45話 獣人の原種
聖領ユグドラシル。最深部には神に匹敵する魔物が住む危険地帯。その中層と上層を繋ぐ道を二つの人影が歩いている。
その身形は全身を覆うローブに急所を守る簡易鎧、腰にはポーションや毒薬を入れたポーチに、背には食料を入れたリュックという、異常なまでに少ない装備。
もしこの程度の装備で中層に一か月いたと告げれば怪物と恐れられ、深層に一年いたと告げれば詐欺師と思われるだろう。
そんな無駄にハイレベルなことを試したが、その成果はあったようだ。
「なあトトキ。やっぱりさぁ、金を出せばご飯が出てくるって素晴らしいよね」
「そうだね。俺も虫で腹を満たすのは量が足りなくて大変だなんて、忘れていたよ」
そう。セイとトトキはこの一年の山籠もりで、人間社会の便利さを再認識していた。
「いやさー服がほつれても俺が縫えるし、その辺の植物から糸も作れるようになったけど、やっぱり人に任せたいよ。趣味なら楽しいのにノルマがあるとつまらなくなるのってなんなんだろうな」
「分かるよ。俺も趣味で毒薬や美容品を作って誰かに送ることはあるけど、必要なときは店で買ったほうがいい。こだわるべきところじゃない」
セイとトトキ。この二人は人間でありながら、人間社会の外でも生活が出来る特異な人物たちだ。
通常の人間は一人で生きていけない。それは精神論ではなく、実生活の話だ。住居一つとっても自力で建設するどころか修理すら困難で、腹を満たすことも店で食材を買わなければならない。これはどれだけ金があっても、権力があっても、武力があっても同じこと。
つまり、本質的に孤立することは出来ないのだ。
しかしこの二人は違う。生まれてすぐに森に捨てられ、十歳まで自力で育ったトトキと、本質的には無機物であり最近は空気中の魔力を呼吸で取り込むだけで代謝を賄えるようになったセイ。
全裸で森に放り出されても平然と生きていける。
しかし一度離れてみれば、人間社会のありがたみを実感した。
セイはおやつ感覚で動物の臓器を食べるし、トトキも虫を食べるのは料理の手間が面倒だからだ。
金を払えば大抵のものが手に入る人間社会。素晴らしい。
「おろ?なんだあれ」
「んー兵団、騎士団?だね。なんだろう」
中層から上層に向けて歩いていると、道を塞いでいる集団が見えてきた。
装備品の印象としては綺麗、もしくは上品、だ。魔境に入る戦士はだいたい冒険者か兵士。装備が綺麗なのでおそらく兵士か騎士だろう。
基本的に魔物を狩るのは冒険者の仕事だが、不測の事態への対応や兵士の訓練として魔境に入ることがある。そのため兵士や騎士が魔境にいることはおかしくない。
ただおかしいのが、彼らの視線はトトキに向いており、かつ憎悪の色が乗っていることだろう。
「止まれ!!!!!」
先頭に立つ男性が恫喝してくる。やはり視線はトトキに向いている。
年は二十五歳くらいだろうか。この国では一般的な金髪碧眼の男性、身形を見れば貴族と分かる。身に着けている鎧も無理している様子は無いので、武門の貴族だろう。
あ、もしかして兵団じゃなくて、貴族の私兵団かもしれない。
「トトキ、知り合い?」
「いや……、んー……?……知らない人だね」
