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ダンジョンコアの闘争  作者: ライブイ
2章 戦場生活
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24話 闇の治療

 闇を煮詰めたような暗闇の中、不思議と甘い香りが漂っている。ただでさえ一寸先も見えない空間に、独特な匂い、そしてぬるま湯の様な暖かな温度は人の意識を朦朧とさせる。

 さらに言えばそんな暗闇の中で、ほのかに光の線が浮かんでいる。様々な幾何学的な図形を描き浮かんでは消えていく。それは人の精神を傷つける魔術と酷似しており、傍で見ているだけでも心がざわめいてしまう。


「それで何をやっているんですか?隊長」

「見ての通り精神の修復だよ」

「いや見てわかんないですよ。心を壊す魔術って言われたほうが納得できます」

「そんなに見た目悪いかなぁ」


 兵士たちが乱暴にしたせいで壊れてしまった女性の精神を修復しながら、セイは賑やかな兵士に聞き返す。


「まず部屋を暗くするのは後ろ暗いことがあるからって、地元の兄貴がいってやした」

「闇属性魔術はその性質上、暗いほうが使いやすいからしょうがないんだよ」

「闇属性魔術はそもそも禁呪指定されてるのが多いって、地元のメガネがいってやした」

「それ信じていい話か?」


 明日になれば忘れてしまうようなくだらない話をしながらも、セイの魔術はつつがなく発動し続ける。

 闇属性魔術、【暗幕】。精神を破壊したり催眠や洗脳したりという能力で有名な闇属性魔術だが、その本質は精神への干渉であり、使い方によっては精神防御の魔術にもなる。

 今回セイは割れた卵を優しく包むように、バラバラになった精神を元の形になる様に接着剤の海に付け込んでいるのだ。


「それで治るんですか?」

「しらね」

「ええぇ……」

「俺も闇属性魔術で精神の治療なんて経験はないからな。まあもともと心が壊れた奴は死んだも同然に扱られると聞くし、成功すれば設けもんくらいの気持ちだよ」

「そんなにひどい状態なんですか?」

「そりゃそうだろ。半年前から昼夜を問わず相手をさせるとか、完全に壊れてないのが不思議なくらいだ。もうやるなよ。娼婦くらい予算から呼んでやるから」

「いやぁ……俺もそうですけど、女を抱きたいんじゃなくて、いけないことをしたいんですよね」

「それはもう、俺からは『やるな』としか言えねぇな。敵兵なら俺も仕事の範囲外だからいいけど、しばらくは防衛だから期待はするな」

「へーい……」

「ん、てかお前は何しに来たんだ?」

「あ、忘れてやした。見張りから伝言です」


 珍しい魔術に夢中になり忘れていたが、本来の用事を思い出した兵士は正確な文言を思い出し口を開く。


「『金髪の女の子が近づいて来ています。どうしますか』……とか言ってました」

「金髪の女の子?んー、あ、そういえば今日はル……ルヴェアさん?が着任するとか言ってたな」


 セイは治療を切り上げて部屋を出ていった。





 セイが着任した砦は凡百な砦の一つなので名称など無く、書類上はある名前はだれも覚えていない。そのため兵士たちは『砦』として呼ばないし、セイもそれに合わせている。

 しかし、この少女は違うようだ。


「ラキア国東軍第三防衛隊所属、軍師ルヴェア・フォートレス、副官として第四砦に着任いたしました」

「元気がいいね。よろしく」


 はきはきとした明瞭な喋りに、所属まで言う丁寧さ。声に張りは無いため軍人気質というより真面目と評する方が適切だろう。


「とりあえず、座る……じゃないか。楽にするといい」

「はっ、失礼します」


 この砦は簡素なもので兵士体は大部屋に複数人で詰め込まれているが、セイは隊長なので個室であり、さらに執務室もある。今いるのも執務室で、机だけは立派で少し意外だった。

 視線をルヴェアに向けると、その顔の美しさが分かる。セイより二つ年下の十六歳とこの世界の軍人としても異常な若さだが、高貴な血筋ゆえか顔立ちが整っており、良く知らないが肌もすべすべそうに見える。何よりその若さで他の軍師たちを押し抜け、戦力争いが出来るまでにのし上がったという自負があるのか、その顔には自信が満ちている。


(なんとなく、馬鹿にされてる気がする)


 そしてさらに、見下されいるように感じた。

 分からなくはない。相手は高貴な家柄で、つまり教養がある。軍師というのは用兵術や戦術の専門家なので、平均値よりも頭がいいのだろう。

 対してセイは平民、出自を誤魔化しているため貧民とも噂があるらしい。ならば才能があるだけ、腕っ節だけの乱暴者と思われるのも当然だろう。転生しましたとか正直に喋っているのだが誰も信じないし、まあ信じないのも無理はないのでこれは考慮しなくていい。


