35話 死者の王
「うっわ」
『それ』には、セイは神々しいと感じた。
清浄とは真逆の禍々しい負の魔力。生きとし生ける全ての生者が嫌悪する死の気配。しかし水の一滴や木の葉一枚では何も感じずとも、海や大樹、深海や森林といった規模になれば神を見出してしまうように、セイは目の前の化け物に神を見た。
その見た目は大別すると一般的な骸骨が動き出したスケルトンだが、セイが今まで感じたことが無いほど膨大な魔力が凝縮されているのか漆黒の色合いになっている。加えて眼光の奥で光る青白い魔力光は鬼火のようで、見るものの恐怖を掻き立てる。
(化け物だな)
圧倒的なまでの魔力量。数字にすれば五千万にはなるだろうか。漏れ出ている魔力だけでも大気を委縮させ、周囲を魔境に塗り替える魔の具現化。
人間とは大嵐や落雷、生死や無情といった人知を超えた非人間的なものを神のようだと例えるが、セイが感じているものもそれと同じものだ。
すなわち圧倒的な格の差。
ランク13、邪悪な神々の眷属でありながら、主である邪悪な神々にの領域に到達している化け物。倒すには大陸中から戦力を集めるか、個人で撃破するには同じく神の領域に到達しているS級冒険者が必要となる怪物。龍や巨神、獣神、原種吸血鬼といった神話の登場人物に比肩する、まさに隔絶した存在。
奇妙なことに、セイは「俺はまだ人間だったんだな」と安心感すら覚えてしまう程の格の差を感じてしまうほどだ。
(……どこまでやれるかな)
しかし同時に、セイの闘争心に炎が灯る。
セイは強くなったつもりだ。日本にいたころ、がむしゃらに腕を振り回して強盗に立ち向かい、あっさり死んだころよりは武力もついたし、冷静な判断も出来るようになったと自負している。
しかし、やはり格上と戦わなければ自分の実力の上限値を正確に把握できないのも事実だ。
この神のごとき化け物に、自分はどこまでくらいつけるのか。
それを思えば、震えなど消えてくなる。
「また人族か」
声は低い。いや、寒いというべきかもしれない。声は空気の振動であり、鼓膜を震わすことで伝わるもの。しかし最上位のアンデットである死の王の声は魂に響き黄泉の国の冷気を浴びせられたように背筋が凍えてしまう。
「それほどの聖気を纏うとは、やはり人間の質が上がっている」
「あんたが死の王か。挑ませてもらうぞ」
「む?なんだ、お前は私に挑みに来たのか。そのような愚か者がまたこの世に居るのか」
死の王はセイを一瞥すると、骨だけの腕を向け呪文を唱える。
「『終焉炎幕』」
「はっ!?」
死の王が魔術を使うと、壁と表現できるほどの厚みを持った炎の膜がセイに迫る。約四千度の爆炎が十重二十重と津波のようにセイに襲い掛かった。
セイは地面に潜ってやり過ごすか一瞬悩んだが、爆炎は大地も溶かしていることを気づき止めた。腹を決めたセイは剣に闇属性の魔力を纏わせ不均衡を起こす。
「『吸魔』」
闇属性の特徴は均衡を解くことだ。剣先に触れた爆炎は魔術という形を保てず魔力に分解される。迫る爆炎の余熱は闘気を纏うことで耐性を高めて突破。爆炎に使われた魔力を剣に纏わせて全力で振り下ろ。
「『魔泡剛断』!」
【怪力】スキルレベル10も併用して発動した武技は消えたかと見紛うほどの速さで振り下ろされた。膨大な魔力をそのまま纏ったその一撃は直撃すれば巨神であれ無傷ではすまないほどだ。
「……無傷かよ」
「大したものだ、私の結界を半分も破ったか」
【結界】。セイも習得しているそのスキルは前衛職の習得する【闘気】と対をなす後衛職なら必須のスキルだ。術者の力量に応じて自在に性質を変える特徴を持ち、死の王は物理的、魔術的な攻撃全てを防ぐ結界を常時八十枚ほど展開していた。そのうちの五十枚を破ったものなど、死の王の記憶には無い。
