36話 亡国
エピローグ
チヨウ国国王、レギウス・チヨウは目の前の光景を現実感を持って受け止められなかった。
「第二騎士団!第三騎士団!ここが正念場だ!絶対に食い止めるんだ!」
「城壁!突破され増した!場内に避難させていた民達が……っ!」
「ほ、報告です!第四騎士団からの連絡が途絶えました!お、おそらくはっ……!」
視線を下げれば救いを求める民たちが集まっている。今も街に進行してくるアンデットから逃げて来たのだろう。
視線を上げれば城壁を破ったアンデットのたちが城内になだれ込んできている。城壁は魔術師に張らせた強力な結界を重ねているため、それを突破したということは、最低でもランク6はあるアンデットの群れなのだと予想が付く。
アンデットは魔物の中でも特に人間に積極的に襲い掛かる魔物だ。生者を憎み、死者を増やす。それが本能だからだ。
報告によればアンデットの数は最低でも二十万。これほどの数のアンデットなど聞いたこともないが、死者の王はそれだけ前例のない事態だったということだ。
悪い報告はひっきりなしに届いてくるが、状況を好転させる報告は無い。
押し寄せてくるのは後悔ばかりだ。
「あの馬鹿が悪魔使い達を連れて出ていったのを追いかけて止めていれば……、いや、今のこの国にそれだけの戦力は無い。ああなった時点で避けられなかったというべきか……死の王に手を出すなどありえないと、教えていたはずだが」
先の戦争で、ラキア国、チヨウ国は共に国力が低下している。
それもただの国力が低下しているだけでなく、最上位の戦力が戦死するという最悪の低下の仕方だ。これからはひとまず政治的な外交で国力を回復させていこうという矢先。くやしさが溢れてくる。
「陛下、お逃げ下さい。空間属性魔術の使い手を使えば、まだ数人は間に合います」
「馬鹿を言うな。それでは私の息子が逃がせなくなるだろう。国の復興に必要なのは王族の血筋。そしてその王族の価値は私の行動で決まる。
そして私の役目は、ここで死ぬことだ」
王族や貴族の最大の役割は都市の防衛だが、いざという時にその首を差し出すのも王侯貴族の役目だ。そうでなければ責任の所在で追及されることになる。
降伏は全ての終わりだが、敗北は次につながる。
ここで討ち死にすることで、魔物を相手に最後まで戦った王の血族を世に残すことが出来るのだ。
いつか、子孫が国を復興してくれることを信じ、チヨウ国の王はその命を国と共に閉じた。
場所は変わり、ラキア国もまた亡国の危機に瀕していた。
魔境クラリセンからあふれ出した五十万ほどのアンデットたち。彼らは人の気配をたどって両国にたどり着き、片っ端から街を襲っていた。
「矢を惜しんではいけません!撃ち尽くして下さい!」
「私は遊撃として魔物たちを叩く!指示は任せたぞ!」
そんななか、ルヴェアとラドミラは王都での防衛戦で共闘していた。
戦死したはずのチヨウ国で最も有名な騎士が部下を連れてきたことには驚いたが、驚いている場合ではないと即座に判断したのだ。
「隊長、無事でいやすかね……」
「隊長は殺しても死ぬような人じゃないですよ!それよりも爆鉱石を早く運んでください!暗黒石もです!鉄塊騎士団への物資の運搬も忘れてはいけませんよ!」
「へ、へい!」
爆鉱石に暗黒石、どちらもA級ダンジョン黄昏の鉱脈で採取できる特殊な鉱物だ。
黄昏の鉱脈は特殊な鉱物で出来たゴーレムが出現するダンジョンであり、単純に武具の素材として優秀な鉱物がとれるだけでなく、一定時間光に触れると大爆発を起こす鉱物や魔力を注ぐと周囲の物質の均衡を崩す鉱物なども採取できる。
単純な近接戦闘能力の高さだけでなく、これらも兵器として利用することでラキア国は強大な軍事力を持った国へと成長したのだ。