 それに、セイ自身も自分はあまり頭が良くないと認識しているため、気にもならない。

仕事してくれるならなんでもいいし、無視するのが正解だろう。


「ルヴェアは――」

「淑女を呼び捨てにするのはマナー違反ですよ」

「殺すぞクソガキ」


 やっぱやめた。


「俺が隊長でお前は副官。どっちが上から分かれ。礼儀にうるさくは言わないが、礼儀知らずなふるまいは処罰する。分かったな」

「………………了解しました」


 不満そうな顔をしてしまうルヴェアを見て溜飲が下がる。セイは心の中で自分の方が大人で目の前の生意気なやつは子供だからと理論を並べる。もう顔もおぼろげだが、地球にいたころの後輩にもこういうやつがいた気がする。そう思えば自分が寛大に態度を取ったほうが良い気もしてくる。

 その『不満そうな顔』というのが縁起の可能性も考慮しながらも、隊長らしくしようと思考を修正する。


「それで、軍師というのは戦術と用兵術が得意なんだったか?」

「はい。私は指揮演習の成績トップなので。戦術と用兵術を共にこの国の最高水準で習得しています」

「…………そうか、自信があるのはいいことだと思うぞ。じゃあうちの兵士のうち五十人はお前に任せる」

「は?……は、はっ!了解しました!」


 兵士五十人。この国で軍師と呼ばれる者たちは状況次第では百人単位、千人単位で戦術を立てることを考えると驚く数字ではないが、この砦の兵士のうち半数と考えると凄まじい数だ。信用が無ければそんな数は預けない。

 総勢百人の兵士のうち、料理当番や砦内部の掃除当番、街への買い出し当番に在庫管理など細分化し事務職まで分けたことを考えると、実働兵士の全てに等しい。

 そんな数の兵士を任される。信頼の証とも受け取れるが、ルヴェアはそうは受け取らなかった。


(まさか、この人も私を失脚させるためにこんなことを?)


 実質左遷されてこんな山奥の砦の派遣されたためか、ルヴェアは疑心暗鬼になっていた。もとよりセイはルヴェアが左遷される決定打を与えた男だ。もしかして既に誰かと繋がっていて……と考えてしまうのも無理はない。

 そう思われていることを察したセイはすかさずフォローにまわる。


「補足しておくが、俺はお前とは仲良くしたいと考えている」

「はいっ?え、ええと?急になんでしょうか」

「俺は隊長であり、お前は副官だ。仲は良好である方が隊を円滑に運用できるだろう」

「そっ、そうですね」

「そして俺は個人での戦いに秀でているつもりだ。さらに言うと、人を使うことには慣れていない。ならば兵士たちを最大限使うためには、俺よりもお前に権限があったほうがよい。そう思っている」

「あ、あー……私もその通りだと思います」

「分かってくれて何よりだ。それでは下がっていい。現在のこの砦の財務や備蓄の状況はこの紙にまとめておいたから。目を通しておいてくれ」

「はっ!失礼します!」


 下がっていくルヴェアの背中を見て、セイはようやく一息つく。


(よし。ちゃんと話せたな)


 セイは地球にいたころから一人でいることが多かったため、コミュニケーション能力が高くない。そしてこの世界に転生してからは個人での活動が多かったため、明確にコミュニケーション能力も劣化している。セイはそう自認していた。

 言葉を尽くし、誤魔化さず、真摯に意思を伝えた。なのでたぶん問題は怒らないだろう。


 そう自分の思考を纏めたセイの耳に、ルヴェアが衣を裂いたような声を上げたのが聞こえてきた。

 あ。緑のこと忘れてた。





「隊長。こいつ気絶したんですけど、どうしやす?」

「どうって……まあ部屋に医務室……は改装工事中だったか。じゃあ部屋にでも放り込んでおけ」

「へい。ですが、隊長、女性なので隊長が運んでほしいんですが」

「俺がか?」

「へい。い、いえ!命令でしたら自分らが運びますが」


 セイは首を傾げるが、兵士たちにとっては大きなことだった。

 まずこの砦には、女性がいない。

 もとより職業軍人は男社会であるが、ここの砦は輪をかけて人気が無く、女性の兵士や傭兵や他の砦に移っていた。そのため今この砦にいる女性は心が壊れた女性とルヴェアだけだ。

 そしてかれらの様な元破落戸にとって、美しい女性とは頭、つまりセイが独占するのが常識。そしてあわよくばおこぼれをもらうものだった。彼らは社会のはみ出し者だが、人間である以上ルールが普通とは違うだけでルール自体は守るのだ。

 そのあたりの機敏は分からなかったが、なんとなく風呂も入ってなさそうなこいつらより清潔な自分が運んだ方がいいかと考え部屋に運ぶことにした。


「そうだ。加工は順調か?」

「ええもちろん!そうそう、その話を忘れてました。緑さんが生やす植物って、なんでこんなに上質なんですか?」

「そりゃ上質だろ。こいつはランク8の魔物だぞ?」

「ランク8!?」


そう驚く兵士の手には、竹の槍が握られていた。

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