40話 森歩き
セイは交易都市バアルを出て、聖領ユグドラシルに向かう。
この二点を結ぶ道はこの世界にしては珍しく非常に整備されている。大抵はガタガタとした悪路なのだが、聖領ユグドラシルからとれる多くの恵みを運ぶために整備された道なのだろう。
「いい天気だなぁ……」
そしてセイはそんな道を使わず、最短距離で進むために森と山を湖を突っ切って進んでいた。
通常、道は……道路は、最短距離ではなく地形に沿って作られる。途中に山があれば山に沿って道を作り、川があれば渡りやすい場所に橋を架け、地形を変えるよりも道を曲げるほうが容易い場合は道を曲げるのだ。
特にこの世界では魔物や、魔物が多く生息している魔境も影響も考えなければならない。魔物は魔境に生息しているが、それは魔境が魔物にとって暮らしやすく肉体が活性化される場所であるからであって、縄張り争うに負けた魔物や、ゴブリンやランク1程度の魔獣の様な多少の活性化では大した影響が出ない魔物は魔境以外の場所にもそれなりに出没する。
加えて魔境もいつどれだけ広がるかが予想できない。瘴気は物質に溜まりやすいため魔物の死体をばらまけば魔境が広がりやすいが、それ以外でも空気や風に乗って瘴気が運ばれ魔境も広がる。魔境の境界を厳密に定めることは出来ないのだ。
そのため、この世界の都市間をつなぐ道はかなり安全に気を使って魔境を大きく避ける様に作られている。
「急ぐ理由もないけど、道を素直に歩く理由も無いしなぁ……冒険者らしく護衛依頼も気分が向かないし……やっぱり俺は一人で行動するのが好きなのかな……?……それにしても森はいいなぁ……地球と比べると空気を汚す者は少ないけど、やはり街より森の方が空気は美味しいし、他人に気を使うこともないし――」
「シャーーーーーッ!!!!」
「食料は勝手に飛び込んできてくれるし」
上空からランク3くらいありそうな鷲の魔獣が襲ってきたので、すれ違いざまに首を刎ね飛ばし空中で料理を始める。
「【血流出】、【殺虫】……だいたいはこれで良し。あとは羽を毟って~」
陽気に鼻歌を歌いながら鷲の魔獣を解体する。魔物になっても肉の味はそうそう変化しない。硬さや臭いは変わるが、『鳥』の範疇なので食べられる。
過食部位を取り出すと火属性熱魔術【加熱】で炙り、空間属性闇属性複合の空間魔術【影収納】から調味料を取り出して振りかけて完成。
かぶりつく。
食器どころかお皿もないが、誰が見ているわけでもないので気にしない。
残った骨や骨に着いた肉はその辺に捨てる。人間の街ではマナー違反……どころか何ならの規則に抵触する行動だが、森の中では適応外。そのうち獣か微生物が分解するだろう。
歩いていると森を向け川に出る。事前に調べた限りでは、この川は西にある貯水池に繋がっているらしい。
「ぐるっ?」
「おっ、熊の魔獣……じゃないな。普通の動物の熊か」
ちょうど魚を取りに来ていたらしい熊に遭遇したので、食後のデザートは熊肉にした。心臓を抉り、生で食べる。
意外といける。天境都市アトラスにいた時に旅の冒険者から火を通さずに生で食べる文化を聞いていたのだ。ハナビがいたためやっていなかったが、やはり何事も試してみるのはいいことだ。おかげで美味しいものを一つ知ることが出来た。
気分が上がってきたので分解魔法の魔力を解き放つ。
セイを中心に不可視の魔力が広がり、触れたものは区別なく分解される。
草木や土に水、魔物に動物、あらゆるものが分解される。まるで『黒』が世界に広がっていくようで、時間も空間も光も闇も消えていく。その光景は世界の終りのようで、見た者の心に神か悪魔を芽生えさせるだろう。
「やっぱり効率わるい!」
セイはイラついたのか、一回転して分解の魔力を体から弾く。
「【ステータス】……魔力が一万近くも減ってる。コスパ悪いよー……どう使うんだよこれ」
分解魔法。それはセイが習得しているユニークスキルの一つだ。
もとより『魔法』は魔術の上位互換だ。
魔術はこの世界に存在する神々が司り、世界にその属性の魔術を使いやすくするように補助する安全装置を組み込んだ、安定した力。
対して魔法はそんな制限から解き放たれた力だ。火、水、地、風、光、闇、生命、時間、空間の九種類の属性に分類できず、かといって派生でもない特異な力が偶然ではない技術として確立したもの。神々でさえも知らない唯一無二の力だ。
しかし特異で唯一無二だからと言って、便利だとは限らない。
「あらゆる耐性系スキルを無視して固定ダメージを与える感じだよなぁこれ。でも殴ったほうがいいな」
【魔術耐性】や【火属性耐性】といった耐性系スキルや結界の防御システムを全てぶち抜いて固定ダメージを与えることが出来る。そう言えば聞こえはいいが、消費魔力に対して結果がしょぼすぎるのだ。
そもそもの話、分解する対象を区別できないのが不味い。セイは趣味も理由に含んでいるが、基本的には冒険者として魔物の素材を目当てに魔物と戦っている。だと言うのに分解魔法では素材を丸ごと分解してしまうため素材を回収できない。
経験値は入るが、総じて言えばマイナス評価だ。
ぶつくさと不満を漏らしながら歩いていると、五百メートルほど先に妙に強そうなオークが見えた。