「弓兵隊、放て!」
号令に従って弓矢が山なりに放たれ、括りつけられた特殊な鉱物がアンデットの群れに放り込まれる。
「【日光】!」
さらに魔術で再現された強力な光が浴びせることで、爆鉱石は大爆発を起こした。爆鉱石はこぶし大でも家を木っ端みじんに吹き飛ばすほどに強力だが、今回使用したのは自動車ほどの大きさ。その威力は尋常ではなく、ランク6のアンデットドラゴンさえも一撃で撃破した。
兵士たちは歓声の声を上げる。見渡す限りの魔物の群れが相手でも、たとえ自分一つでは勝てないような相手でも、我々ならば勝てる、と。
「馬鹿ども!手を休めるな!まだまだ次が来るぞ!」
指揮官の声に我に返った兵士たちは慌てて次の矢を番える。そう、一発で百の魔物、千の魔物を倒そうとも、ラキア国を襲う二十万という数には届かないのだ。
第二陣が大きな弓を番える。巨岩弓と呼称されるラキア国が独自に開発した弓であり、特殊な鉱物を射出するための専用の弓だ。
オーガに素手で殴り勝てるほどの腕力の持ち主が十人いなければ引けないほどの剛弓だが、それほどのものでなければ自動車ほどの鉱物など射出出来ないのだ。
第二陣から弓が放たれる。今回は聖光炎石という鉱物であり、特殊な加工を施されたこの鉱物は砕けるときに炎の形をした強力な聖属性の魔力をまき散らす。対アンデット用の鉱物だ。
その効果はまさに必殺。直接触れずともその熱だけでも聖属性の魔力を帯びており、雑魚ならば一瞬で浄化できる。それ以外のアンデットも大幅な弱体化が出来る。
そんな切り札が、アンデットに当たる直前に打ち返された。
「……は?」
打ち返された聖光炎石は弓兵隊に着弾。爆発しその炎が兵士たちを襲う。
聖属性は人間には無害でも、純粋な熱は凶器となる。
「ぎゃあああああああ!!!」
「み、水!だれか火を消してくれ!」
慌てふためく兵士たちを他所に、指揮官は恐ろしい事実に気が付いた。
「あれはまさか……三百年前に死んだという【赤天狗】!?あんな奴までいるというのか!!!?」
繊細な剣技を修め、細身の剣一本で切断から破壊、反射まで行ったというA冒険者にして、魔境クラリセンで死んだという伝説の冒険者。
当然アンデットになり、今では人を襲う化け物だ。
巨大なアンデットの獣にアンデットのドラゴンだけが強敵ではない、アンデットになってしまったかつての冒険者も敵にはいるのだ。
その危険性に気が付いたラドミラは【赤天狗】に切りかかる。アンデットは魔物の一種であるが、通常の魔物とは違い生前によってその性能が違う。
元人間のアンデットは、魔物の身体能力に人間の技術が合わさった極めて強力な相手だ。ラドミラでも、そもそも勝てるかさえ怪しい。
そして、さらなる絶望が襲う
「あれはボーンパレスに……ボーンキャッスル……はは、まさに神話の世界だ」
地平線の彼方から現れたのは、巨大な骨の塊だった。
スケルトンの一種であり、骨が砦や城を形作った要塞にして母艦。巨大な質量をいかした攻撃だけでなく、その骨を分離して大量のスケルトンを製造する魔物。
ある時はランク10の巨大な魔物であり、ある時は十万のランク1の魔物、ある時は三万のランク3の魔物に変化する、変幻自在のアンデット。
災害指定種の一つだ。
「あ、暗黒石を使うぞ!」
「任せろ」
ラキア国の最高戦力、竜殺六崩拳の三の拳、弓使いの男が答える。
放たれた矢はボーンキャッスルに届き、なんと骨が溶けた。
暗黒石は周囲の均一性を崩す。物質は無機物か有機物化と問わず、まるで水に溶けたインクのように形が崩れると恐ろしい性質を持つ。溶けた物質は混ざり合い、まるで濁流のように周囲に広がっていく。
