20話 会議
「暇ですねえ」
「そんなこと言えるのはお前ぐらいだ」
セイは敵軍が陣を張った山をぼんやりと眺めていると、隊長に窘められてしまった。
ラキア国とチヨウ国の戦争は膠着状態を迎えていた。
セイが勝手に主戦場と呼んでいる山の反対側の戦場では両国共に幹部が死にすぎたため膠着していた。スレイだけでなくラキア国の騎士や兵士の超人的な活躍によりチヨウ国の幹部を打ち取り、その中にチヨウ国の王族が含まれていたため本国との連絡に追われチヨウ国の動きが一気に鈍くなった。
そのまま勝利まで持っていければ理想的だったのだが、個人の力が強いラキア国に比べてチヨウ国は隠密や計略に秀でており、気が付けばラキア国軍の食料庫が焼き払われていた。
この世界には見た目以上にものが入るカバンなどのマジックアイテムも存在するが貴重なものであり、今回の戦争では持ち込まれていなかった。そのため焼き払われて食料庫に入っていた食料は全体の半分以上を占めており、ラキア国軍もそれまで通りの軍事行動をとれなくなってしまったのだ。
結果ラキア国軍も半数は本国まで撤退。戦力は両国共に再び拮抗し、またお互いの出方を探っている状態に戻っている。
そしてセイ達がいる副戦場も事情は違えども戦線は変化していない。
もとよりこちら戦場は重要度が低い。本戦場で負けてもこちらで勝てば引き分けに持っていけるという意味では重要だが、保険以上の意味合いはない。そのため人員も装備も『普通』だ。
剣一本で山を切り裂く超人も、空を砕く魔術使いもおらず、持っただけで千人力の戦力になるマジックアイテムも持ち込まれていない。
チヨウ国軍が山に陣を張り籠城を決めた以上、ラキア国軍も迂闊に攻め込めない。そしてお互いに全滅してでもここで勝利を掴むという気も無い。
つまるところ、お互いに無理をしない限り打つ手がなくなったのだ。何人かいる現場の頭が回る者は、このまま本戦場で決着が着くまで待っているのが一番お互いに損害が出ないだろうと結論づけているものもいるほどに。
「たまに偵察に出てくる兵士は俺が始末してますし、戦場に変化も無い。
隊長、歌の練習でもしていた方が有意義なのでは?」
「そう言うな。それでも何か会った時に、『気が抜けていて見落としてしまいました』などとは報告できんだろう。いや、その時に俺たちや、報告を受ける上官たちが生きている保証もない。俺たちは後ろにいる民を守るためにここにいることを忘れるな」
「隊長、大変立派なお言葉ですが、他のやつらはぐーすか昼寝してます」
「………‥‥‥‥‥そうだな。だ、だからこそ、俺はせめて起きている奴に注意喚起するくらいはしないといけないんだ」
なんだかんだと気が抜けた会話をしていると、本陣の方から軽装の兵士が近づいてきた。
「トレフェン十人長、それにセイ殿、将軍がお呼びです。ご同行いただけますか」
その言葉にセイは疑問を覚える。この兵士の階級は知らないが、十人長であるトレフェンはまだしも、ただの一兵士である自分を敬称で呼ぶのは、おかしなことではないのか、と。
素直について行くか、それとも適当に逃げるかの二択が頭をよぎる。
(まあ、いいか。面白そうだし)
しかし結論はすぐに出た。過半数を占める好奇心と、同じ軍に所属している者同士なので悪いようにはされないだろうという僅かな理性で。
(豚かな?)
「ブゴス将軍。お二人をお連れしました」
「入れ」
天幕の中に入ると、豚系獣人種かもしれない立派な装飾品が付いた服を纏った人がいた。
この世界に豚系獣人などいないので、それはだいたい二足歩行の豚のことだが。
「ブゴス将軍!お呼びとお聞きし参上いたしました!」
初めて聞くトレフェン隊長の大声に驚きながら、とりあえずセイも右に倣えの精神で敬礼する。
「うむ。突然呼び出して済まない。私はラキア国に二十人といない将軍の一人であり、陛下からこのミクトラン平原の全権を預かったブゴスだ。知っていると思うが、現在この戦場は膠着状態が続いている。物資が減っていくばかりの現状を改善すべしと会議を重ねているのだが、報告の中にセイ、君が最初の戦場で敵本陣を魔術で壊滅させたとあった。
そんな君に聞きたい。君ならば、この膠着状態を崩せるかね」
真面目な内容に反して、内容以外の全てが非常に不快だ。
ふくよかといってもまるで引き締まった赤身肉とギトギトの脂身ほどの違い、聞いているだけで殺意が湧いてくるほどの聞き取りづらいねちょねちょした語り口。視覚と聴覚を介してまるで黒板を爪で引っかいたような不協和音が精神を傷つける。
人間か疑わしい。咄嗟に【精神防御】の魔術を使ったが、怒られないだろうか。
(いかんいかん。聞かれた以上は答えるので兵士だろう)
心の中でかぶりを振って返答を考える。
「まず、この軍にいる魔術師や参謀、軍師といった方がいるはずです。彼らはどのようなお考えをお持ちかお伺いしてもよろしいでしょうか」
考えを纏めるためのつなぎの問いかけ、それを察したのか察してないのか、ブゴスは語り始める。
