98話 執念とおやすみなさい
神の国では神々が歓喜の声を上げていた。
「世界の崩壊が止まったぞ!」
「スレイ殿に感謝を捧げよう!彼女は世界を救った英雄だ!」
「見てみろ!暴竜は真っ二つになり芋虫のように蠢くことしか出来ていない!今のうちに封印するんだ!」
世界滅亡まであと少しという想定していなかった突然の事態に慌てふためいたものの、解決してしまえば笑い話だ。ある神は感謝の祈りを捧げ、ある神は英霊の派遣を検討し、ある神は世界のシステムの被害状況を確認する。
あと五分で世界が滅ぶという瀬戸際だったが、何はともあれこれで解決したのだ。スレイを神に召し上げていたハイディの慧眼を称賛する余裕もある。
ある旧い神はそんな浮かれ切った神々を軽蔑する視線を向けているが、仕方のない事だ。この場にいる神々は人間から神に昇格した若い神々。神になったことで力と視点は上がっても、感性は人に近いものがあるのだ。
「みな、落ち着くのだ。命に代えて暴竜を止めたスレイ殿を称賛する気持ちは分かるが、まだ暴竜は生きているのだ。封印するまで油断しては――」
自分も浮かれていながらもそれを隠して指示を出すハイディの言葉をかき消すように、セイから膨大な魔力が吹き荒れた。
なんとかバミューダに不時着したセイだが、その傷は大きい。外傷は胴体を両断された程度だが、それだけでは説明できないほどに力が抜け、傷が治らない。
「馬鹿な、斬られた過去が、現在まで覆っているというのか……ッ!?」
なぜか治らない傷を無視して肉体操作で傷を修復ではなく復元で取り繕おうとするが、なぜかそれも切断された。
「剣術による過去改変、それも過去を確定させ現在を塗り替え……そんなことが出来るとは知らなかった……」
体から力が抜ける。
意識ははっきりとしている。記憶もはっきりとしている。だが不思議な事にもう一つ記憶がある気がする。この世界に転生してすぐに何かに切られたような気がしてきた。傷を隠して生きてきて、取り繕ってきた負担が一気に押し寄せてきたような気がする。
そんなわけはないのだが、そんな気がする。そして実際にセイが死ぬほどの傷を負っている。おそらくこれがスレイの切り札なのだろう。
(不味い。マジで死ぬ……いや、それもいいか?十分に全部出し切った。負けて終わるのは悔しいが、俺でも治せない傷はどうしようもない。力も抜ける。ならこれで満足して死ぬのも………………いや、いやだな。まだ出来ることはある)
セイの今生の指針は全力を出し切ることだ。何かに勝つことでも、達成したい目的があるわけでもない。ただ、積み上げたものを使いつくしたい。使いつくす前に死ぬのは嫌だ。
なら、まだ出来ることはある。
(俺はずっと戦っている。戦う前の事前準備も戦いに含めるならば誇張でも何でもない。誰と?もちろん、自分と、だ。闘争とは自分との戦い。自分が諦めず、まだ出来ることがある限り、あるはずだと思う限り俺は死ねない!
斬られた傷跡から逆算!空間属性と時間属性と闇と光と火と水と生命と。剣術だけでは無理でも、複数の属性の混合で再現してみせる!)
セイは魔力を感覚器官にして己の傷跡に触れる。使う魔術は過去視ならぬ過去探知。運命の逆算と言ってもいい。自分に死をもたらす何かを、自分の生を犯す何かを探し、跳ねのけるために。
(この過去の傷は今つけられたもの!ならば今、さらに上書きできないはずがない!)