その効果時間は短く三十秒と持たないが、闘気や結界を使える者でない限り抵抗できない恐ろしい攻撃だ。
ラキア国にも十個しかない切り札の一つ。一射でランク10の魔物すら撃破した。
「お、おおっ!」
「こ、これなら!」
兵士も騎士も、避難民も色めき立つ。
死ぬと確信するほどの魔物の群れが相手でも、この国は負けない。そう確信できるほどの大戦果だ。しかも激戦ではなく、一射、一撃であるならばその期待は天井知らずに高まっていく。
「よ、よおし!俺もじっとしていられない、なにか手伝————」
そして次の瞬間、どこかから現れた何者かに難民は喰われた。
「な、ばかなっ!一体どこから街に!?」
「見ろ!地下だ!穴を掘る魔物が混ざっているぞ!」
一気に混乱状態に陥る。先ほどまでは外壁の外側を見ていればよかったのに、これでは後ろも警戒しなければならない。
しかも、地下から現れた魔物はアンデットではなかった。
「サンドワーム!?漁夫の利を狙ってきたか!」
人間が弱っているならば、当然アンデットではない他の魔物たちもそのチャンスを見逃さない。
ラキアを襲う魔物は推定で二十万。その数もどこまで増えるか分からなくなってきていた。
「あ、諦めるな!私たちが諦めれば、誰が民を守るというのだ!」
ここにはラキア国の戦力の全てがいる。しかし、チヨウ国と同じくその総戦力は確実に低下していた。
数も質も低下している。せめてここに戦死した竜殺六崩拳の一の拳と六の拳、さらに戦争が終わると他の戦地へ行ってしまった傭兵団修羅、そのあたりが居ればまた話も違ってくるのだが。
城壁の十倍ほど、二百メートルちかい巨人の魔物の影が王都を覆う姿に、絶望の色が見え始めた。
この世界にはステータスがあるため、人間でもその限界を超えて強くなれる。鍛えていない一般人は地球人と同じ程度だが、鍛えると才能が全くなくても恐竜を素手で倒せるようになり、上を見れば剣の一振りで山を裂き、海を砕くまでになる。
地球では漫画やアニメでしか見たことのないように人間が数多く存在する。間違いなく多くの異世界の中でも武闘派と呼べる世界だろう。
しかし、それは人間たちが生きていくうえで楽が出来るわけではない。
強力な魔物。強力な自然現象。そして、今でも人類を絶滅させこの世界を乗っ取ろうとたくらむ邪悪な神々がいるために、それほどの強さが無ければ人類が滅んでしまうのである。
「か、勝った……勝ったんだ……」
瓦礫の中で、ルヴェアは目を覚ました。
結論を言えば、ラキア国はアンデットを撃退出来た。
皆が死力を尽くした結果だ。もう逃げ場が無いために、各々が持てる力の全てを使い果たしたのだ。
ルヴェアも会議室に魔物がなだれ込んできたために久々に剣を取らなければ生き残れなかった。四肢が繋がっていることが不思議で、何人が自分の目の前で死んだかも分からない。
その犠牲は数えるのも億劫なほどだ。
竜殺六崩拳の面々は全滅。ラドミラも最後に自爆したのが確認された。セイから預かった部下も、後方支援が主な仕事とはいえ生き残りが居るか怪しい。城で切り札を起動させた王族も死んだらしい。
そもそもこの街で……いや、この国で生き残りは何人いるだろうか。人口五千万の大国が見る影もない。
いや、それでも、勝ったのだ。生き残ったのだ。
「まずは……他の生き残りを探して……、——、っ?」
ぐさりと、次の瞬間、胸に腕が生えていた。
「……え、あ?」
首を動かして後ろも見ると、犬の耳が生えた人たちがいた。
その金属製ではない、独特な色や刺繍が施された鎧は、その種族だけでなく、出自まで誇示しているようだ。
「…………あ、亜人が……どうして……」
「悪く思うな。我らはあちらにつくことになった」
