43話 荷物持ちの少女を鍛えよう
再び席に着いたセイは少女に向かい合いように座る。
目の前に居るのは十代……十五歳くらいに見える少女。午前中に助けた冒険者パーティーで荷物持ちをしていた少女だ。確かあの冒険者パーティーは平均的に十代の後半くらいだったので、この少女が一番年下だろう。
背は百五十センチほどと低いが、年齢を考えれば妥当なのだろうか?体格は全体的に細身で筋肉量も少ないように見える。荷物持ちだったと思うが、『腕力強化』スキルを持っているのかもしれない。
セイがいま二十二歳で、目の前の少女はたぶん十五歳。もし現代日本だったらそうそう見かけない組み合わせだなと考えながら言葉を待っていると、少女が口を開いた。
「え、えええと、あの、わ、私はベルナって言います!」
「これはどうもご丁寧に。俺はセイと言います」
たしかに名前を言っていなかった。これは礼儀としても、対話能力としても少女が正しいな、などと思ったが、どうやら単にテンパっただけらしい。
あわあわと少女が無言で手を振り、その後に呼吸を整え、本題を話し出す。
「私たちのパーティーが、たぶん、そのうち全滅すると思うんです。なんとか出来ませんか?」
「またすごいことを言いだしたな」
抱えていた内容もそうだが、ほぼ初対面の人間に言い出すことも度肝を抜くほど驚愕だ。仮にも同じ冒険者同士でそんな弱みを見せるなんて。
おとなしそうに見えるが、心臓は鉄で出来ているのかもしれない。
「全滅って、なんで?」
「さっき魔石のお金でいつもよりも値段が高いお昼ご飯を食べたんですけど、その時にリクたちが……ああ、リクっていうのはリーダーで剣士の人なんですけど、彼が『俺たちも強くなって、毎日こういうのを食えるようになろう!』って言いだしたんです。それでみんな盛り上がっちゃって、また上層に潜ろうって話になって……」
「あー典型的な全滅する冒険者だな」
セイはその話を聞いて即座に理解する。よくある話だ。
冒険者は基本的に頭が悪い。加えて直情的で、考えが浅く、無駄に自信があり、力を過信し、失敗をすぐに忘れ、人の話を聞かない。
まあ、これは冒険者に限った話ではなく大抵の若者に当てはまる話だが、冒険者は無学な者が良く集まるため、そんな若者の比率が高いのだ。
あの冒険者パーティーはセイが助言をしたときはしっかりと自責の念を抱いているように見えたのだが、まさかもう忘れたのだろうか。
鳥頭かな?無謀と勇気は違うだろう。
「まあいい。話は分かった。しかし不可能だぞ。魔物に襲われているなら助けてあげられるが、自分から危ない場所に向かって行くやつまで助ける気は無い。もしどうしても止めたいなら、何度が先輩冒険者に同行させてもらって、身の程を思い知ってもらうのがいいと思うよ」
「いいえ。止める気は無いんです」
「無いの!?」
「は、はい。ありません。いっぱいお金を稼いで、美味しいものをお腹いっぱい食べたいというのがみんなの願いですから、誰にも死んでほしくありませんが、上層に行くのは止める気は無いんです。
……ええと、なので、ええとぉ……みんなに稽古をつけてほしいなぁ……と思っていまして……」
「なるほど。いいよ」
「いいんですか!?」
少女ベルナは驚いているが、セイからすれば驚くことではない。
なぜならそれだけ少女を気に入ったからである。
「行動力のある人物を指して昨日の今日という言葉は聞いたことがあるけど、午前の午後で行動する人はそうそういない。君は見所があるからね、ついでに武器も買ってあげる」
セイは胸を張ってそう応える。セイは今まで多くの人に世話になっている。スレイやライオスのいる傭兵団『修羅』に、一番の相棒だったララ。砦で将軍をしていた時は副官のルヴェアに部下たち。娘のハナビにも教わることは多いし、部下のアサルに助けられる(仕事を押し付ける)ことも多い。
ゆえに、自分に助けを求める人を助けることに抵抗など無い。
暇だから、というのが理由の大半なのもまた事実だが。
(ダンジョンコアの吸収方法もまだ思いつかないし、寄り道もいいだろう。とはいえ……)
「先に聞いておくけど、君以外のメンバーは今何をしているの?」
「あー……その、みんな遊びに行っちゃいまして……」
「せめて冒険に必要な道具を買いに行ったとかであって欲しかったな。まあいいか。じゃあ見込みのある君を助けるから、君の仲間は君が守るってね。じゃあ行こうか」
「は、はい!よろしくお願いします!」
(すごい――!)
