22話 軍議
ラキア国とチヨウ国の戦争はセイが虐殺を繰り広げたことで一時停戦になった。形としてはラキア国の勝利と言えるが、まだ抵抗を続けるチヨウ国を相手にすると戦線が伸びすぎてしまい、他の仮想敵国たちが漁夫の利を狙ってくる可能性を考えると迂闊に一気呵成に滅ぼすことはできないのだろう。
今は大規模な武力衝突は控え、頭を使った戦争に切り替わりつつある。
そんな中でセイが所属する隊を含めた兵士団は旧チヨウ国領だった街、副都ライランへとたどり着いた。チヨウ国の最南端の街にして最大の漁港を持ち王都に次ぐ街として知られていたが、戦争の影響でその繁栄は失われた。
街の住民たちは俯きながら歩き、声に張りは無く、賑わいも無い。まあ平均的な町くらいの賑わいはあるのだが、街の過去と規模を考えると寂れたといっても良いかもしれない。今後この街を統治するラキア国の誰かは頭を悩ませているのだろう。
「あっ、あいつらっっ!」
「しっ!目を合わせるな」
セイはそんなことを考えながら歩いていると、両脇の建物の前に座り込んだ者たちがこちらを見ながらひそひそと声を静めて話をしているのが聞こえてくる。その服は襤褸切れとまではいかないが、少々汚い。洗濯する頻度の低下や服の替えがないという事情が伝わってくる。
貧民、というわけではないのだろう。頬のこけ具合や肉付きを見るに、一般的な平民階級。しかし街の衰退のせいで景気が悪くなり、生活の先行きが一気に悪くなったあおりが直接出ている者なのだろう。
まあ港が壊滅したせいで街の最大の収入源だった漁業は継続不可能。船もだいたいが海のモクズかがれきになったので、大変なのだろう。
セイを含めた五十人近い兵士の集団が大通りを行進している様をにらみつけ、セイに見つめ返されたせいで涙目になっているのに目をそらさないのだから、その恨みもしくは怒りも相当なようだ。
パフォーマンスも兼ねた行進の終着点は宿舎だ。一応停戦したためセイたちも郊外の練兵場が併設された簡易的な寝床ではなく、寮や宿と言っても良い建物で寝ていいらしい。
「ここが今日からの宿舎だが、他の隊はまだ集結してない。喜べ、今日は自由行動だ」
「よっしゃああ!」
「うまい飯屋をさっそく探しに行くぜ!」
「俺は先に酒だな。いや女もいいな」
「どっちも頂けばいいだろ。セイ、お前は?」
「適当に賑やかなとこに行くよ。まあ娼館かな」
「何をしててもいいが、略奪はするなよ!今日からはこの街は味方ってことになるんだから、普通に罰則があるからな!」
隊長の言葉が終わるや否や、兵士たちは風のように散っていく。先ほど従軍の対価として大金を受け取ったため、使い道を既に考えていたのかもしてない。
酒に煙草に女は、兵士でも傭兵でも冒険者でも戦いに生きる者全てが求める欲望の象徴らしい。自分で望んだのかは知らないが、戦いに身を投じれば死ぬことは当然想定することであり、死という恐怖から逃れるため、もしくは悔いなく生きたいという望みから欲望に忠実になりやすいと聞く。
セイも大金を手に中心街へ向かう。最近は貯金をする気が無くなって小銭しか持っていなかったセイにとってもこれは大金だ。とはいえ貯金する気は無く、ぱーっと使ってしまいたい。
(となると、やっぱ女か。適当な商売女に全部上げちゃえ)
セイは根本的に金などその気になればいくらでも稼げるため執着が薄い。腹が減れば獣を狩ればいいという野生動物の様な思考が根本にあるため、金銭への執着に絶対性が無い。なんなら最近は戦場という金の使い道がない場所で生活しているため、散財という行為がブームになっている。
セイに自覚は無いが、その様は宵越しの金を持とうとしない冒険者や傭兵そのものだった。
適当に歓楽街をふらつき、流されるように店を選ぶ。呼び込みの声の張りに熱気、人々が動くことで生じる街の風、そんな中に紛れた綺麗な声。思考を放棄しなんとなく体が動くまま、ふらふらとクラゲのように移動する。
「いらっしゃい」
「こんにちは、かわいい子いる?」
「……いや居ないというわけがないだろう!」
そんなセイがたどり着いたのは、こぢんまりとした、しかし他の店よりも材質が丈夫で防音性にも優れていそうな店だった。入り口には屈強な肉体を持つ用心棒。この手のお店を利用したことがないセイにも高級店という言葉が頭に浮かんだ。
