47話 この世の終わりみたいな技
龍、この世界でも屈指の強さを誇るその種族は、今は亡き龍皇神ワクシャクの子孫たちのことだ。
この世界を創造した十三柱の大神、その中でも龍皇神ワクシャクは巨人神や獣皇神と同じく嵐に雪崩、地震に津波といった大自然の脅威を象徴している神。
彼らはワクシャクのように天地自然の化身として君臨していたが、異世界からこの世界を侵略に来た魔王との戦いの中でワクシャクが敗北したことを機に、魔に落ちてしまうものも現れた。
そんな魔に落ちた龍が魔王の命令で生み出した魔物、それが竜である。
所詮は魔物の一種であるが、この世界で最も強い龍皇神の血を引く竜は魔物としても優秀で、強くなりやすかった。
セイとトトキが戦っている木龍も、そんな低ランクの蛇のような魔物がランクアップした存在だ。元は土蛇という地中に暮らすランク2の魔物であり、モグラのように土を泳ぐだけが取り柄の、毒も持たない弱い蛇。
そんな蛇がランクアップを重ねて生命属性を獲得し、土属性の質量と生命属性の生命力を手に入れたことで強くなっていき、最終的にはランク17という人間社会では確認されていないほどの超強力な魔物に至ったのだ。
現在ではステータスに記載されている種族は大陸龍。巨体と超高密度の肉体が特徴の単一種族であり、その質量は大陸一つ分。横にクジラを置けばクジラが羽毛に見えるだろう。
そんな大陸龍だが約三万年ほど前に、生命属性の性質を昇華させ【樹界魔法】という力に目覚めた。それは樹を操る力だった。強くなりすぎて何もすることがなくなった彼は【樹界魔法】の力で巨大な樹を作り、周囲に大規模な森を作り、長い眠りのための寝床とした。
それが聖領ユグドラシル。この世界を汚染する穢れた魔力の発生源にして、穢れた魔力を吸収してこの世界を浄化する特異な領域。本来はこの世界の異物にして外的である魔物が、人々に恵みを与え、この世界に滅亡を遅らせているイレギュラー。
そんな神の様に人々に恵みを与えている大陸龍だが、現在は三万年ぶりの命を懸けた激戦を丸一日繰り広げていた。
「ウ”ォ”ォ”ォ”ォ”オ"オ"!!!!!!」
大きすぎてもはやその声が武器になるほどの咆哮を上げながら、その巨体を横なぎにして攻撃する。
その攻撃は人間であれば回し蹴りに相当するだろう。蛇の様なその体からは正確には読み取れないが、おそらく人間でいう腰のあたりを起点に体を回し、その質量を叩きつける。
大陸の半分ほどの質量が、半径約四キロの円を描いて迫りくる。
「【金剛体】!【金剛壁】!」
狙われたセイは【格闘術】と【鎧術】の武技を発動する。闘気も全開。結界も全開。ただでさえセイの肉体は極めて頑強だが、凡庸なの冒険者では発動できない防御用の武技と魔術を重ね掛けされたことでその防御力は核シェルターにも匹敵する。
「ぐあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
しかし大陸龍の一撃は核シェルター程度、容易く破壊する。
「シ”ャ”ア”ア”ア”!!!!!」
衝撃をほとんど殺せず空中に打ち上げられたセイに大陸龍は追撃する。
その攻撃は、人間で言えばかかと落としが近いだろう。刀を返す様に、尾を返し上空から叩きつける。ただ持ち上げるだけで上空約四キロまで持ち上がった尾が振り下ろされる。
まるで月が落ちて来たかのような衝撃が走り、直径十五キロのクレーターが出来る。
当然、その中心で押しつぶされた生き物が無事であるはずがない。まず間違いなく木っ端微塵。なにかの間違いで人型を保っていても、内臓が全て破裂するくらいはあるだろう。
「ぐ、お”、お”お”お”お”お”お”!!!!!!!!!!!」
しかし、セイは何かの間違いの様な生き物であり、かつ現在は内臓が無い生物だった。
セイは己の肉体を改造できることを発見した際に、人間の体を調べ上げた。
そして「人間、そもそも戦いに向いていない」という結論を出した。
人間に限った話でも、牙も爪も無く、毒も翼もない。武装しなければ敵にとどめを刺せないし、敵の攻撃で容易く肉を切り裂かれる。もし切り裂かれなくとも、打撃で骨や筋肉、主要臓器が負傷すれば戦うことなど到底できなくなる。
そのためセイは「戦う時臓器とか全部摘出しよう。その方が強い」という暴論を出した。
【分解魔法】により生命の設計図を一時的に書き換えたセイの今の肉体には臓器が無い。生物が戦いの際に当然生じる負の影響を一切排除しているため、セイの魔力が尽きない限り万全の状態を維持できる理想的な形態だ。
