51話 砂漠で消える神
『二心の悪神』ギガライア。彼は元々存在していた世界において最も格の低い神だった。
なぜなら、彼の司る物に価値が無かったからだ。
ギガライアの司るのは二つの心、つまりは心には裏と表、陰と陽が存在するという概念であり、転じて本人が自覚してないもう一つの心を開放させることだ。
しかし彼らが元々居た世界では心に裏と表がある者の方が少数派だった。多くの者は食べる、寝る、増えるという本能しか持っておらず、ギガライアの力は使い道が存在しない。
古の魔王を始めとする邪悪な神々の元々居た世界は極めて原始的であり、文明と呼べるものが存在しない世界であったがゆえに、『心』という概念を理解している者は少数で、さらに『心の裏側』など神々になってようやく理解できる概念だった。
神になった後は己の出身種族以外にも声をかけ信者を増やすのが普通の世界の中で、ギガライアは己の出身種族のみにしか奉じられない弱い神でいることに甘んじなければならなかったのだ。
それは魔王ベアルザティの下で魔王軍に加わり、この世界の神々や勇者たち、極伝使い達と戦った時も同じだった。
魔王を含めた邪悪な神々は元々の信者を見捨ててこの世界に侵略に来た。そのためこの世界では新しい眷属として魔物を創り出した。
しかし、魔物を創るための魔力も無限ではない。その神の力量によって創れる魔物の強さと数は左右される。ギガライアは他の邪悪な神々と比べて弱い魔物を、ごく少数しか創ることが出来なかった。当然のように勇者たちに直ぐに倒されて絶滅してしまった。
ギガライアは弱いまま魔王軍に加わり、弱い故に重要な役目を与えられず、そして弱いがゆえに勇者たちに目を付けられることなく、魔王と勇者たちの戦争を生き残ることが出来た。
そして、その後に彼の成り上がりが始まった。
この世界の神々も邪悪な神々も、その多くが封印されるか、もしくは力を失い眠りについた。そのため、この世界には光と法の神ハイディや愛と生命の神ヴィーナの目が届かない、邪悪な神々が活動できるだけの暗闇が出来たのだ。
ギガライアは手始めに主を失った魔物たちを僕にした。魔王軍で最弱とはいえギガライアは神、邪悪な神々の眷属である魔物を従えるのは簡単だった。
有力な邪悪な神々のほとんどが居なくなったことで、彼程度の低級の神でも、魔物たちの眼には希望の様に映ったのだろう。
同じような境遇の邪悪な神々と緩い同盟を組み、細々と生き延びて百年ほどたった時に、戦争を生き延びた神々と人間がいる大陸、通称人間界で大きな戦争が起こった。
後から知ったが、ヴィーナが獣人やダークエルフといった新種族を創ったことでハイディと諍いが起こり住処を分け、百年目にして、ついに吸血鬼や魔人族といった魔物との混合種を創ったことが決定打になり戦争が起こったらしい。
ヴィーナは敗北し大陸を二分する境界山脈を創造。その後眠りについたらしいが、ギガライアにとって重要なのは戦争後にヴィーナから離反した原種吸血鬼を信者に引き込めたことだ。
ヴィーナから離反したもののハイディの元にも行けない。そんな事情を抱えた原種吸血鬼が三人ほど、魔王の大陸にやってきたのだ。原種吸血鬼たちは全員がランクは13という、当時のギガライアよりも強かったが、吸血鬼という不老にして銀と太陽に弱い未知の生き物に変えられたストレスや信仰していた女神との決別というショックにより心が弱っていたため、『二心の悪神』であるギガライアは簡単に彼らを信者に出来たのだ。
約一万年ほどかけて力を蓄えたギガライアたちは人間界に進出した。
既に神々は地上を去り、勇者たちも寿命で死んでいた。
新しく出来た人間社会にいたギガライアの信者になりえる生き物、すなわち人間が目当てだ。
人間とは心に複数の側面がある生き物だ。
長い友人の結婚を祝福するが、同時に嫉妬が生じるのもまた本当だ。
美しいもの見て美しいと称賛する心は嘘ではないが、同時に台無しにしたいという気持ちも抱いてしまう。
気持ちの大きさに違いはあれど、全ての人間はそんな複数の心を持っている。人間とは己の信者になるべくして生まれた種族だと、ギガライアは確信した。
人間社会で信者を増やすのは簡単だった。
邪悪であれども神は神。人は、人よりも高位の存在から『お前は才能がある』『特別な加護を授けよう。己の心のままに生きるがよい』と神託が下れば、理性など捨てて己の心のままに生きてしまう。
その『心』が、ギガライアによって無理やり悪意を増幅させられたものと気づかずに。
『二心の悪神』ギガライアは無名だったが、三人の原種吸血鬼を広告塔に己の強さをアピールし、人間には『お前の本当の心を自覚させてやる……』と語り掛けることで信者にする。こうして己を信仰する宗教組織を作り上げた。