亜人。それは獣人やダークエルフ、巨人族などの『人間』である人族、エルフ、ドワーフに含まれない種族の総称だ。
魔王との戦いの後、生き残った二柱の神の片割れ、生命の女神が狂気に飲まれ、強力な魔物や獣神、当時の側近たちと交わり生まれた種族。その出生経緯から、歴史的に原初に作られた人族、エルフ、ドワーフの三種族よりも一等低い存在とみなされ、迫害に近い扱いをうけている。そのため人間社会の外側で独自の集落を築いているとされる。
例外的にラキア国は建国王が亜人と交友があったためそのつながりで国内に亜人が『人間』の身分で暮らしている。そんな亜人たちが戦争の際はラキア国の兵士として参加しているのもラキア国の軍事力が強力と言われる理由の一つだった。
総じて言えば、亜人たちとラキア国は友好的な関係であり、ここで攻撃してくる理由は無いはずだ。
いや、それよりも、亜人がここに居るということは、最北端で防衛していた私の家族たちは。
その疑問が晴れることなく、ルヴェアの意識は王都と共に瓦礫の山に沈んだ。
「国滅んでるじゃーん」
死の王との激闘を征したセイは魔境クラリセンを出てラキア国に戻った。
真っ先にしたことは現状の確認だ。一番強く、司令塔でもあった死の王を倒した以上、アンデットたちはもう進行せず魔境に帰るはずだからだ。
そして、ランクアップし全長五百メートルほどになった緑の東部に乗って上空からその全貌を見下ろすと、国が滅んでいるのが一目で分かった。
なにせこの距離から分かるほどの魔物の群れが散らばっているのだ。まだ生き残りが居るのならば、人間を襲っているはずなので、襲っていないということは、もう生き残りがいないということだ。
「魔物は人間を数で判断するから、数人くらいなら……いや、それも怪しいし、探すほどじゃないか」
魔物は数で人間を判別するため、魔物の大量発生時は街が標的になり、森で一人で潜んでいた方が生き残る可能性が高い。セイはそんな噂が真実であると知っていたが、森で生きていく知識が無ければそのまま死ぬとも理解していた。
「どうしよっか」
「シャー」
セイは今後の方針に悩み緑の頭の上にくるくると回り出す。
緑もまねをして一緒に回り出した。
地面があれる。
「……滅んでるなー」
改めてラキア国を見る。
セイにとっては、出身国とは言えない。愛着もあるとは言えない。守りたいという意思も、まあない。
根無し草の気質があるセイにとって、この国はそこまで思い入れはない。
しかし。
「ちょっと、悲しいもんだな」
自分の判断に後悔はない。魔物の群れを相手にするときは一番強い魔物を早期に倒すことがセオリーだ。それはキングだろうと、それ以外だろうと変わらない。
魔物は強いものが上に立つ性質を持つため、最も強い魔物は指揮官を兼ねるため、最も強い魔物を倒すことで残りの魔物は烏合の衆となる。
部下を守るという意味でも、全体の被害を最小限に抑えるという意味でも、セイの行動は最善だった。
それでも、全滅という結果しかなかったというだけで。
もしもセイが誰か一人を連れて逃げて入れば、セイとそのもう一人は生き残っただろう。
ただ、セイにそんな相手はいないし、そうかもしれない人は、逃げることを良しとしない性格だ。それに死の王が国をいくつ滅ぼすかも分からないし、それを黙ってみていることを良しともしない。
ゆえに、最善で、最良で、後悔はない。
しかし、セイは不思議と悲しい感情を覚えてしまった。
「……ゥ、ゥゥっ」
「ん、誰だお前?」
セイは今後の方針を決め終わったところで、足元……緑のしっぽのあたりからうめき声が聞こえた。
地上に降りてみると、そこには魔物っぽいナニカがいた。
「魔物、か?初めて見るな」
