閑話 2 聖騎士 2話 教育
セイがハナビたちの来てから一年がたったころ、聖領アルカディアの中層、その中でも深層との境目、瘴気の濃度が高すぎて常人では活動出来ない汚染地域にて、全長二百メートルにもなる大きな影と小さな影が争っていた。
「グゴオオオオオ!!!」
「うるさい」
天竜。この世界の光属性の神の一種でありながら、人類を裏切り魔王の配下に降った龍神の末裔。その力は魔物に堕ちようと絶大で、そのランクは10。小国が襲われれば間違いなく滅亡するだろう。
その強さは能力値の高さや膨大な魔力があげられるが、何よりも環境を塗り替える特殊能力こそ最大の脅威だ。
天竜が吼えると急速に天候が変化し、異常に発達した雷雨が雲の地面を抉り、死の冷気が生物の命を停止させる。まさに人知を超えた力だ。この力を前に、人間など生き残ることが出来るはずもない。
「うん。やっぱり効かない。俺って思っていたよりも頑丈だったんだな」
そんな災害の中で、雷に貫かれながら、セイは平然と生き残っていた。
セイは転生したばかりの時は幽霊であり、その後ダンジョンコアに受肉した。そのため今のセイの体は、生身の肉体であると同時にダンジョンコアと同等の性能を有している。
ただでさえ硬く、柔らで、壊れにくく、魔力を通しやすい。加えてこれは最低限の話で、ここから闘気や付与魔術、パッシブスキルの効果が上乗せされるためセイ自身どれだけ自分が頑丈なのか把握していなかった。
普通の剣は防げるし、川魚を生で食べてもお腹を壊さない。しかしスレイには純粋な剣技でなます切りにされてしまっていたため、生物としての強さに頼ることは無かった。
しかしハナビを連れて上空三万メートルまで一気に飛翔しても体に異常がなかったため、気になって調べることにした。
その結果、溶岩の海や深海の底でも当然のように生存できることが判明した。
「ギャ?ギュ、グオオオオオ!」
「検証は終わり。じゃあ死ね」
雷の直撃を受けながらも平然と飛行してくる人間に驚愕しながらも次の手を打とうとする天竜に対して、セイは空間転移で天竜の頭頂部に着地し、その頭部に手を添え、頭部の中に干渉する。
「【魂砕き・命脈】」
セイの手に入れたユニークスキル、分解魔法。その力は文字通り分解する魔法であるが、なにを、どこまで分解できるのかを知ること重要だ。物理的に触れられる物質はどうか、火や水はどうか、魔術で創造したものはどうか、霊体や魂は分解できるのか、そして……魔力そのものは分解できるのか。
その結論として、今はまだ、魔力は分解できないと判明した。
しかし、霊体と魂は分解できる。
火、水、風、土、生命、光、闇、時間、空間の九種の属性に属さない、分解属性の魔力を込めた手のひらで天竜の頭部を叩くと、天竜の生命エネルギーをごっそりと分解することが出来た。
「ギャアアァァァ……」
追撃にもう一発ほど全力で、衝撃が全身に巡る様に叩くと天竜の口から弱弱しい悲鳴が上がり、その肉体は地面に倒れ込んでいく。
後に残ったのは、外傷が一つもないのに死んでいる天竜の死体だけだ。
「さて、どうやって持って帰ろうかな……さすがに俺の【虚空庫】にも入らないぞ」
せっかく無傷で手に入れた死体なので、血の一滴も残したくはなかった。
天境都市アトラスまで天竜の死体を引きずって持って帰ったセイは冒険者ギルドで素材を売却して当面の資金を入手した。
通常であればランク10の魔物は高位の冒険者か、騎士か、傭兵か……そういった英雄が居なければ、数千人数万人の犠牲を払ってようやく討伐出来る存在だ。そのため単独で討伐したものに支払われる金額は並みの冒険者では想像も出来ない金額になる。