そうして五万年がたった現在、人間社会の誰もがその名を知り、恐怖という信仰を向けられ、ギガライアは魔王軍の一員だった頃よりも遥かに強力な高位の神になっていた。ほぼすべての神々がかつての力を取り戻していない中で、ギガライアは数少ない例外だろう。
人間社会は繫栄と衰退を繰り返し、その間に自分は力を蓄え続ける。愚かな神ハイディは法だの秩序だのにこだわり地上に降臨しない。このまま自分は力を蓄える日々が続く。そう思っていたが、ギガライアはある日肉体を取り戻したくなった。
ギガライアは弱さゆえに目を付けられなかったとはいえ、魔王軍の一員だった邪悪な神だ。極伝使いに肉体を破壊され、ずっと精神生命体だったのだ。
かつてのように肉体があれば出来ることが増える。そのため己の依り代を探すようになった。
とはいえギガライアは強大になりすぎたがゆえに依り代が見つけられなかった。持って一か月。悪くて数秒。それだけの時間で肉体が自壊してしまった。
困ったものの、早急に受肉した理由があるわけでもないため保留にし、信者を増やしていたある日、未来から時空の乱れを観測した。
誰かが異世界の扉を開いた。その事実に気が付いたが、彼は何もしなかった。恐らくは創造と空間の神シュヌマーが蘇ったのだろうと推測したが、彼には関係の無い事。
いつかはこの世界の神々全てを下し、この世界の神々の長になるという野望を抱いている彼だが、信者を増やす以外に出来ることは無いからだ。
それから百年後、豊穣の国ヒナルラで、婚約者を掛けた決闘が行われた。トト商会の設立者、アーゼラン・ウルディア。ギガライアも信者に出来ないものかと接近したが、極度の無神論者であったがゆえにギガライアの声が届かなかったためによく覚えていた。
そして、その隣に立つ男を見て、ギガライアの心は高鳴った。
(あれだ!あの人間ならば、我の依り代になる!)
ダンジョンコア。魔物を効率的に創るための牧場であるダンジョンの核にして、時と術の神が創った神工物。なぜそれが人の形をして出歩いているのかは理解できなかったが、彼が己の依り代になることは理解できた。
様子をうかがっているとぐんぐん強くなっていき、数年後には原種吸血鬼三人がかりでも手に負えなくなりそうだったので襲撃し、その肉体を奪うことに成功した。
この世界でも大神に準ずるほどの魔力量と、それを活かすことの出来る肉体が揃った。もはや敵なしだ。
洗脳が溶けつつある原種吸血鬼たちを完全に自我を書き換え、己の加護を受け取った信者たちを使い、アルケンシア大陸東部の人間社会を完全に乗っ取り、この世界で最も力のある偉大な神として君臨するという野望に前進する。その最終局面の第一歩目を踏み出す時だ!
『いぎゃああああああああ!!!!!!!!!!!』
しかし、セイの肉体を乗っ取ったギガライアは内側からの攻撃に悲鳴を上げた。
ギガライアが目を覚ますと、セイの精神世界、暴風雨が吹き荒れる森林にいた。
『こっ、これは何が……』
『ふはははははははははははははははは!!!!!!!!』
困惑したような疑問の声が、空から落ちる声に塗りつぶされる。
自我を塗りつぶしたはずのセイの声だ。
『馬鹿な!貴様、なぜ生きている!』
ギガライアの怒りのような疑問の声が森林に響くが、セイは意にも介さず己の理解が深まることに恍惚している。
『そうか!俺は、負けたかったのか!ありだとう!よぉく分かったよ!』
セイのこことは晴れ晴れとしてた。
ずっと疑問だったのだ。自分は何がしたいのか。全力を出したいと言いながら、力を蓄え続ける自分が分からなかったのだ。
けれど、ようやく理解した。
己の心の裏側を無理やり見せられて理解した。
地球人だった頃から抱えていた心を理解させられた。
探偵好きの馬鹿女を庇いナイフで腹を刺された時に生じた、次があれば庇うのではなく犯人を殴り飛ばすという思い。
幼馴染の女の子と話さなくなった時に生じた、悲しみと、また以前のように仲良くなりたいという思い。
兄のように慕っていた人への憧憬と、彼が挫けた時の暗い喜び。
この世界に転生してからの飲み込んだが、消化しきれていない思いを剥き出しにされた。
死んで転生した時、もっと後悔なく死にたかったという後悔。
生きるために村人を殺そうとし、村人たちにそれを受け入れられた時の卑劣な喜びと、代わりに差し出された赤子を育てる決意。
人を殺し、次にうまくやれなければまた人を殺さなければならない緊張の中、自分を救ってくれたララへの感謝。
自分を切り刻みながらも鍛えてくたスレイへの感謝と怒り。
自分がミンチになっても肉片をかき集めれば再生できると知ったとたん、じゃあ俺たちもとセイに剣術を教えてくれた傭兵団のみんなへの感謝と怒り。
ララを守れなかった自分への怒りと悲しみ。
それらを思い出し、セイは今自分が求めているものを自覚した。
『ああそうだろうな!俺は勝ちたいんじゃ無い、全力を出したいんだ!そして、それは負けたいということと同じ意味だったんだ!
