34話 崩壊の足音
アルケンシア大陸の東部にはある巨大な地中海には、人が踏み入るべきではないと言われる半島がある。『死の王』と呼ばれる強力な魔物が住み着いており、その危険度は聖領にすら匹敵するからだ。
死の王が放つ高密度の魔力が満ちており、そこで暮らすアンデットは強力になりやすい。生きて帰ったものは少なく、好んで近づく者はまずいない。
死の静寂が満ちる死の国、それが魔境クラリセンだ。
しかしこの日は騒がしかった。
「まさか、逃げることすら出来ないとはな……」
魔境クラリセンに挑んだ悪魔憑きの精鋭十一人。そのほとんどが塵一つ残さず死に、今生きているのは隊長であるラーロウだけだ。
不死の王をおびき寄せて、『暴竜』にぶつける。ただそれだけの作戦が、命を対価にしても達成できないほど困難だとは、想像していなかった。
それもこれも、全ては死の王の強さが別格だったからだ。
「まさかとはこちらの言葉だ。千年ほど研究に熱中していただけで、ここまで強くなるとは、人間も侮れんな」
彼の前に居るのは、骨だけとなった元人間の魔物。死の王だ。
アンデットである彼は元は人間であったため、その見た目こそ普通のスケルトンだ。身に着けているものも金や銀の糸で装飾されたローブに、腰には短杖といった凡庸なもの。
しかし彼の両脇に控える巨大なアンデットと、周囲の一切を塵に変えるその魔力が、彼の力の強大さを表していた。
そして、そんな彼が今は右腕を失っていた。ひきつけることすら出来ないと悟ったラーロウたちは持ち込んで聖剣さえも使って反撃した結果だ。
「しかし魔物憑き、それも最上位の悪魔憑きが十一人。それに聖剣まで持ち出してくるとは、外で何かあったか知らんが、少し掃除しておくか」
そういうと死の王はゆっくりと視線を陸地……すなわちラキア国やチヨウ国がある方を向き、それに呼応するように魔境クラリセン中のアンデットたちが進軍を始めた。
「うん……?魔物か?」
「どうしたんですか、隊長」
食道で昼食を食べていた時、セイは一つの異常を感知した。
六翼剣も撃退した。面倒な事後処理はルヴェアが引き受けてくれた。最近は何やら変な修道女が来たが、大して重要でもない。ラドミラとアイリも反逆に暴れることもなさそうだ。
つまり暇になったである。
では久々に薬学や魔術の本でも開くか。それとも【弓術】や【槍術】にでも手を出してみるか。そう考えていた時の事である。
「いや、クラリセンから魔物が近づいて来てる気配がする」
「クラリセンから?珍しいですね」
「ああ、それもかなり……いや、なんだこの数は……っ」
魔物の気配の数が多すぎる。そう気が付いたセイは窓から飛び出した。
「緑!俺を打ち上げろ!」
「シャア!」
「うわっ!?なんだなんだ!?」
「隊長、何かありましたか!?」
騒ぐ部下たちを無視して、セイは緑の頭の上に乗る。
そしてそのまま大ジャンプ。緑が頭を上げた勢いを利用して一気に上空千メートルにまで飛び上がる。
「【飛行】、【レンズ】、【転写】。これで見えるはず…………」
飛行の魔術で宙に浮かび、光属性魔術で光をレンズのように曲げ、望遠鏡でも使っているように遠くを見る。
そして、見なければよかったと後悔した。
「十‥‥‥二十‥‥‥三十‥‥‥五十万、くらいか?」
血を埋め尽くすような魔物の大群が、魔境クラリセンから迫ってきていた。
その数、五十万。仮に全ての魔物がランク1のゴブリン並みだったとしても、国が亡ぶには十分な数だ。
「あの飛んでるのはドラゴンゾンビで、泳いでいるのはクラーケンゾンビ。……それに奥に居るのは……ドラゴンゾンビの一種か?ランク10はありそうだな。
ちっ」
舌打ちを一つして、セイは急降下した。
「五十万くらいの魔物が攻めてきた。この国は終わりだから今すぐ逃げろ」
隊長が兵士たち全員を急に集めたと思ったら、そんなことを言ってきた。