曰く、あの山に張られた結界は土地の魔力を流用した高度な魔術であり、破壊するには一流の魔術師が十人は必要。しかしチヨウ国軍は常に住人の魔術師が結界を張り直し続けているため、破壊したとこで修復するほうが速い。
「しかしそんな無茶な魔術は負担が大きいでしょう。チヨウ国側が先に魔術師を消耗しつくすのではありませんか?」
「そうだろうな。しかしそれがいつになるか分からない以上、こちらから打って出るのも一つの手だろう」
そのため、現在は魔術を使わずに兵士で山を包囲して攻め込むのが堅実ではないかという意見が有力だ。結界は魔術しか弾かないことが確認されたため、弓矢や兵士は素通り出来る。
しかし籠城されると三倍の兵力が必要というのが定説。お互いの軍の兵力はほぼ同等である以上、兵士を使った攻略は不可能。
万事休す。おとなしく黙って本戦場の決着が着くまで様子見をし続けるのが名将のやることだ。そんな意見まで出始めている。
「ふむ、なるほど」
「無理は承知だが、ここで勝利するとチヨウ国の王都まで一気に進行でき、それは本戦場の今後にまで影響するだろう。跡が無いのはチヨウ国の方であるが、同時にあと一歩のところで防ぎ切られてしまったという意味でもある。
ここでの勝利は今回の戦争の勝利につながる重大な一手となるだろう。君のお陰で勝利出来たならが私から上に口をきいても良い。どうだね、何かいい考えはないかね」
「ふむ。まあ――」
「そこまでです!」
返事をしようとしてセイの声を遮って、誰かが天幕に入ってきた。
「一体どういうことですか!あの山の攻略は兵士を使って私の策で行くと結論が出たではないですか!!」
突如現れたのは、セイと同い年くらいの女性だった。厳密には何歳か年下だろうか。金髪碧眼という一般的な特徴だが、なんとなく頭がよさそうに見える。この世界の教育水準は日本より低いためセイも大半の人間に対してはIQが低い人を見る様な目で見てしまっていたが、この女性からは昔、セイが前世で学校に言っていたころの成績上位者の様な印象を受けた。
それと関係があるのかは不明だが、目つきが悪い。少し怖い。
「(ちぃ……)」
セイの人外の聴覚が小さな舌打ちの音を捉える。音源に視線を自然に向けると、ブゴスが顔を歪めていた。
……たぶん、歪めているのだろう。はみ出した脂肪が眼球に食い込んでいて分かりづらいが。
「おお、これはこれはルヴェア殿。現在会議中でありますのでお帰りは――」
「会議ならば前回で終わりといったはずです。結論が出たことをなぜひっくり返そうとするのですか?」
「ひっくり返すなど、なにやら誤解があるようですな。新しく重大な情報が見つかったため――」
すっかりセイとトレフェンを置き去りにして二人の会話が進んでいく。
会話、というより言い争いというのが適切だろう。本人たちは繰り返し会議と言っているが。
(これは……あれだ。権力争いってやつか)
より正確には手柄争いだろう。戦場で剣と魔術を武器に暴れることしかしなかっため詳しくは分からないが、おそらくブゴスとルヴェアがどこかの派閥に所属しており、争っているのだろう。
漏れ出ている言葉を拾うに、おそらくルヴェアが兵士を使って山攻めの策をため、手柄を立てたいブゴスが一縷の望みをかけてセイに話を持ってきた、という所だろう。
「貴方もですよ!出来ないことはさっさと出来ないと――」
「出来ます」
まあ、その辺の話はセイには関係のないことだ。
「……え?」
「あの山の結界を破るんですよね。俺なら出来ます」
「おおっ!本当かね!」
もとよりどうすればあの山に攻め込めるかはセイもずっと考えていたため、既に攻略法は思いついている。その結論が『攻略はセイだけでも十分に可能』だ。
「なっ……なっ……、あの山を個人で攻略するなんて、騎士団長や魔術士長でも難しいはず……い、いえ!そもそもの話、なぜあなたはそんな話を引き受けるのですか!」
「そこですか?」
思ってもいないことを聞かれてしまい、一瞬戸惑うが、まあ答えは平凡なものだ。
「それは私の上官がトレフェン隊長であり、さらに上からだろうとトレフェン隊長を経由している以上、その命令は絶対だからです」
自害せよ、と言われれば困るが、殺せという命令だ。
今までは空気を読んでおとなしくしていたが、命令されれば拒む理由は一切ない。
「なっ……えっ、そ、そんな理由で……死ぬ可能性が極めて高いのに……?」
「それよりブゴス将軍、一つお願いが」
「おおっ、はっはっは。そうだったな。気が早いが聞いておこう」
気が早くはない。金銀財宝を望むならば確かに気が早いが、セイの望みはそんなものでは無い。
「結界を破ったら、本陣に攻め込む一番槍は俺にやらせてください」
殺戮だ。
冷静な作者「余計なことをしてないでさっさと話しを進めるべきだ」
ライブ感で生きる作者「うるせぇ!俺はここにこれを入れたいんだ!」
執筆担当の作者「そんなこと言われても書くスピードは上がらないぞ。ごめんなさい」