「済まないが初めてなんだ。なにか紙に書いたりするのかい?あとお代はこのくらいで足りるかい?」
「文字なんて普通のやつが書けるわけないでしょう……はい、十分おつりが来ますね。お貴族様か何かで?」
「いやいや、見ての通り兵士だよ。今晩はお貴族様になりきりに来たつもりだけどね」
「へいっ‥‥‥!……し?」
用心棒の顔に怒りと恐怖が浮かんだ……と思ったが、一瞬で消えた。
まあセイを見て兵士と分からないのは当然だろう。今は鎧を脱いでしまったので普通の町人と分からない。しかしも今のセイの体は前世の肉体の再現体。つまり日本人のものであり、この世界では幼く見られてしまう。
この世界は地球で言えば中世のヨーロッパにあたるが、魔物の影響で確保できる食料は現代にも匹敵する。そのためセイは十八歳だが、たまに十五歳に間違えられることもある。目の前の用心棒からすれば兵士よりも兵士ごっこをしている青年と言われた方が信じられるのかもしれない。
……それなりにセイもコンプレックスに感じているので、言葉にされたら殴っていただろうが。
「で、入っていい?」
「え、あ、あー……荷物検査……を通常はするのですが、ポーチだけなので大丈夫でしょう。どうぞ中へ」
案内された建物の内部は、長屋に近かった。薄暗く、甘い匂いがする。何となくイメージしていた不潔感が無く清潔に感じるのは、いまが昼下がりで、店が開店直後だからだろう。良いお店、といえるだろう。
(……ん?これって客目線じゃなくて、経営者目線では?)
頭に沸いた考えをいったん放棄する。女を買いに来た。ならば女を選んで共に個室に入る。それだけのはずだが、どうにもセイは思考がそれてしまっていた。
「いらっしゃい。昼間からお盛んだねえ」
声の方を見ると、不思議な女性が受付に居た。褐色の肌には艶があり、体も女性特有の丸みを帯びている。全体的に年齢が分からない。十代の少女にも見えるし、四十代の美しさを持っているとも感じる。
なにかの魔術というわけではなく、この手の仕事をしている特有のオーラの様なものなのだろう。
「大金が手に入ったからな」
「それはいいことだね。私らもとっても。しっかし、まだ表に娘たちは出てないから分からないだろうに、好きな子はいるかい?」
「んー、お淑やかな子が好きだな」
「ふむ、ちょうどいい子がいるけど……まああんたは優しそうだし、大丈夫だろう。案内させるから先に部屋に行きな」
「初対面のはずだが、優しいとか分かるのか?」
「ひっひっひ、こういう商売をしてると、本当にやばいのは分かるようになるのさ」
納得したような、出来ないような、釈然としないが、セイは自分が学んでいない分野だからそんなものだと無理やり納得する。
(思ったより普通の部屋だな)
セイはベッドに腰かけ足をぶらぶらさせながら部屋を観察する。
おそらくこういう仕草が自然と出てしまうのもセイが幼く見えてしまう一因だろう。
視線を感じて気配をたどると、壁の向こうにさっき案内してくれた女性がいた。一瞬暗殺者を疑ったが、殺気を感じない。暴力を振るわないかの監視、当たりが正解だろうか。
まあ気にしなければいいだけだ。
「セレーネと申します。今宵は私をご指名いただき、至上の喜びを感じています。卑小卑賎な身の上ですが、貴方の癒しになれたら光栄なことこの上ありません」
しばらく待っていると、扉から美しい女性が入ってきた。混じりけのない美しくも長い金髪。その髪質もそうだが、腰まで長い髪は非現実的な印象を与え、今自分が特別な場所に居て、特別な相手といることを錯覚させる。顔立ちも整っており、ここに透き通る程薄くも恥部は見せないいやらしいこと以外に使い道のない服装が合わさっているため、男の頭を茹で上がらせるのには十分だろう。
しかし、セイには全く別の事が気になってしまった。
「えっと、子供?」
「――いえ、私は今年で十八になります」
「え“。同い年なのか」
セレーネと名乗った女性が、セイには子供にしか見えなかった。
年齢で言えば十才だろうか。
男の頭を茹で上がらせるのには十分なの要素が揃っていたが、同時に茹で上がっちゃダメだろうという理性も同時に湧き上がらせてしまう少女だった。
(てか、もしかしてここ、違法か?)
