21話 山崩し
「この辺でいいか」
会議が終わると、セイはさっそく目を付けていた場所に急行した。
チライ国の張った陣は非常に強固だ。非常に見晴らしの良い山間部だ。表はラキア国軍の様子がよく見え、裏手の崖は生身の人間が登れるものではない。攻めてくる者は道を使えば盛り土と堀に阻まれ、森を通れば沼地が鎮座し、至る所に弓兵や魔術師が潜んでいる。難攻不落という言葉がふさわしく、この副戦場につぎ込める戦力の全てをつぎ込んでいると分かる。セイも真正面から攻め込むと負けるかもしれない。
しかし、今回の勝利条件は一人一人切り殺して全滅させることではない。
ならば、足場を崩して生き埋めにしてやればよい。
すなわちセイの目の付けた場所とは、チライ国が陣を張る山、そのがけ下である。
チヨウ国も念のためにと見張りを付けているが、五百メートルを超える剥き出しの岩盤を超えるものなど誰も想定しておらず、崖の頂に見える兵士たちもやる気はなさそうだ。そもそも目を強化していなさそうなので地表も良く見えていないのではないだろうか。
「【沈下】【沈没】【劣化】【堆積】【圧縮】――」
セイは十種類近くの地面に干渉する独自に開発した魔術を発動していく。
この世界には術式魔術と呼ばれるものがあり、最も習得難易度が低い魔術だ。
しかし、術式魔術とは神々が人類へ魔物への対抗手段として創造したもの、つまり戦闘用なのだ。
最も簡単な術式魔術を使えば、魔力を対価に火種や飲み水、光源や寝床といった原始的なライフラインを確保できるが、文明が進み安全地帯や高度な生活が出来るようになると、人類が求める最低水準が引き上げられていった。そのため融通が利かない術式魔術ではなく、術式を使用しない、新しい魔術が求められた。
こういった研究を重ね新たな魔術の開発を目指す研究者たちを魔術師と呼び、冒険者や傭兵、兵士や騎士のような魔術を戦闘にしか使用しない者は魔術使いと蔑まれている、らしい。
セイを含めた大半の人間にとっては気にしていないことだが。
ともあれ、セイがその話を聞いて思ったのは「じゃあ新しい魔術は結構簡単に作れるんだな。よし俺も作ろう!」ということだった。
実際は簡単ではないのだが、異世界の知識というこの世界には無い知識に起因する、この世界から見れば全く新しい発想。優秀な冒険者であるがゆえの豊富な資金と実験場所。そして何よりダンジョンコアと同化したことによる、人間とは比べ物にならないほどの魔力操作能力と魔力知覚能力が噛み合い、セイは次々と新しい魔術の開発に成功している。
今回使うのはそのうちの一つだ。
「【転写】」
セイが新しい魔術を発動すると、空中に浮かんでいた術式のコピーが次々と量産されていく。
術式魔術は現象を思い起こせば世界が思考をくみ取り、術式を編んでくれる。そして逆に減少を思い浮かべずにその術式を書くことでも同じで魔術が発動する。【転写】とはその仕組みを応用した理論を用いた魔術であり、最初の一回現象を思い起こし世界に自動で術式を編ませた後、その術式のコピーを無限に書き起こすことで魔術も無限に連鎖的に発動できる。
術式一つで動かせる土は大した量ではない。しかし術式を無限に増やし、セイの豊富な魔力で起動させたとき、その効果は文字通り山を崩すほどの規模にまで膨れ上がる。
「こっちの方が消費する魔力量は多いけど、難易度は遥かに簡単だしな。失敗しないほうが大切だ。
さあ、崩れろ」
セイが術式を全て起動させると、山の基盤が消滅した。
もしこの山の断面図をリアルタイムで見ているものがいれば目を疑っただろう。前触れもなく山の地滑りを起こし、かつ何故か山の土が脆くなっていたのだから。
轟音を立てて巨大な山が崩れ始める。セイは地表からチヨウ国軍の本陣があったらしき場所を見上げ、耳をすませば悲鳴が聞こえてくる。
運が悪ければ上空五百メートルから真っ逆さま。そうでなくとも途中で硬い岩盤だったものに当たれば重症だ。セイに狙撃能力は無いため黙ってみていると、次第に地表まで落ちてきた者たちが衝撃で弾け赤い花を咲かせた。
セイは体に流れ込む経験値と魔力の量からその撃破数に見当をつける。
「おー‥‥‥結構生き残るもんだな」
