14話 襲撃
「おかしいな……なんか嫌な予感がする」
ベッドで目を覚ましたセイは窓を開け、首を傾げる。
この日は、不思議と静かだった。
窓の外からは鉄を打つ音も、にぎわっている市場も、人々の賑わいも聞こえてくるのだが、その音は遠いと感じるのだ。
隣のララがいた場所に手を当てる。まだほんのりと温かいが、不思議と心は冷えてくる。
ララはもう仕事に行っている。冒険者であるセイは日本で言えば自由業であるため仕事の時間は自由に決められるが、ララは冒険者ギルドの職員、つまり勤務開始時間が決まっているので生活の時間はずれているのだ。
それはいつものことだ。つまり既に出社していることもいつものことだ。なので、不安に思うことは無いはず、だ。
しかし、この静謐さには嫌なものを連想してしまった。
なんとなく、墓場のようだ、と。
「うわっ!?」
突如、衝撃と爆音がセイの体を揺らす。
訂正、セイの体ではない。宿屋、建物、いや、おそらくは街全土が揺れている。
続けて二発、三発と衝撃と爆音が響く。さらに熱も加われば何が起こっているのかは予想が付く。
爆破だろう。
尋常な事態ではなく、セイも窓から外へ飛び出し屋根の上を走る。
視線を爆心地へ向ける。そこには黒く淀んだ空気が渦を巻いており、一目で人体に有害だと分かる色だ。事実、黒い渦の周囲では黒い渦に触れた人間が悲鳴を上げながら人体がぼこぼこと蠢き化け物に変わっている。
魔物だろうか。
しかし同時に、黒い渦に触れながらの化け物に変化していない集団が二つある。
片方は法衣らしきものを着て光を放ち黒い渦に対抗している。セイも何度か見たが、教会の神聖魔術だ。精霊から力を借りて魔術を行使するように、神官たちは信仰を通じて神から力を借りて魔術を使う。そのうちの一つ、瘴気を祓う浄化の魔術だ。
そしてもう一つは黒い法衣を着た集団。神官たちが着ている法衣に似ているが、色は黒と正反対で、冒涜的な装飾でアレンジしている。そんな特徴的な黒い法衣を着ている者たちは黒い渦に触れながら化け物に変化していない。
そんな彼らは戦っている。黒い法衣の集団は範囲の小さい黒い渦をばらまき街の住民を化け物に変えようとしているように見える。対してこの街の衛兵や冒険者は浄化の魔術で対抗している、といってところだろうか。
「なにごとだ?」
セイは思わず声が漏れる。セイもこんな状況は初めてだ。
……いや、それは現実逃避だ。
この世界に来てから戦ったのが魔物だけで、人間の街ではずっと安全だったから思い出すことがなくなっていただけだ。
遭遇したことは無いが、この状況は知っている。街が焼け、建物が壊れ、人が屍に変わる。そしてなぞの黒いローブを羽織った集団に、何かを称える狂気の声。
テロだ。
被害は町中に広がり、街が壊れていく。魔物との戦闘には慣れたが、この状況にはセイも動悸が上がってしまう。
「いや、そんなことよりも、ララは無事なのか……!?」
ララは冒険者ギルドに居るはずだ。普段は実力者もいるが、今は戦争でみんな戦場に行っている。残ったものもこの時間ならダンジョンだし、そうでなくとも黒い法衣と戦っている。
それに、冒険者における実力者とは、魔物と戦える能力の高さの事だ。それは草原や洞窟といった特殊な環境でも戦闘である。
街中で突然背中から襲われる場合、対応できない可能性も十分にある。
「くそっ……無事でいてくれよ」
不思議と、セイは焦っていた。もとは他人だったが、一年も一緒に暮らしていれば情も沸く。
進行方向を冒険者ギルドへ変え、一直線に走っていく。
五分とかからず、冒険者ギルドに到着した。一キロはあったので、さすがというべきだろう。
いや、元、冒険者ギルドというべきだろう。
爆破の魔術でも使われたのか、木っ端みじんに吹き飛び、がれきの山と化していた。
「……」
がれきに埋もれて、ララは死んでいた。即死だろう。
検分するまでもない。がれきに押しつぶされ、上半身が完全につぶれている。いくらこの世界の人間がステータス補正を受けて地球の人間よりも頑丈だと言っても、それは強度の話。出血や打撲がいくら深刻でも死ににくいが、明確に生存に必要な部位がなくなれば死ぬだけだ。
『マスター。ここは危険です。一刻も早く避難を』
「黙ってろ。それよりもナビ、この場所をダンジョンにするから、魂の揺り籠を作れ」
セイは新しくダンジョンコアも端末を生み出し、この場所をダンジョンに書き換える。魔力の最大値が数パーセント減ったが気にしない。
