28話 化け物
作者「なんで中ボスがこんなに長いんだろう。次話で終わらせたい」
何一つとして事前情報が無い敵地に攻め込むために、何が出てきても対処できる精鋭で構成された部隊で攻める。それがラドミラたちの行動の全てだが、これはチヨウ国にとっては苦肉の策だった。
鉄で武装し敵国を暴力で蹂躙するラキア国と違い、チヨウ国は戦略と融和を重視する国だ。一対一では相打ちになる相手なら、一対二で戦う。それが出来ないなら、相手が全力を出せない位置取りをする。確実に大きな被害が出ると分かれば、戦わずに融和政策をとることが利益になる。
そういった考えをする国であるがゆえに、確実に情勢を見極めるための情報の大切さをよく理解し、情報を集めるための秘密部隊の育成に最も力を注いでいた。
そんな自慢の部隊が何一つ情報を持ち帰れないなど想定しておらず、このような行き当たりばったりで力押しの作戦は記録に残しがたいほどに不本意だ。
しかしそれゆえに、チヨウ国最強の六名のうち半数を投入した。
一般人でも容赦せず殺すその姿は人心に恐怖を与えるが、『容赦がなくて怖い』というだけで実力は大した評判を聞かない兵士一人、確実に討伐できるはずだった。
「……正直、甘く見ていたな」
折れた肋骨を抑えながら立ち上がり、ラドミラは眼前の巨大な敵を睨んだ。
「『それはこちらのセリフですよ。まさか今ので死なないだなんて』」
特徴を排した鳥だということしか分からない鳥型の使い魔から、指揮官らしき女の声が響く。
視線を正面からそらさないまま周囲に意識を向けると、三十近い兵士の気配がする。まるで全員が無属性魔術の【念話】を高水準で習得しているとしか思えないほどの意思の疎通と、こちらの攻撃を無理なく受ける完璧な連携、そして魔術と見まがうほどの速度で地形を書き換える【罠】スキル。チヨウ国に限らずこの世界では希薄だが、工兵としてみれば極めて脅威だ。
「ラキア国がこれほどの魔物をテイムしているとは、聞いたことが無い……」
「『当然ですよ。この子は隊長が個人的に使役している魔物ですから』」
そして、そんな直接戦闘には不得手な工兵たちを守る魔物。
ランク8。フォレストサーペント。全長五十メートルを超える巨大な蛇であり、小さな都市国家なら滅亡させることが出来るほど強力な魔物だ。
「はぁっ……はぁっ……災害指定の魔物を使役するなど、歴史を紐解いても聞いたことがありません……いったどうやって……きゃ!?」
「アイリ!気を抜くな!」
突如足元の草樹が急成長し、呆然としていたアイリに絡みつく。アイリとてA級冒険者に匹敵するラドミラに同行できるほどの実力者だが、周囲の草木すべてに警戒するのは不可能だ。
いま触れている草木の動きは風でそよいでいるのか、それとも緑が【緑化】で操っているのか、区別などつかない。
しかし、地面を通じて操っているのはここまでの戦いで理解している。ラドミラが地を這う一線を放ち伐採し救出する。
後ろに吹き飛ばされながらもアイリはほっと一息――つく暇もなく足に触れたものに悪寒を覚えた。
このような森の中にはそぐわない感触。以前犯罪組織に突入した際に仕掛けられた罠。ブービートラップとも呼ばれる罠にかかった時のことが即座に頭に浮かんだアイリは前転するように飛び出し――その直後に後方で劫火が解放される。
「「「【アースウォール】!」」」
同行している三人の騎士たちが土属性魔術を同時に使用する。三重に展開された壁の壁は熱気が伝わるのを妨げ、アイリに一瞬の余裕を与えた。
「ありがとうございます!【ストームカッター】!」
アイリの発動した風属性魔術は斬撃となり全方の草樹を一気に刈り取り視界を開き退路を作る。その刃はそのままの勢いで工兵たちへ向かい切り刻まんと迫る。