多くの魔力を精密に操る。機械的に魔力を制御する魔術も併用して通常では干渉できないほどの微小の大きさの魔力まで正確に干渉する。『セイ』という魂が紡いできた歴史、運命。その始点を犯す切り傷。本来あるべき形とそれを犯す傷が分かれば、治療法がないはずがない。
跳ねのけるのにどれほどの魔力が必要で、残る自分の大きさがどれほど小さくなるだろうか。気にしなくていい。とりあえず生存は出来る。そう結論付けた。
しかし突然、謎の光がセイを押しつぶした。
「ガッーー!!!!」
【【【【ならぬ】】】】
同時に声が聞こえてくる。
詳細不明。咄嗟の事態に頭が追い付かない。しかし混乱しながらも解析を始める。光属性の攻撃。方向は上空。声は一つにも聞こえるし百人が同時に喋っているようにも聞こえる。
「この感覚は、神託か!?」
一言だけでも人に許容できないほどの膨大な情報量。そして攻撃の方向と性質を考えれば、すぐに答えは出る。
「光と法の神、ハイディか!邪魔をするな!!」
【【【早く死ぬがよい】】】
【【【【【【世界の敵よ、貴様は生きていてはならぬ】】】】】】
【【傷つけるのはよい、だが治す力はあってはならない】】
【【【【それは死者さえ蘇らせる力だ、身に着けてはならない】】】】
頭が割れそうだ。神と人は絶対的に性能が異なり、人を廃人にしないよう神託に込める情報量は制限を掛けている。しかしこれは明確な殺意の元、精神を破壊するために意図的に過剰な情報を込めている。
廃人になった程度では時間経過で治るが、今は不味い。恐らくはハイディ側も理解したうえで、セイを封印するまでの時間稼ぎのつもりだろう。
小癪な真似を。
だが、嬉しい攻撃でもある。
「ふふ、ふっふっふっふっふ。ははははは!ありがとよ!」
【【【???????】】】
【【【【【【なぜ笑う??】】】】】】
【【【【【なぜ礼を言う??】】】】】
【【気が狂ったか】】
光の束は物理的な重圧でセイを押しつぶしている。その力は非常に強く、バミューダの浮上を停止させそのうち甲板を貫くだろう。当然セイもぺしゃんこだ。物理的に潰されている。
しかしその顔に浮かんでいる感情は苦痛ではなく歓喜だった。
「俺はどうにも才能や天運ってのがないのようで、始めてのことは上手くいかないんだ。自信だって身につかない。
だけど神々がわざわざ止めに来るんなら、この考えで本当に治せるんだな!!」
【【【!!!!!!】】】
【【【【!!!!!!!】】】】】
【【【【【!!!!!!!!!!!】】】】】
セイの魔力がさらに己の肉体の深部に届く。その力は運命をさらに塗り替えた。
「あ、ああああ……」
「勝てない……」
救世主たちが膝をつく。眼前の人影が発する圧力に、神でありながら、神々しいと感じてしまう程の力の奔流に心が折れる。
「上手くいったか」
見た目だけなら変化していない。形は人型で、大きさも人並だ。しかし視線を向けられただけで体が震え、心がすくみ上る。
ただでさえ高かったランクが急激に上がり、現在はランク20。前代未聞の高さ。神々ですら観測したことはないが、神の国より地上を見つめるハイディはその魂の階梯を古の大魔王にすら匹敵すると直観的に理解した。
「こ、こんな奴を相手に、どうすれば……」
救世主たちは正真正銘この世界の切り札だ。神を受け入れるだけの器に神が宿った彼らは神の力とステータス補正を十全に受けた究極の戦士。これより上の力はハイディや旧い神が自滅覚悟で地上に降臨するしかない。
そしてこの手段をとればこの世界を維持する力を失うのでどのみち世界は滅びる。
「さて、神の国に攻め込もう」
打つ手がない。セイを止める手段を救世主たちは持たない。
新たな力を試す様に大気を揺らし、世界を切り取ったような透明な剣を握る姿に絶望を覚えながらも、見ていることしか出来ない。
セイは直上方向にある神の国へ続く扉を見つめる。地上からは見えなかったが、一定距離まで近づくと突然現れる空中の階段の先に扉がある。シャヌマーが言うには、たしか死後に神に召し上げられる以外で神の国に入れる数少ない扉の一つ、だっただろうか。
「どこまで倒せるかな」
静かに、けれどももう変わらない確固たる意志を込めて呟く。戦いとは人生、闘争とは生き方。世界の命運なんて興味が無い。正直神が相手でなくてもいい。友好を結んだ皆には、少しだけ申し訳なく思う。
けれどもそれ以上にセイは試したいのだ。今日までに積み上げた力がどれほどのものかを試したい。この世に生まれた自分の全力がどれほどのものか。たとえ敵わなくとも、倒せなくとも、何割削れるか。何パーセント倒せるかで自分の力を測りたい。
客観的に見て迷惑極まりない。異常者と言っていいだろう。実際にセイがこそっと誘ったものも、八大災禍のみんなも誰も賛同しなかった。
けれどやると決めた。自分の力を試したいという気持ちに他者の助力など移動以外は不要だ。
――ぐさり
「……ん?」
さあ、攻め込もう。そう踏み込んだ矢先、一本の矢が脇腹に突き刺さった。
救世主たちはもう全員が戦意を喪失している。ならば、誰が。
「諦めるな!!!」
声がする方を見る。そこにいたのは、救世主でも受肉した神でもない。無限光。ハイディの神官戦士。
正真正銘、強いだけの人間だった。
続けて二の矢が放たれる。強弓。あくまで人の範疇で、強弓だ。
しかし、その矢はセイの頭部に直撃し押し飛ばした。
「ぐっ……!」
「見ろ!確かに効いているぞ!」
先頭に立つ女性、確か無限光三派閥の一つ、回帰のリーダーが鬨の声をあげる。後ろの者たちも勢いづいたのか武技と魔術を繰り出し畳み掛ける。
飛ぶ斬撃が、うねる槍が、光の束が、丈夫な樹々が。本来ならば効くはずのない弱い攻撃、今のセイならば皮膚どころか身に纏う神気で防げる程度。
だというのに、なぜかセイに効いている。
「やっぱりだ!スレイ殿を相手にして無傷のはずがない!