あははははははははそりゃあそうだ!パンチングマシーンをぶっ壊したら数字が出ないもんな!俺の全力を受け止めれくるのも、つまり俺を負かしてくれる何かを求めていたのか!ようやく分かったぜ!」
ギガライアの権能によりセイは己の心の裏側を強制的に理解させられ、この答えに至ったのだ。ギガライアには感謝しかない。
『ありがとうお前のお陰だ!だがしねぇ!』
精神世界でセイは【分解魔法】を凝縮した滅びのビームを【魂砕き】を乗せて放つ。
『うごあああああ!?』
森羅万象を紐解き泡沫に返す力はギガライアの皮膚を裂き、肉を露出させる。間一髪で回避したものの、右腕を持っていかれた激痛に、ギガライアも怒りを滾らせた。
『【命解脈断ち】!』
『がはっ!?』
追撃に分解の魔力を剣の形にしたセイの剣技が心臓を切り裂く。人の形をとった以上、弱点も人のものに準じる。ギガライアにとってもセイの攻撃は無視できないものだ。
このまま殺す。そう考えたセイの期待を裏切る様に、ギガライアがセイの姿を捨て去り本来の姿を露出させる。
頭部が肥大して全身を飲み込み、体表に大きな目が一つ、それを囲むように無数の眼が浮かび上がる。直径は五百メートル程度。まさに肉の星、言い伝えには邪悪な神々は直視すると狂うから直視するなとあったが、まさにその通りの見た目だ。
『自分そっくりの相手を躊躇いなく切り刻むとは、狂った奴め』
『狂った見た目の生き物に人格を否定されるのは初めてだよ!』
『その軽口もここまでだ』
ギガライアはその眼でセイを直視すると、【邪視】と呼ばれる魔眼を発動する。見ただけで効果を発揮する魔眼、その中でも邪悪な神々が使う【邪視の魔眼】。その効果は様々だが、今回ギガライアが使用したのは悪心の激痛化。
妬みや嫉妬、怠惰に憐憫など負の心を持つ者に、その心に応じた痛みを与える恐ろしい魔眼だ。
『あっはっはっはっはめちゃいてぇ!だが死ねや!』
しかしセイは全く動きを鈍らせず【飛解斬】を放ちギガライアの体をそぎ落とした。
『なぜ動ける!貴様の様な弱い心の持ち主には、全身を潰されるような激痛のはずだ!』
『ああ全身が痛いさ!衣に包まれて天ぷらにされるとこんなかんじなのかねぇ!だが関係ないのさ!』
セイの動きは止まらず、加速していく。肉の触手を掻い潜り、肉の星を解体していく。
『お前は俺のもう一つの人格となり、主人格に成り代わることで俺の力を奪った!ならば!俺がお前から人格の主導権を奪い返せば、その力の全てを俺のものにできるってことだよなぁ!