ダンジョンへの変化、すなわち極小の世界の創造は時間がかかるが、機能を使うだけならすぐにできる。
ダンジョンマスターは宝箱や宝物庫にマジックアイテムが生まれる要領で、DPを使って任意のマジックアイテムや宝物を製造できる。竜が出現するダンジョンのボスは竜が使えるマジックアイテムを身に着けているし、防具の場合も宝箱を開封した開封者の体型に自動で調整されるものこの機能だ。
その機能を使い、セイは霊体を保護するマジックアイテムを製造した。
「ちっ。摩耗が速すぎるだろ!」
『魂の揺り籠』は霊体を保護すると同時に、霊体を視認できるようにもなるマジックアイテムだ。それによってセイもララの霊体を視認したが、極めて薄くなっている。
『マスター、近くに人間がいます。襲撃者か区別が付けられません。一時避難を』
ナビはセイを説得するが、冷静さを失ったセイは聞く耳を持たない。
「ナビ、そんなものは後だ。それより、生命の原型を作る。出来るか?」
生命の原型。それは神々がこの世界の生命を作る際に使用したと伝えられている神話上のアイテムだ。
既に死んだものを受肉させるのは、普通はゾンビになるが、唯一生命の原型を使うと転生として扱われ生者になる。
ダンジョンとは極小の異世界であり、ダンジョンマスターはダンジョンの内部であれば神に等しい力を持つ。実際に神と同じことをするなら必要なエネルギーが膨大すぎるという問題があり不可能だが、神話に出てくるアイテムでもDPさえあれば製造できる。
『ポイントが不足しています。生命の原型を作れません』
「くそがっ!」
しかしナビからの返答は無情なものだ。エネルギーが臨界に達しないと製造できない。
「なら今からダンジョンにいくか?いやだが、他の人も……っ!」
魂の揺り籠でララの霊体を保護しているが、それもいつまで持つかは分からない。セイは魂の専門家ではないだ。
ゆえにダンジョンで魔物を倒しDPを稼ぐのが正解だが、それは襲撃を受けている街を見捨てることを意味する。セイは衛兵でも兵士でもないので街を守る義務はないのだが、この一年で交流した人たちを見捨てる言い訳としては最低なものだろう。
「キュベットよ、ご照覧あれ!【暗刃】!」
「邪魔だ!」
突如飛び降りて来た謎の黒い法衣の男をセイは一瞬で切り殺す。
その感覚にセイは驚愕する。
経験値だけでなく、DPまで増加したのだ。
「……ま、まさか、魔物じゃなくて、ダンジョンの外で人間を殺しても、DPは溜まるのか……?ナビ!」
『お答えしますと、不明です。ダンジョンマスターがダンジョンの外に出た例はなく、そう捉えられる場合も、受け皿であるダンジョンコアが破壊されているため、今回の事例の前例に挙げられる現象はありません。
しかし事実としてダンジョンの外で人間を殺害してもDPは増加したので、マスターの推測は正しいと思われます』
「まじかよ……」
セイは思わず呆けてしまう。セイはこの世界に転生したときに人を殺したが、ダンジョンの内部まで移動してから殺した。それはダンジョンの外で人を殺してもDPにならないと聞いていたからだ。
基本的に生き物を殺してDPが稼げるのはダンジョンの内部だけ。魔物はあくまで例外と聞いていたのだ。
しかし、ダンジョンコアと融合したセイは、ダンジョンの外で人間を殺してもDPが溜まるという。
ならば、この街で黒い法衣たちを殺せば、DPが稼げる。つまり生命の原型を製造でき、ララを輪廻の輪に帰さなくて済むのだ。
「いやだが、それは……」
しかしセイの中で倫理観が静止を命じる。セイは魔物の殺しに躊躇は無く人間でも容赦しないが、セイ自身の認識としては、一線は守っているつもりだ。
人間を獲物として見たことはない。殺したことはあるが、積極的なものでは無い。自分が生きていくためであり、他に手段が無ければ最後の手段だ。
いまセイは『その方が利益が大きいから』という理由で殺そうとしている。
しかし、うまくいけばすべてが丸く収まる選択でもある。
選ばなければならない。決めなければならない。
優先順位を。何を殺してでも何を生かすのかを。
ララのため、街のみんなのため、というわけではない。しかしララを殺されたことで、セイは激情に駆られているのも事実だ。
ならば、もう決めた。
自分のために、人を殺すのだ。
決断したセイに迷いはなく、一瞬迷った後に抜け殻となったララの肉体を燃やし、黒い法衣を着たものたちの蹂躙を開始した。