パミル村で育ち、幼馴染と共に上京してきた少女、ベルナはセイに連れられて聖領ユグドラシルの上層に来ていた。
その視線の先では強力な魔物を相手に一方的な蹂躙が行われていた。
それも魔術ではなく、誰でも習得できる剣術で。
軽く、風のように距離を詰めたと思えば、炎のような苛烈な剛剣で魔獣を叩き斬り、一匹目の魔獣の突進を剣で受け流し、二匹目の魔獣の突進で吹き飛ばされたと思えば羽毛の様にふわりと着地し、落下の勢いに任せて上から別の魔物を斬りつぶす。
「そもそもの話。冒険者は死亡率が高いと言っても、ちゃんとした装備と、ちゃんとした情報と、ちゃんとした計画と、ちゃんとした体があれば死なないんだよね。普通は」
十匹の魔獣を殺したセイは木の上で待機させていてベルナの元に戻る。
「ちゃんとした、ですか?」
「そうそう。冒険者の死亡率が高いなんて言うけど、これは犯罪奴隷が働かされている鉱山の仕事は危ない、みたいな話なんだよ。俺の昔の相棒が言っていたことなんだけどね。
もっと言えば、考えることが人間の一番優れた力ってやつだ」
昔、ララに言われたことがある。冒険者ギルドがもっとしっかりしていれば、冒険者達の死亡率を下げることが出来るはずだ、と。
冒険者ギルドは冒険者たちの相互互助会だが、実のところ依頼の仲介以外ではやっていることは、場所にもよるが無いに等しい。
冒険者ギルドでは民間や政府からを問わず依頼を受け付け、冒険者たちが受領する。そして、受領する冒険者は勝手に増える。
新人が多く死のうとも冒険者はギルドという組織には影響がない。孤児や貧民、口減らしの田舎者がいる限り冒険者は増え続け、その中から生き残った一握りがベテランとして依頼を完遂してくれればいいのだ。
ララが冒険者ギルドの職員となった時にこの辺りの情報を教えてくれたのだ。聖領や難易度が高い迷宮、魔境が近くにある冒険者ギルドならば独自にいろいろとやっているが、基本的には何もしない、と。
「大抵は先輩冒険者と関わっていくうちに生き残る方法を学ぶんだけど、まー俺という異端の冒険者を頼ってしまった君は俺流の生き残り方を教えよう。で、君は何が知りたいの?戦闘術?魔物の知識?ああ、仲間とのうまくやって生き方は教えられないな。俺も分からないから」
「え、ええと……じゃ、じゃあ戦闘術を教えてほしいです。あと、出来れば魔術も」
「おっけー。じゃあ剣を教えてあげる。魔術も一緒にね。なにか故郷で習ったりした?」
「一応、村に元冒険者のおじさんがいたので、先剣流を少しだけ……みんなと違いって、スキルレベルは1ですけど……」
「心配ないよ。俺はどれでも教えられるから」
この世界の武術は主に三つの流派に分けられる。速さを重視する先剣流。力を重視する潰剣流。複数の武器を組み合わせる器剣流。戦いと火の神ザザザンの加護を受けた勇者の三人の弟子がこの世に残したという流派だ。
この世界の無数の武術はこの三つから派生したものであり、セイの葉隠流も正確には先剣流器剣流複合型の葉隠流、というらしい。
「あ、あのぅ……?」
「ん?」
セイが影収納から適当な剣を見繕っていると、ベルナが不安そうにこちらを見てきた。
説明不足でもあっただろうか。なんだか過呼吸になっているようにも見えるのだが。大丈夫か。
「わ、私は――、他のみんなよりも体が小さいし、年下で、あ、あと、力も弱いんですけど――み、みんなの力になれるでしょうか!」
「なれるよ」
ベルナが驚いたように硬直する。
「俺も才能って視点から見ればダメダメだ。頭もよくない。しかし勉強して知識を付け、学んでいれば自然と力はつく。そもそも成長しない生き物はいない。そのベクトルの方向と大きさは個人差があるだろうけどな。
