3話 魔術とスキル
太陽が中天に昇るころ、静穏は枯れた森を抜け平野に到達した。
「ようやく抜けたー!……街道発見!どっちだ?あっちか。あっちにいけば街、いや村があるんだな」
平野には道があり、人間の足跡が付いている。足跡の深さと向きから考え、進行方向を決める。ナビの言っていた多くの人間の反応、つまり集落が近くにあるはずだ。
静穏は西のダンジョンに向かう前に、その付近にある町に向かっていた。
西に進めばダンジョンがある、ということしか分からない以上、リスクを覚悟してでも情報を手に入れたほうがいいと判断したためだ。
「ん?また魔物だ。平野にも出るんだな」
静穏が草原を進んでいると、緑色の肌をした醜い子供の様な生き物を五匹見つけた。ゴブリンという魔物だ。この世で最も適応力が高くどこにでもいる魔物らしい。
「まあいいか、気が付かれていないうちにさっさと倒そう」
静穏は魔術を発動する。腕を突き出し、空気が固まり刃になるイメージを浮かべると、手のひらが青白く輝き、光が幾何学的な模様を描き始めた。
空中に魔術陣が浮かび上がり、最終的に十センチほどの円になる。そして輝きが最高潮になると、静穏は呪文を口にする。
「【風刃】」
魔術陣から五つの風の刃が飛び出し、風の速さでゴブリンに迫る。刃渡り十センチ程度の小さな刃だが、風の刃はゴブリンの首に正確に当たり見事な切れ味で切り落とす。
「うんうん、すぱっと切れてる。魔石は無いかなー……ないか、残念」
ゴブリンの心臓部を切り開き魔石がないか確認するが、弱い魔物には魔石はまずないという言葉の通りだった。
静穏は魔術で出した水で剣についた血を流しながら、便利なものだと魔術陣を見る。
魔術陣。それは弱い人類のために神々がこの世界に刻んだ法則であり、ステータスシステムと同じく人類に欠かせないものだ。
遥か昔、異世界から邪悪な神々を率いる魔王がこの世界に侵略しに来た。その戦争には勝つことは出来たが、邪悪な神々が人類を滅ぼすために創造した魔物たちは殲滅できず今でも人類の脅威となり続けている。
魔王との戦争で力を失った神々は人類を守る力を失ったため、人類に自立させるために授けた二つの力、それがステータスシステムと魔術陣だ。
人々は生きているだけで経験値を獲得し、ジョブのレベルが上がり、それらに応じて能力値が上がる。能力値が上がると力は素手で岩を砕き、生命力は心臓を失っても即死しないほどになる。スキルを習得すれば原始的な装備で山さえ一刀両断できる。
そして本来は長い修行が必要だった魔術も、魔術陣による補助のお陰で敷居がかなり下がった。
これらのお陰で人類は魔物と戦うことが出来ているらしい。
静穏は剣を納め再び歩き出す。
「……?」
街道を歩いていると、なんだか嫌な予感がした。
予感に従い左を見ると、目と鼻の先で狼が口を開けていた。
「……っ!!!!」
咄嗟に静穏は【高速思考】スキルを発動し、思考を加速させる。
体感速度が変化し、世界が五十分の一の速さにまで遅くなる。
静穏は焦りながらも冷静に体を動かしていく。加速しているのは思考だけなので酷くのろまな動きに感じてしまうが、間に合うはずだ。冷静に見ればほんの十センチの動きで回避できるのだから。
頭部を下げながら左腕を上げ、顎を押すように弾き上げる。
一匹目を躱し、後続の狼にも右手の剣で切りつける。
冷静に、冷静に。静穏の身体能力は一般人並みだが、常人の五十倍の時間考えていられるアドバンテージがある。冷静に、そして精密に動くと、剣は狼の喉に吸い込まれていき絶命させる。
二匹目。一瞬考え、お腹に剣を突き立てる。案の定毛皮と違い柔らかく軽々と切り裂くことが出来た。
三匹目。最後に最初の一匹目を振り返りざまに切り殺す。
「……ふぅっ!びっくりした」
静穏は汗を拭きひと段落する。
【高速思考】。静穏が習得したスキルだ。
静穏は頭が言い訳ではないが、常識として人間は脳で思考し、電気で体を動かしていると知っている。
しかし、この世界に転生し幽霊だった時の静穏は、間違いなく脳以外のなにかで思考し、電気以外のなにかで体を動かしていた。
それは何かと考えた時、ちょうど魔術をナビから習っていたために魔力でなはいかと考えた。
