99話 最後に分かれて、また明日
今回は二話同時投稿です。こっちは一話目。
地図にも載っていない小さな村に、セイの姿があった。
目の前には数十の墓がある。聞いていた通りだ。
「いたいた。やっぱ生きてたか」
「弱っている様だけど自信に満ちた顔色に変わりは無し。やっぱ可愛げのない餓鬼だな」
後ろからは知っている二つの声。【悪魔】のアデライトと【猫手】のシケ。
「そっちこそ。すごい爆発してたから死んだと思ってた」
「ばーか。俺たちがあの程度で死ぬか。ゴウキも死因は別だ」
「あの爆発はリリが動力源を暴走させたものだよ。もっとも補助に使っていた精霊たちが救世主たちに救助されたから不完全だったけど。暴竜、もっとしっかり封印しておいてくれよ」
「えー。あの短時間じゃあれが限界だよ。ハイディたちに年の功があったと諦めてくれ」
「しっかし、随分と弱くなったな、お前」
「さすがにね。貯金を全部失った気分だよ」
「使い果たしたの間違いだろ」
どうでもいい話にけらけらと笑うセイの横をアデライトは通り、ある墓の前に立つ。彼女はカバンから布を取り出し、墓石を綺麗にし始めた。
「……」
「……」
残されたセイとシケが手伝うことはない。悪魔とまで呼ばれた彼女が見せる倫理的な行動は余人が踏み込んではいけないことだと理解しているからだ。
セイは己の手を見つめる。正確には手を通して自分自身の状態を見る。
あの戦いでセイは魔力のほとんどを使い果たしてしまった。魔術の発動に使用する分だけでなく肉体を構築し魔術を発動するための魔術回路を構築している分までを含めてである。
会社で例えるならば即金を用意するために仕事道具や工場の機械を売り払ったようなものだ。客観的に見て勢いに身を任せすぎ。後先の事を考えていない愚行である。
もっとも、後先よりも大切な今を優先したのだから後悔はない。あの戦いは、全財産と知り合いたちからの信用を全て失っただけの価値はあった。
「よし、次」
アデライトは一つの墓の掃除を終えると、隣の墓も掃除をしだした。もしや全部掃除にするのだろうか。
手伝ったほうが良いだろうか。
「終わり」
結果的には手伝うことは無かった。彼女は真剣な顔で、他の何も目に入らないさまで掃除をしていたので声を掛けることが出来なかったのだ。
「お疲れ様。この村って貴方の故郷なの?」
「ああ。俺の親たちだ」
シケの方を振り向く。確か同郷だったはずだ。
「俺の生まれた村でもあるよ。すぐに近くの街に奉公に出たから、住んでた時間も短くて故郷って思いは無いけど」
見た目通りの歳を感じさせるおじさんの声で視線に応える。今更だが、彼からも殺気と呼べるものが消えていた。珍しい。それとも自分が知らなかっただけでこれも素なのだろうか。
「暴竜。いや、セイ。貴方に謝罪と感謝を。お陰で知りたいことが知れた」
「謝罪って、世界をひっくり返すって嘘をついたこと?」
「ああ。結果的にはそうなったが、それはどうでもいい事だった。あの号令で貴方を釣れたのが私の最大の幸運だ」
アデライトはどこか童女のように得意げに語る。
セイは周りを見渡す。普通の村だ。廃村になってから長いために荒れているが、普通の村だったと分かる。目の前の女性はどこかで教養を身に着ける暇もなかっただろう。
ならばこの礼儀正しい態度は、きっと彼女なりの敬意なのだろう。そう考えセイも姿勢を正す。
「……実は一つ疑問があるんだけど、聞いていもいい?」
「構わない」
「バミューダってヒナルラ国の王族にだけ封印を解けるらしいけどさ、あの子が条件を満たすにはもう片方、つまり貴方も王族じゃないと血の濃さが足りないと思うんだ」
「……」
言外の質問に、アデライトは黙秘を選択する。
いや、選択したのではない。恐らくは反射だ。隠す気はないが、恥をさらしたくないのだろう。
「……セイ。今ではヒナルラ公国と呼ばれているあの国は、つい最近までヒナルラ王国であり、長年一つの血族が王位についていた。その最後から一つ手前の王が革命で死んだのは聞いているか?」
「ああ。たしか沢山の女に手を出して子供を産ませまくったとか」
「そうだ。私もその子供の一人だったようだ」
「まじ?」
改めてアデライトをよく見る。レベルが高く能力値も高く闘気も強いと老化しにくい理由がてんこ盛りだが、それでもセイはその見た目と振る舞い、仕草から正確な年齢を割り出す。
そして再び首をかしげる。子供の一人だというのは本当だろうか。王様の方は肉体的には一般人並みだったらしいので、子供を作れる年齢ではないと思うのだが。
セイの気持ちを察したのか、アデライトも呆れたように苦笑する。
「気持ちは分かるよ。私も同じように思った。だからこそ、私はあの女の言葉が妄言だったのか、本当だったのかが知りたかったんだ」
「……なるほど。王族との間に子供を作って、血の濃い王族にしか反応しない封印を解かせることで証明したのか。よくやるなぁ」
よくやるというか、そのためだけにやったことの規模が大きすぎる。
適当な王族を誘拐して子供を作って、こっそり封印の遺跡に忍び込めばこれほどの事態にはならなかっただろうに。
(……口にしなかったけど、母親の人生を無茶苦茶にしたヒナルラ王国への復讐もあったのかな?)