あははははありがとう!お前が俺の中に入ってくれたおかげだよ!』
セイは狂喜乱舞のままに剣を振るう。
それはさながら鯨を果物ナイフで解体するような無謀な光景だが、この世界で神域の剣術に至ったセイにとっては無謀でもなんでもない。
『さぁ!偉大なる長い時を生きた邪悪な神よ、美味そうな肉質じゃねぇか!その肉を寄越せ!喰らい、お前の力を取り込んでやるさ!【龍斬飛連刃・葉隠れ】!【巨剛剣・海底返し】!!』
セイが刃を飛ばす【剣神術】の武技を連続して発動する。加えてその刃は眼球に葉っぱがかぶさった一瞬の隙間を縫うように放たれ、ギガライアには視認できない。
さらに間髪入れずに剣を巨剣に作り変え、海水を海底ごとひっくり返すような衝撃を叩きつける。
全ての攻撃がギガライアに直撃する。この世界の大神に準ずるほどの力を持つに至ったギガライアはB級冒険者の攻撃でも瞬時に癒せるが、【分解魔法】の魔力で作られた剣によるダメージは治らず蓄積されていく。
いや、それどころか傷口から汚染されるように傷が広がっていく。セイの分解の魔力は濃厚なソースの様に絡みつき、対象を溶かすのだ。
加えて【魂砕き】の力も驚異的だ。無数の斬撃が体を切り刻むたび、強力な衝撃が体を通り抜けるたびに魂が削られるようにギガライアという存在が消滅していく。
神である彼は精神生命体であり、恐怖と喪失感は人間が感じるそれの比ではない。
だが、それ以上に精神的な怒りの方が大きかった。
『貴様ぁ!肉を寄越せダト!?我はギガライア!この世界に君臨せし、人類を最も脅かす悪神であるゾ!』
ギガライアは神だ。恐れられ、避けられ、畏怖を向けられる存在。そうでなくてはならない存在。だというのに、食肉扱いする不遜な態度には命の危機を凌駕するほどの怒りを覚える。
『矮小な人間の分際で!術の神と破壊の神の眷属に過ぎない分際で!我に逆らうな!』
ギガライアは全身を上昇させ、一気に落下する。重量による押しつぶし。単純であるが、それゆえに防ぐことが難しい。加えてギガライアの肉体は呪いに塗れている。触れれば邪視など比較にならない激痛に襲われるだろ。
『甘いんだよ雑魚だ!』
狂乱状態のセイの頭に回避など無く、全力をもって迎え撃つ。
【限界超越】、【聖剣限界突破】、【龍闘気】、【魂砕き】、【神殺し】、【万物同化】のスキル。これに加えて【潜在能力解放】、【聖剣降臨】、【聖拳降臨】、【全属性耐性付与】、【速度上昇】、【生命昇華】、【龍力】、【山脈防御】、【暗黒の祝福】、【空間圧縮】、【聖火再燃】、【風の終わり】の魔術を重ね掛けする。
高速で落下するギガライアを見上げながら、落ち着いて地面をたたく。精神世界から現実世界にその衝撃は駆け抜け、帰ってきた魔力を剣に乗せて最強の攻撃を放つ。
『【極伝・明星】』
トトキから「半径百キロ以内に人がいないと確信してから使え」と注意された技を、精神世界であるがゆえに全く気負わずに放ち、ギガライアの魂を切り裂いた。
『————なぜ、だ……』
『すげーそんな状態でまだ生きてのかよ。あ、精神世界だからか?』
密林も暴風雨も何もかもが消えてなくなった白い世界で、わずかに残った破片は嘆くように問いかける。
『我は、五万年もの間、人間から畏怖を向けられた神……だというノに、なぜ貴様程度に負ケるのだ……』
『まじで言っているのかよ』
ギガライアには分からないようだが、セイからすれば考えるまでもない当たり前のことだった。
『神には向き不向きがある。愛と平和の神と悪意と戦争の神が殺し合いをすれば、悪意と戦争の神が勝つ。もし文明の発展度合いで勝負すれば、愛と平和の神が勝つ。そんな感じだ。神々は神々という総体で全能となる。一柱の神じゃあ、全能じゃない。
で、お前は『二心の悪神』。人をそそのかす神だ。俺と殴り合いになった時点で、お前の負けは決まったんだよ。ざーこ』
セイはギガライアを踏み潰してとどめを刺す。
五万年にもわたり人間を魔に引きずり堕とし、吸血鬼を使って人間社会を裏から操っていた邪悪な神にしては、あっけない最後だった。
『生命力が五十万増加しました』
『魔力が百億増加しました』
『【神格:悪神】を獲得しました』
『ユニークスキル【変心誘発】を獲得しました』
『ユニークスキル【邪視の魔眼】を獲得しました』
『【神格:悪神】が【ダンジョンコア接続】と融合し、【神格:迷宮神】になりました』
「ふー死ぬかと思った。……って、なんで全員気絶しているんだ?」
ギガライアとの人格の主導権争いに勝利し、精神世界から現実世界に帰ってこれたセイだが、セイにギガライアを降臨させた吸血鬼達は全員が気絶していた。
「………………そういえば、魔王に神が消滅させられた時、その信者はたちは神の断末魔を聞いて気を失ったという話を聞いたことがあるな。俺は吸収したけど、消滅と言えば消滅だし、それと同じことか」
近づいて頬をぺちぺち叩くが、反応がない。完全に気絶している様だ。
「このままじゃ朝になって太陽に焼かれるな…………うん、ま、こいつらも被害者……とは言い切れないけど、今回は全部ギガライアが悪いってことで助けてあげるか」
吸血鬼たちを全員日陰に移動させた後、ひと眠りしてからセイは目的地であるS級ダンジョン『砂地獄』に向かって歩き始めた。




