27話 手紙
チヨウ国との最前線の砦に赴任させられて以来、セイの一日の始まりはそれまでよりも遅くなった。もともと数百の使い魔を使役してセイが一人で全域を監視し、夜間は部下たちが監視してくれるようになったため、無理をする必要がなくなったのだ。
セイの部下たちは百人いるが、普段はラキア国の一般的な仕組みに従って五人からなる小隊を組ませている。
しかしセイは「命令を聞くだけではなく、個々人で判断して動いてほしい」という方針のもと、常に百人を流動させ、ある日は監視隊、ある日は武器の手入れ係、ある日は物資の買い出し係、ある日は隊長ある日は隊員と、リーダーからメンバー、戦闘から事務に工作までオールマイティーな仕事を出来るように育つような仕組みを(ルヴェアが)作った。
その成果が出たのか、部下たちは夜間の監視という面倒な仕事もしてくれるようになったのは嬉しい限りだ。セイが赴任したばかりの時はチンピラのように喧嘩を売ってきたり強姦された女性を部屋に転がしていたりしたことを考えると、善い方に変化したと言っていいかもしれない。
そのおかげで、セイは悠々と朝は剣と魔術の練習をする時間を確保できるようになったので、理性的に物事が好転したと言ってよいだろう。
「隊長、お手紙です」
「ありがとー」
そんなセイの下に、珍しく手紙が届いた。
‥‥‥‥‥‥いや、本当に珍しい。
「え、俺に?『隊長』として必要なやり取りは、全部ルヴェアに任せてなかったっけ」
「はい。ですので、これは『セイ』という個人あての手紙ですね。先ほど冒険者ギルドの伝書鳩が届けに来ましたよ」
「……そういや、まだE級冒険者として登録したままだったな。指名依頼でも来たのかな」
「断ってくださいよ?」
「もちろん。俺をこの砦から動かす策かもしれないからな」
冒険者ギルドは冒険者に伝言がある場合、冒険者ギルドに登録されている魔力をたどれるように調教された鳥を使って手紙を届ける。多くは高名で実力もあり好き勝手生きている冒険者への指名依頼のために遣わされるためセイには関係が無いように思えるが、悪い意味でも高名であれば、その実力を見込んで以来をしてくる者も現れるのだ。
もちろん使命依頼は断りにくいとはいえ、今は軍属であるセイは断ることも容易だが。
「違うな、これは俺の友人からの手紙だ。冒険者ギルドをただの郵便として使うとは、稼いでいるんだな」
「へえ、友人がいらっしゃったんですね。読めないんですけど、なんて書いてあるんですか?」
「検閲が嫌で古代エルフ語で書かせてるからな。俺の娘からだ。たまには会いに来いってさ」
手紙を読み終えたセイは、手紙を放り投げて瞬時に燃やし尽くす。同じ火属性魔術でも『燃焼』ではなく『焼却』の魔術だ。
我ながら細かい魔術がうまくなったものだ。そう自画自賛していると、ルヴェアが固まっていることに気が付いた。
「どうしたお前。まだ用事か?ああ、新しい戦術の立案にでも来たのか?」
「………………娘が、いらっしゃるんですか?」
「ん?ああ、いるよ」
返ってきたのは全く違うことだった。
「そういえば言ってなかったな。今年で二歳になるハナビという娘がいるんだ。いまは……まあ、俺の友人が代わりに面倒を見てくれているよ」
思えばここ一年ほど直接は会っていない。ハナビは元々不本意で引き取った赤子であり、セイが闇属性魔術で人形にしたアサルに育てさせている。ナビからの連絡によるとアサルは冒険者登録してシングルマザーの冒険者として生活しているらしい。
アサルの人格もセイが一度壊したが、順調に再誕しており元の人格によく似た人格が生まれているらしい。冒険者仲間との関係も良好で、その反面やり捨てした元彼氏ということになっているらしいセイの評判も現地ではガタ落ちらしいが、その場所に行く気が無いためセイの気にしてはいない。
ハナビも順調に育っているらしく、最近は目を離すとすぐにどこかに行ってしまうらしい。片時も目を離せないと嬉しそうに語っていたとナビから報告があったので、もしかしたらアサルは母性が強いのだろうか。
そんな事情を誤魔化しながら正直に話すと、ルヴェアは機嫌がよくなってくれた。
訂正、爆発一歩手前から三歩手前くらいには落ち着いてくれた。
「なるほど、つまり友人の娘を引き取って、今はさらに別の友人に任せてある、ということですね?」
「そうそう。俺が妊娠させたわけじゃないよ」
「ならいいでしょう。子供が一人しかいない孤児院を経営し里親に出したようなもの。丸く収まっているならそれで終わりにしてよい話。隊長が気にすることではありません。もう忘れてしまってよいのではないでしょうか」
「?いや?一応とつけるが娘だから、何かあれば手を貸すつもりだよ」
「――」
