18話 戦地での一幕
襲撃が終わるとセイは味方陣営に帰還する。
邪魔が入るかとも思ったが、敵陣営は思った以上に混乱していた。なにせ自陣営の後方で突如大地をひっくり返すような地盤沈下が起こったのだ。部下は上官の命令に従うものであるはずだが、聞き入れずに敗走を始めるものが出始めている。勝利は目前だろう。
しかし、まだそれに気が付かず戦闘を続けている者もいる。
ならばセイも援軍に行くべきだろう。一応はラキア国側の兵士なので。
「おい、なんだか悪寒がするぞ」
「これは……魔力だ!みんな逃げろ!後ろに魔術師がいるぞ!」
敵本陣から味方陣営に向かえば当然敵陣営を後ろから襲うことになる。前には敵兵、後ろには魔術師、練度の低い兵は勿論、並みの現場指揮官では対処できない。
「【炎弾】」
セイは魔術陣を展開し火属性魔術の中でも最も一般的な攻撃魔術を連射する。引き起こされる現象はさほど特別なものではなく、地球で言えば手榴弾のようなもの。しかしその威力は人を殺すには十分だ。
いくらかの兵士は反射的に盾を上げ、地面へとかがむ。彼らは致命的な破壊から逃れ、運よく、あるいは実力故の必然的に生き残る。
着弾と共に衝撃を放つ火球は風となり熱気で兵士たちを襲う。盾と仲間が間に挟まり致命傷を避けた者もいるが、直撃したものは重体だ。
顔面に当たったものは頭部がはじけ、そうでない者でも腕や足がちぎれかかっている。死んでなくとも満足に動けなくなったものが戦場でたどる末路は一つだろう。
中でも胴体に少し当たったものは悲惨だ。完全には死なず、さりとて臓器まで熱が届いてしまい地に伏し喘ぐことしか出来なくなった。
敵兵への見せしめくらいになるだろうか。
(【炎槍】……いや、魔術はここまでにするか、味方の兵に誤射しても悪いし)
そして死体には目もくれず、セイは生き残った者の中でも運ではなく実力で生き残ったらしきものへ切りかかる。
槍を投げつけて来た兵士がいたのでまずはそちらを切り、続いて大きな盾を構える兵士を丸ごと切り、逃走する兵は無視して続いてロングソードとバックルを持った兵士を切り……がきんっ!
「ん?」
「てめえ!いい加減にしやがれ!」
ロングソードとバックルを構えた兵士に受け止められる。
セイの斬撃は既に鉄を切り裂く。『黄昏の鉱脈』は岩や鉄、中にはミスリルで出来たゴーレムがうようよいたのだ。鉄程度切り裂けなければ剣士はやっていけない。
それを受け止めるということは、この兵士は並み以上と見るべきだろう。
「魔術師かと思えば白兵戦までしやがって、なんでてめえみたいのがこんなちんけな戦場に居やがるんだ!」
その兵士の形相は怒りで鬼のようになっている。セイに問いかけているのではなく、理不尽だと感じたことに怒っているのだろう。
しかし、スレイに稽古づけてもらったセイからすれば甘い。激情したせいで相手を恫喝するなど、自分から呼吸を乱し隙をさらしてしまうのと同じだ。
「【突貫】」
ロングソードを弾くと、盾もろとも突き刺そうとする。ただの兵士に支給される程度の鋳型の盾程度なら貫ける。そんな確信があったからだ。
しかし、思わぬ邪魔が入った。
「ヴォイド!今助けるぞぉ!」
横から大楯を構えた巨漢が突撃してくる。背丈は二メートルを越えているだろうか。全身に金属鎧を纏ったその姿はただの兵士には見えない。兵士よりは騎士の方がイメージとしては近いだろうか。
(もしかしてこいつ兵士じゃなくて、兵士みたいな恰好の騎士か?見た目じゃ分からないな)
セイはたまらずバックステップで回避する。受け止められないとは言わないが、純粋な大質量は力の受け流しを間違えると体重差で吹き飛ばされてしまうからあまり組み合いたくない相手だ。
ともあれやることは変わらない。標的をなんか強そうな兵士っぽいやつに、大柄な騎士っぽい奴を追加する。この距離と相手の装備の質から、まとめて切り裂け……。
「二人とも下がって!流れる天空の風よ、ここに集いて敵を討て!【風砲撃】!」
「偉大なる水神よ!御身の威光の一端を持って、卑劣なる敵を切り裂き給え!【水神刃】」
切り裂こうとする寸前、二人のさらに後方から大砲の実弾が迫るような衝撃波と、妙に嫌な予感がする水の刃が迫る。