「じゃあ無視する?」
「そうしたいけど、そういうわけにもいかなさそうかな」
「無視するな貴様ァ!!我が名はデンバー・ヘルバ!貴様に殺されたココバー・ヘルバの孫である!我が祖父の仇、討たせてもらう!!!」
貴族っぽい青年、デンバー・ヘルバというらしい人物は剣を抜き、今にもこちらに斬りかかってきそうだ。
背後の私兵団も前半分の兵士は剣を抜き、後ろ半分の兵士たちは杖を構える。両脇から出てきた重装な兵士たちは身の丈ほどの盾を前に突き出す。
一般的な陣形だ。前衛を防御力の高い兵士で固め、中衛を身軽な剣士で固め、後衛に脆いが火力の高い魔術師を配置する。戦争でもよく使われている。
「仇らしいよ」
「らしいね………………やっぱり思い出せないけど、どっかで殺した人の孫みたいだ」
「えー覚えてないのかよ。そういうの良くないらしいよ」
「セイが言っちゃダメな言葉だと思う」
殺気だった私兵団を前にしても、セイとトトキは変わらず軽口を叩き合う。見る目がある者は二人が戦闘態勢に移行したことに気が付いただろうが、見る目が無いのでデンバーは気が付かなかった。
「行くぞぉ!!!死ねぇぇぇぇ!!!!!!」
先陣を切るデンバーに続き兵士たちも襲い掛かってくる。
貴族というのは一般的に戦場では指揮官を務めるので先陣を切ってはいけないと思うが、それだけ憎悪に囚われているのだろう。
「どうする?」
「そうだね。殺そう」
「大丈夫なの?」
「ああ。死体は森が隠してくれるからね」
「なるほど」
……。
…………なるほど?
「え?それって大丈夫って言っていいの?」
「「「うおおおおおおおおおおお――――――!!!!!」」」
「まあいっか。森の中で殺しに来た奴に法とか気にしなくても」
祖父だという人の死にセイは関係ないはずだが、物理的に隣にいるため兵士たちも気にせず襲い掛かって来る。
復讐。その気持ちに理解を示せなくはないが、法に従うのではなく、法の届かない場所で剣を向ける道を選んだ以上、暴力で語るのみだ。
「つーか弱いなこいつら。普通の兵士と同じでE級冒険者相当、ランクでいえば3くらいか」
「「「ぎゃああああああああ!!!!」」」
迫りくる兵士たちをずんばらりんのばっさばっさと切り捨てる。
兵士は弱かった。いや、平均的な兵士と同程度の強さはあるが、ランク10の魔物とも平気で殴り合えるセイからすれば雑魚だ。適当に剣を振るうだけで、土埃を共に肉塊となって飛んでいく。
熊やライオンは強いが、山のように大きい怪獣に敵うはずもない。
何もできずに私兵団は壊滅し恐慌状態になった。
何をしに来たんだと思うが、これは彼らがセイという追加戦力を予想していなかったことが原因……ではないな。
「セイ。私の強さは調べればすぐに分かる。その上で襲い掛かってきた以上、私にも通用にする切り札があるはずだ」
「なるほど。この私兵団は囮ってことか」
デンバーの首を掴んで持ち上げているトトキを信じて探知に集中してみると、確かに南に十五キロ進んだあたりに変な魔力があることに気が付いた。
「くっ、くくくくくくはははっはははっははははあ!!!よくぞ見抜いた!だが遅い!
