12話 魔人の災厄、崩壊
黄昏の鉱脈十階層の奥地、それはランク4の鉄で出来たドラゴンゴーレムが出現するという十階層に見合わない危険さと、十階層にしては旨味の大きい宝箱や素材がとれるとして有名な領域だ。
ドラゴンゴーレムは名前の通りドラゴンの姿をしたゴーレムだが、模しているのは姿だけだけではなく、戦闘力もだ。ブレスは構造的に不可能だが、魔力を伴った飛行能力や突進など、その体の頑丈さを活かした攻撃を前に新人冒険者たちはなすすべもなく倒れてしまう。
なまじ十階層という新人であっても挑戦できる場所だけあって、新人冒険者が死亡するケースの大半がここだ。
そんな場所で、十代の少年が無双するようにドラゴンゴーレムを蹂躙していた。
少年が手をかざすと無数の魔術陣が浮かび上がり、魔術が発動する。鉄で出来たドラゴンゴーレムに対抗するため神聖な光の魔術が襲い掛かる。
ゴーレムの様な無機物が動いている魔物は魔石を破壊するか、熱や衝撃で物体に溜まってしまった瘴気を散らすことで撃破できる。そのため高熱でドラゴンの形を保てなくなったドラゴンゴーレムたちは次々と撃破さて墜落していった。
撃破は出来たことを示すように、体に経験値が流れてくるのを感じる。
「大量大量!」
少年、セイは満足そうにうなずいた。
今日も今日とてセイはダンジョンに潜りゴーレムを仕留めている。黄昏の鉱脈に潜っているうちに気が付いたことだが、ゴーレムは換金率が高いのもそうだが、それ以上に経験値効率がいいのが気に入ったのだ。
戦闘で経験値が入る場合、どういった武器でどのように倒したかも重要だが、どの程度強い相手を倒してかも重要だ。頑丈さを持つゴーレムは非常に経験値効率も良かったのだ。
「でっかーい」
セイの前に主が立ちはだかる。
ダンジョンに限らないが、魔物は同じ種族でも個体差があり、それは優劣に繋がる。そして魔物は強いものに従う性質があるため、一番優れた個体が主として全体を指揮する。これはゴーレムであっても同じことだ。そして主である魔物は強くなりやすく、当然セイの前に現れた魔物もだ。
ランク5、ジャイアントアイアンドラゴンゴーレム。他の個体が全長五メートルなのに対して、この固体は十五メートルほどある。強敵だ。
ゆえにセイも、初手から全力だ。
「【聖光】」
セイを中心に、地面に巨大な魔術陣が広がる。魔術陣からは神々しいと評される光が溢れ魔物たちは苦しむように悶えだす。
セイは現代人だ。ここが日本であるならばスマホでも弄って時間を潰すが、この世界にはない。つまり暇なので暇つぶしに魔術陣を解析するのを趣味にしたのだ。魔術陣は人間の思考をくみ取って勝手に世界が展開してくれるため詳しく知らなくても使えるが、物事は深く知ることで上達するとセイは理解しているため無駄とは思わなかった。それにデータを集めなぜパターンが変化するのかを考えるのは好きなことであったため、解析は順調に進んだ。
水の球を飛ばした場合と火の玉を飛ばした場合。火の槍を飛ばした時と火の玉を飛ばした場合などでデータを取り、魔術陣のどこが変化するのかを観察した。そして次に現象のイメージではなく魔術陣そのものを書くことで魔術を起こせることに気がついた。
それに気がついたセイはメモしておいた魔術陣の記号を組み合わせて自分でもどんな効果が起こるのか分からない魔術陣を起動させ続け、その中から瘴気を祓う魔術を発見した。
セイは知らなかったが、それは神々がから直接力を借りて発動する神聖属性と呼ばれる魔術であり、魔術陣での発動方法はまだ誰も知らない者だった。
「【転写】」
加えて魔術陣であるため複製も容易だ。瘴気を祓う聖なる光を放つ魔術陣が数十と広がり、ゴーレムたちは苦しみだす。無機物なので分かりにくいが、これが有機物の魔物ならば眩暈と酩酊間と虚脱感で立っていられないようなものだ。