癖のように話の空白を想像で埋めて、自制するように首を振って考えを振り払う。
合っているかもしれない。間違っているかもしれない。けれど合っていようと間違っていようと、口にしないことを事実として想像で埋めるのは良くないことだ。
気になる。けれど知らなくてもいいことなのだから、聞かないことにしよう。
幾億の命を散らしてでも自分の意思を貫いた彼女に対する、セイなりの敬意だ。
「ところで、暴竜。いや、セイ。おまえはこれで良かったのか?」
「ほえ?何が?」
「何がって……この決着だよ、結局お前はハイディたちを倒せず、力を使いつくすことも出来ず、あんな女を庇って、こうしておめおめと生きている。世界も荒れ果ててるし、こんなことで良かったのか?」
話も終わり緊張の糸が切れたアデライトは姿勢を崩し、率直に素朴な疑問を投げかける。
彼女が知る限り、暴竜と呼ばれた目の前の生き物はずっと闘争を求めていた。
より強い奴と戦いたい。自分の限界を試し、乗り越えたい。その果てに神々に挑み世界を滅ぼしかけた。神々さえもパンチングマシーンのように扱う行動は狂気としか言いようがないが、それ以上に、本当に滅ぼせたのにどうでもいいことで滅ぼすチャンスを逃したことに後悔がなさそうなのが疑問だった。
「そりゃもちろん、後悔なんてなくなったさ」
しかし目の前の生き物は、当然のように朗らかに微笑んだ。
「俺に前世の記憶があることは言ったよな。その最期がくだらなかったから、今生では満足のいく死に方をしたかったんだ。それが闘争の果て、自分より強い奴に自分の全部を出し切って討ち死に。
……そー思ってたんだけど、あんまり本音じゃなかったらしいんだよ」
「らしいって、自分の事なのに曖昧だな」
「自分の事だからな」
からからとセイは笑う。本当にすがすがしい笑みだ。
「俺の気持ちってさ、試験の日に事故って試験を受け損ねたようなもんなんだよ。だからもっかい、全力で勉強の成果を発揮させてくれーって気分だっただよ。ずっと。
でも今回は自分の意思で試験をぶっちした。ならいいんだよ。自分の意思だからでやったことだから」
土壇場にあんなことをするとは自分でも思ってなかったけどな、と続けて笑う。
しかしアデライトにはそもそも試験なるものがよくわからなかった。
「わからん。つまり?」
「うん、つまり……」
セイは立ち上がって両手を上げる。降参のポーズのようだが、実際は気分の高揚の表れだろう。
「前世の心残りをやりきった!大満足だ!!」
そう満面の笑みを浮かべるセイは、憎たらしいほど魅力的で、殴りたくなるほど満足そうだった。
「ところで、相談があるんだが」
「?なんかあるのか?」
「護衛を頼みたい」
「なんでまた。ああ、そういや弱くなってるんだっけか」
堂々とした態度に忘れていたが、今のセイは非常に弱い。冒険者の等級で言えばD級程度。
鍛えたスキルと超膨大な知識量で実際に戦えばもっと上だろうが、魔力量的にはそのくらい落ちぶれていた。
「そうなんだよ。せっかく生き残ったからには長生きしたいし、娘の成長も見守りたいし、やりたいこともいっぱいあるんだけど……その前に、騙してた友人たちに謝罪行脚がしたいんだ……けど、俺を殺したがってるやつらが結構いるんだ。
で、タイミたちはたぶん平気、俺に恩義があるから差し引きで許してくれるだろう。サンドラも押せば行ける。アーゼランは……激怒してるだろうけど、俺の知識と技術提供がないと前世の暮らしの完全再現って夢が遠のくから妥協してくれるだろう。たぶん」
アデライトは立ち上がり、セイに気が付かれないうちに距離を取る。
「カラザとロダンは万年生きる龍の基準で生きてるから誤魔化せる。俺が征服した国々も半分くらいは俺との話し合いに応じてくれるだろうから残りとぶつけ合えば何とかなる……んだけど、スイーピーあたりは危ないんだよね。あのサキュバスは俺が強かったから取引に応じてくれただけど、今の弱くなった俺だと気に入らないと殺されるかもしれない。トトキもマジ切れされると不味い。まあ俺が悪いんだけど。あと元部下たちも恨みを晴らそうと俺を殺しに来そうなやつらがそれなりにいる。
そんなわけで俺がもう一度生活基盤を作るまで護衛を……あれ?」
「大人しく殺されてこいよバーカ!」
最低な皮算用をしているセイを小突いて、アデライトは一瞬で彼方に消えていった。
ちょっとばかし友人たちの感情の隙間を縫って生き残ろうと画策したのが気に入らなかったようだ。
助ける求めるようにシケを見る。しかし彼も呆れたようにはははと笑い後を追って去った。
「まあいいか。どうとでもなるだろう」
重荷がなくなったセイは気楽に立ち上げり、悠々と次の夢を語る。
「久々にハナビたちに会いたいし、空島の行き方でも作るか」
前世の慟哭を晴らした青年は、次の夢に向かって歩き出した。