33話 契約
「盾持ちは前へ、時間を稼げ」
煌びやかな装いの男が号令をかける。
同じ盾、同じ鎧を纏った十人の男たちが号令に応えて盾を構えると、突っ込んできたアンデットの土竜が跳ね返された。
しかし、傷一つ無く起き上げる。
アンデットとはいえ、土竜と言えばランク7の魔物だ。しかもこの『死の洞』と呼ばれる魔境では聖水や聖具といった神聖属性の祝福を受けたマジックアイテムを受けての力が減衰しない、まさに力を最大限発揮できる領域であればランクは一つ上に見積っておくべきだろう。
「では我々も行くか」
隊長であるラーロウをはじめとする五人が前に出る。その姿は騎士というには、到底見過ごせない異形があった。
「【悪魔の足】、解放」
「【悪魔の眼】、解放」
「【悪魔の爪】【悪魔の指】、解放」
「【悪魔の翼】、解放」
人族である彼らの肉体は、悪魔の肉体が移植されていた。
「では私も、【悪魔の右腕】、解放。【複写:超力】」
ラーロウが右腕の鎧を外すと、そこには猿のような腕がついていた。その腕を握りしめ力を籠め、全力で振りかぶる。
「ふっ」
「ギャアアアアアアアアアッ!!!!」
軽い踏み込み、軽い一撃。しかしその拳は頑強な土竜の肉体を粉砕した。
強くてA級、平均してB級冒険者程度の力量しかない彼らだが、その異形の肉体の力を解放すると、明らかに人として異常な力を発揮していた。
その昔、ある無力な者たちはどうすれば力が手に入るのかを考えたという。
通常であれば、修行あるのみだろう。しかしその時、彼らの国は滅亡寸前であり、時間が無かった。
それゆえに、彼らは既に強いもの、つまり魔物の肉体の一部を移植すればよいという結論を出してしまった。
この世界の医療技術は現在の地球よりも遥かに低レベルだが、同時に人命を保全するという倫理観も低い。というよりも無いに等しい。
これを移植すればどんな拒絶反応が出るのか、その際にどういったことをすれば適合できるのか。人命を湯水のように消費した実験を繰り返した末に、魔物肉体を移植する技術を確立した。
当然、移植する魔物は強いほど移植された人間も強くなる。ゴブリンの様な弱い魔物であっても【状態異常耐性】や【怪力】といった人族では習得できないスキルと習得できないようになり、竜の血を移植した際はほとんどが拒絶反応に耐え切れず死んだが、生き残った者は【不老】や【竜鱗】といった強力なスキルを習得していたという。
そして、そんな移植する魔物の最上位の素材が悪魔だ。数十人から数千人の命を生贄にし、世界の裏側から悪魔を受肉した状態で召喚。そして召喚者を殺すことで悪魔からの干渉方法を無くし、悪魔が無防備になった瞬間に捕獲。
この極めてコストパフォーマンスの良い方法で悪魔の肉体を手に入れ、希望者に移植。これにより手軽に人外の力を手にすることが出来るのだ。
ただし、これは現在よりはるか昔に生まれた技術であり、魔物を使役するならまだしも、魔物の肉体を移植するというのは、現在ではさすがに倫理的・宗教的な問題、そして移植した魔物の部位が逆に宿主を乗っ取ってくる事例も確認されていることから禁忌とされている。
それゆえに、このラーロウ率いる第一騎士団は全員がこの作戦の後に異端として認定されるだろう。しかし、彼らはそれでもこの作戦は実行すべきと考えていた。
ランク8のアンデットの土竜やランク10のスケルトンエンペラーを鎧袖一触で薙ぎ払いながら、騎士の一人がラーロウに問いかける。
「隊長、これでも暴竜には勝てないと言いますけど、そんなに強いんですか?」
「ああ、強い。だがそれは我々の強さとはまったく別種のもの。言わば、守るものが無い故の強さだ」
「守るものが無い?」
「ああ、資料を読めばわかる。あいつは国を守っていない、守るべき仲間もいない、そして守りたい大切な人も居ないのだ」
ラーロウは吐き捨てるようにそう告げる。
国王であるレギウスも、六翼剣の司令官であるラギロウも極めて豊富な政治家としても経験から誤解しているが、多くの冒険者や傭兵、時には殺人好きのシリアルキラーなどとも直接接する経験を持つラーロウだけはセイの人格を正確に見抜いていた。
「守りたいものがあるから、人は法を守り、社会を作るのだ」
「共存共栄、でしたっけ?光の神に仕えた勇者が説いたっていう」
「ああそうだ。ゆえに、あんなやつは一刻も早く殺さなければならない。姫様を助け出すのも大切な目的だが、暴竜をここで殺しておかなければ、必ず手に負えない怪物になる。」
砦の前に一台の馬車が止まっている。それは荷馬車ではなく客車が付いて煌びやかな馬車であり、高級感がありながら嫌みさを感じさせない美しい馬車だ。
その客車には十人の少女が乗っており、全員が美しい。純白のローブを身に纏い『法に反しない清廉さ』を体現している。
光と法の神の信徒たちだ。
「司祭様、大丈夫かしら……」
「心配ね、相手は悪逆非道で知られる『暴竜』だもの……」
彼らがセイの砦に来た理由はただ一つ。ラドミラを引き渡してもらうためだ。
本来は、教皇を頂点に抱く教会に仕える彼らはがチヨウ国の命令に従う必要はない。しかし、人間社会に生きている以上完全に国家権力と無縁では言われない。