亜人種と呼ばれるゴブリンやオークのような人型をしている。その全身が炭のように黒く、全身に疣のようなものが浮き出ており、よく見るとその腕は昆虫……というか、海にすむ甲殻類のものに酷似している。
というか上半身しかない。はって移動している姿には哀れというか惨めと言いたくなる。
「……ゥ、ゥゥゥ、……オ、オマエハッ!ソノすガタ、【暴竜】ダナ!?」
「誰?」
その何かは聞き取りずらいが人の言葉を発し、セイに語り掛けてきた。
「ラーロウ!オレはラーロウ!オマエをコロシニキタ!」
その正体はなんと、悪魔使いのラーロウ。死の王が興味を無くしたために生き延びた、チヨウ国の騎士だ。
「殺しに来たのか。無理だと思うけど……まあ、それなら相手をしよう。
……って、ラーロウ?たしかチヨウ国の騎士か。この場所に居るってことは……もしかして死の王を刺激したのはお前か?すごいな、おかげでチヨウ国まで滅んでるぞ」
「ナっ!?」
セイの言葉にラーロウは、おそらく驚いたらしき声を上げる。声帯まで異形になっているのか聞き取りづらいが、おそらく驚いているのだろう。
「お、オレのせいで、ダト!?」
「お前が死の王にちょっかいだしたなら、お前のせいだろう。かなり強かったけど、まさかラキアだけいい感じに滅ぼしてくれると思ったのか?」
セイは少しいらだちをぶつけるように言葉を重ねる。
実際、死の王の強さは群を抜いていた。その情報を取り込んだ今では人間を絶滅させていてもおかしくないと言えるほどの力と性質をだった。
「も、もシ!ソウだとしてモ!」
「ん?」
「オレニハ!イモウトガ居たんだ!オマエが、オマエが殺した、アノ街に!」
「あの街……?ああ、ライランか。なんだ、正当な復讐だとでも言いたいのか?」
「ソウだ!」
セイはおかしくて思わず鼻で笑う。
「あれは戦争の結果だろう。お前たちも似たようなことをしていたのを俺は知ってるぞ。というか、戦争の責任を俺にかぶせるなよ。俺の上官……指示を出したやつに言え」
「ナっ……ア、アア……ッ!」
その顔は怒りの顔だろうか。それとも戸惑いだろうか。顔面も異形と化しているせいでやはり分かりづらいが、たぶんあっているだろう。
「ソっ、そうダ!ソンなコトヨリモ!キキタイことがあるンだ!」
「そんなことなのかよ。いよいよ脳も異形になったのか?」
「どうして!オマエはそんなに殺せルんだ!」
そう。ラーロウには不思議だった。それが分からないから、ここまでこことをしたと言っても過言ではないほどに。
「アノ街は、俺ノ故郷ダ!みんなイイやつで、亜人の血のセイで冷遇サレテいたオレにも、ヤサシクシテクレタ!ナンで、コロシタ!いや、ナンでコロセるんだ!オマエは!」
ラーロウは貴族だ。しかし、亜人とのハーフである。
その亜人とは、なんと巨人族だ。
ある貴族の当主の妻が、ある奴隷の巨人との浮気の際に妊娠してしまった。その子は巨人族にしては未熟児だったが、人族と思い込んだ産婆は大きな人族と思い込み安心して取り上げた。
成長するにつれ巨人であると判明してしまった後も、多額の金を生命属性魔術を使う医者に頼み体の成長を阻害して人族に紛れ、敬虔な光神教の信徒になることで人間社会に紛れ、理想の騎士として振る舞い貴族社会にも紛れた。
その心は偽りだらけの人間だ。
それゆえに自分を理解してくれた妹と、婚約者のラドミラ、そして、故郷の優しくしてくれた友人たちには依存と言ってよいほどに溺愛していた。
彼らを殺したセイを殺すために、死の王を使うというリスクに目を瞑ってしまう程に。
「んー……」
それを聞いたセイは思わず困ってしまう。
そんなこと、考えたこともなかった。
殺せるから殺せる。それが全てだが……人にどう説明すればよいのか。
「昔」
「……?」
「昔、幼馴染がいてな」