通常の冒険者ギルドにはそんな金銭は無いが、ここは聖領に接する前人未到の領域との最前線。通常では考えられないほどの金銭や、それに匹敵する宝物やマジックアイテムが保管されており、高位の魔物の素材と引き換えに持っていくことが出来る。
他にもその功績を持って冒険者の等級を上げることも出来るが、セイはE級冒険者で不便を感じたことが無いため断った。
「セイ、ハナビ、今日もお店のお手伝いをお願いね!」
「「はーい」」
そしてその後、セイの姿はハナビと共に魔道具店にあった。
セイはこの一年、ハナビの教育には自分も一緒に勉強するといった方針を取っている。
知識や経験、そして何より勉強の大切さを言葉で正確に伝えることは重要だが、口先だけで行動が伴わないならば説得力が不足するのも事実だ。
セイは前世の学生だったころはあまり勤勉な生徒ではなかった。しかしこの世界に転生して、自由に資金と時間を自分の興味がある分野の勉強が出来ることは非常に楽しいことだと気が付いたのだ。
非常に高い戦闘能力を活かして膨大な資金を稼ぎ、趣味の学問に注ぎ込む。文字の読み書きや数学をハナビに教えながら自分の再学習するのも思ったよりも楽しい。ハナビには満遍なく教育を施し、そのうち自分から何を専門に学びたいか考えてくれれば何よりだ。
セイ自身の夢……というよりも目標は全力を使いつくした果てに死ぬことだ。一切の悔いなく死ぬ。それこと前世で果たせなかったこと、前世で死ぬ間際に覚えた後悔だ。
しかしそれと勉強することは矛盾しない。夢は重要だが、たった一つの夢以外の事に興味がないわけではないし、楽しいと思えないわけでもない。いま現在のセイがセイの人生の中で最も強いなどとは思っていない。腰を据えて勉強に励むこともまた人生の楽しみだ。
「ええと……たしかレッドビスクのレシピは小麦粉と……小麦粉と?」
「水と火とあとは適当にだが……この店だとなんだっけか」
「うーん……あっ、風蜜と魔水!どうだ親父!」
「よーしよしよしよくできました!」
「二人とも、調合が終わったら棚に並べてねー!」
この錬金術のお店を手伝っているのもその一環だ。
ここは天境都市アトラスの一角にある商店街、その中でも錬金術師が多く住むエリアだ。
錬金術といえばセイにとって術式魔術を刻んだ剣や盾、鎧が真っ先に思い浮かぶが、ここではそういった戦闘用のものでは無い、補助的なものを作るのが主だ。
魔物除けの臭い袋や生命力や魔力を回復させるポーション、そして解毒薬や麻痺薬のようないわゆる有機物を扱う錬金術師がこの店の主ソフィア、十七歳という若さで自分のお店を経営している錬金術師だ。
付け加えるならば、彼女はアサルのパーティーメンバーである。
ハナビはまだ三歳なので専門知識を学ばせるには早いが、触れる分には早い方がいい。セイにとって全ての教育の基礎は『背中で語る』、だ。
セイが率先して専門知識を学び、その姿をハナビに見せることで好奇心を刺激させる……という目論見があったのだが、前提として学ぶ環境がこの世界には存在しなかった。
学校というものはこの世界にはあるが、この世界は親の仕事を子が受け継ぐのが基本である、部外者が学ぼうと思っても機会はほとんどない。加えてセイは悪名高いため、勉強を教えてくれる人はさらに減る。
そんななか、アサルに相談したところ「まかせろ、だてに一年この街にいるわけじゃない」と頼もしく紹介してくれたのが彼女だ。