「ギュ”ア”!?」
「放すかよ!」
セイは周囲の地面を手の様に動かし大陸龍を拘束する。勢いのついていない状態であれば、ただの力比べだ。セイの通常の【力】は約二万。はっきり言って大陸龍とはくらべものにならないほど弱いが、力を数倍に上昇させる【超力】スキル、全ての能力値を数割上昇させる【全能力値増大】、そして何より膨大な魔力を生命力に変換し、その生命力を燃やした全力の【闘気】。ここまで重ねれば二十秒ほどは拘束できる。
「トトキ!」
「分かってるよ」
そして、今のセイは珍しく一人ではない。
距離を取って待機していたトトキが攻勢に出る。溜めていた魔力を開放し、龍脈を揺らす。
「!?」
大陸龍が驚いたように背後を振り向く。ここ三万年で最も強力な死の気配。そんな気配が視認することも難しいほどの小さい生き物から放たれていることに驚きながらも、大陸龍は周囲の樹を操作して壁を作る。
【樹界魔法】。それはただ樹を生やすだけでなく、その性質さえも理を無視して操作する力だ。
金剛の様に丈夫にされた繊維が絡み合い、神の鉄オリハルコンにも匹敵する丈夫な樹々の盾が構築された。その盾はトトキの全力の一撃を防ぎきることは間違いないだろう。
「極伝よ、回れ」
しかし、大陸龍の意識がトトキに向いたのと同時に、セイも極伝を発動する。
この一年、すっかり仲良くなった二人はお互いの技や魔術を教え合った。極伝はその一つだ。
そして魔力の扱いならば、セイの方が圧倒的に優れている。
トトキよりも圧倒的に多い魔力が龍脈に叩きつけられ、それに比例した膨大な魔力が返ってくる。億単位の魔力を無理やり体に纏い、取り出した剣を握りしめる。
「!?、!?、!!??!!!!」
ランク17の魔物である自分を殺しうる攻撃が前後から同時に放たれていることに、大陸龍の混乱は極みへ到達する。捕食と攪拌の混邪神エルルルルルルさえ喰い殺した自分が、なぜこのような危機的状況に、と。
「【極伝・不迷の家】」
「【極伝・大精霊】」
セイから放たれた万物を断つ斬撃が大陸龍を真っ二つに両断し、トトキが放った真空の狐の尾が大陸龍の首に穴を開けた。
即死。検分するまでもなく死体。
二人の勝利だ。
「ふうっ!結構強かったな」
「ああ。さすがはランク17。神々の中でも戦いに秀でた戦神の上の下くらいの強さという評価は打倒だったようだ……ん?」
「あれ、死んでない?」
「だとしてもあと数秒で死ぬと思—————あ、まずい。この魔力は【魔王の欠片】だ」
大陸龍から膨大な穢れた魔力が沸き上がる。死に体の魔物としてはありえないが光景だが、経験豊富なトトキはこの状態に見覚えがあった。
【魔王の欠片】。この世界を侵略しにきた異世界の神。この世界の偉大なる大神さえ消滅させた魔王。最後のは勇者たちに敗北し、肉体を魂をバラバラにされ封印された破片。その中でも肉体の欠片が宿主を乗っ取る時の症状だ。
胸元が肥大化し、そこから全身に黒い血管の様なものが伸びる。
大陸龍の首元に空いた穴が塞がり、両断された胴体が逆再生するようにくっつく。
そして【息吹】を放つ。
先ほどとは比較にならない。最初に見せた【息吹】が地形を変えるものなら、こちらは地形を消し飛ばすもの。とめどなく吐かれる【息吹】はがりがりと地形を削り、深さ一キロほどの幽谷を作ってしまった。
当然、【息吹】が直撃した生き物が生きているはずもない。
「ん?思ったより弱い?あいつ。というか、属性魔術を使えなくなってないか?」
「ああ、魔王は属性魔術を使えなかったので、【魔王の欠片】に寄生されたものも属性魔術を使えなくなる。能力値が上昇する代わりに、スキルが全部使えなくなる、って感じかな」
「まじかよ。じゃあ楽勝だな」
「それに能力値が上昇するといっても、それは固定値。ランク1がランク10になるけど、ランク17のこいつからすれば誤差だろうね」
しかし、直撃しなければ全く問題ではない。
土ぼこりが晴れると、セイは鋭角の【結界】で、トトキは風の精霊で中和し余裕で対処した二人の姿があった。
しかし、大陸龍の姿は消えていた。
「なっ、なんだこの状況は!?なぜ俺を狙うんだ!?」
突如響いた声に振り向いて見れば、そこには貴族の様な格好をした男が大陸龍に追われていた。
「誰だあいつ」
「吸血鬼、かな?なんでこんなところにいるんだろう」