「それほどの聖気を纏っているのだから聖職者か、そうでなくとも後衛職かと思ったが、やはり私は戦士の感はないな。おとなしく調べるとしよう」
そう呟くと死の王は魔力を眼……正確には眼孔に集中させる。
「ふむ……なんと!?ランクがあるだと!?貴様、魔物だったのか!?いや、ジョブまである。となると吸血鬼や魔人族と同じハーフか。それに……【ダンジョンコア接続】に【万壊】?初めて見るユニークスキルだな」
「なっ……!【鑑定の魔眼】か!?」
死の王の言葉は、思わずセイも叫んでしまうほど衝撃的だった。
この世界にはステータスが存在するが、他人のステータスを閲覧する方法は非常に少ない。冒険者カードのような紙に表示してみせてもらうのが一般的だが、強制的に他人のステータスを見るのは神話の名高き術神の作った神器や【鑑定の魔眼】といった極めて珍しいユニークスキル持ちくらいしかない。
ステータスは習得しているスキルや能力値が表示される個人情報の塊だ。それを見ることが出来るならば、相手の手の内をほとんど見抜いたに等しい。
「とはいえ、見ただけで理解できるわけでもないだろ。分析される前に叩く!【奪魔】!」
【吸魔】の上位の技を使い一気の魔力を解きにかかる。
アンデットである死の王は肉の体が無いため、魔力で編まれた霊体で視認している。そのため魔力を乱されることは視界を撹乱されることに等しい。
そして、視界を奪えたらならばセイの剣術の真骨頂が発揮できる。
「葉隠れ流、【葉隠れ】」
視界を葉っぱが塞いだ一瞬の隙に急加速して距離を詰めるように、死の王がセイを見失った瞬間に喉元まで距離を詰める。
葉隠れ流とはセイの師匠であるスレイがやっていた足運びだけで次元跳躍をする技を模倣しようとしてセイが作った流派だ。
それはスレイの強さを分析しているときに「スレイの強さは視界に映らない点が大きいのでは?」と思いつき、相手の視界に映らないことを重視した奇剣の技だ。スレイように次元跳躍するのではなく、次元跳躍したように見える、手品のような技。
その神髄は「相手が瞬きしている瞬間に距離を詰めれば消えたように接近できる」という机上の空論から端を発した流派であり、現在は開発したセイ自身も極められてはいない。
しかし、一度切りの初見殺しとしてはこの上ない奇襲になる。
セイの真正面からの奇襲は成功し、その剣は死の王の喉元を切り裂————。
「それはただの武術だろう。私はお前という人族でありながら魔物と人間の力も持つ性質に興味がある。はやくユニークスキルを使ってみろ」
「……ふざけんな」
セイの剣は死の王の喉元を切り裂かず、死の王が纏った黒いオーラに阻まれていた。
いや、正確に言えば、セイの剣の大半、黒いオーラに触れた場所は腐り落ちていた。
「唯一無二であるユニークスキルもスキルの神がその名前を決めるという。それゆえに名称を見ればその効果にも察しが付く。
おそらく【万壊】というのは私の【崩壊魔法】と同じ性質を持つユニークスキルだろう。さて、正面からぶつかればどうなるのか」
骨だけなので分かりにくいが、おそらく不敵な笑みを浮かべているのだろう。そのような雰囲気を醸し出しながら、死の王はセイの東部に手をかざす。
その手からは暗黒のオーラが噴出する。
【崩壊魔法】。その名の通り万物を崩壊させる死の王のユニークスキルだが、その過程で起こっているのは風化だ。
そのオーラの触れた者は一瞬のうちに数万年数億年の年月が経過し、塵一つ残さずこの世から消える。まさに必殺の魔法。
しかし、死の王の言う通り万物を崩壊させる【崩壊魔法】と万物を破壊する【万壊】は似通った性質をしており、【崩壊魔法】を浴びたことでセイは習得したばかりである【万壊】の神髄を瞬時に理解した。
「……たぶん、いま今生で一番死を覚悟したわ」