やつは死に体だ!いまなら倒せるぞ!!」
虚勢だ。確信なんてない。しかしその言葉は事実を捉えていた。
「死ね!暴竜!!」
「邪神よりも邪悪な怪物め!私欲で世界を滅ぼすお前は生きてちゃいけない奴だ!」
「お前の思い通りにはさせない!」
無数の斬撃がセイに降り注ぐ。見えている斬撃が避けられない。感知できる魔術を防げない。たかが人間の、しかして英雄と呼ばれるに至った卓越した技量から繰り出される連携攻撃が着実にセイの命を削いでいく。
たまらずセイは一歩下がり、反撃の魔術を放つ。前方を平面でとらえ、一センチ単位の格子状に切り分ける。それぞれのマスを互い違いに【念動】の押し出す力と引き寄せる力を発動し、空間ごとぐちゃぐちゃにする。
二割は死んだ。しかし残りは闘気や結界で防いだ。
「攻撃の手を緩めるな!!今しか倒すチャンスは無いんだぞ!!」
隣の同胞がミンチにされようとも無限光たちは止まらない。前衛の肉壁たちが命を燃やしてセイを引き付け、後衛の鉄砲玉たちが魂を魔力に変換して最後の一撃を放とうとする。
今のセイには、十分な威力だ。セイも己を奮い立てるように怒気を飛ばす。
「舐めんな雑魚共が!!スレイからも生き延びた俺の首が、スレイ以外の者に取れるものか!!!」
怒声は物理的な衝撃波となり無限光たちを吹き飛ばす。たとえ今のセイが全力の一パーセントも出せない瀕死の状態であろうとも、たかが人間の最高峰ごときに負けるはずがない。
しかし、負けずとも死ぬのが人間だ。セイも反動で膝をついてしまう。
(ぐぅっ……十分……いや、せめて三分でも休めればこの程度の奴らに……っ!)
今ので何人か死んだ。しかし残った者たちの眼は死んでいない。狂気ともいえる使命感に突き動かせる彼らは、セイの命が燃え尽きる残り三分を戦い続けるだろう。
時間内に倒せるか、倒せないか。倒せるかもしれない。倒せたとして、その後に神々との戦いで使いたい体力は残らないだろう。
では、自分はどうするべきか。まだ死なない。しかし確実に死に向かっている。その場合の死因は過労死、もしくは頑張りすぎ死とでも言おうか。
では、逃げるべきか。いったん撤退して、魔力と気力を回復させるか。それもいいだろう。逃げ切るならば自信はある。だが、この先の人生で、今ほど気力が張り詰める戦いがあるだろうか。
いいや、ないだろう。ならば、自分がとるべき選択は一つ。
「この魔力の高鳴りは、まさかあいつ!?」
「最後の力で神の国に攻撃するつもりか!?神の扉を壊そうというのか!?」
彼らの想像は正論だ。神に召し上げられる以外で神の国に入れる数少ない入り口を破壊すれば、魔王軍残党や悪魔たちもハイディたちに襲撃を仕掛けやすくなり、この世界の破滅が加速する。
しかし、セイは世界の破滅とかは願っていないので勘違いだ。
(神の国なんて近場じゃ物足りない。もっと遠くへ、もっと先へ。俺が知る限り最も遠くて、最も離れた場所を狙えば、きっと一番遠くまで届くだろう。
ならば目標は、地球だ!!!)