紅く淡い髪と卵のように白い肌が特徴的でかわいらしいがそれだけでなく、アサルがこの街に来たばかりの頃から交友があり、現地まで直接出向き錬金術に必要な素材を自分で採集するアブレッシブな面もある活発な少女だ。
……単に、市場で素材を買うには金がないという事情もあるらしいが。
「ふうっ、今日はこんなところかな。二人とも、お店を手伝ってくれてありがとう。
じゃあ次は私のレシピを教えてあげよう」
「助かるよ。自分で一からレシピを見つけるのは大変なものでな。みんななんでもかんでも秘伝にして情報が無さすぎる」
「いいよいいよ。報酬はたっぷり貰ってるしね。ミドリちゃんもありがとう」
「シャー」
セイは【収縮化】スキルでニ十センチ程度にまで縮んだミドリから鱗を一枚、血液を少々、それから【虚空庫】から天竜の心臓を取り出した。
「……私から請求しておいてなんだけど、本当にいいの?これを売って他の錬金術師に教えを乞う方がいいと思うよ?」
「いいんだ。こうしてハナビと一緒に勉強させてくれる人はそうはいない。それにアサルを助けてくれた礼もある」
「そう?……そっか!それじゃあ遠慮なく!」
アサルはセイと違い生身の人間だ。そのため当然に怪我をし、それが原因で寝込むこともある。ソフィアはそんな時にアサルの看護をし、専属の錬金術師のように優先してマジックアイテムを流してくれていたらしい。
セイはそれを伝聞でしか知らなかったが、それに感謝する気持ちは持ち合わせている。
「でもさぁセイ、セイって錬金術が使えるんでしょう?私から学ぶことって役に立ってるの?」
「いやいや、俺はスレイ……師匠から学んだ薬湯を少し調合できるけど、【錬金術】スキルはまだ手に入れたばかりなんだよ。それにこれは錬金術の範疇ではあっても、正確には薬膳……【料理】に近い。とても錬金術師は名乗れないよ」
薬湯はスレイが教えてくれた剣術以外の数少ない知識であるため何度も反復しているが、それ以上の発展は出来ていない。学べるなら学んでおきたいのだ。
「それはいいんだけど……セイ、迂闊だから錬金術師は向いてないと思うんだよなぁ」
「そんなに迂闊か?」
「そうだよ。例えば……これを飲んでみて」
「なにこれ」
「毒」
……。
…………毒?
「え、毒なの?」
「そうだよ。飲んでみて」
一瞬疑問に思うが、少し躊躇った後に飲む。セイの【状態異常耐性】はレベル8。大抵の毒は無効化できる。それはこの一年ソフィアの傍で扱っている素材を見て学んだ際に、ソフィアが作れる毒の強さの上限も推測できる。そうして問題なしと判断したのだ。
「うん。なんともな――‥‥‥」
しかし、セイはそのまま倒れた。
「おやじっ!」
ハナビが呼ぶ声が聞こえるが、ひどく遠い。いや、物理的な距離ではなく、セイの意識が遠のいているのだろうか。
(【解毒】【浄化】……発動しない?)
そして、肉体に力が入らないだけではなく、魔力も動かせないことに気が付いた。
「へっへー、セイ。私をなめすぎだよ。セイが知らないだけで、こういう毒もあるんだよ~」
ソフィアはにやついた顔で手をセイの服の下に潜り込ませ、体を弄ってくる。
しかし、セイは自分の内側に意識を集中しているので気にならなかった。
(手足は動かせない。眼球は動く。瞼は動く、しかし重い……重い?力が抜けたのではなく、体に力が入らない。というのが正しいのか。【闘気】も発動しない。
それに魔力が動かせないのが大問題だ。本当に死ぬ。今襲われたら野犬にも殺されるな。この女は何を考えている?いや、それよりも魔力だ。【光玉】、【身体強化】……こっちも発動しない……いや、魔力が動かせないというか、魔力の支配権を失っているのか?)