「えっ……と、な、何かの冗談で?」
「いやマジだ。間違いなく滅びる。ラキア国とチヨウ国が滅ぶだけで収まるかは分からないが」
国を形成するものは三つ、行政、国土、そして国民だ。
国を滅ぼしうると評される魔物はこのいずれかを消すことが出来る。
例えば吸血鬼の様な人間社会に紛れ込み、人間社会を破壊することを目的にしている魔物は永遠の命という甘い蜜を使い人間を堕落させ、政府を腐敗させる。
災害指定されるような強力な個体は人間の街を破壊し、魔物を移住させて魔境に浸食させ、人間が住めない土地に変える。
そしてゴブリンキングの様な数を強みにする魔物は、一般人の数を減らすことで人間社会に打撃を与える。強力な一個人が生き残っても、国や社会を維持できるほどの数が生き残らなけば滅びるだけだ。
「もしもラキア国やチヨウ国に俺も知らない戦力があったとしても、両国合わせて一億人のうち……まあ一万人も生き来れれれば奇跡だな」
「そっ、そんなっ!!」
セイの言葉に兵士たちが騒ぎ出す。
当然だろう。彼らは故郷に居られなくなって戦場に行った嫌われ者たちだが、国が滅んでしまえばいいと本気で思っているわけではない。最近では六翼剣の撃退に一躍かったとして名声が手に入り、給料もたくさんもらえて人生が順風満帆。故郷に帰ってもいいかなと考え始めていたころなのだ。
その悲痛な叫びは理解できなくはない。
「そんなわけで、この部隊も解散だ。俺たちの雇い主である国が滅びる……政変とかじゃなくて、魔物に攻められて国が『なくなる』のに防衛する意味も無い。各々が生き残ることを考えろ。
以上だ。ラドミラたちはこいつらの護衛をしてくれ。いいか?」
「……一つ頼みを聞くと言った以上、それは構わないが……お前は逃げないのか?」
「逃げないよ。最低でもあの魔物の群れに死の王が居るかもしれない……ていうか、間違いなくいるからな」
その言葉に兵士たちが目の色を変える。
死の王は千年前にあった魔道国家クラリセンの王子にして、不死身の兵士を作ろうとしてリッチというアンデットになった狂人。現在ではランク13という、最下級の邪悪な神々にさえ匹敵すると言われている伝説どころか神話の領域にいる化け物だ。
そんな化け物の相手をするなど、普通なら考えられない。
「まっ、まさか隊長、俺たちが逃げる時間を稼ぐために――」
「今の俺がどれくらい強いのか確かめるチャンスだからな。こんな幸運は逃せない」
「あっ、はい」
最近のセイは部下を使ったりダンジョンで待ち伏せしたりと、明確な格上と対等な条件で殺し合いをしていない。
当然、命がかかっている以上手段を択ばずあらゆる手を使うのが正しいことだと考えているが、自分一人で戦うというのは重要な要素だろう。
今の全力を知るには、まず間違いなく負けるほどに強い相手と戦わなければならないのだ。
もちろん、死ぬ気は無いが。
「それは分かったが、勝てるのか?ランク13は大国どころか大陸を滅ぼせる。S級冒険者でもないと勝てないぞ」
「勝つよ。俺の強さは俺の装備の強さも含めてるからな。準備しておいた対抗装備も持っていく」
「……そんなものを準備していたのか」
「当たり前だろ。あんな危険な魔物が近くに住んでいるのに、準備しないわけがない」
その高揚しながらも平坦な言葉に、その気負わない姿に、兵士たちも「この人は本当に自分の事しか考えてないんだな」と思い直した。
そして、その行動で自分たちの生存率が上がることに感謝の言葉を残し、皆去っていった。
「壮観だなー」
魔境クラリセンへと続く道を破壊し、緑と共に魔物の前に立つ。
セイも一時期冒険者として活動していたが、地を埋め尽くすほどの数の魔物を見るのは初めてだ。
「さーて、戦うか」
体をほぐす様に伸びをすると、心の中でステータスと唱える。
・名前:セイ
・種族:ダンジョンコア
・年齢:19歳
・称号:【暴竜】【悪魔】