膝を付きにらみつけることすらできない魔物など相手ではない。セイはゴーレムたちにとどめを刺し、魔石と純度の高い鉄を回収していった。
「今日こそ行けるかな」
その後向かったのはドラゴンゴーレムが出現する場所の一番奥だ。新人は死ぬのでたどり着けず、一人前の冒険者からすれば旨味が薄いので近づかない。こそこそするにはうってつけの場所だ。
「【ダンジョンコア接続】」
セイがユニークスキルを発動すると、ダンジョンの壁が蠕動し、形が鉱山のようなジメジメした空間からコンクリートのような清潔感のある部屋に変わった。
セイは顔を綻ばせ、自分が作ったものでない、このダンジョンの操作権へのハッキングに成功したことを確信した。
朝起きてダンジョンに潜り、夜には帰る。そんな生活が一年続いたころ、ララは冒険者ギルドの受付にいた。
それもカウンターの内側に。
ララは冒険者ギルドの事務員になっていた。
「あっ、セイ!今日は早いですね」
「十層で主と戦ったら魔力がすっからかんになったからな。上がりにしたんだ。
それより臨時収入だ。今日は豪華なものでも食べに行くか」
「駄目ですよ。今度のお金こそポーションや魔物除け、新しい武器や杖の購入に使ってください。私が一緒に行かなくなったからって戦闘以外をないがしろにしすぎですよ」
「わるいわるい。やっぱり魔物と遭遇しても倒せばいいじゃんって考えが抜けなくてな」
「それならせめて杖だけでも買いなさい。魔力操作の補助になるんですから。使わないのは魔術が使いにくいだけです」
「はーい」
「……あの~、ララちゃん?後ろが詰まってるからね?」
「あ、ご、ごめんなさい。セイ、またあとで」
「おう。先に返ってるからよ」
ララは慣れた調子で手続きを済ませながら、宿に帰っていくセイを見送る。
セイと出会って一年、それはセイの実力を見抜くのに十分な時間だった。ララには使命があったが、いまはもうない。とっくに捨てたものだ。
初めはただの恩返しで付き添っていただけだったが、近くでセイが楽しそうに生きている姿を目にしているうちに、いまではセイから目が離せなくなっていた。
(まったくもう……セイならもっと深部まで行けるでしょうに)
しかしそれはそれとして、セイが名誉にもお金にも興味を示さないのは少し不満だった。半年前からセイの戦闘能力についていけなくなりダンジョンに同行しなくなったのでいまの実力を完全に把握しているわけではない。
しかし普段から新しい魔術を開発したり、スレイから剣技を学んだりしているセイの実力は、最低でも単独で三十階層まで行けると予想していた。
もちろん危ない目に遭ってほしいわけでないし事前準備はしっかりしてほしいが、いまだに何故か十階層程度にとどまっているセイには不満なのだ。私の知っているセイはとてもすごい人で、それを皆に知ってほしいのに、と。
「ララちゃん?」
「はーいわかってまーす次の型こちらへどうぞー!」
とはいえそれは目の前の仕事をさぼっていい理由にはならないので、頭の中のもやもやを振り払い仕事に戻っていった。
ラキア国の暦書に曰く、建国から53年目、国内に極めて危険なダンジョンが発見された。
場所はバレラ平原西部。嘗て第一王子派に与したとされ追放されたものたちが住む流刑地に赦免状を届けさせたところ、流刑地は魔物に壊滅させれていた。赦免状を届けに行った神官戦士たちは付近でダンジョンを発見。入り口で流刑地の村民たちか死体となっていたことから、何者かがこのダンジョンに誘拐してきたと推測。加えて突入し唯一生き残ったもの曰く内部には魔族がいると確認された。
「うぎゃあああ!!!」
「ジャミラ!ちくしょうよくも!」
「馬鹿野郎前に行くな!防ぎきれなっ――――」
後に魔族の災厄と命名されたこのダンジョンは極めて特異なダンジョンだ。