標高五百メートルの山から地表まで落下。地球であれば生き残りなどいるはずもないが、この世界はルールが異なるために、頑丈な者たちが一割近く生き残っている。何度も岩盤に衝突し衝撃の最大値が緩和されギリギリ死んでない者から、風属性の魔術や高度な身のこなしでうまく着地したものまでいる。
魔物相手には慣れたが、ただの人間がそんな超人的なことをする光景には、やはり地球とは全く違うのだなとセイも内心で一人心地る。
今後はもっと徹底的にやらなければ。
「まあ後は楽勝だろう」
セイが戦場に来たのは魔力を稼ぐためであり、それは誰かの命を奪うことと同義だ。
この誰かとは、人間であってもいいし魔物であってもいい。しかしその獲得量は大きく異なる。
固体によって違うが、だいたい魔物を殺せば魔力が百。人間を殺せば魔力が十。一体当たりは魔物の方が多いが、魔物と遭遇することは困難だ。一時間に十体と遭遇できれば多いほうだろう。たいして人間は一体当たりが少ないが、戦場に行けば百以上の群れとなってくれている。ゆえにただ魔力を稼ぎたいだけなら戦場で人間を殺す方が効率的だ。
無論、良くない面もある。
それだけだと技は錆びるし、感は鈍る。弱くなりたくないなら人間の戦場で虐殺し続けているだけではいけない。
そして何より、人間にも当然セイを殺せるものも大勢いる。
「――!?」
「うお!」
悠々と歩いていたセイの首筋に、気が付けば鋭い短剣が迫る。
間一髪。首が落とされる寸前で剣を差し込めたのはセイが真面目に剣の修行もしていたからだろう。
敵は三十代くらいだろうか。引き締まっているのだろう迫力と威圧感のあるおじさんーー違う。二人だ。
「【円剣】」
自分を軸に円を描くように剣を回し前後にいた敵兵二人を弾き飛ばす。
「ちっ!」
「お前がこれをやったのか?それとも魔術師が他に居るのか?」
ようやくはっきり認識できた敵兵は、二人ともおじさんだった。
大柄な大剣士と細身の短剣使い。先ほどの攻防から考えるに、大剣士が注目を集め、短剣使いが暗殺するのが彼らのやり方なのだろう。セイは人間の強者と戦った経験が浅いので苦戦するだろう。戦法も初めて戦うものだ。
セイは魔物でもあるため能力値が人間よりも高く、スキルも努力しているため高い。しかしそれは相手も同じだろう。身のこなしからスキルレベルの数値は同じくらいに感じるが、少し威圧されてしまっている。
おそらく最大の違いは経験値だろう。セイはまだ剣を持って一年近く、それでおそらく十年近く剣を振っているのだろう人たちは同じくらいのスキルレベルというのはすごいことなのだが、スキルに表示されない何かで負けているように感じる。
格闘ゲームで例えると、動かしているキャラクターの性能は同じなのに、画面の向こうで操作している人間のプレイヤースキルが違う、とでもいえば感覚的には近いだろうか。
「でもまあ、敵じゃないな」
そしてそのうえで、勝てると口にする。
虚勢を真実にするように。
呼吸を整え、相手を正当に評価する。相手とは人ではなく、世界そのもの。
剣の師匠であるスレイから教わったことだ。人の声と木々が揺れて奏でる音に違いはなく、人の剣筋と迫ってくる木の葉に違うは無い。人は主体ではなく、世界という大きな括りの中、人はその一つに過ぎない。
視界を広く持ち、聞き取る音を広げ、世界と一体化するように認識を広げ、己だけを世界の主役に据える。
二つ瞬きをすると、もう相手に威圧感は感じなくなっていた。
「なっ!正面だと!」
「早え!」
セイは【瞬剣士】を経験している。剣士のなかでも速さに秀でており、魔物としてもステータスに任せた単純な暴力は有効だ。明確に相手よりもセイの方が上回っているのだから。
胴体を切り裂きそのまま上半身を蹴り飛ばして突き進もうとするような無茶な行動。狙いは大剣士、セイの速さに回避の対応は取れず、正面から受けるしかない。
「うおおおおっ!【剛一閃】!」
大剣士が力強く大剣を振るう。大剣が空気を切り裂き、その一撃は岩を砕き、オーガだろうと一撃で分厚い筋肉の鎧を切り裂くだろう。精密さではなく質量とそれを振り回す腕力による剣戟。当然セイも直撃すれば木っ端みじん、剣で受けても吹き飛ばされるだろう。
ゆえに、まともに打ち合ってやるつもりはない。
「【瞬一閃】」
【闘気】を強めることでさらにセイは加速し、進行方向を逸らした。剣が到達するよりも早く、セイは敵兵の横を通り抜け、すれ違いざまに首を跳ね飛ばした。