セイの瞳が、この世界の誰にも捉えられない世界の外側に狙いを定めた時、上空の何かに罅が入った。
神の国への入り口から遠く離れた場所。人々が深淵回廊と呼ぶ場所で、最も豪華な衣を纏った戦神が悪魔と天使と戦いながら思わずといったようにつぶやいた。
「馬鹿な、まだ大魔王に開けられた大穴も塞がっていないのに、もう一つ穴が開くのか!?」
どこでもなくいつでもない場所で、二柱の大神が呆れたように口を開いた。
「なるほど。異世界人である彼は、この世界の外側の座標を体感で理解しているのか。不味いのでは?」
「うむ。実に不味い。我の張った結界は、内側からの攻撃など想定していない。全部砕けるかもしれない」
「そうか。今度こそこの世界も終わりかもしれないな」
「なあに。破壊の後に来る混沌と、そのさらに後に来る創造こそ我が本懐。我は祝福しよう」
「それは我も同じだ。我でさえ知らぬ未知に術が生まれる時が来るだろう」
「なに!なんなの!?」
「またハイディが何かやったのか!?」
「いやこの禍々しい魔力は、魔王が復活したのか!?」
「トトキ殿!?何か知りませんか!?」
「一つ……いや一人心当たりはあるけど……まじでやったのかあいつ」
アルケンシア大陸西部、東部のトトサワルモ地方の住人からは境界山脈と呼ばれる山々の向こう側のどこかで、神々しい者たちが慌てふためいている。何も知らないうちに世界が滅ぶほどの何かが起こっていると気が付いた彼らは困惑し、そして打つ手が無く、あっても間に合わないことに絶望した。
セイが力をためている。ランク20。古の大魔王に匹敵する魂の持ち主が命と引き換えに放つその大技は世界を覆う結界を破り、世界の外側で野心を滾らせている悪魔たちを引き込み、世界が地獄に塗り替わるだろう。
標的が神々程度には収まらないと気が付いて時にはもう遅い。
余波で放たれる斥力で誰も近づけない。もう止める手段はない。漆黒に光り輝くあの刀が降られると、この世界は終わる。笑うのはセイとごく一部の終焉主義者くらいだろう。
もう誰にも止められない。最後の一撃が放たれる。
「セイさん!こっちです!」
けれど、か弱い声がセイの耳に届いた。いや、きっとセイが拾い上げたのだろう。通常なら聞き流すが、その声の主に心当たりがあった。
そこにいたのはセイの知り合いでララによく似た女性。きっと今でも生きていればこうなっただろう、と不思議と感じる女性だ。
(ヴィクティ?そういやいたな。だがなんのつもりだ?お前程度に俺は止められないぞ?)
驚き、そして疑問が頭をよぎる。いまさら知り合いを殺すことに抵抗はない。というかおそらくこの戦いの余波で世界の大きな被害を出しているので何人かは死んでいるだろう。殺しているだろう。
なのでもしヴィクティが目の前に立ちふさがろうとも、躊躇わず殺す。いや、巻き添えで死ぬ位置にいても構わず攻撃する。どのような策であれ浅はかな考えだ。なにをしようとも、何をされてもセイは止まらない。
しかし何故か、ヴィクティはセイの目の前ではなくバミューダの端にいた。
「えいっ」
そして、なぜか飛び降りた。
「は?」
脳が理解を拒む。行動が理解できない。
ここは天空。地上から高さはおよそ二百キロ。全長数キロの龍神が悠々と飛ぶ人がいてはならない超常の領域。
当然落ちれば死ぬ。S級冒険者でもなければ万全の状態でも死ぬ。セイが知る限り、そこそこ強い程度のヴィクティなら間違いなく死ぬ。
自殺だ。飛び降り自殺だ。ではなぜ?そう考えながら、セイは無意識に走り出していた。
「ば、馬鹿?」
口から率直な感想が漏れる。そうだ。彼女の選択は馬鹿だ。自殺。それそのものも馬鹿げたことだが、この場で自殺することはさらに馬鹿げている。意味が分からない。
しかしセイは走り出す。ここは戦場だ。人が死んで殺されて。友人も戦友も相棒も敵も味方も死んでいく。殺すのも殺されるのも当然だ。
しかし。
「誰かに殺されるのも殺すのもいいけど、自殺で死ぬのはおかしいだろ!!!???」
咄嗟にセイも飛び降りる。ヴィクティを追って飛びおりる。滅亡剣は手放してしまったが気にしている場合ではない。
知り合いが自殺をしているのだ。意味が分からないが、意味が分からないなら自分の心に従って率直な行動をするべきだ。
天歩で空を蹴飛ばし距離を詰める。あと少しだ。
「いまだ!!!!!!」
後方から、上空から声が聞こえる。いまだ、と聞こえた。
おそらく、敵に攻撃を仕掛ける号令の合図だ。
(は?)