この世界では一般的に十五歳が成人年齢であり、性風俗はそれ以上の歳にならないと働くことも利用することも出来ない。
厳密に言えば国家や街、地域ごとに差異があるため一概には言えない。しかしこの街は数日前にラキア国の領土となったため、適応される法律もラキア国のものだ。
目の前の少女は十歳にしか見えない。ならば違法だ。しかし本人は十八と主張し、店にも怪しげな点はない。
通常、兵士がそんなことを気づいても、なにもしない。違法性が本当にあるかに関わらず、気にしないのだ。この世界では犯罪率が高く、兵士たちも略奪蛮行恫喝をすることもある。そんな中で敵兵を殺す以外の仕事をする者は非常にまれだ。
(んー……あー……兵士って名乗っちゃんだよなぁ)
セイは自由奔放。思いついたら行動し楽しさを優先し気ままに生きると決めている。しかし同時に、その時の役割に蔑ろにしても行けないとも考えている。兵士という職業につき、受付や用心棒に兵士と名乗った。ならば兵士らしくしなければならない。
セイはそう考えていた。
「ごめん。ちょっと受付に行ってくる」
「へっ!?え、ええと、なにか至らぬ点でもございましたか。だとしたら――」
「いや大丈夫。そう言うのじゃなくて個人的なことだから」
セイは、こんなことだから自分は楽しみが感じにくいのだと心の中でため息を吐きながら、足は全く緩めずに受付に戻った。
「じゃあ本当に彼女は十八歳なのか?」
「だからそう言っただろうに。ほら、家系図まであるよ」
「確かに、ここまで出自がはっきりしていると異論はないな……てか貴族だったのか。なんで娼婦に?」
「数日前のこの街の住民の半分が死んだ日に、貴族から奴隷にまで落ちたのが居てね。いい買いものだったよ」
だいたいセイのせいだった。
「しかし、本当にそれだけを確かめに部屋を出たのかい?生真面目だねぇ」
「性分みたいでな。変えたいとは思っているよ」
セイが部屋に戻ると、セレーネはベッドの上にちょこんと座っていた。
かわいい。
「お、お帰りさないませ。そ、それではまずお召し物をこちらに――」
「あー、いい、いい。それより酒はあるか?今日はおしゃべりがしたい気分なんだ」
よく見ると緊張しているのか、テンパっているのか、マニュアル通りの事をしようとしてくるセレーネを止めてセイは横に座る。広義で言えば男女の営みだが、体を重ねるのではなく、おしゃべりをする姿勢だ。
セイはすっかり気分が変わっていた。幼児に興奮出来ないというのもあるが、その個人の話を知ると人肌の性玩具ではなく人として認識してしまったという方が強いだろう。
この世界では職業は細分化されておらず、性風俗と言ってもお酒を飲んでおしゃべりをするだけのお店もある。そのためセイも求めるサービスをそちらに変更したのだ。
「お、おしゃべりですか?」
「ああ、……もしかして苦手だったか、じゃあこの際お酌でもいいが」
「い、いえ!任せてください、話せることは沢山あるのです!」
セレーネの表情が、初めて年相応の可愛らしいものになる。
いや十歳にしか見えないが実年齢が十八歳なら年不相応なのかもしれないが。ややこしい。
壁の向かうの監視員らしき人の気配も柔らかくなる。この流れは正解かもしれない。
「じゃあ、お客さんは『回復魔術の異質性』という本をご存じですか?」
壁の向こうの監視員らしき人の気配が一気に変わる。
言葉にすれば、まじかこいつ、といった感情に変わったのだろう。
セイも耳を疑った。それは本ではなく論文の名前である。
セイは独学ではあるが、もちろん完全とは独自ではなく図書館で魔術に関する本を読んでいる。セレーネの言った論文も読んだことはある。セイが魔術師であることも合わせれば適切な話題と言えるだろう。
しかしセレーネはセイの事は知らないはずなので、この娼婦の少女は初対面の相手にかなり高度な本の話をご存じですか?と問いかけたわけだ。
一応この子の職業は接客業に分類させるので、この子はこの先大丈夫だろうかという気持ちが湧いてきた。