背後で首を失った体が大剣の慣性に振り回されぐるぐるしているが、放っておいていいだろう。
「【ソニックブロー】!」
敵兵を仕留め安心と同時に油断したセイを狙うように、短剣使いがセイを狙う。今度こそ首に命中する。
「――な、あ……」
「最初は思わず剣で防いだけど、そもそもそれは効かないよ」
短剣使いはまるで分厚いゴムを切りつけたような手ごたえに頭が真っ白になり、気を取り直す前にセイに首を跳ねられた。
「うんうん。我ながら丈夫な【結界】だ」
【結界】は主に魔術師が使う汎用スキルだ。無属性の魔力をそのまま物理的な障壁に使用し攻撃を防ぐ。その強度は込められた魔力量に応じて増大する。
特にセイの場合は魔力量が膨大であるため、数割の魔力を体表に薄く張っておいている程度でも熟練の魔術師の一点に集中した結界に匹敵する強度になるのだ。
「さて、じゃあ気を取り直して生き残りをーー」
突如飛んできた火の玉を【結界】を拡張して防ぐ。
視線を向けると、そこには魔術師らしき女性がいた。
そしてーー。
「おっと」
更に情報を得ようと視力を強化しようとしていると、その方向からもう一発魔術が正確に飛んできた。
意識をさらに向けようとすると、至近距離に強烈な威圧的な圧力が発生しセイはそちらに意識がとられてしまう。恐らくは【挑発】。敵の意識を自分に集中させる武技だ。
明らかに狙われている。
「やっぱてめえか!よくもみんなを殺しやがったな!」
「うん?」
続いて肉薄してきた剣士は自分と面識があるようだ。しかし特徴が薄く思い出せない。
しかい、四人纏めてなら覚えがあった。
「思い出した。この間の冒険者か」
「そうだ!そしてお前が殺したラディの仇、ここで取る!」
「だれ?」
思わず素で聞き返してしまったが、それは冒険者の剣士を激高させる効果があったようだ。
前回と同じように呼吸を乱した隙を突いて切りかかる。この数日で実力差が埋まるはずもなく、あっさりと切り裂かれーー。
「危ない!」
「うわっと」
切り裂かれることは無く、突如セイに矢を至近距離から射ってきた少女のせいでセイはいったん距離を取ってしまった。
(隠密がうまい弓術士か?厄介だな……ていうか四人組じゃなかったのか)
前回視た時は四人だったのでそれが正常値だと思い込んでいたが、冒険者パーティに仕組みとして人数制限はないため何人いてもおかしくない。
となるともしかしたら元は六人組で、セイのせいで五人組になった可能性もあるのだろう。それならば恨まれているのも納得だ。
殺されてやるつもりはないが。
(しかし、こいつらだけか?兵士は来ないのか?)
セイはあまり索敵や気配探知は得意ではない。乱戦の時に気配を消して潜伏されたり、接近戦の時に気配を消して忍び寄られたり、遠距離から静かに矢を撃たれたりすると、その前に探知するような技術は身に着けていない。
しかし、この周囲の小人数しか自分の周りに来ている者はいないことは分かった。
この冒険者たちも義勇兵なので兵士に数えていいが、大半を占める一般的な兵士が来ないのが気になった。
「……って、逃げてるのかよ」
視線を遠くに向けると、その答えは一目で分かった。
敵前逃亡、さすがに考えていなかった。軍属の人間なら軍法会議で死刑とかじゃなかっただろうか。
いや、考えてみれば軍属だろうと勝てない相手を前にすれば逃げるのは当然だ。セイもこの場で一番強いから逃げないが、もし自分より強い敵がいて、かつどうしても勝つべき理由がないなら逃げる。
敵兵が逃げるかもしれないと思わなかったのは、おそらくたくさん殺したいセイが物事を都合よく考えてしまったからだろう。反省し、自制するべき失点だ。
「まあいい。とりあえずお前たちを殺す。……ところでお前たちはなぜ逃げない?そんな義務があるのか」
ふと気になったので聞いてみたが、案の定剣士が激高……する前に、さっきの弓術士の少女が激高した。
「ふっ、ふざけないでください!この悪魔が!こんな、こんな簡単に人を殺すあなたには分からないことです!」
よく分からないことを言われて、一瞬キョトンとしてしまう。
セイは魔物だが悪魔ではない。真面目に風評かただの悪口か、それとも何か自分でも自覚していない悪魔っぽいことをしたのか考えてしまった。