レギウスが打った手の一つ、教会勢力を派遣して『同じ神を抱く信徒として、この件は我らに預けてほしい』だ。
そして砦にある応接間には司祭であるエヴァリーナが乗り込んできており、ルヴェア……は残念ながらまだ帰ってきていないので、セイが対応していた。
「セイ殿。単刀直入に聞きますが、ラドミラ様は生きておいでですね?」
「何のことでしょう。確かに死んだと発表しましたが」
エヴァリーナは美しい女性だ。年は二十過ぎだろうか。司祭という高位の位に就いておりだけでもすごいが、悪名轟く怪物の前に乗り込んでくる豪胆さも素晴らしい
魔王との戦いを生き残った三人の勇者の一人にして死後は神になった女性が居るため、この世界の教会勢力にも高位の役職に就く女性も多い。
しかしこの若さで司祭とは異例だ。本人の出世欲を勘ぐってしまわずにはいられない。
手柄が欲しくて来たのかな?などと大変失礼なことを考えていると、エヴァリーナが当たらなカードを切って来た。
「ここだけの話ですが、チヨウ国の王族の方々には生命観測用のマジックアイテムがあるのです」
「ほお、そんなものが」
エヴァリーナは心なしか勝ち誇った顔になる。今のセイの返しが縁起ではないことを見抜き、ラドミラが生きているということを認めさせる道筋を見出したからだ。
実際、口下手なセイと違って数多の説法を語って来たエヴァリーナは大変口がうまい。まともに舌戦などすればセイから失言を引き出すことも可能だろう。
しかし、セイはその場しのぎは上手かった。
「そのようなマジックアイテムがあるとは驚きです。しかし、私は確かに殺しました。故障という可能性もありますね。もう一度確認すれば違う結果になるのではないですか?」
セイが言っているのはただの嘘だ。子供が親にする言い訳に等しい。
しかし、ここにセイの『暴竜』としての悪名が加わるとおかしな化学反応が起こる。
「(まさか、この隙に姫様を殺す気か!?)」
一般人を巻き込むことをためらわない兵士の鏡のような人物だ、ならば、いかなる理由でラドミラを隠しているにせよ、ばれるくらいならばとラドミラを『隠す』可能性は十分にある。
そしてそんなことを本当に行ったとき、この効果はチヨウ国の王族が一人消えるだけでは済まない。
(姫様がこれで死んだら、間違いなく私の責任にされる!)
ここにきてエヴァリーナは他の司祭たちが誰も立候補しなかったことは、自分の手回しの成果ではなく、自主的に手を引いたのではないかという疑念が湧いた。
「セイ殿、我らは共に光と法の神の信徒、腹を割って話し合いませんでしょうか」
「いや俺は光神じゃなくて術神の信徒なんで……」
「疲れたー……」
何とかエヴァリーナは追い返した後、セイは休憩に暗い部屋に来ていた。
「もうやだー……こんな面倒なことはルヴェアに任せたい。早く帰ってきてよー……」
セイは涙目になり泣き言をいう。
人生とは学びであり娯楽、どのようなものにでも楽しみや学びを見出すことが出来るというのがセイの持論だが、『めんどくさい』が勝ってしまうと途端につまらなく感じてしまう。
地球では高校生で死んでしまったセイは大人の女性と接した経験が乏しい。面倒くさいしばーんと殺してなかったことにしたいなーという欲求を抑えるのが大変だっというのもありだいぶ疲れていた。
「……人をこんな目に合わせて、その目の前で訳の分からなん独り言、いい趣味をしているな」
「いや趣味というわけではないよ」
壁際で鎖に繋がれた女性、ラドミラがセイを睨みつけながら話しかけてきた。
「……んー、元気?」
「この姿を見て元気だと思うなら、お前は頭がおかしい。一度死んで来世に期待するしかないな」
「それもそうだ」
からからと笑うセイ。
実際、ラドミラの姿は悲惨だ。衣服は何もつけておらず、アイリとも引き離され、兵士たちに乱暴にされた。食事や部屋の温度管理は気を使って快適にしているが、まあ悲惨な境遇と言って異論はないだろう。
(乱暴にされた女性って心が壊れると聞いて闇属性魔術の治療を考えていたけど、大丈夫そうだな)
「元気そうでよかった。お前は兵士たちにあげたけど、死にそうな目に遭ったら注意しておくから、覚えておいてくれ。食事は次もジャールに運ばせる、あいつもここの兵士たちに乱暴にされたっていう共通点が……あっても嬉しくはない。まあともあれーー」
「アイリは無事か?」
セイの言葉を遮って告げる言葉には、確かに力があった。
「アイリ?」
「兵士たちが恨み言のように言っていたからな。三人の騎士は死んだが、アイリが生きていることは理解している。無事か?」
「ふうん……。無事だよ。お前みたいな目にも合ってない」
「取引だ」
「俺の言葉聞こえてる?」
「私は戦いが得意だ。戦いの時はお前に協力しよう。その代わり『絶対に』アイリには手を出すな」
セイをにらみつけるように、しかしまっすぐな瞳がセイを貫く。
「うーん……。いいよ」
「いいのか!?」
「うん。別にもともと手を出す気はなかったし、契約魔術でも結ぼうか?」
「そうか……肩の荷が一つ降りた……ふっ、いまはいい気分だ。お前も私を使うか?」
「いやいいよ。性玩具を誰かと共有する気は無い」
セイはラドミアと契約するも、戦いの機会は当分先だと思っていた。
しかし数日後。それは起こった。




