閑話 3 聖騎士 3話 親と子
「いいかひよっこども!冒険者になるなら戦えることが絶対だ!魔物や薬草の知識、武器の手入れの仕方、仲間の探し方は重要だ!しかしそれ以上に、強いことが何より大切だ!魔物に遭遇しても生き残れ!生き残るための強さを教えてやる」
「「「「はい!」」」」
冒険者ギルドの訓練場に若々しい冒険者見習いたちの声が響き渡る。冒険者ギルドでは見習いや志願者に向けて無料で講習を実施している。これはその一つの戦闘訓練だ。
「はい!」
「セイさん‥‥‥これは初心者講習ですので……武勇轟くセイさんでは学ぶことは無いのでは……」
そしてそんなちびっ子たちの中に、『暴竜』だけでなく最近では『竜喰い』、『天空砕き』、『金剛の肉体を持つ男』、『くそ親父』、『不死身』、『天空の聖領踏破者』、『塊生物』など、ステータスに表示されるまでではないが、街では頻繁に話題になる男、セイが混ざっていた。
「いや、俺は子供と同じものを学ぶと決めている。それに、俺の武術は知り合いの傭兵たちに教わったもので、ちゃんとした武術家に学んだものでは無い。ここで学んでおくのもいい機会だ。
それに……ほら」
セイが手を振ると、訓練所の地面が盛り上がり、こねくり回され、人間そっくりのゴーレムが出来上がった。
「おおっ」
「これなら俺も生徒になれる」
「ふむふむ、たしかに土で出来ているため、セイさんの頑丈すぎて練習にならない肉体は問題にならないですね。……しかし、なんて精工な……」
土塊のゴーレムはこの世界の一般的な泥人形のようなゴーレムとは違い、プラモデルの様に部品を作り、それを組み立てるという工程を踏んだゴーレムだ。
さすがに全ての骨を再現してはいないし、筋肉繊維など今のセイの技術では手に負えない。しかし、武術を使える程度には精密な動きが出来る。
「【憑依】」
そして仕上げにセイはかつてダンジョンで創造したドッペルゲンガーを操った感覚を再現した魔術、【憑依】で意識を完全にゴーレムに移して完了だ。
「親父、ちゃんと意識あるか」
「(コクコク)」
声帯までは作れなかったでジェスチャーで会話をしつつ、ハナビの隣に並んで講義を受け始めた。
「あの……この抜け殻になったセイさんの体はどうすれば……」
傍で見ていたギルド職員の一人が困惑したように声を掛けたが、セイたちは気にせず組手や立ち合いを始めたので、とりあえず壁に立て掛けておくことにしたようだ。
講習が終わり、夕日が差す道をハナビと共に歩いて帰る。
セイたちが現在住んでいるのは、アサルが住宅街で借りていた家だ。貴族街や富裕層向けというわけではない、一般人や家庭を持った冒険者が住んでいる平凡な住宅街。その一角にある。
もう夕飯時だ。道路沿いにある家々からは食欲を刺激する臭いが漂い、思わず早足になってしまいそうだ。
「おやじー俺ってなにが向いているのかなー」
「今日見た感じだと、やっぱり剣術だと思うぞ。俺が剣を持ったばかりの頃より筋がいい。たぶん」
「ほんとう!?」
本当だ。セイは剣術スキルレベル9という極めて高レベルなスキルを有しているが、それは容赦なく切り刻んでくる師匠や同情して優しく教えてくれる傭兵団のみんなが丁寧に教えてくれて、そのうえで異常な数の実戦を重ねたからだ。
剣を持ったばかりであること、まだ三歳であることを考えれば天才なんじゃないかと思う。
しかし、
「なあハナビ、お前も裁縫や料理もやってみるか?楽しいぞ」
「えー、俺は冒険者になりたい!冒険者になって、ゆきせつりゅう?やたいかりゅう?じゃなくて、おやじの剣術を俺も使いたいんだ!」
「ハ、ハナビ……っ!」
不覚にも涙腺が刺激されてしまった。
スレイの剣術を再現しようとして作った流派、葉隠流剣術。葉っぱが私の姿を隠す一瞬、最終的には瞬きする刹那の内に攻撃の全ての動作を終わらせる超急加速超急停止の剣術。スレイは喜んでくれたが、傭兵団のみんなは「あの変態の後追いはしないほうがいい。俺たちが普通の剣術を教えるから」と控えめに知りたくなさそうにされた流派。