魔人族より購入した獣人のアンデットの力、特と見るがいい!そして私の真の力もな!さあぁああ!【悪魔の瞳】よ、私にちか――ぎゅぺっ!」
トトキはデンバーの首を握力で切断した。
「トトキ、なんか変な魔力が塊に凝縮されて、こっちにすごい勢いで向かってくるぞ。この気配、以前戦った死の王に近い気配だ」
「死の王というと……魔境クラリセンの主だったやつか。そいつに近いなら、冥府の魔力でアンデットにされたのかな」
二人が考察していると、森から大きな人影が飛び出してきた。
弾丸のようにすっ飛んできた人影を、トトキが受け止める。山竜の突進すら受け止める実力者のトトキが、少しだけだが、確かに押し込まれた。
「廻れ」
何かを唱えるとトトキの【闘気】が急激に活性化され、人影を跳ね返す。
「お前が押されるなんて、強いな」
「ああ、気を抜くなよ」
人影は身長は五メートル程度、四肢は大木の幹ほどもあり、尻尾はしなやかながら急ブレーキにも使えるほど強靭。
そして、見た目が虎で、全身が毛むくじゃらだ。
「……二足歩行の虎?あれ、獣人って人族に獣の要素が少しだけあるって聞いたけど、デマだったのかな」
「いいえ、合っているよ。たぶんこいつは獣人の原種だ」
「原種?」
「獣人の始祖の直系の子孫。もしくは先祖返りだよ。獣人の始祖はそれぞれの獣王と愛と生命の女神ヴィーナが交わって生まれたけど、その獣人の始祖たちは二足歩行の獣だった。そんな始祖と同じように完全に獣の姿で生まれるやつが稀にいるんだよ」
「ほー、それは知らなかった。強いの?」
「もちろん。獣人の始祖、つまり神と神の間に生まれた新しい神と同質の力を持っているからね」
「があああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
咆哮が轟く。木々を揺らし大地を揺らし、天さえ揺らしていそうな大威圧。神秘性すら感じさせえる狂暴性。時代が時代なら神のごとき英雄とでも呼ばれていそうだ。
しかし知性は感じない。
「がっ!がふっ!!??」
「【樹霊牢】。精霊の力で十分に抑えられる程度、か」
「アンデットになると生前の知性が失われるらしいし、今のこいつは弱そうだな」
「そうだね。だけど肉体の力は健在だろうな」
「じゃ、さっさと殺す……でいいのかな。アンデットだけど。まあいいか、早速俺が新しく発現した【構築魔法】で――」
「いや、私がやるよ」
セイが本気を出そうと魔力を練っていると、トトキに止められてしまった。
珍しい。
「狙われているのは私だからね、私が対応すべきだ」
「……ふむ、道理だ。任せた」
「おう。一撃で終わらせるよ」
トトキは霊樹に拘束されている獣人に向けて拳を構える。
左足を前に、右足を後ろに。両腕は構える。
セイがこの一年で何度か見せてもらった、【仙術】。
トトキは左足で地面をたたく。すると、叩かれた地面を中心に、世界が揺れた。
極めて高レベルに魔力感知が出来るものであれば感知出来ただろう。世界に流れる竜脈の流れが、少しだけ変わったことに。
力を加えられた物質が元に戻ろうとするように、流れを変えられた竜脈も元に戻ろとする。その際、大きなうねりとなって力の起点に膨大な魔力が流れ込む。
今回は数値にして一億くらいだろうか。当然トトキの最大魔力量よりも多いし、トトキには蓄えておくことは出来ない。
しかし、この一瞬、この一撃に全てを込めることは出来る。
「【極伝・満月】」
それは人外の五感を持つセイにも正しく認識できない動きだった。
正拳突き。言葉にすればただそれだけ。武術でも何でもない、身体能力に任せた一撃。
ただそれを極限まで極めた一撃。セイには何かが光ったようにしか見えない、神さえ殺す人の技。
音が消え、果てしなく長い一瞬の後、獣人のアンデットは細胞一つ残さずこの世から消滅した。
「ふうっ、疲れた」
「おつかれー」
言葉の通り、トトキは少しだけ疲れたようだ。汗をかいている。
……あれほどの攻撃でも、少ししか疲れていないことに驚くべきかもしれない。
「かなり力が入っていたな。さすがだ」
「ありがとう。でもセイだったこれくらいは出来るでしょ」
「無理無理。教わって身に着けたけど、このレベルはまだ全然だよ。トトキ強すぎ」
「これでも長生きしてるからね。
それよりセイ、私兵団の死体は片付いた?」
「ん?ああ。一応はその辺のわきにどけておいたよ」
「十分。じゃ、帰ろうか」
「そうだな。一年ぶりの人間の街だ。流行の飯や服、劇場も行くかー」
超人さえもまず死ぬ刺客を退け、人の形をした人外が街に向かって行く。
その姿を見ている蝙蝠がいることに、セイでさえも気が付かなった。