そして受肉した今でも幽霊だった時と同じように出来ないかと試したところ、みごと魔力で思考する【高速思考】を取得することが出来た。
「このスキルがなかったら俺に接近戦は無理だな。この世界の住人は素でこんなことしてるのか」
静穏は狼の死骸をあさる。静穏に審査眼など無いが、結構大きいので魔物かもしれないと考えたのだ。
しかし、狼の死骸に近づこうとした瞬間、遠くから悲鳴が聞こえる。
「悲鳴?いったいどこから……あの丘の向こうか」
いま静穏がいるのは平野だが、地平線が見えるほどの間っ平らな土地ではない。草木が生い茂り、丘も乱立しているため見通しは悪いのだ。
「どうするか。助けに行くか、行かないか……」
今の静穏には余裕はない。十日後には魔力不足で死ぬという時間制限があるのだ。
静穏が独自に魔物を倒したりして経験値や魔力を稼げばある程度は延命できるが、それでも焼け石に水だ。時間制限があることには変わらないし、余計なことをしている暇も力もない。
助けに行かないほうが賢明だろう。
「ま、そういうのは後で考えればいいか」
しかし静穏は助けに行くことにした。
効率的に考えればここで余計なことをしている余裕はないが、そんなことを言って助けにも行かないのは、人として大切な何かを失う気がするのだ。
いまの静穏は人なのか幽霊なのかなんだかよく分からない存在だが、静穏自身は人間のつもりなのだから。
「はぁ……はぁ……!」
ギルバ平野の浅瀬で一人の少女が走っていた。その僅か後方には黒い狼たちが失踪しており、少女に食いつこうとしている。
少女は身の丈ほどもある大きな荷物を背負っており、そこからナイフを取り出し投げつける。ナイフは正確に狼の眉間に突き刺さるが、たった一匹を仕留めたところで状況は好転しない。
「このままじゃ……ぎゃっ!」
必死に逃げる少女は追い付かれ、背中に追突される。荷物が緩衝材になり怪我はしなかったが、その勢いで頭から地面に倒れこんでしまう。
「ううぅ……なんで村の近くに魔物がいるのよぉ」
涙を浮かべる少女は諦めたように泣き言をいう。
彼女は冒険者だった。この戦乱の時代に敵国の兵ではなく魔物や自然を相手に戦うことを選んだ者だ。しかしあまり強くはなく主に薬草採取や地形調査などをしているのだが、今回は運悪く魔物に出くわしてしまったのである。
そして魔術もスキルもろくに使えない少女が魔物の群れを相手に生き残れるはずもない。
追いつかれ、転んでしまった少女を狼たちは取り囲む。
「へっ……えっ……?」
即座に殺されるかと覚悟を決めていたが、予想に反して狼たちは一旦少女を取り囲む。
少女は非常に大きな荷物を背負っており、それが人間と関わりの薄い狼たちの目には奇異なもの、つまり警戒すべきものに映ったのだ。
「ひ、ひぃぃいい……、い、いやぁーー!!!」
恐怖に震え少女は泣くように悲鳴を上げる。
少女は魔物と戦う冒険者であるが、冒険者になった理由はロマンや闘争ではなく生きるためだ。人々のために率先して危険に飛び込む覚悟はしていたが、目の前の死の恐怖には屈してしまう。
「グルルルル……グルオオ!」
「あ、あああぁぁ……」
しかしそんな声に応えてくれる者はいない。
女性で冒険者などするものは少なく、村では彼女一人。共に行動できるものが居らず、今日も一人で村の外に出たのだ。そしてギルバ平野はダンジョンもある危険な場所、滅多に人が来ることは無い。
じりじりと距離を詰めてくる狼たちは口を開ける。口から覗く牙は少女を容易く穿つだろう。
「いやぁ……助けてよぉ……」
まさに絶体絶命。少女も本気で助けが来るとは思っていない。断末魔のようにかすれた声を響かせながら、死を悟ったように目を閉じる。
「おお、ぎりぎり間に合った」
「ぎゃわんっ!?」
だがしかし目を閉じる寸前、そんな声ともに何かが狼を切り殺し、あっという間に全滅させた。
悲鳴を聞き付けた静穏が間に合ったのだ。
「そこの人、生きてますか?あなたが悲鳴を上げた人であってますか?」
少女は頭が追い付かなかった、それでも自分が助かったことは理解できた。そして安心したのか、気を失った。