戦場には似合わない魔術師然としたローブを着た女性と、どこか宗教的な装うの女性がいる。彼らが放ったのだろうか。冷静な思考は回避を最適解とはじき出すが、同時にセイの闘争心に火が付いた。
「真正面から打ち破ってやる。【大炎瀑布】」
魔術であれ結局は風と水だ。そのためセイは火属性魔術を選択する。
一つ一つは先ほど放った【炎弾】と同じ、しかし【高速思考】と【並列思考】を組み合わせることで魔術陣を転写しそれを数百数千と重ね合わせる。すると全ての炎弾が融合し滝つぼに落ちる大量の水のように、大量の炎の塊が四人へと迫る。
大地を燃やし大気を焦がす圧倒的質量にも見える炎の塊が後方の二人が放った魔術とぶつかり合う。風の砲撃も水の刃も術者の腕がいいのか大量の魔力が含まれており威力もそれに応じた者だったが、十重二十重と波の様に迫る炎の壁に飲まれ消滅した。
「よしっ!……って、しまった。逃げられた」
しかしセイが視線を戻すと、四人は消えていた。
「あー……分かった。冒険者だったか」
敵国であるチヨウ国は徴兵制だが、同時に募兵制も採用している。普通は軍人でなければ民間からは傭兵くらいしか戦争には参加しないが、愛国心に溢れた冒険者が参戦としているという話を聞いた気がする。
セイにとって見慣れた冒険者はダンジョンに潜るものが多かったが、一般的には魔境で活動しているものが多く、街道や輸送隊の護衛まで請け負い、今回のように戦争に参加するものもいる。
組織として冒険者ギルドはどの国家には不平等な肩入れはしないと宣言しているが、構成員である冒険者は現地の人間であり、いざとなれば冒険者としての肩書を返上して国のために参戦するものもいるため、いうなれば今回の戦争には冒険者が『自主的』に参戦しているらしい。
その真偽はセイにとってはどうでもいいが、敵わないと見ればすぐに撤退する手際は見事だ。セイならムキになってしばらく釘付けになっていたかもしれない。
もしかしたら最初の兵士っぽいやつの恫喝も演技だろうか。
いやそれは無いか。恐らくだが。
「隊長、戻りましたよ」
「セイ、お前無事だったのか!」
しばらくふらふらしていると、セイが所属している隊の隊長を見つけた。
後ろ盾も無くいきなり参戦したセイは当然最下層の兵士であり、十人しかいない分隊だ。
「無事ですよ。ちょっと偉そうで指揮官っぽい奴を仕留めてくるって言ったじゃないですか」
「そんな言葉を信じるやつがいるか。てっきり逃亡したのかと思ったぞ」
「こんな雑魚から逃げる理由は無いですよ。俺が強いのは知ってるでしょう」
「それはそうだが、戦場の空気というのは独特だからな……何はともあれ無事でよかった」
セイに説教をしている男性はトレフェン。セイの隊の隊長であり、珍しく知性のある人だ。
兵士になるものは基本的に腕っ節で生きているものが多く、頭の良いものは後方で事務方をしているものだ。しっかり軍の規則を理解しているトレフェンの様なものは希少なのだろう。
「さて、早速だが罰を受けてもらうぞ。食料を調達してこい」
「えー罰とかあるんですか」
「当然だ。兵士の配置はお互いに背中を守り合う意味もあるのだ。幸いうちの隊から死人は出なかったが、勝手に抜け出した以上罰は受けてもらうぞ」
「……まあ道理ですね。ちょっと行ってきます。あ、これ敵の指揮官とその側近の首と勲章です。預かっててください」
「こらっ!規則だから預かるが、お前は警戒心が足りないぞ。中には部下の手柄を横取りする指揮官も居てだな……」
「横取りされても別にいいですよ。じゃあ行ってきます」
セイは隊長に荷物を預けると、近場の魔境に足を向ける。戦地は街から遠くにあり、この世界の大半を魔境が覆っている以上、必然的に戦地は魔境の近くになるのだ。
魔獣が居ればいいが、最悪木の実ぐらいはあるだろう。恐らくそれはトレントが守っているが。
「全くあいつは、十八歳らしいがまだまだ子供だな。……ん?こ、これは本当に敵指揮官の勲章だと!?」
「隊長、セイのやつになんて命令したんですか?」
「ん?あ、ああ、食料の調達だ。うちの軍の一部が敵の補給部隊を鹵獲したからな。そこからいくらは貰ってくるだろう。あいつはそういう交渉の経験が必要だ」
「はあ……しかしあいつ、剣を持って魔境に入っていきましたよ」
「はあ?嘘だろ?」




