閑話 6 無限光
今週も閑話です。
来週から主人公に視点を戻します。
光と法の神ハイディを神々の長とするハイディ教、通称光神教。それはこの世界で最大の勢力を誇る宗教だ。
この世界を創造した大神の一柱であり、神話の勇者たちのリーダーである光の勇者を見出した神。魔王との戦いを共に生き残った愛と生命の女神が狂い、獣人やダークエルフ、ラミアにスキュラといった邪悪な生き物を創造したときは涙を流しながら封印した優しい心を持った神。
そんな偉大な神であるハイディを崇める信徒たちは世界中に存在し、当然そのためにどの町にも教会や神殿がある。
大きさはさまざまだが、小さな村で一人で管理する小さな教会から、大きな街なら大神殿や小神殿と区分けされた複数の神殿があることも珍しくない。
当然、このチルクの街にも神殿はある。分類としては大神殿と呼ばれる、この世界を創造した十三の大神の神像が設置された大規模なものだ。
入って正面にハイディの神像が配置されているのはそれぞれの勢力のパワーバランスの結果だろう。今日もそれぞれの神を奉じる信徒たちが隔たりなく祈りをささげあい、この世界を創造した偉大さと崇め、同時に感謝をささげている。
そしてこの街の大神殿が他の街のものと違うのは、地下に防音の部屋があることだろう。
神殿を管理している神官や修道女が使う通路を通った先にある倉庫。その一角に誰も使用用途を知らない扉があり、開けると地下へとつながる階段がある。
ある女性がその階段を使い地下室に入ると、既に同僚が二人‥‥‥いや、一人と一つがあった。
彼女が席に着いたことで三つの椅子がすべて埋まる。青髪の女性のオデット。赤髪の女性のリタ。
そして謎の雛人形が置いてある。
「おまたせ。私が最後みたいだね」
「遅かったじゃない。リーダーの自覚が足りないわよ」
『待たせないでよ』
「ははは。悪かったよ。じゃあ早速ここ半年の成果を纏めよう。吸血鬼たちを逃がさないためにもね」
悪態をつくリタと、雛人形をスピーカーの様に震わせて遠くから声を届けている無限光の同僚である『流れ星』のアーシェラの文句を聞き流しながら成果を報告しあう。
「じゃあリーダーの私から。やっぱりこの街の領主はクロだね。それも一族ごと。隠居した先代の領主は吸血鬼になっていたから始末しておいたよ。それから代々従者をやっている一族もかなり吸血鬼たちが浸食してるみたいだよ」
「また一人で危ないことをして……まあいいわ。私はこの街の冒険者ギルドを当たってみたけど、完全にシロだったわ。オリーブさんの教育が隅々まで行き届いているみたいで、むしろ冒険者ギルドと取引していた膿を出すのに協力してくれ、なんて言われちゃったわ。半年くらい前に頭角を現し始めた『五つの力』っていう冒険者パーティーも協力してくれたわ」
『二人ともやっぱりすごいね。私はずっと洞窟で昼寝してたよ』
「「いや働きな(さい)よ」」
「ねえ。やっぱりリーダーなんて私の柄じゃないし、変わってくれないかな。リタでもアーシェラでもいいからさ」
「嫌よ。年長者がやるって決まりでしょ」
『私も嫌。七人中四人も死んだのに残るって言いだしたのはオデットでしょ』
「私の責任だっていうのかい?皆だって裏切り者を殺すって息巻いてたじゃんかー」
報告も一段落し、雑談に移ったが、その内容はやはり物騒なものだ。
無限光。光神教教皇直属の戦闘部隊にして光神教の最高戦力。普段は教国に待機して神官戦士では対処できない災害が発生したときに出動する予備戦力でもある。
教国はトトサワルモ地方のほぼ真ん中にあることからトトサワルモ地方中の警察の様な役割も進んで果たしており、存在しているだけでトトサワルモ地方中の信徒たちから神の奇跡の体現する高位の神官戦士たち。
そんな彼らがなぜこの国にいるのかというと、表向きは布教のためである。
現在……いや、二十年前からこの豊穣の国ヒナルラ国は混乱の真っただ中にある。
正確には二十年前の、先王であるエルフの王がクーデターで殺されたときから、だ。
この国では今代の王は人族だが、先王はエルフだったのだ。
この世界で『人間』とは人族、ドワーフ、エルフの三つの種族の総称。ならば当然人間社会には人族だけでなくドワーフとエルフも住んでいるし、貴族や王族にもいる。
しかしエルフやドワーフが街エルフ、森エルフ。街ドワーフ、山ドワーフと分類されているように、街にだけ住んでいるわけではない。
人族が社会を築き、定義をこねくり回しても覆せないもの、すなわち寿命という絶対的な差異が完全な共存を阻んでいるのだ。
体質や能力値による差こそあるが、だいたい人族の寿命は百年、ドワーフは二百年、エルフは五百年だ。ちなみにハーフと両方の寿命を足して二で割った数字くらい。