「シャアアアアーーーー!」
緑が一鳴きすると樹木が急成長し、ラドミラたちを囲むように枝がドームを作る。枝のドームは風の刃に切り裂かれなるも、所詮は斬撃であり十重二十重と重なった丈夫な枝は人が進行できる幅を作らせず退路をそのまま塞いでしまう。
後方は地獄の業火が広がり、前方は剣では切り開きにくい構造になった枝の壁が道を塞ぐ。まさに絶体絶命だ。
「【一閃】」
しかし、そこにラドミラは剣を一振りすると、枝の壁は斜めに倒れ道が出来る。
「お前たち、慌てるな。これほどの勢いの炎に、これほどの規模の植物操作。無理をしていないはずがない。敵は十分に倒せる相手だ」
ラドミラはお飾りとはいえ、国家最高戦力の部隊に所属し足手纏いにならない程度には実力が有る。緑のランクは8。A級冒険者に匹敵するラドミラならば十分に討伐可能な範囲だ。
それを思い出した部下たちもはっとなり気を引き締める。
そうだ、思わぬ攻撃に驚いたが、自分たちは誇りあるチヨウ国の精鋭なのだという自負が心を奮い立たせる。
「まずはこの魔物からだ!全員、気を引き締めろ!【閃光剣】!」
「シャア!!」
ラドミラの自慢の一撃の緑の【闘気】を纏った頑強な鱗が切り裂かれ、豪快に血が噴き出る。
ラドミラの頬がにやりと歪み、次の瞬間緑の神速の尾の一撃がラドミラを吹き飛ばした。
緑たちがラドミラたちと戦っている激戦地から離れ、砦では一人残ったルヴェアが頭を抱えていた。
「消耗が激しすぎる……っ!」
目の前にはある鉱石は魔力結晶。そこにはこの一年間セイが余剰魔力をつぎ込み続けた魔力が詰まっており、数値にして百万。一流の魔術師百人分の魔力量だ。
この魔力を無属性魔術【魔力譲渡】で兵士全員に行き渡らせ、装備させたマジックアイテムの効果を発動させ続けてられている。
兵士たちは元々ただのチンピラであり、この一年で工兵に相応しい能力を身に着けさせたが、A級冒険者に匹敵する騎士を相手にするには分が悪すぎる。なにせA級冒険者ともなれば大抵の罠をその手足で崩し、並みの攻撃では肉を切ることすらできない頑強な、人間とは思えないほどの生き物だ。
兵士たちは正面きってラドミラ相手に一対一なら……いや、お付きの騎士が相手で一対百でも一撃で全員死ぬほどに実力差がある。【結界】【自己修復】【闘気】を重ねて発動してようやく戦場に立っているのだ。そのせいでまだ戦いが始まって三十分と立っていないのに既に魔力結晶の残魔力量は六割を切っている。
セイが術式を刻んだとっておきのマジックアイテムも全て持たせており、正直この戦いはコストパフォーマンスが悪すぎる。この砦を放棄して逃げたほうが利益が多い……いや、不利益が少ないだろう。
もちろん、相手が逃がしてくれないのも理解しているが。
「一撃でこっちを殺せる相手なんて、どんな戦術を立てても安定しないんですよっ……。なんとか凌ぐから、隊長早く来て!」
時は戻り、セイは一人で山の反対側にいた。
「おかしいな、たしかこの辺に反応があったがはず……ぴゃっ?」
そして首から上が前触れもなく飛んだ。
「こんなもんか」
「大したことなかったですね」
セイの首を刎ねたのは『六翼剣』の一人、『王殺し』のアロン。彼は稀代の暗殺者だった。
装備者の気配を消すアーティファクト『盗神の衣』を纏い、【気配遮断】の上位スキル【絶在】に覚醒し、【気殺】というユニークスキルまで習得しているアロンは今までキングの名を持つ魔物や一人で砦に忍びこみ敵将の首を刎ねてきた。
戦いとは敵のトップを狙うのが常套手段だ。魔物であれば絶対の統率者を失ったことで混乱し逃げ惑うだけとなり、人間であっても烏合の衆となる。有効な戦法だ。
それゆえにアロンは首を一撃で刎ねることに特化した技を身に着け、魔物や敵将の首を刎ね、『王殺し』の名と『六翼剣』の席を拝命するに至ったのだ。