「よっ」
セイはスキップするように前に一歩二歩と飛び出し、三歩目で跳躍する。その力は極めて大きく、大地は陥没しセイは高さ三百メートルまで上がる。そして落下に合わせて大地を蹴りつける。
轟音が響き、大地は陥没。直径五十メートル近いクレーターが生まれ、オークは赤黒いシミを残して潰れた。
「うん。やっぱり殴ったほうがいいな。体力しか消耗しないし。魔術を使うにしても、分解魔法じゃなくて火属性や土属性の魔術の方がよっぽどいい。
……分解魔法にもなーんか使い道がある気がするんだけどなー」
ああでもないこうでもないと考察しながら、セイは次の街に足を進めていった。
一日歩いて夜が明けても、まだ景色は変わらない。
馬車で半月かかるらしいが、最短距離で歩いて行く者はいなかったためセイにもあとどのくらいで到着するか分からないが、まあそのうち着くだろう。
そろそろ髪でも切ろうかと目に掛かるほど伸びて前髪を弄っていると、川から女の子が流れていきた。
「…………ん?は?人?」
川から女の子が流れて来た。
慌ててセイは拾い上げる。無属性力魔術の【念手】を使い拾い上げると、その女性がずぶ濡れであることも忘れて思わずその美しさに目を見開く。
髪は赤く、軍服のような黒い服は皮で出来ているのか水を弾き艶やかだ。身長は最近縮めたセイの百七十センチと同じくらいで……。
「いやいや、こんなことを考えている場合じゃない。介抱しないと……」
介抱しようとして、咄嗟に動きが止まってしまう。
ずぶ濡れなのでまずは服を乾かすが、脱がしていいのだろうか。
一瞬悩んだが、こんな時にそんなことを考えている場合ではないと自分を叱りつけ全裸にする。
【影収納】から取り出した布で体を拭き、終わると布で巻く。肉巻きの様に不格好だが、セイに誰かを介抱する経験は乏しいので勘弁してもらおう。
森から拾ってきた枝を集めて焚き火をつける。本当は理屈としては水属性昇華魔術【乾燥】や火属性熱魔術【加熱】でもいいが、開発したはいいものの人間に使ったことがないため、乾燥で必要な水分まで乾かしてしまう可能性もあるし、加熱で体温を50度くらいまであげて殺してしまう可能性もある。
(だからこうして原始的な介抱が正解なのであって、同い年くらいの綺麗で可愛い女性の裸に触りたいわけでは無い。聞いてるか?ナビ。本当だぞ?)
(マスター、その言葉を私に投げかける意味はあるのですか?)
常にセイの頭の中にあるアプリのような存在のナビに必要のない言い訳をしていると、拾った女性の表情が気を失った人の表情から、安心して寝ている人のような表情に変わった気がする。
医療知識はあまりないため気のせいかもしれないが。
(ところでこいつは誰だろう。旅人や冒険者には見えないけど……近くに仲間がいないかな。【収音】……あっちに誰かいるな、【使い魔作成】)
風属性音魔術【収音】で半径十キロ以内の音を拾い、人がいる音がした場所に使い魔を飛ばす。
青い髪の女性がいたが、仲間だといいな。
「すまない、助かった!」
そう言って青い髪に軍服のような青い髪の女性がセイに頭を下げる。着ている服の色が違うが、見た目は同じなので同じ組織や軍、傭兵団のメンバーなのだろうか。
「……同じく、助けられた。感謝する」
先ほど拾った女性も同じように頭を下げる。目が覚めた時にほぼ全裸だったためにセイに乱暴されたと思いこみ攻撃してきたが、あまり強くなかったためセイも無傷。誤解してしまったことも合わさってた気持ち青い髪の女性より深めに頭を下げている。
「どういたしまして。無事でよかったよ」
そしてセイも今回は完全に善意で助けたので、笑顔でお礼の言葉を受け取る。
善意に見返りはあまり求めない主義だが、やはりお礼を言われるのは気分がいい。
「なんで川から流れてきたのかは聞かないけど、街まで二人で行けるかい?良ければ護衛するよ」
「それは……ありがとう。実は杖を失ってしまってね。困っていたんだ」
「ちょっ……!オデット!こんな奴を信じるの!?」
「こらこら、リタ。失礼だよ。彼は君を助けてくれたんだ。ならもう一つ借りを作っても気にすることじゃないだろう」
目の前で二人が言い争いを始めたが、セイはあまり動じずに話を進める。
「オデットにリタ………………………………光神教の戦闘組織、無限光の【時空使い】のオデットに【爆撃】のリタかな。安心しな。事情は聴かずに街まで送ってあげるから」
その言葉に二人は飛び退き、己の腕を切り裂いて血を媒介に魔術を使う。
「待った待った。ごめん。言い方が悪かった。俺は情報通だから君たちを知っていただけで、怪しいものじゃないよ。武器を降ろしてほしい」
そう言いながらセイは無属性情報魔術【メモ】から目を逸らす。ステータス画面の様に自分にだけ見えるメモ帳だ。覚えきれない情報はすべて記してある。
「……護衛は感謝する。事情を話せずすまない」
「……いいの?」
「私たちだけじゃ危ない。いいね」
何やら話がまとまったようなので、二人を護衛しながら街に向かう。善意で言ったつもりだったが、話し方を間違えたかもしれない。
十日後、聖領ユグドラシルの入り口の街に到着した。