・魔物ランク:4
・ダンジョンコアランク:4
・ジョブ:超戦士
・レベル:0
・ジョブ履歴:剣士、瞬剣士、魔術師、術式使い、指揮官、魔剣使い、魔戦士
・能力値
生命力:23,748(16154UP)
魔力 :45,362(20042UP)
力 :5,530(4668UP)
敏捷 :3,935(3075UP)
体力 :8,009(6901UP)
知力 :4,521(2679UP)
・パッシブスキル
戦闘時能力値増強:中(剣装備時能力値増強から変化)
魔術力強化:中
魔力増大:5Lv(2UP)
魔術耐性:3Lv
物理耐性:8Lv(3UP)
怪力:10Lv(2UP)
気配探知:5Lv(2UP)
気配遮断:5Lv(2UP)
剣装備時敏捷強化:大(UP)
戦闘時敏捷強化:中(剣装備時敏捷増強から変化)
再生:3Lv(2UP)
状態異常耐性:4Lv(3UP)
暗視
従属強化:5Lv
・アクティブスキル
剣術:9Lv(2UP)
闘気:10Lv(4UP)
結界:6Lv
全属性魔術:8Lv
魔力掌握:1Lv(魔力操作から覚醒)
高速思考:8Lv
並列思考:8Lv
鎧術:1Lv
盾術:1Lv
格闘術:4Lv(3UP)
指揮:1Lv
連携:1Lv
魔闘術:6Lv
限界突破:7Lv(3UP)
魔剣限界突破:4Lv
・ユニークスキル
ダンジョンコア接続:4Lv(1UP)
万壊(NEW)
「腕力だけなら死の王にも勝てるかもな」
翼や六翼剣の面々を殺害したことで膨大な経験値が入り、ここ最近だけで二回ジョブチェンジしている。そこ結果セイの能力値はA級冒険者に匹敵するもの水準になっている。
その反面スキルレベルはまだだが、【怪力】スキルレベル10という【力】を10倍にするスキルを習得していることを考えると、純粋な力比べならS級冒険者が相手でも勝てるかもしれない。
ついたジョブは【魔戦士】と【超戦士】。どちらも近接戦闘に秀でていることを示すジョブだ。
いや秀でているのは近接戦闘ではなく、肉体性能かもしれない。
セイは自分のことをどちかかと言えば頭脳派認識しているためどうして魔術よりも肉体スペックが伸びているのかと一瞬だけ疑問に思ったが、すぐに自分が魔物だからと納得した。
魔物は人間よりも肉体性能に優れている。魔物の能力値と人間のスキルが合わさればこうなるのだ。
「今日を乗り越えればもう一回ジョブチェンジできそうだな。さあ緑、死線を超えようか」
「シャア!!」
いつものように、気負わず、平然と、そして純粋な勝ちたいという思いをその身に宿して、セイは魔物の群れに飛び込んだ。
その光景を上空から見た者がいれば、アンデットの群れを一本の魔術の槍が貫いていると思うだろう。
密集しすぎて身動きがほとんど取れないアンデットに対して、光属性の派生である聖属性の魔力を纏い、アンデットの群れを切り裂いていく。
その様子を見れば、誰もが目を疑うだろう。
可視化されるほどに聖属性の魔力を込められた鎧は周囲のアンデットに対して【浄化】の魔術と同じ影響を与え、そこにあるだけで周囲のアンデットを麻痺させてしまう力を持つ。
そこに聖属性の魔力を纏わせた魔刃……聖刃とでもいうべき魔力の刃にした剣でアンデットを太刀を一刀両断した。
魔力の刃は形が自由自在、一瞬で刃渡り百メートルにまで伸び、一振りで高ランクのアンデットたちを抹殺する。
その人物の内面を知らないものが目にすれば、光り輝く英雄が、悍ましい化け物と戦っているのだと思ってしまう程に神々しい光景がそこには広がっていた。
「そこか。緑!頼む!」
セイの言葉を聞き付けた緑はとぐろを巻き、体を伸ばす勢いでセイを吹き飛ばした。
弾丸の様な速度で吹き飛ばされたセイは一気にアンデットの群れを抜け、この群れで最も強い魔物の前に到着する。
そこには、神のごとき化け物がいた。
あと2,3話で2章は終わり。