「ほほお!破壊の力を破壊されないことに使っているのか!」
死の王は【崩壊魔法】を受けても死なないセイの姿に、おそらくここ千年で一番の笑みを浮かべる。
「たしかに、たしかに、火属性魔術の本質は熱の操作であり、極めれば熱するだけでなく熱を取り除いて冷やすことも出来る。同じように『壊れる』という現象を取り除くことで不壊属性に変化させることも出来るだろう」
ダンジョンで発生したアンデットとは違い、地上のアンデットには生前がある。
死の王はある国で研究者だった男だ。死者となり理性の歯止めが効かなくなったことで、初めてであった天敵を前にしても研究欲求を止めようとしない。
「くははははっははは!!!!未知なる知識が私を呼んでいる!これはどうだ。『属性支配領域・炎』!」
その言霊と共にセイを中心として半径五十メートルほどの領域が死の王の魔力に包まれる。
「『炎界』!」
「『転移』」
セイが空間属性魔術で脱出した一瞬後、領域内を火属性魔術が埋め尽くした。
空間そのものが約八千度にもなる白い炎へと変わり、取り残されていた地面が止めるのが視界の端に映る。
急いで反撃を、そう思うセイの判断は遅すぎた。セイは【高速思考】に【並列思考】を習得しているだ、最上位の後衛職であり、肉体に縛られないアンデットが千年もの間思考し続けたことで死の王は上位スキルである【超速思考】と【群隊思考】に到達していた。
明らかに地球の物理法則ではありえないほどの速さで思考できる死の王にとって零コンマ一秒では十分すぎる時間である。そしてそれほどの思考速度に追いつけるほど精密な魔力操作が出来る【魔力支配】まで到達してるのだから、最低でもセイのように【魔力掌握】に到達していなければ前に立つ資格すらない。
「【暗黒崩壊風】」
死の王を中心に黒い球体が膨れ上がる。風属性と闇属性、そして崩壊魔力を混ぜた複合魔術。その威力は計り知れず、弾けた黒い風を浴びた大地が風化に削り取られてしまう。
「足場くらい残せよ」
セイは結界を足の裏に展開し足場にして移動。柄だけになった剣に闘気を使った【闘刃】で切りかかる。
「【滅覇闘刃】」
「【赤流星】」
闘気の密度を極限まで上昇させた刃を、死の王は火属性と土属性の複合魔術で迎え撃つ。その隕石の大きさは小さく見て直径百メートル。そのほどの大きさの巨石がセイと死の王の間に出現しセイに向けて射出された。
一瞬の拮抗。その後すぐに切れないと判断したセイは刃にまで【万破】による不壊属性を刃に付与し、丈夫になった刃を捻り上空に受け流す。
「いっつっ……!」
闘気は生命力を消費する。セイは魔力を使う魔刃に変更すべきか考えるが、その一瞬の時間さえも死の王の魔術は止まらない。
「世界の構成せし始まりの力よ。我はここに始まりの奇跡を再現する。始まりの火、それは大いなる熱にして世界を開く力。始まりの水、それは大いなる恵みにして知恵。始まりの風、それは――——」
突如として詠唱を始めた死の王にセイは硬直する。
呪文とは自己暗示であり、原理としては呪文もカギとなる言霊も不要だ。しかし自己暗示として詠唱をしたほうが魔術は発動しやすくなる。
そして死の王は今まで詠唱をしていないのに、今回は詠唱をしている。それは詠唱しなければ使えないほどの大魔術を行使しようとしているということだ。
神速の踏み込みで距離を詰めたセイ。しかしそこに巨大なドラゴンが立ちふさがる。
死の王の使い魔だ。崩壊魔力で構成されたその使い魔はブレスを放ちセイを足止めする。
「————————始まりの光、それは大いなる広さであり世界を納める秩序。世界はここに生まれ落ちる。【世界創世】」
火水土風生命光闇時間空間の九属性複合魔術、【世界創世】。神話に描かれる世界を作った魔術。セイが行った世界から属性を取り除いて神々の魔力を抽出したときの逆。己の魔力に全ての属性を混ぜることで全く新し世界を作る魔術。