それを習いたいと言ってくれることは非常に嬉しいのだ。スレイも「初めて長続きする弟子が出来た!」と喜んでいたが、いまセイが抱いている気持ちと同じものなのかもしれない。
しかし、ハナビはセイの弟子ではない。
娘なのだ。
「剣術は楽しいが、もっと平和なこともやってみたらどうだ?ほら、一緒に勉強している錬金術や、俺とアサルがやってる料理、裁縫も結構楽しいぞ?どうだ?」
本当のことを言えば、ハナビには冒険者になって欲しくない。
冒険者は危険な仕事だ。数人のパーティーで魔境やダンジョンに潜り、魔物を避けて希少な動植物を回収、または魔物と戦闘しあまり傷つけずに倒し素材を入手する。そんな命の危険がある危険な職業だ。
冒険者ギルドにはいわゆる研修制度や福利厚生もあり戦い方は教えてもらえるが……絶対はない。仮に冒険者を十年続けて、百に一つ、千に一つ、万に一つの重症や死傷という可能性を引き当ててしまうことは十分にあり得るのだ。
実際魔物と戦い返ってこない冒険者は、セイがこの天境都市アトラスに一年滞在している間にも、何人も知っている。
そしてこの世界が地球と比較してかなり危険とはいえ、戦闘能力を持たなくても一生を寿命で終えられる人も大勢いる。
セイとしては、自衛出来る程度の戦闘力があれば、あとは安全な場所で生きてほしいというのが願いなのだ。
しかし、ハナビには伝わらないようだ。
「……おやじ、おれ、冒険者にならないほうがいい……?」
「ああ、いや、そういうことではない。俺も自由にやってるからな。だが、まだお前には選択肢が沢山あるということを知ってほしいんだ。もちろん俺みたいになりたいという気持ちは嬉しく思うが――」
言葉を尽くしてハナビを説得しようとする。セイは意思とは言葉よりも行動で示すべきだと思っているが、同時に言葉を尽くさなければ意思は誤解されるとも考えている。言葉を尽くし、ハナビに自分を気持ちを正確に伝える。その一心だ。
しかし、三歳の子供に論理的な言葉を尽くしても、理解できない子供にとってはストレスにしかならないということに気が付けなかった。
そしてそのストレスは、三歳の子供にはため込めないほどに大きい。
「ああもううるさいぞくそ親父!俺のやりたいことにケチ付けるなよ、本当の親父じゃないくせに!!」
「!」
——————。
————————————。
「……すまん、その通りだ。ここまで来れば一人で家に帰れるな。俺はちょっと散歩してくる」
「えっ、あっ」
セイはひょいと一足で民家を飛び越え、頭を冷やせる高い場所に向かって行く。
向かうは街の外壁のさらに外側。誰もいない崖だ。丁度冷気が地上から上がってきており、火照ってしまった体を冷やしてくれる。
その間、セイは何も考えない。考えないようにした。そうしないと、口から出てくる言葉を誰かに聞かれてしまうかもしれないからだ。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~………………やっちまった…………………………」
セイは非常に落ち込んでいる。そして驚いている。
自分が落ち込んでいることに驚いている。
セイがハナビを育てているのは義務感によるものだ。この世界に転生して最初に殺した村人たちから押し付けられた、よく知らない赤子。当然愛着があるはずもない、命の対価に面倒を見ただけ。
くそ親父というのは本当にその通りだ。
セイはさっさと人工知能であるナビや拾ったアサルに丸投げし、ダンジョンに潜ったり兵士なったりと、ハナビのことを放っておいて好き勝手していた。そのうえですることがなくなったら合流して父親面。
くそ野郎。くそ親父と言われて否定できるわけがない。
しかし、
(……こんなに落ち込むとは、情でも沸いたか?)