それにまさか戦場で人を殺すのになぜを問われるのに驚いてしまった。戦線が開かれた初日からまだしも、もう戦争自体なら数か月は経過している。いまさら?というのがセイの正直な感想だった。
そして、冒険者達はそんな一瞬の隙を突いてきた。
打ち合わせがあったわけではないのだろう。剣士は激高寸前の表情だ。しかし全員が慣れたように、自然な流れで動きを合わせ一瞬で同時に攻撃してくる。
たまらずセイも剣で応戦しようとするが、大楯を構えて男性がぶつかってきたせいで動きが制限されてしまう。「こいつがタンク。要か」という思考。「そんなことを考えている場合じゃない」という思考。「思考の一つでも無駄にしてしまうなど俺は愚か者か」と自分を責める思考。【高速思考】と【並列思考】のスキルを持つセイは一瞬で多くの思考を走らせるが、この戦場で初めての危機的状況にパニックを起こしてしまい、咄嗟に張った【結界】の強度は低く、剣士の一撃が上回ってしまった。
「はああああああ!!【限界突破】!【魔剣解放!】【大斬空】!!」
空間を切り裂く飛ぶ斬撃が結界を切り裂き、セイの胸にあたり……表面が『削れた』。
「ーーは?」
「……すごいな、スレイさん以外だと始めてだ」
セイは最初、幽霊だった。その後ダンジョンコアと同化し、肉体を得た。
つまり、セイが受肉したこの体は前世の打浪静穏の体を再現した生身の肉の体であると同時に、ダンジョンコアという『鉱物』でもある。その強度はかなりのものだ。
加えて今ダンジョンを作っていないため魔力が全てこの肉体に集中しており、それに応じて硬度も上がっている。僅かでも削れたことをほめるべきだろう。
敵ながらあっぱれだ、と。
「まあその代わり、肉体の欠損はその体積比に比例して最大魔力量が減ってしまうので、すっごく嫌なことなんですけどね」
「お、おまえ、まさか魔族な――」
最後まで言い切ること無く、セイが乱暴に振るった腕に胴体に大きな穴を開けられる。いくつ臓器を失ったか、など考えるまでもなく即死だ。
「ヴォ、ヴォイド!?」
「お前も死ね」
供給する魔力量を増大させ、性能を極限まで上げた【闘気】で能力値が増大。拳で殴りつける。大楯に拳の跡がはっきりと付いているが、おそらく死んではいないだろう。
(いけないいけない。冷静に冷静に)
剣を振るえば殺せた。苦手な拳を振るったのは八つ当たり、雑なストレス発散だ。
そのせいでミスを犯すのは愚かなことであり、セイも望まないことだ。
視線と向けると、冒険者達は撤退していた。
仲がよさそうだったので剣士の死体を置いていくとは思わなかったが、真っ当で適切な判断だ。評価を上げなければ……いや、敵なのだから評価など不要……いや、やっぱり報告書とかも作るかもしれないから評価は必要。
(くそっ、思考がまとまらない!もういい全員殺す!!)
最後のセイの冷静な思考が、逃亡した敵兵を全滅させるのは無理だと結論付ける。
ゆえに、セイは自分が一度に扱える最大魔力量よりも多めに魔力を使い極大の大規模な魔術を発動することにした。
「【陽隕石招来】!」
熱した巨大な隕石を、敵兵たちが逃亡したほうに飛ばす。
着弾と共に大規模な衝撃波と熱が走り、大くの敵兵が蒸発した。
(やっぱり生き残ったか、ここであと一人は殺しておく)
冒険者たちは水の結界をはり熱を防いでいた。対応力が他の兵士とけた違いだ。
セイはこの時点で目的を敵兵の皆殺しから厄介な冒険者の抹殺に切り替える。そこにあるのが兵士としても仕事意識か、個人的なものかは不明だが、セイは全ての意識と思考と魔力を集中させる。
加速の魔術陣と土塊の創造。
土属性魔術で土の塊を創造し、加速の魔術陣を無数に重ね合わせ速さを激増させる。最大の問題は精密さだ。弾丸のように小さな土の塊をミリ単位で飛ばさなければならない。
やったことはないが、西洋のアーチェリーをセイは連想した。
「【破滅の矢】」
セイの開発した魔術の中で、最も遠距離に適した魔術が放たれ、視線の先で宗教的な装いの女性の肉体がはじけ、倒れた。
パーティメンバーたちは一瞬驚いたようだが、大楯使いが強引に腕を引き逃げていった。
この日、ラキア国とチヨウ国の戦争が行われている副戦場が、だれも予想していなかった形で終戦した。