二人は知らなかったが、彼の名前はベオラン。吸血鬼ハンターから命からがら逃げきり、反撃のために大陸龍を使おうとこんな奥地までやってたものの、セイたちの戦いに混ざれず気をうかがっていた原種吸血鬼だ。
そんな彼が、何故か大陸龍に追われていた。食べられそうになりつつも間一髪で逃げ切っている姿は滑稽さすらある。
「なんで急にあっちを狙ったんだ?よく分からないけど、攻撃したほうがいいよな」
「そうだね。気になることはあるけど、それより今のうちに……まずい!セイ、あいつを喰わせるな!」
「えっ?」
出会ってから初めて大声を上げたトトキに気を取られていると、ベオランは大陸龍に食べられてしまった。
あちゃあと額に手を当てるトトキを他所に、大陸龍の肉体が変化し始める。
羽が、牙が、顎が、角が、脂肪が、鱗が、甲羅が、眼球が、爪が、右腕が、触手が。数えきれないほどの意味不明の部位が体から生えてきた。
片手の指の数が三十を超え、牙が顎を突き破り、鱗が引き延ばされては縮められ甲羅の形となり、触手の先端に眼球が浮かび上がる。
率直に言って、直視すると気が狂いそうだ。
「気持ちわるっ!なんだありゃ!」
「……最初に大陸龍が使ったのは【魔王の肺】の一つだけ。だけど、たぶんあの吸血鬼が持っていた無数の魔王の欠片を吸収したんだ」
「へー、じゃあ取り込んだ魔王の欠片を融合し始めてるわけか。不味くない?」
「正直、かなり不味い。どうしたものか……天狐たちを呼んだ方がいいかな」
口調こそ軽いが、極めて悪い状況だ。【魔王の欠片】は一つでも脅威だが、複数の欠片が集まると、相乗的にさらに脅威になる。
それも当然だ。全ての欠片が集まると、大神さえ殺した魔王の肉体が復活するのだから。
魔王の欠片の知識があまりないため軽く聞いていたセイだったが、大陸龍の部位の一つに無視できないものがあることに気が付いた。
「あの欠片はまさか……顎か?欲しい。トトキ、金で埋め合わせをするから、あいつの素材は全部くれ」
「いいよ。というか一人で倒すなら全部譲るよ。お金には困ってないし」
「神かよ。さんきゅー」
「人だよ。というか、一人で倒せるの?」
「ああ。最終兵器を使う」
「最終兵器?……ああ、あのこの世の終わりみたいな技か」
「この世の終わりって酷い言い草だな。世界を終わらせられる必殺技なのは間違いないけど。しばらく倒れるからやりたいないけど、ここは使い時だ」
トトキは安心したように一歩下がる。一年間一緒にいたことで、トトキはセイの事を正しく理解している。
この技なら、確かにセイが勝つ。むしろ自分は足手纏いだ。
一人で前に出たセイは切り札を使う。
【分解魔法】。【構築魔法】。チヨウ国の秘密部隊の男と戦った時に使用した世界を削る魔術に、トトキに教わった極伝。そしてセイのダンジョンコアという高位の種族の体を組み合わせた最終兵器。
「自己強化、【■■■■■】、発動!」
「疲れた………………………………」
「お疲れ様。すごいな、本当に一人で倒しちゃった」
戦いは終わり、そこには世界の終わりの様な光景が広がっていた。
天に届くほと巨大だった聖樹ユグドラシルは折れ、直径三千キロはあった聖領ユグドラシルは中心から千キロほどが消えた。戦いの中心地では空間が壊れているとしか表現できないほど連続性が破綻し、右から飛んできた岩が上空に真っ直ぐねじ曲がって進んだ。
セイも無事ではない。疲労困憊。普段なら余裕で殴り殺せるランク6の魔物が相手でも、今なら負けるだろう。
時間経過で回復するが。
「ああ、そうだ。素材を回収しないと」
セイの足元から影が広がり、大陸龍を包み込む。
【影収納】。セイが普段使いしている便利な空間魔術だ。本来なら空間魔術は異空間との窓口の調整が困難であるが、セイは影を媒介にすることで解決している。もし光が強い日は出入り口である影が薄くなり多くの魔力を使わないと出し入れできないという欠点もあるが、普段使いには便利なのだ。
「げぷっ、さすがに大きいな」
「でも血の一滴も漏らさずに収納できてるね。大したもんだよ」
「ふふっ、ランク17の魔物なんて、血だけでも同じ重さの黄金と交換できるからな。自分でも使ってもいい。置いていけるものはないよ」
「それは安売りしすぎだよ。それよりふらふらだけど大丈夫?おんぶしようか?」
「はははっ……だ、大丈夫。さすがに全長七キロの龍は大きすぎて……重すぎて……異空間も今まで以上に広げたせいで最大魔力量を圧迫されてるけど、平気平気……」
「そっか。無理はするなよー」
軽口を叩きながら、今度こそ街に帰還する。