となると、当然エルフの王が寿命で死ぬ前に世継ぎであるハーフエルフの世継ぎが寿命で死ぬ、ということもある。
人間社会でエルフの王やドワーフの王が即位することは稀にあることだったが、先代のヒナルラ国国王は歴代の王たちとは違い、なんと百年もの間玉座に座り続けたのだ。
さらに最悪なことに重度の女好きであり、手を出した女の数は数えきれず、子供は五百人を超えた。エルフは人族と比べて子供が出来にくいという生物的な違いを数で覆して迷惑極まる王だった。
当然国内は大混乱。たちが悪いことに間違いなく有能であったため不満はなかなか爆発しなかったが、ついに二十年前、まだ生きていた元第八十王子がクーデターを起こしエルフの王を殺害。王位を簒奪した。
そして後顧の憂いを経つために先王の血縁者を皆殺しにする大粛清を行ったことで、この国が崩壊してもおかしくないほどの大打撃を与えたのだ。
「いやー本当になんでこの国ってまだ滅んでないんだろうね」
「それだけユグドラシルの恵みが大きいんだろう。この国は外部からの助力が無くても飢え死にしないからな」
この世界では血筋とは権威の象徴というだけでなく、特定の血筋であることが発動キーとなるマジックアイテムも存在している。歴史あるヒナルナ国の王族だけが発動できるマジックアイテムや扉があったのだが、二度と日の目を見ることはないかもしれない。
『まあそれも、半年前にこの国の王族がほぼ死に絶えちゃったから、もう終わりだろう』
「私たち聖職者としては布教の大チャンスだから、喜ばしいことだね」
「いやいやいや、喜んじゃダメでしょ。オデット。外では言葉に気を付けて」
「はーい」
そんな国の悪政や暴政に振り回される民衆は、当然国よりも大きなもの、つまり宗教に縋った。
元は愛と生命の女神ヴィーナへの信仰が強かったが、ここ二十年で七割以上がハイディへの信仰に鞍替えした。
実のところオデットもリタもアーシェラも信仰心はあまり強くないのだが、まあ上の羽振りが良くなれば自分たちの給与も増えるので、勢力の拡大は嬉しいことだ。
「まあそんなことは表の神官たちに任せて、私たちは本当の目的を果たしましょう」
布教はあくまで表の目的。彼女たち無限光の真の目的は、吸血鬼退治だ。
神の敵、人類の敵。愛と生命の女神ヴィーナが産み落としてしまった罪の証。人々を堕落させる魔の者たちは魔物の中でも最上位に危険な存在であり、全滅させるべき種族。
吸血鬼や魔人族の様な邪悪な種族の根絶はハイディ教徒の使命の一つだ。
「最も、このざまじゃあ次に戦ったら私たちはまた負けるだろうけどね」
「……そうね、前衛が死んだのが痛いわ。私たちは三人との後衛職だもの」
『そんなことよりも、爺さんが裏切りったのが致命的よ。本国からの応援はまだ来ないの?』
「全く音沙汰がないよ。定期連絡は送っているんだけど……たぶん、どこかで握りつぶされたのか、吸血鬼が入り込んでいるのか。……はぁ、セイを引き込めていれば解決したんだけどねぇ」
このチルクの街には無限光のメンバーが八名派遣されてきたが、すぐに三名になってしまった。
前衛の三人は背中から襲われて死んだ、中衛の1人は戦って死んだ、後衛の三人は逃げるしか出来なかった。
それもこれも、最も強く、最も信頼されていた吸血鬼ハンターゴルドフが吸血鬼と内通していたせいだ。
吸血鬼ハンターゴルドフ。吸血鬼ハンターという一般名詞を彼個人を指す言葉に変えた傑物にして、稀代の英雄。単独でランク10の吸血鬼を葬り、多くの街に巣くった吸血鬼たちを駆逐した熟練の吸血鬼ハンター。
年齢が五十を超えてからは後進を育てることに時間を割いていたが、まだまだ第一線で戦えると評判の、オデットたちも尊敬していた老人だ。
もっとも、吸血鬼と内通していた以上、その功績もどこまで本当かは怪しくなったが。
「ともあれ、私たちは失敗できない。最悪の場合、吸血鬼たちが自暴自棄になって【魔王の欠片】を暴走させるかもしれない。そうなったら被害はこの国だけでは収まらないかもしれないんだからね」
やはり、セイを引き込めなかったのだ痛い。本人の魔術の腕前は相当なものだが、それ以上に素手でドラゴンとも殴り合えるという異常な頑強さは自分たちに不足しているものだ。
彼がいるだけで戦略の幅が十倍に増やせるというのに、本当に惜しい。
「あ、そういえばセイ君を最近は見てないね。どこにいるんだろう」
「たしか……山籠もりをしているそうよ。オリーブさんが「半年たっても補給に帰ってこないとは思わないでしょう」って愚痴ってたわ」
『それ、死んでるんじゃない?』




