る程熱さと乾燥もひどくなり、魔物が出現しなくとも生きていくことが難しい。
現在は九十層まで確認されており、二十五層までを上層、五十層までを中層、七十五層までを下層、七十五層以降を深層と呼称。まだ最下層は見えないが、深層ではランク10の魔物が多数生息しているためA級冒険者パーティでもなければ活動できず、S級ダンジョンに認定されている。
このダンジョンを攻略できるのは、肌を焼き水分を奪う灼熱下で生存し、水の様にきめ細かい砂で出来た地面でも自在に動き回る能力が必要になる。そんな存在はまずいないため、向こう五万年は誰にも攻略できないだろう。
「百層目クリアー」
しかしセイは余裕で攻略していた。
灼熱も水属性魔術で中和し、水の様な砂漠も宙に浮かぶことでクリアした。
ただでさえセイは魔術の達人だ。それに加えて膨大な魔力の持ち主だったが、『二心の悪神』を吸収し魔力が百億増えたことで使い切れないほどになった。
「次の階段は……あっちだな」
加えてセイにとってはダンジョンが迷宮と呼ばれる所以である入り組んだ地形も意味をなさない。もとより所有していた【ダンジョンコア接続】スキルが【神格:迷宮神】に覚醒したことで、ダンジョンに足を踏み入れた時点でそのダンジョンの情報全てを知る権限を得た。
さながら最初から罠や宝箱の位置さえ乗っている完璧なマップを見ながら正解の道を進むように、次の階層に続き階段へまっすぐ進んでいく。
悠々と進んでいくセイの前に魔物も現れるが、足止めにもならない。聖領の中心部……というか心臓部にして発生源でもあるダンジョンのレベルが低いわけではないが、同レベルの聖領ユグドラシルで活動し、悪神さえ倒してセイにはランク10程度の魔物は弱すぎる。
普通の冒険者がゴブリンを倒す様に、ランク10の魔物を倒しながら進む。
(しかし、このダンジョンは竜の魔物……いや、竜の要素を持つ邪悪な神が創ったのか?竜に近い魔物が多すぎる)
セイはダンジョンの情報を全て知る権利を持つが、このダンジョンの情報を全て解読出来たわけではない。
情報そのものは知ることが出来たが、主観的には一部の書類は黒塗りになっているような状態だ。察するに、このダンジョンのマスターが鍵のようなものを掛けたのだと推測できる。
ダンジョンは自然現象の一種であり、ダンジョンマスターはダンジョンコアが発生した近くにいた魔物が自動的に選ばれる。
しかし例外的に、邪悪な神もダンジョンを創造できるのだ。
ダンジョンを最初に創ったのは魔王であるため、その技法を共有された邪悪な神々も同じようにダンジョンを創れる。
いまのセイを欺けるほどのレベルでダンジョンの情報を守れるなれば、その相手はこのダンジョンを創造した神だろう。
(異世界から侵略にした邪悪な神々には、この世界の神々に龍神や巨神がいたように、精神体ではなく生物の様なものもいたという。恐らくこの世界では竜に分類される生態の、神の領域に至った生き物だな)
そして、その神はこのダンジョンにいる。
セイは獲物を見るような目で下の階層を見つめ、情報を解読できないように保護された二百層に向けて足を進めた。
二百層に着くと、そこはおそらく闘技場だった。
見た目は高い山に囲まれた谷だが、奥におそらくは宝物庫に繋がっているのであろう豪華な扉があることから、ここがダンジョンボスのいる階層と見ていいだろう。
『GAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!』
上空から怪物の咆哮が聞こえてくる。
常人であれば意識を刈り取られるであろう恐ろしい咆哮を響かせながら降りて来たのは、全身が砂で出来た龍だった。全長は五百メートル程度。砂を纏っているのではなく、砂が意思を持つように龍の形をとっている。
セイも初めて見る魔物だが、今見た情報によると、名前は砂龍。ランク15の怪物だ。
その殺意、魔力、闘志、迫力。ランク13以上の魔物は単独で大陸を滅ぼすと冒険者ギルドの資料にあるそうだが、その情報に違わぬ力を感じる。
「ま、俺の方が強いけどな」
セイが指を動かすと、周囲に大きな水の玉が創られる。
「砂の龍って、どうすれば死ぬんだろうな。霊系の魔物の様に瘴気を祓えばいいのか。それとも水で固めてから死ぬまで殴ればいいのか。それとも龍の形が取れないくらいばらばらにすればいいのか。実験させてもらうか」
『GUGYAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!』
結果的に、この砂龍はバラバラにするのが正解だった。風の魔術で全身を龍の形を保てないようにしたら動かなくなり、経験値が入ったので間違いないだろう。
三日でS級ダンジョンを攻略したセイだったが、あまり経験値は入らなかった。攻略を優先したためあまり魔物と戦わなかったからというのも理由の一つだが、やはり今のセイにとってはS級ダンジョンの魔物でもほとんどが格下だからだろう。
少し残念に思いながら宝物庫に入ると、そこには初攻略に相応しい膨大な宝物があった。
巨大な金塊に宝石、マジックアイテムでもある武器に防具など、金額にすれば適当な国で爵位が買えるほどの価値はありそうだ。
もっとも、S級ダンジョンを単独で攻略できる実力が有るなら国に仕官して爵位を貰うなど簡単にできるし、なんなら建国も可能なのだが、セイはそういう話にはあまり興味が無かったので少し認識がずれていた。
「ここが最深部……じゃない?もっと地下に階層があるな。そういやダンジョンボスも邪悪な神じゃなかったし、どうなっているんだ?」
セイは首を傾げながら宝物庫を漁る。セイは物欲が強いわけではないが、弱いわけでもない。一通り検分するつもりだ。
その時、部屋の片隅にあるオーブが目に留まった。
(あのオーブ、なんか力を感じるな……)
なぜか目に留まったオーブ。少し考えて、何に惹かれたのか分かった。
神気だ。
それも、おそらくは邪神の。
『待った!待ってください!』
セイがオーブを破壊しようと魔力を動かした瞬間、オーブにひびが入り、邪悪な神気が立ち上り、竜の形を作る。
竜、だと思う。大きさは一メートル程度と小さく、目が三つあり、全体的に黒い。背を丸めてこちらを上目遣いする姿には卑屈さすら感じる。
黒くて陰気な呪術師を擬竜化すればこんな姿になるだろうか。
『私は『砂と試練の悪霊竜神』カラザ。愛と生命の女神ヴィーナの僕です。あなたと敵対する意思はありません』
『砂と試練の悪霊竜神』カラザ。彼女はその名の通り元魔王軍の神だ。
そして同時に、魔王を裏切りこの世界の神に加わった神だ。
魔王軍は魔王と頂点とした集団だったが、だれも魔王に忠誠など誓っていなかった。圧倒的な力と不滅の神さえ滅ぼす能力で世界を支配し、恭順か死ぬかの二択を迫られ、恭順していたの過ぎない。
この世界に攻め込んだ時も同じだ。自分の命を握っている魔王に命令されたから、侵略した。そこに本人の意思はない。従うしか選択肢が無かったのだ。
だが、生命の勇者に勧誘を受けた時、新しい道が開けた。
彼は魔王と決別し勇者の仲間になるなら、この世界の神として迎え入れると約束したのだ。
カラザにとってこの選択肢は心躍るものだった。魔王は圧倒的な力で配下を従わせる暴君であったため、誰も逆らえなかった。逆らっても、この世界に来てしまった以上逃げ場など無い。
そんな中で示された新しい居場所に惹かれないはずがない。
だが、その後魔王には勝ったものの、生命の勇者たちは魂を砕かれてしまった。恩人の消滅を悲しむカラザが、ヴィーナに協力するのは当然だった。
その後、続いて起こったヴィーナとハイディとの戦争でカラザは大きく力を失ってしまった。
おそらくは負けるからと、カラザはヴィーナからあるものを預かり戦線を離脱した。そして恩人や同胞が封印されていくなか、一人で託されたものを守るためにダンジョンという守りを作り、眠りについた。
その後数万年の時を経て寝ざめたカラザは、肥大化しすぎてダンジョンから出られなくなっていたことに気がついた。
神の力の源は信仰だか、それは敬意や畏怖だけでなく恐怖も含む。
S級ダンジョン『砂地獄』を想像したカラザは『迷宮の神』の属性も獲得し、人々がダンジョンへ向ける恐怖も信仰として獲得できるようになったのだ。
元は悪霊竜神という霊系の竜神だったため迷宮の神としても格は最下位だが、他の有力な邪悪な神はハイディたちに封印されたため、残ったカラザに流れ込んだのだ。
カラザは霊系の竜、つまり力によってその大きさも肥大化する。肥大化しすぎで殻として作ったダンジョンから出られなくなったのだ。
そのため依り代を作り、約一万年。そろそろ出るかという時に……。
(なんだあの化け物は!)