「急に笑顔で固まらないでくれ」
と、そんな団欒をしていると、飛ばしている使い魔の視界に不信でないものが映る。
いや、おかしい。おかしくない景色はずなのに、不思議と目を引く。風が木を撫でているようにしか見えない、感じないのに、この一年間この森を見続けた経験がおかしいと告げている。
「(緑、あの辺の木を急成長させて)」
「(シャー!)」
使い魔越しの視界の先で、木に棘が生え空間を埋め尽くすように蠢く。一人分の隙間すらない殺傷空間。
そんな空間が突如切り裂かれ、光り輝く鎧を着こんだ騎士達が現れた。
「ルヴェア、敵襲。援護するから指揮は任せた」
「了解」
返らずの森に踏み入れ数キロ、突如として襲ってきた植物を切り伏せたラドミラたちは、想像を超える事態に驚きながらも、冷静に歩を進めていた。
「ふむ、これは生命属性魔術か?植物に指向性を付与して急成長させる。この規模、そして私たちの感知外から届かせる魔術の腕前。これは情報にない強敵か、それとも【暴竜】というのはこのような繊細な魔術も扱えるのか、どちらだと思う?」
「おそらく【暴竜】とは別人でしょう。【暴竜】は十九歳と聞きます。となるとその年で大規模な破壊の魔術とこれほど繊細な魔術のどちらも使えるとは考えづらいです。
もちろん、断定はできませんが」
【閃光剣】のラドミラと、その従者のアイリ、そして腕利きの部下三名が返らずの森を進む。
ここはまだ山にも到達していない外周部。一年前では草原だった場所であり、地形も緩やかだ。足止めされるほどの障害はなくすべてが順調だ。
【暴竜】の首を刎ねるまでこの順調な状態が続いてほしい。そう願えるほどには。
そして次の瞬間、再び植物がうごめきだした。
「むっ、姫様、今回は私が――、――!?」
「総員、私の近くに!【不壊の盾】を起動させる!」
そして植物に気を取られた瞬間、全方位から強力な魔力が姿を現す。
極めて強力な魔術が発動する予兆。そう気が付いたラドミラは仲間に命令を下す。
閃光が視界を塗りつぶす。【魔力砲】。無属性魔術【魔力弾】の上位魔術であり、魔力をレーザーに圧縮して打ち出す魔術。
単純ながらも魔力をレーザーの形に圧縮する難易度が高く、加えて消費魔力も極めて高い。その代わりに威力が高いことでも有名な魔術だ。
人間が直撃すれば、ただでは済まず掠っただけでも肉が抉られることすらある強力な魔術だ。大抵の魔術防御も一瞬で破壊する。
「このまま耐え切る!この盾は破られない」
「「「「はっ!」」」」
しかし、この【不壊の盾】は別格だ。
チヨウ国が『六翼剣』のために特注して作られせた強力なマジックアイテムであり、絶対防御の盾。腕に着けたガントレットの形をしたマジックアイテムであり、魔力を通すとガントレットに刻まれた術式があらゆる攻撃を防ぐ結界を展開する、『六翼剣』の基本にして最重要装備の一つだ。
当然、ラドミラもその性能は良く知っている。その顔には余裕の表情すら浮かんでいる。
「この盾は今までで一度も破られたことが無いのだ。これほどの魔術、そう長くは続くまい。攻撃が終わればすぐに発射源に――なんだ!?」
しかし、次の瞬間魔力砲が拡散し、全方位から先ほどよりも細い魔力砲が満遍なく結界を襲う。
全方位から圧力が乱雑に動き、ある場所で動きを止める。
「姫様!【不壊の盾】に罅がっ!」
「なに!?い、いったいどこに――」
「違います、ガントレットの方です!」
ラドミラが慌てて視線を腕に向けると、ガントレットに刻まれていた術式がオーバーヒートを起こしたように熱を持ち、ガントレットが爆発する。
そしてガントレットが壊れると同時に、魔力砲が着弾する。
「『どこようなマジックアイテムもその術式が刻まれた素材が耐え切れないほどの圧力を掛ければ突破できる』。活かす機会はないと思いますが、勉強になったでしょう」
「……使い魔越しで挨拶も無しとは、無礼な。そして大したものだ。お前たちを強敵と認めてやろう」
魔力砲の着弾点。そこには先ほどとは違い、刀身が光の粒の塊のように変質した剣を持ったラドミラが、当然のようにそこには立っていた。
「お前たち、周囲に潜んでいる兵士を殺すぞ。彼らの持つマジックアイテムが先ほどの攻撃源だ」
「あなたたち、作戦通りに」
五対五十。一騎当千の騎士と、異次元の連携精度を持つ兵士たちがここにぶつかった。
「ルヴェア、すまん。俺は席を外す」
「はぁ!!??????今どんな時か分かってますか!!!!!!???」
「すまん、今気が付いたがその騎士と同格のやつがあと二人こっちに来ている。俺がその二人を相手するから、そいつらはなんとかしてくれ」
「ええ~……では、切り札の魔力結晶を全部使いますね」
「許可する」