「こんな雑魚に警戒していたとはな。仕方がないとはいえ、こうも歯ごたえがないとつまらねえものだ」
「まあまあ、任務が簡単なのはいいことじゃないですか」
同行している男は『蛇使い』のスーナナ。アロンと同じく六翼剣の一人であり、稀代のテイマーだ。
特殊な音波と臭いで蛇を操るテイマーであり、その種類は多岐にわたる。魔物ではないが特殊な毒を持っている蛇から、魔術にしか見えない特殊能力を持つ蛇、単純に強い蛇などを使役し、その合計は千を超える。
アロンが一撃必殺の仕事が担当ならば、スーナナは数の暴力担当だ。セイの部下を相手にする予定だったが、アロンが機転を利かせて透明化の特殊能力を持つ蛇を連れてアロンに同行していたのだ。
くるくるとセイの首が宙を舞う。その光景にスーナナはセイの死を確信した。
なぜか胴体から血が出ていないが、剣の達人には切られてから数秒たたないと肉体が追い付かないと聞く。それだけアロンの腕前が上がったのだろう。
らしくもないが、この同僚が誇らしく思え――
「っ、うおおおおお!!!!????」
だが、スーナナの確信は突如二人を襲った謎の斬撃によって崩れ去った。
重い一撃だ。アロンが防いでくれなければ、自分は両断されていただろう。スーナナはそう確信できるほど鋭い一撃。いったい誰が。そう思うが、視線を向けた瞬間思考が氷漬けになった。
「ど、胴体だけで動いているだと!?」
アロンとスーナナが驚いている間に、空中を舞う首が口を開く。
「『お前たち、そこに餌があるぞ』」
「シャ?シャ?……シャアアア!!!」
「なっ、ま、待てっ!まてぇぇぇ!!」
セイが口を開くと、周囲に潜んでいたスーナナの従魔たちは、なぜか主であるはずのスーナナに攻撃し始めた。
「スーナナ!?おい!どうした!」
アロンも驚いて名を呼ぶが、スーナナは構う余裕もないのか悲鳴を上げる。
スーナナは周囲だけでなく服の内側には蛇を潜ませており、それらも一斉にスーナナに攻撃し始めたのだ。
強力なあごが皮膚を切り裂き、毒を流し込む。テイマーとして万が一のための解毒薬も持っていたが、使う間もなく冷たくなっていく。
「テイマーとしては、俺の方が上みたいだな」
セイはダンジョンマスターであり、魔物たちに対しては一定の発言権を持つ。
自身に服従させることはまず出来ないが、洗脳されている魔物たちの心に声を届け、『お前たちはその人間に使われているぞ、それでいいのか』と囁くことは可能だ。
生首だけになったまま平然と喋るセイにさすがのアロンも冷静さを失ってしまう。その隙を逃すはずもなくセイの胴体は果敢に切り込む。
「ちぃっ!【シャイニングブロー】!」
「おっと」
しかしさすがには歴戦の猛者。即座に冷静さを取り戻し、距離を取る。
「あーびっくりした、やはり首は繋げていた方がいいな」
「く、首を刎ねられて、なぜ生きてる!?」
「そりゃ、俺がそういうユニークスキルを持っているからだな」
実際のところ、首を刎ねられても生きているのはセイがそういう生き物だからだ。セイは幽霊として転生し、ダンジョンコアと融合した。そのため今のセイはダンジョンコアに取りついている付喪神のような存在であり、好きに生霊のように肉体と精神を分離できる。
もちろん肉体が死ねば魂も死ぬが、鉱物の肉体を持つセイにとって首の切断は即死の傷ではない。
正直に言うつもりはないので、アロンには適当に言ったが。
「……化け物だの悪魔だとの風評を広げたが、まさか本当に化け物だったとはな……」
「失礼な。首を刎ねられても死なないだけで化け物だなんて」
「化け物だろうが!」
おちょくるセイに対し、アロンの短剣が鋭く光る。
ここに大将同士の戦いが始まった。