だから君も強くなれるし、みんなの力になれるよ。俺が保証しよう」
気楽に、軽く。もしくは、当たり前の真理を話すように。
セイのその言葉は、確かにベルナの肩を軽くした。
「ほらっ、この剣あげる」
「わっ!とっっ、てい!……わあ!いいんですか!?」
「いいよいいよ。上級冒険者ならその剣の千本二千本くらいは一回の冒険で稼げるからね」
ベルナは何とか剣を地面に落とさずにキャッチする。
その剣に名前はない。その辺の露店で買った普通の、しかししっかりと鍛えられた剣だ。
そして多少の稽古の後に、ベルナは魔獣との戦いに放り込まれた。
「い、いきなりですか!?」
「ああ、命の危機という極限状態こそもっとも伸びる。俺が相手じゃあ殺されないと気を抜くだろうからな。もちろん死ぬ前に回復魔術を掛けてあげるから安心してね」
「いっ、痛いっ!セイさん!怪我しまし、たぁっ!」
「ちょっと切っただけじゃんか。体に穴が開くとか、首をかみちぎられる寸前くらいになったら助けてあげる。安心して。俺はその辺の見極めは得意だから」
「キャー!!!!!!!!!」
悲鳴を上げながら、ベルナはめきめきと強くなっていく。
魔獣に押し倒される。目の前、眼球の一センチ先くらいまで近づいて来た魔獣の牙にも目をそらさないで睨み付け、さらに押し倒されるように魔物の勢いをコントロールし、地面に柄を立てて剣を突きさす。
なんとか一匹倒したと思ったら、セイが魔術でちょっかいを出してひきつけた魔獣が襲ってくる。しかも今度は二体だ。
無茶だ。そう思っていると、何故か体力が回復する。剣についていた油も落ち、万全の状態になる。それには気が付かなかったが、ベルナはがむしゃらに魔獣と戦い続ける。
(やるもんだな)
ベルナは力……概念ではなく、腕力的な意味での力のなさを恥じていたが、セイからすれば大した問題ではなかった。良くある話だが、おそらくは村で男性たちと遊んでいる時にだんだんと腕力の差を実感し、自信を失ったのだろう。
実際、男性と女性では男性のほうが腕力に優れている。魔力やステータスシステムがあるこの世界でもそういったことは変わらない。特にベルナは小柄なので、腕力も弱いのだろう。
しかし、魔物も能力値は人間よりも遥かに高いのだ。魔物の能力値の前では、女性と男性の腕力の差など誤差に過ぎない。
(だから頭を使わないと勝てないんだよなぁー。俺も魔力と術式魔術に頼り切りのままだったらどこかで死んでいたかもしれない。スレイたちには感謝しないとなぁ……っと!)
魔獣の中でもランク2はありそうな魔獣が近づいてくるのを音で感知する。さすがにまだ勝てないだろうから、ベルナの見えない位置で処理する。
その日はそのまま日が暮れるまで戦わせた。
一戦ごとにセイがこっそり回復させていたことも影響していると思うが、ベルナは特訓が終わっても元気いっぱいだった。
「今日はここまでだな。続くはまた明日。一か月くらいでランク4くらいは一人で倒せるようになるといいな。ああそうだ、魔物や武器の知識は朝の内がいいか?それとも夜に?それもパーティーで活動するときは言ってくれ。冒険の準備に必要な道具を教えるのも特訓の一部だから」
「———!—————!」
疲労は溜まっているのか無言だが、泥だらけなことも気にせず、目で(いつか殺す!)と言われている気もするが、まあ気のせいだろう。
一ヶ月後、ランク3の魔物を一人で倒したため合格を出し簡単な師匠と弟子の関係は終わった。
そして次の日、冒険者ギルドから黒い鳥が手紙を持ってきた。