第一に旨味が何もない、というのもダンジョンとしては異質だ。ダンジョンとは遥か昔に魔王が世界に組み込んだルールであり、魔物の繁殖場であり人間を誘い込むために人間を誘惑する宝があるものだ。このルールに逸脱するものはいままで確認されていないため特異である。専門家の中には宝物庫に集中しているのではないかと主張する者もいるが。
「あ‥‥‥ああ……俺の足が……」
「ぐぅっ……何人、残った?」
「半分はやられたな……どうする、撤退するべきか……?」
「ば、馬鹿を言うな!この先には魔族がいるんだぞ!早く駆除しないと!」
そんなダンジョンに挑むのは神官戦士たちだ。
神話の時代は神々が地上にいたが、異世界から侵略に来た魔王がこの世界を汚染したせいで神々は地上に居られなくなり、神域でしか生存できなくなったのだ。それが転じて、地上から魔物や邪悪な神々の残党を全て駆除し地上が昔の清らかな世界に戻れば、神々は再び地上に姿を現すとされている。
「死を恐れるな!これは聖戦である!この戦いで死ねば神の元へ行けるのだ!」
「魔物も魔族も殺せ!根絶やしにするんだ!」
それゆえに、信仰に生きる彼らは利益を無視しこの聖戦に参加する。
「――――ッ!」
「「「ぎゃああああ」」」
しかし、このダンジョンに生息する魔物の特異性の前に息絶えていく。
邪爆兵と名付けられたこの魔物たちは、このダンジョンで発見された新種の魔物だ。姿は成人男性ほどで、ユニークスキル【鑑定の魔眼】を使えるものが見たところランクは2と非常に弱い。
しかし、邪爆兵は一撃に全てを込める魔物だった。一撃攻撃しただけで自滅するが、その一撃はA級冒険者にすら致命傷を負わるという極めて危険で歪な性質を持つのだ。
加えて邪爆兵の数も膨大。自滅するときは肉が崩壊するようにして死んでいくので、素材の改修すら出来ないという人間に悪意を持って者が創造したとしか思えない魔物だ。
「隊長、どうしますか?」
「このままだと俺たちまで死んでしまいます!」
「分かっている。おいお前ら!俺たちは参加さえすればいいんだ、適当に生き残るぞ」
魔族の災厄に挑んでいるのは神官戦士だけではなく、神殿に好意的だと示したい貴族たちも冒険者や傭兵を雇って投入していることもあり、死者の数に比例して攻略速度も上がっていく。
攻略は一年で完了した。
「ようやくか……!ようやく帰れるのか……!!」
「追い詰めたぞ魔族めっ!」
彼らはダンジョンのボスを倒し、最後の部屋にたどり着いた。
ダンジョンのボスは魔族ではなかったため、ダンジョンマスターが魔族であり、裏から操っていたと推測したためだ。
最後の部屋である宝物庫の扉も微妙に開いているので、そこに逃げ込んだと考えるのも自然なことだ。
しかし、残念ながら罠だ。
「な、なんだ!?」
「地震か!?」
「馬鹿を言うな!ダンジョンの内部でそんなことがあるわけ――――」
ラキア国の暦書に曰く、建国から54年目、ダンジョンの発見から一年後、謎の爆発が起こる。爆発はダンジョンの内部で起こり、崩落。ダンジョンに入っていた者は全滅した。
今までに観測されていない現象であるため専門家も頭を抱えたが、最終的に最も深部まで潜っていた神官戦士と冒険者の混合チームが魔族と戦い勝利するも、最後の抵抗で魔族が自爆を選び巻き添えになったと結論付けた。
このダンジョン攻略により持ち帰れた宝は無く、素材も魔石も無い。損失しかなかった。この一件を気にラキア国では神殿勢力は一気に力を落とし、王侯貴族との極めて悪い状態になったという。
「しまったな……ララになんて説明しよう」
「だー!だー!」
『助言できることはありません。頑張ってください』
そんな中、最も利益を得た者は黄昏の鉱脈の一部を改造した部屋で、赤子を抱えながら貴族や神殿とは全く違う理由で頭を抱えていた。