「おやじ……」
「——————————、っ?」
「おれ、馬鹿だから分からないけど、毒っていわれて飲むのは、馬鹿だと思うぞ」
「————…………かっ、えすこ、とっばも……ない」
本当に恥ずかしい。かっこいい姿だけを見せるはずが。
こうして一日が終わり、ハナビは眠りについた後、セイはようやく一人の時間になる。
「ふうっ……子育てって大変だ」
セイは前世では十七歳で死んだので、親だった経験はない。赤子や幼児の面倒を見たこともない。地球とこの世界では事情がだいぶ違うが、なかなかに大変で、そしてとても楽しい毎日だ。
そんなセイは日が落ちた後は、裁縫をしていた。
この世界では服は中古が一般的だ。貴族は新品を使うが、一般人はお古を継ぎ接ぎして長く使い、親から子供へお古を使い続ける。新しく買う機会は少ない。
そしてセイは子供用の服など持っていなかったため当然店で買ったが、せっかく錬金術や術式魔術がこの世界にあるのだから、自分でマジックアイテムの服を作ろうと思いいたったのだ。
分解魔法で鉱竜の牙を針の形に削り、神捕蜘蛛の糸を使い縫い布にする。早速服を……と言いたいが、全て手作業でするにはあまりにも大変なので、最初は手袋を作っている。
ずいぶん昔、前世で親か祖母が作ってくれた手袋を自分が娘のために作っていると思うとなんだかおかしくて笑ってしまうが、不思議と悪い気もしない。もう聞くことは出来ないが、親はこんな気持ちで俺を育てていたのだろうか。そうならば、嬉しい。
そんなことを考えていると、自室にアサルが入ってきた。
「大将、まだ起きてるのか」
「ああ、悪い、起こしたか?」
「いや酒飲んでたから気にすんな。しっかし、こんな暗闇で良く見えるな」
「……まあ、な」
その言葉に、少しだけドキっとしてしまう。
視線を落とすと、はっきりと手元が見える。右手に針を、左手に糸を、ちょうど針に糸を通すところだ。
そう、この暗闇で、明かりが全くない部屋で、セイは手元がはっきりと見えていた。
(…………普段は気にしないけど、こういう時は自分が人間じゃないんだって実感するな)
スキルやステータスがあるこの世界でも生物の生物的な性質は変わらない。人間に光源のない部屋で物を見ることは出来ない。
それが出来るなら、人間ではない。人間のはずがない。
セイはこの世界に転生してすぐにダンジョンコアに受肉したため、この変化が転生したからか、それとも自分が魔物の一種になったからなのかはあまり区別出来ていないし、普段も気にしない。
しかし、こういう時、ふと、気になってしまう。
「大将、ほいっ」
頭の上に、大きなおっぱいが乗って来た。
「………‥‥‥‥‥ん?なんだ?」
「暗い顔してたからな。元気出たか?」
「出た。……いや、そうじゃなくて、どうした?なんだ?」
「そりゃあ大将は俺の大将だからな。暗い顔をして欲しくないんだよ。元気になったなら俺も嬉しいし、元気がないなら俺も悲しいのさ」
「……そうか」
その言葉に嬉しくなるが、同時に邪推してしまう。
アサルのこの言葉は、果たして本心だろうか、それとも、セイが魔術で心を弄った影響だろうか。
セイがアサルに行った精神干渉は、一言で言えば『俺の従者になれ』というものだ。ようするに小間使いのような仕事を与えるものであり、その内心には影響しない。少なくともセイに『俺に好意を抱け』といった魔術は使っていない。
しかし、土や水といった物質的なものと違い精神は難しい魔術だ。予想外の効果が出てしまった可能性を否定できない。
もしも普段のセイならば、そういうこともあるか、と、受け流していただろう。
しかし今のセイは非常にナイーブ、後ろ向きだ。百の正論も一の不安という気持ちを塗り替えることは出来ない。
「うーん……まだ暗いな……。よし」
「ん?ぎゃあ」
考え事をしていたら、ベットに投げ飛ばされた。
「大将、付き合ってくれ。俺も溜まってるんだ」
「はぁ!?」
「何を驚いてんだよ。大将だってハナビにつきっきりで、最近してないだろ?」
「いやそうだけども!」
セイは驚いてしまい珍しく大声を出してしまう。
セイは前世では十七歳の高校生だったが、真面目でつまらない人間だったので恋人がいたことは無い。この世界でも、所謂男女交際を積み重ねて異性と仲良くなっていくという過程を踏んだ覚えもない。
そのため、セイは男女の機敏というものに疎かった。
「待て、待て。考えがまとまらない」
「考えも何もないだろ。俺も性欲はある、けれど大将の所有物だから他の男をとっ捕まえることも出来ない。となると大将に解消してもらうしかない。簡単だろ?」
「ん?まて、さっきと言っていることが違う。いったいどういう――」
「うるせぇ!」
起き上がろうとするセイだったが、アサルに押し倒されてしまった。
殺し合いをするなら話が別だが、純粋な腕力ならアサルは相当なものだ。
「大将、嫌か?」
「……嫌、ではない……ちがうな、嬉しい……です」
「なんで敬語なんだよ」
翌朝、家の中でハナビが動き回る音で目が覚める。
熟睡したがなんだが疲れている気がする。
隣で寝ているアサルを一瞥すると、たしかコーヒーを入れとくのがマナーだったかな……、と言いながら部屋を出ていった。