その昔、賢者と称えられた死の王の最高の魔術だ。
その魔術が発動した瞬間、セイを中心に世界が切り取られた。
外から見れば半径五十メートル程度の黒い球体に見える。しかしその内側は異世界であり、空間の連続性が断たれている。
「私の傑作、小さな異世界を創造する魔術だ。異世界転位でも出来ない限り脱出は出来……」
「【万壊・泡沫】」
そして次の瞬間、黒い異世界ははじけ飛んだ。
「ば、ばかなっ!」
「どんな魔術だろうと、魔力を使った現象であることには変わりない。なら魔力を解けばいい」
脱出したセイの両手は黒く染まっていた。
魔術を防げないと判断したセイは直撃しても死なないと分かると素直に受け、その後解除する方法を選んだ。
さながらテレビやパソコンの画面に表示される画像ではなく、画像を構築する極小の三原色を塗り替えるように、はたまた画像を並び替えるソースコードを破壊するように、魔術を構成する根本の魔力の流れを解いたのだ。
「は、はは、ははははははは!素晴らしい!もっと見せてくれ!次は――」
「付き合ってられるか。【浄化・柏手】」
高笑いする死の王を無視して、セイは拍手をする。その澄んだ音が響くほどに空気に聖気が満ちていく。
セイの故郷、日本の神社で行っていた清めの行動。魔術は自己暗示である様に、本人が発動できるという意思と、それを実現できる実力が有れば魔術は発動する。
「むぅ、これは……浄化?いや、祝福の一種か?」
アンデットは聖属性の弱い。それは死の王であろうと変わらない。
聖気が満ちる空間など人間で言えば毒ガスや放射線が満ちているようなものだ。
いかに死の王といえど、アンデットの生体には逆らえない。
そして、スーパーコンピューターのような思考速度の相手に稼ぐ数秒の空白の時間は致命傷を黄金よりも貴重なものだ。
「輪廻の輪。秩序は回る――」
セイも詠唱を始める。近くに神域に到達したアンデットが居ると聞いたときから開発していたセイの切り札だ。
「————六道、天、地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人間————」
魔術とは意思によって発動する。そして意思とは経験によって構成される。
ならば、この魔術はセイのとって発動出来て当然のものだ。
なにせ、自分がこの道を通ったのだから。
「————たしかにそれはあり、死者は次に進む。【強制転生・六道】」
それは輪廻転生という概念そのもの。セイが生まれ変わりを経験したように、ほかの死者も同じように強制的に転生させる魔術だ。
アンデットという死者でありながら恨みつらみで地上にしがみつくものたちを強制的に輪廻の輪に放り込む法則。そこに抵抗の余地はなく、どのような能力差、どのような耐性があっても、物が上から下に落ちるように、当然の事象として死者はこの世を去っていく。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
賢者である死の王は今もなお魔術の研鑽に熱心であるが、今回はそれがあだとなった。魔術を受けた死の王の魂は輪廻の輪に変えるという正しい流れに乗る。
「勝ったな」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
セイの視線の先で死の王は苦しんでいる。
ある論文によると、アンデットが聖属性の光を浴びる際の痛みは人間で言えば油と炎を掛けられた時と同じくらいであるという。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
その痛みを想像して同情する。同情できるほどに余裕が出来た。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