どう見ても神である自分と同じくらいの魔力量の、人型の魔族がダンジョンにやってきた。
その男はあっさりとダンジョンを攻略し、最下層にやってきた。
しかも、直に見て確信した。
(何度計算しても私と同程度の、はち切れそうなほど膨大な魔力量。それにこれは魔王のかけら……?少し違うが、似た魔力だ。間違いない……!
しかも、術の時の神コククロと創造と空間の神シュヌマーの加護を受けている!)
神であるカラザはセイの状態を正確に見抜き、悲鳴をあげた。
それほどまでに二人の神は恐ろしいのだ。
コククロとシュヌマー、どちらも人命を重視しない、地球であればマッドサイエンティストと呼ばれるような神だ。
コククロは時の神という司るものの性質上、人は生まれ、育ち、死ぬ。というサイクルのスケールで人類を見ているため、人命を重視しない。
もちろん信者は大切に思っているため軽視もしないが、重視もしない。新しい術のためならば躊躇わず人間で実験くらいはする。
後から知った話だが、魔王をバラバラにして、その欠片で魔王の装具という武器に改造しようと提案したのも彼だ。
シュヌマーも創造の神という司るものの性質上、創造に伴う破壊も肯定する神だ。
作ることとは壊すこと。街を広げるために自然破壊を良しとし、獣が己の縄張りを守るために街を破壊することを良しとし、新しい子供のために万の命を生贄にすることを良しもする。
命の価値を認めながら、命の価値以上のもののためならば、命を犠牲にする神だ。
そして、犠牲にする命には神さえ含む。
魂を砕かれて消滅した同胞たる神の亡骸を前に、「これを使って神話級のマジックアイテムを作ろう」と提案して他の神々と殺し合いになりかけた話は、その悍ましさにカラザも聴いた時は震えたものだ。
そして、そんな彼らから加護を受けたということは、彼らと精神性が近いということだ。
(こ、殺される……!)
必要であれば神さえ実験材料にする精神性を持ち、魂を砕き神さえ滅ぼす力を持つ魔王の肉体を取り込んだ魔族が、こちらに攻撃しようとしている。
はっきりいって、命の危機を察して余りある。間違いなく、死ぬ。
ならばすることは一つ。
『私は『砂と試練の悪霊呪竜』カラザ。愛と生命の女神ヴィーナの僕です。あなたと敵対する意思はありません』
(お願いです殺さないでください……!!)