少し考えてセイは口を開く。きっと、自分がこういう風に考えているのは、きっとあれが原因だろうと、思い至って。
「いつ知り合ったんだっけな。幼稚園……じゃ分かんないか、三歳くらいかな。そいつ、めっちゃうざい奴だったんだよ」
罵倒の言葉だが、この言葉にはどこか親しみがある。
「内弁慶っていうのかな。家族と俺には遠慮しないのに、外ではおどおとしてたんだ。本当に愚図でのろまで頭も悪くて、どうしようもなくて、俺がいないと何もできない奴だったんだよ」
おそらく、親しいがゆえに遠慮がないのだろうと、初対面のラーロウに分かるほどに。
「友達だけど、見下してたというか……格付け、というのが正しいのかな。俺が上であいつが下。そう思ってた。けど中学……十二歳ごろの頃に、あいつ、急に明るくになったんだよ」
言葉に後悔……ではなく、羞恥の感情が乗ったように思う。
「おしゃれを始めて、社交的になって、勉強も友達に教わってからはめきめき伸びてたな。俺は成績は良かったけど、教えるのが下手で、それに暗いやつでね。交友も減ったなぁ……」
今度は悲しみ、いや、望郷に近いのだろうか。戻りたい、しかし戻ることは無いと理解する過去への思い。
戻りたい、それは本心か、それとも気の迷いか。
「そんなあいつを見て、俺はふと思ったんだよな。俺よりも頭が良くて、綺麗で、可愛くて、かっこよくて、友達も多くて、知識も豊富。昔みたいに格付けすれば、俺よりもぜったに上。そんなあいつは、価値がある。
……けれど、それは出来たばかりの『価値』なのか、それとも、昔からあったけど、俺はその『価値』に気が付かなかったのか」
セイの言葉から熱が抜けていく。
透き通り、平坦に。議論の余地がない、普通の、当たり前の常識を話すように。
疑問の余地がない、この世の真理を口にするように。
「全ての人には価値がある。
そして、人を含めて、全ての価値は有限だ」
それが、セイの魂。根底にある思い。
価値あるはずのあいつ。ふと気が付くと目で追っていたあいつを、目で追わなくなったことに気が付いた日。
価値があるはずなのに、心が変わり、『価値』を感じなくなった瞬間、セイの心に芽生えた信念。
「だから、誰でも殺せるよー俺は。その命よりも価値がある何かのためならね」
にこやかに笑うセイ。自分の正しさを疑わない。その狂気のような異形の心がにじみ出る笑顔。
「あ、ああ、ぁぁああ……」
それ見て、ラーロウは己の過ちに気が付いた。
話せばわかると思った。話せばわかり合えると思った。そうでなくとも、否定という感情は持てるはずだ、と。
しかし、違う。そうではないのだ。目の前の生き物は自分とは根本的に違うのだ。
さながら、異世界からこの世界を侵略に来た異形にして異常な魔王のように。
それこそ、魔王を倒すために兵器を作り、のちに第二の魔王になりえると名前を抹消された第七の勇者のように。
目の前の生き物は自分とは全く違う生き物なのだ。
それに気が付いたとき、ラーロウは初めて恐怖を覚えた。自分が死ぬのはいい。けれどこいつは、もっと恐ろしく、異形なる偉業を成し遂げる予感が、ラーロウを飲み込んだ。
「……うん。潜んでいる仲間はいないし、こいつは見た目通り、弱ってる。本当にただ聞きたかっただけか。じゃ、もういいか」
その言葉を最後に、ラーロウはその命を終えた。
「よーし、久々にハナビにでも会いに行くか」
「シャー」
作者「私事ですが、この小説は三作品目になります。ようやく村焼きが出来て小躍りしてます。やったぁ!」
来週は二章キャラクター紹介・用語解説。あと短い幕間の話の合計二話投稿します。
次の三章で主人公のパワーレベル編は終わりで、その次から本編開始です。