もう勝ちは決まったようなものなのだから。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
…………。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
「なあナビ」
『はい、なんでしょうか。マスター』
セイは久しぶりにナビに話しかける。セイにとってナビはアプリや補助システムのようなものであり、テレビやパソコンに話しかける様な気がして避けているのだが、今は助言が欲しくなった。
「あいつ消えないな」
『はい。そうですね』
「俺の感覚が間違っていなければ、魔力が強くなっている気がするんだが」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
『はい、そう通りです。恐らくはランクアップが始まっています』
「うっそー」
セイは即座に距離を取る。下手に介入しても、どのような異変が起こるか分からないからだ。
(アアアアアアアアアアアアアアアアアア……)
死の王ことマギア・ケリュケイオンの起源は千年前にまで遡る。
当時、この場所にはケリュケイオン王国という、マジックアイテムの製造、特に杖の製造に優れた職人の国だった。
周囲を海に囲まれた危険な立地だが、海から襲ってくる強力な魔物を撃退できる軍事力まで兼ね備えた、海の恵みだけを享受できる豊かな国だった。
彼はそんな国の第八王子という身分で生まれた。もとより半島という領土の拡張が難しいが守るに容易い立地であるため戦争には縁がなく、王族でありながら仲が良いという珍しい境遇であった。彼もそんな大切な家族のため、そして大切な国のため、国を発展させる研究員という仕事に就く選択をした。
しばらくはそんな平穏な暮らしであったが、現在ラキア国とチヨウ国がある領土にあった巨大な国は野心に溢れ、強大な軍事力をケリュケイオン王国へ向け、強力なマジックアイテムを要求してきたのだ。
当初はこの要求は交易という形で成立していたが、相手国は増長しさらに強力なマジックアイテムを要求。ケリュケイオン王国はこれに反対に戦争が始まってしまった。
そして、ケリュケイオン王国は敗北した。強力な魔物は何度も撃退していたが、正面から戦わず、相手の長所を潰してくる戦術にケリュケイオン王国は経験がなく対応できなかったのだ。
そして、研究者たちへ一発逆転の魔術を開発しろという無茶な命令が降りて来た。誰もが無理だと悟っていたが、当時賢者と称えられていたマギア・ケリュケイオンは死者の再利用を思いついてしまった。
野生のアンデットは当時にもいたが、それは理性のない彷徨う亡霊、よく言えば恨みつらみが強い痴呆の老人の様なものだ。
これをなんとか研究を重ね、整然と寸分変わらない理性を持ったままアンデットにする。そんな研究が始まった。
戦争は倫理観の欠如を生み、戦場で捕虜を取って実験室に運び込む。そんな流れが出来た。
(そうだ、そして、あの人たちは……あいつらは……っ!!!!)
マギアの……いや、死の王の脳裏に浮かぶのは大切な……大切だった家族たち。
戦争に勝ったのに、戦争に勝てたには自分のお陰なのに、このような非人道的な研究はマギアが勝手にやったことであるなどと、優しい両親と、憧れた兄さまと姉さまと、自分を慕ってくれた弟たち、妹たち、それが……それがっ……!
「オオオオ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!」
そうだ、自分を裏切ったあいつらを、よい実験体だなどと言い、俺を切り刻んだあいつらを、殺さなければ。
あいつらを、ころサナケれバ!