命乞いである。
「なるほどなー‥‥‥魔王軍からこの世界に寝返ったやつもいたのか、全然知らなかった。たぶん、術の神が眠りについた後の話か」
『はい。術の神や空間の神、風の神や水の神が眠りについてから、生命の勇者から勧誘を受けました』
セイはカラザの言葉に驚きつつも、その内容は素直に受け入れる。
セイはこれで術と時の神を信仰するもの。すなわち学問の徒だ。知らないでも否定はしない。検証はするが、ひとまずメモに記録しておこう。
『他にも何でも喋りますから、どうかいのちだけは助けてください……』
それにカラザが何だか可愛く思えてきた。竜だが、一メートル程度という小さな体ゆえか。
それに、ここまで命乞いをされればセイとて鬼ではない。
「そんなに怖がらないでくれよ。俺は誰彼構わず殺すわけじゃない。敵は殺すが、常にダンジョンの魔物たちがダンジョンマスターの命令で動いているわけじゃないことも知っている。殺さないよ。だから顔をあげてください」
『へ、へへへへへ。そうおっしゃるのでしたら……』
卑屈だ。仮にも神、それもヴィーナから何かを任されるほどらしいが、あまりにも卑屈。
そんなに命が惜しいのか。それとも、そこまでして生き残ろうとするから任されたのか。
「ところで、このまでさらに地下があるのはどうして?何があるの?」
『うぐっ!』
カラザは困ったような反応をしつつ、待っていると口を開いた。
『私と彼女、2人の身の安心を保証していただきたく思います。これを飲んでいただけるのであれば、全てをお話しします』
「いいよ」
カラザは驚愕に目を見開く。
この取引で圧倒的に優位なのはセイだ。無視して武力で強引に吐かせてもいいし、吐かなくても地下に進めばいい。
しかし、セイはそんなことはしない。敵であれば略奪するが、目の前にいる悪竜は敵ではない。敵でないのであれば、子供でも浮浪者でも対等な相手だ。
そんな意思を感じ取ったのか、カラザも覚悟を決める。
『ご案内します。ですが、どうかご理解ください。この先に居るのは、我らよりも遥かに高位の神なのです。御身もそのつもりでお願いいたします』
「俺は【神格】スキルを持っているだけで神ではないと思うんだが……まあ、分かった」
「はぁっ……はぁっ……」
『休憩しますか?』
「悪化しそうだから辞めとくよ。早く降りたほうが良さそうだ」
最下層のさらに奥につながる階段を降りる。
空間の魔力の濃度が恐ろしく高い。聖領の最深部をも優に超える圧倒的な魔力濃度。
階段を一歩降りるごとに濃度が増していく。軽いめまい、いや、酩酊感だろうか。
この空間も特殊なのだろうが、おそらく、一番下にいる何かがこの魔力を発しているのだろう。
「これは……すごいな、なんだこれ、今の俺より、さらに強いだろ」
セイは驚愕に目を見開く。
自信過剰は良くないことだが、客観的に言って、今のセイを超える存在はそうそう居ない。
なにせ今のセイは人類の最も高い上澄みであるS級冒険者を明確に超え、下位の邪悪な神々なら単独で撃破が可能なのだ。これを超えるものはいるとしても、まるで蛇と龍ほどの差を感じさせる相手など――——。
…………。
……………………。
………………………………確信できることも、ある。
ここは、神域だ。
『そうでしょう。このお方を超えるには、あと百万年後でも現れるかどうか』
階段を降り終わり、大きな扉を開ける。
その部屋は、まるでSF作品のような部屋だった。
古代の遺跡なのは間違いない。石造りの壁に、液体を保存している壺、書類も紙で、近代的と呼べる道具はない。
だが、この部屋に込められた思想とでも呼ぶべきものは、きっとこの世界のものでは無い。
『この部屋は、生命の勇者メテオが作った部屋です。さあ、奥へどうぞ』
奥の部屋に案内されると、この部屋には……いや、この世界には不釣り合いな、培養器の様なものがあった。
謎の液体で満たされた巨大な容器。そこに、一人の竜人族のような女性がいた。
白い肌、白い髪、紙には赤いメッシュが走り、体表には黒い鱗が生えている。
そして何より、角と、羽と、尻尾。
竜人族、では無いのだろう。竜人族は人と竜の混合種だが、この女性はまるで人の形に圧縮された龍そのものの様に感じる。
セイは直観的に、「ホルマリン漬けみたいだ」と感じたが、生き物を保存する、という意味では正しかった。
おそらくは寝ているのだろう。
いや、封印や休眠というのが正しいかもしれない。
確かなのは、あれが生きていることだ。死んでいるはずがない、前に立つだけで気を失いそうになる圧倒的な魔力量。意識を強く保たなければ触れ伏してしまいそうになる神気。
おそらく、このダンジョンに竜の要素を持つ魔物が多かったのはカラザの影響ではなく、こちらだろう。
穢れていない、神々しい魔力。
間違いなく、この世界の神、それも、最上位の。
「カラザ、これはまさか……」
『ええ』
カラザは肯定する。恍惚とした表情で。ありえない事実を。
『彼女は龍皇姫ロダン。
この世界を創造した十二の大神の一柱、龍皇神ワクシャクの娘です』