しかし、セイはあらゆる反応を飲み込んで的確に言葉を返すことにした。
「ああ、もちろん知っているとも。術式魔術は主に戦いにしか使えないが、唯一戦い以外でも使える魔術として研究が始まったあれだろう?」
「そう!それです!一般的にその原理は神の奇跡の模倣と言われていますが、私としては――」
その日、セイは初めて魔術談義で夜を明かした。
最終的にどっちがどっちに奉仕しているんだが分からなくなったが、まあセイも楽しかったからいいやとお代は財布ごとセレーネに渡し、気分良く宿舎に帰っていった。
「納得がいきません!どうして私があいつの副官なんですか!」
セイが娼館で楽しくおしゃべりしている頃、副都ライランの大貴族が住んでいた離れ、現ラキア国軍ライラン支部指令室で怒号が放たれていた。
ルヴェア。ルヴェア・カーランド。セイのせいで権力争いに負けた軍師の少女だ。
「私の能力は大規模な軍団を指揮することで最大限に発揮されます。私をあんな個人主義な男の部下に配置するなど、それはラキア国に弓を引くも同然です!!今すぐ再考を!!!」
「ふむ、しかしだねぇ。今回の我々の勝利はセイという純粋に強力な個人がいたからなのだよ。君は最下層の歩兵を使おうとしているが、彼らにも死ねば悲しむ家族が居るんだ。君の策を採用する理由はないよ。
それに君、なんの戦果も挙げていないのに随分な口を利くじゃないか。しかし上官である私に」
「うっ……ぐっ……し、失礼します!」
ルヴェアはブゴス将軍と戦場の指揮の主導権を巡って争っていた。それは通りすがりのセイのせいでルヴェアが完敗する結果となり、そのせいで彼女は左遷の危機に直面していた。
彼女は武官の家の生まれだ。しかし武術も魔術も才能がなく、やっと見つけたのが軍師、指揮官としての才能である。それを使うことも出来ないまま戦争が終わるなど、家のみんなに顔向けできない。そんな心構えであったが、現実は無情であり、この場でルヴェアが挽回できる道理はなかった。
「いやあ、若いですなぁ」
「ブゴス将軍、あまり虐めないように」
「それよりこっちが重要だ。本当にこれでいいのか?」
「良いのだよ。さんざん説明しただろう。これで丸く収まる」
指令室に集まった幹部たちは皆が冊子を持っており、その拍子には二つの重大なことが書かれていた。
ラキア国軍所属、セイ。副都ライランに極大魔術を打ち込み、結果住民の半数死亡。
そして、チヨウ国が周辺諸国と連合を組んだという報告。
「まったく、困ったものだ。和平の可能性がなくなってしまった」
「する気もないくせによく言う」
「向こうに降伏すれば助かるかもしれないと思わせていくのが効果的なのだよ」
報告書によるとセイは副戦場にて山に陣を張ったチヨウ国軍を山ごと崩壊させ、その後先鋒として追撃し補給に立ち寄った残党を街ごと殺したという。
これは非常に大きな戦果だ。これによりチヨウ国は王都まで攻め込まれる可能性が非常に大きいと判断し本戦場の部隊を撤退させた。事実上セイがこの戦争の勝利のキーマンといってよい。英雄として表彰しても良いだろう。
しかし、その結果もたらした災禍も無視できない。水属性の魔術で海水を使ってライランを破壊したため港は壊滅。人的被害以上に経済的な損失が大きく、チヨウ国に人道的にひどすぎるといった非難する口実を与えてしまった。
「しかしこのセイという青年は何者なんだ?神の加護でも得ているのか?」
「分からん。まだ何の情報も入っていない」
「爵位を与えろという声もあるが、絶対に与えるなという者もいる。まあこの辺りは城の連中に考えさせてばいいだろう」
「独断専行を理由に処刑できないか?」
「無理だろう。独断ではないうえ、兵士として敵国を攻撃したに過ぎない」
「功績には恩賞を与えねば。しかし近くに置きたくもない、それゆえに、これが最善だ」
間違いなく有能。しかし部下には欲しくない。
それゆえ、この結論は当然だった。
「セイを百人長にし、チヨウ国との境目にある山に配置する」