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!」
ランク14、魔道死統皇帝。
人間はジョブのレベルが100に到達しても、スキルレベルやその先の水準に到達していなければジョブチェンジできない。
それは魔物でも同じだ。死の王のレベルはとっくに100になっていたが、アンデットとしては死の王は未熟だったのだ。
死者でありながら論理的に思考をし、肉体が無いのに生者のように振舞い、脳も無いのに理性を働かせる。そんな死者らしくない死者だった。
「グルルルッッアアアアアアアッッッ!!!」
しかし、今は見る影もなく、アンデットらしいアンデットになっている。怒りに飲まれ、その怒りはとどまることが無い。働く理性が無い。恨みと怒りで地上にとどまり、生者を殺す怪物になり果てた。
セイの魔術を受けたことで、生前の恨みを思い出してしまったようだ。
その力は、次元一つ分上がっただろう。冒険者で言えばソロとパーティ。先ほどの死者の王六人分くらいにまで上がっているはずだ。
「まあ、もういけそうだな」
『はい。勝てる可能性はあります』
セイは極めて消耗している。大量の闘気や魔力を消費し、今すぐふかふかのベットに倒れ込みたいほど疲れている。
しかし、消耗具合で言えば死の王の方が上だ。
「ランクアップしたと言っても、消費した魔力が戻るわけじゃない。上がったのは上限だけだ」
『先ほどの【強制輪廻:六道】も確実に死の王の力を削いでいます。多くてもあと2.3回打ち込めば倒せるかと』
「2.3回は俺の魔力が持たないかなー。でも大丈夫だよ。今改良した」
セイは【魔力掌握】の応用で呼吸を通じて体外の魔力を体内に取り込む。死者の魔力はあまり体に良くないが、セイは魔物でもあるためある程度なら耐えられる。
「キョ、【巨象召喚】、【魔剣化付与】、【物理耐性付与】、【魔術耐性付与】、【属性耐性付与】、【超力付与】、【生命燃焼】、【不死鳥の加護】————」
理性を失いながらも、リッチとしても本能は失われていない。最大の武器である魔術を行使し、身長三十メートルの巨象を次々と召喚する。
加えて手にしている剣の魔剣化、各種耐性付与、【腕力増強】、【怪力】のさらに上位のスキルである【超力】の付与。さらに一時間は持つ動力源(魔力)を十秒で出し切る生命を燃やし尽くす魔術に、さらに十分は延命できる魔術。
単体でランク10の魔物を倒せる魔物が次々と召喚される光景は悪夢そのものだ。
「まあ、もう終わりだ」
先ほどの強制転生の魔術はアンデット全般に使える、言ってしまえば汎用の魔術。
今回使うのは対・死の王用に調整した魔術だ。
「【精霊流し・地獄への旅路】」
両手を合わせてセイを中心に光が広がっていく。周囲の巨像も大地も光に触れてもなんの影響もないが、死の王……つまり自我がわずかにある存在に触れた瞬間大きな変化が起こった。
「ア、アア、ア…………アアア、アア……」
先ほどの魔術が輪廻の輪に戻るという世界の理を利用した魔術ならば、今回の魔術は自分から地獄に向かわせる魔術。
先ほどの魔術ではまだ地上に未練がある者は抵抗してしまう。そのため「自分なんか、死後は地獄行きに決まっている」と思っている相手に自分から地獄に行かせる魔術に改造したのだ。
「ア、ア…………ア、アア―———」
死の王の……否、マギア・ケリュケイオンの脳裏には、ありえない光景が浮かんでいる。ありえてはいけない光景が浮かんでいる。
『マギア!正気に戻ってくれ!』
『兄さん!もうやめてくれ!』
父さんが、母さんが、兄さんが、姉さんが、弟が、妹が、自分に愛情を向けている。
自分はそんな彼らを殺している。
違う、違う。俺は、みんなに裏切られたんだ。
正気を失った俺が、みんなを殺したなんて、そんなこと、あるわけがない。
『せめていつの日か、自分のことを許してあげて』
『大好きだよ。兄さん』
(ア、ア…………あ、ああ、ああああああ、ああああああああああああ!!!!!!!!)
マギアの眼に、光が灯る。
取り返しのつかないことをした。
けれど、みんなはそんな俺を、許してくれていた。
死者であることが悔しい。涙を流せないこと恨めしい。
いつか、この償いを、償いをして、みんなに、誇れた頃に――――――。
「獲った」
「あっ‥‥‥‥‥‥?」
セイの抜き手が、死者の王の心臓部、魔石を貫いた。
即座に手を抜き、奪い取った魔石を捕食する。
「————————」
「神のごとき人間も、人間であるから食事や睡眠が必要だ。同じように、神の領域に到達していても、魔物である以上、魔石が無ければ生きていけない」
ま、アンデットに生きるって表現も変だけどな。と、続いた言葉は、もう死者の王には聞こえていなかった。
《【崩壊魔法】の情報を取り込みました。ユニークスキル【万壊】が【分解】に変化しました。【分解】が【分解魔法】に覚醒しました》