一年もの間一緒に居るのだ。
同じ屋根の下で過ごし、同じ釜で炊いた飯を食い、同じ時間を共にしてきた。自分の事を親父と呼んで慕ってくれた。服を作れば喜んでくれて、料理を作れば美味しいと言ってくれた。
そんな相手に情が湧くのも、当たり前のことだ。
「あ”~~!」
むしゃくしゃする。セイが今感じている感情は道理に合わないものだ。
セイが好き勝手生きているように、ハナビも好き勝手生きて良い。
そうでなければならない。そうでなければ道理が合わない。それは親だろうと捻じ曲げてはいけない。それが、セイが今までの人生で培ってきた人道や道理と呼ばれるルールだ。
……それでも、ハナビのためを思って口出ししてしまうこの心は、親心と呼ばれるものだろうか。
考えがまとまらない。もしもセイが一般的な大人なら、酒場で酒かたばこでも手に付けていただろう。
そうしてセイがうだうだ唸っていると、念話が届いた。
『マスター、緊急です。ハナビ様が空島行きの飛行船乗り場に到着していますが、ご存じですか?』
「なにそれ知らん。今すぐ行く」
空島。水蒸気でしかない雲に魔力が混ざり物質化したものを地面にした浮遊する島であり、世界中に存在し治外法権の島だ。
神獣を信仰する国が近くを来ている。物資の運搬や地上で活動する外征騎士との情報交換のために飛行船でアトラスの近くに停泊しており、いまは物資を積んでいる期間だ。
そんな飛行船の停泊場所の傍に、ハナビがいた。
「ハナビ!ここにいたのか!」
「おやじっ!!」
セイの姿を見つけたハナビは勢いよく抱き着いてきた。
「おやじ……ひどいこといってごめんなさい……」
「いいよ。俺も悪かった。考えなしだった」
ハナビの顔は大泣きしたのかぐずぐずになっていた。涙だけでなく涎、鼻水、ギャン泣きしたのが一目で分かる。
しかし、不思議と汚いという感想は沸き上がらなかった。
「よしよし……」
「ひぐっ……ぐすっ……ごめっ、ごめんなさい……っ……おやじに、ひどいこといっちゃって……すてられたとおもってっ、さがにし……ぐすっ」
「うんうん、大丈夫だ……俺もごめんな。一人してさっさとどっか行っちゃって……悪かったよ」
セイはハナビを抱きしめ、必死であやす。無事よかったという気持ちが伝わるように。
「ごめんな、ハナビ。ハナビは、本当の親とか気にするよな。俺もアサルも気にしてなくて、傷つけてしまった。これからはちゃんと親ではなくその代わりとして――」
「違う!俺の親父は親父だけだ!」
セイの言葉にかぶせる様にハナビが叫ぶ。その声は、悲しみの声だった。
「おやじが、おやじが俺のおやじだ!母さんもだけど、俺のおやじはおやじだけだ!本当のなんて知らない!ずっとずっと、前も、これからも、ずっと俺のおやじはおやじだけだ!」
セイに抱き着くハナビの手に力が入る。竜や巨人とすら戦えるセイにとっては非力のはずだが、なぜか振りほどけない、強固な力だ。
「だから……おねがい、俺のおやじでいて……」
「ハナビ……」
セイもハナビを抱きしめる腕に力が入る。
その胸に浮かんだ気持ちを、どう表せばいいのか悩み……ただそっと、より強く抱きしめた。
「ごめん――――じゃなくて、ありがとう。俺を親と呼んでくれて。帰ろう。アサルも待ってる」
「うん――――うん!!!」
日が落ちた道を、一つになった影が進む。思えば、抱っこしたまま家に帰ったことは、初めてのことだった。
「ところでハナビ、なんで俺を探して空島に向かったんだ?」
「母さんが、馬鹿と煙は高いところに上るって言ってたから。じゃあ空島だと思ったんだ」
「……………………俺は馬鹿だと思われていたのか……」
「?ほら、この間毒って言われたのに飲んでたじゃん?」
「…………はい、そうです…………そうか、外聞だけじゃなく、内聞も気を付けるか……」
ハナビやアサルと過ごす日々が楽しくなってしまったセイは、さらに一年の月日を空境都市アトラスで過ごした。
そして別れの時がやってきた。
「じゃ、そろそろ俺は行くよ。これ以上ここに居たら、地面に根を張ってしまう。それはまだ早い」
「そっか、じゃあな。ハナビの事は任せな、一流の戦士に育てるさ」
「またね、セイ。次に会う時は、新しく覚えたレシピを教えてあげるよ」
セイの従者であるアサルと、錬金術師のソフィアとの別れの挨拶はすぐに終わった。送別会は昨日のうちにやったので、いまさかここで長く躱す言葉はない。
「おやじ……ぐすっ……」
「ハナビ、またな。次に会う時、その服が着れなくなっていれば新しく作るよ。俺もその時までに新しい服の縫い方でも覚えて見せるよ」
「……ううっ……約束だよ……次に会う時は、おやじよりもおっきくなるからな……」
「それはデカすぎるな」
「シュー……」
「ミドリ、ハナビの護衛は任せたよ」
こうしてセイは山を下り、再び一人で人の世に足を踏み入れた。
3話くらいといったのですが、あくまでだいたいであって確実なものではなく……。
あと1話だけ続きます。