咄嗟に振り向き、その姿を認めて混乱する。
なぜ?罠?どこから?
疑問に思いながらも即座に矢の軌道を計算する。超高速で空回りをしながらも、そのくらいは出来る。大丈夫、あの軌道なら自分には当たらない。
そうあの軌道なら、自分ではなく標的はヴィクティで――。
「ちぃっ!」
咄嗟にヴィクティを身を挺して庇う。理由は分からない。だがヴィクティが攻撃されている。知り合いが殺されそうになっている。ならば頑丈な自分が傷を負担したほうが良い。
ずくん。矢に塗られた薬品がセイの体に回る。通常の毒なら効かない。しかし異常はすぐに表れた。
魔力が鈍り、闘気が弱まる。セイはこの毒を知っていた。
(馬鹿な!これは調和水に混沌湯!?魔力封じに闘気殺しの毒薬!こんな高度なものを一体どこから!?)
毒矢がセイに降り注ぐ。いや、正確にはヴィクティに降り注ぎ、彼女を庇うセイに全発命中する。
「くそがっ!」
セイは肉体の形状と密度を粘土のように操作し、毒が流れる部位を全て切り離す。矮小化した肉体で切り離した部位を蹴り飛ばし、弓兵たちを粉砕する。出来た。しかしもう時間が無い。
ヴィクティは気を失っている。この高さはセイでも危ない。魔力を闘気を回し、落下の衝撃に備える。
「まさか、本当に上手くいくとはな……行くぞ!まだ他の八大災禍が残っている!」
失った魔力と闘気を埋め合わせるように五感が拡張され、聞こえないはずの距離の声が聞こえてくる。
その全てを守りに替え、ヴィクティを抱きかかえたまま、隕石のように着弾した。
着弾地点にはクレーターが出来ていた。中心には黒ずんだ肉の塊と、綺麗な色で人の形を保った生者の姿があった。
「げはっ……おいくそ馬鹿……起きてんだろ…………いったい、なんのつもりで……」
「……にへへ」
黒ずんだ肉塊ことセイがかすれた声で問いかける。死にかけ、消滅寸前とは思えないほどの殺意。
しかし対するヴィクティは全く怖がらず、勝ち誇った顔で告げた。
「なんとか言えよ、あ”あ”?」
「すごんでも無駄ですよ。私は知っていましたからね」
「はあ!?」
「あなたは怖い人だけど、同時にとっても優しい人です。目の前で自殺したら、絶対助けるって、信じてました!」
晴れ渡った青空のように素敵な笑顔で、自信満々にヴィクティは告げる。
「……がくっ」
「おい、寝るな……おいっ」
気絶した。
「…………」
なにか自分でも知らないものを見透かされたような、不快な、けれど同時に不快でもない相反する不思議な気持ちだ。最後の駄々をこねるように不機嫌な顔で上空を見る。
この距離では、こう再参戦は出来ないだろう。
「…………………………あーあ。ここまでかぁ」
納得がいかないような声で。もしくは納得している本音を隠すような声で。
上空で大爆発するバミューダを見つめながら、セイはようやく眠りについた。
終戦。
来週エピローグを投稿して完結です。
ちなみに二つの毒薬を調合したのはソフィアです。ハナビの世話をしてくれている女性。天空の島の騎士団とハイディ教の神官戦士たちは同じく世界の平和と秩序の維持を良しとしているため多少の協力関係にあり、ソフィアが調合したものが回りまわった無限光の下に届きました。
セイはハナビの面倒を直接見ずに押し付けている罪悪感から距離を取っていたから知る機会が無かった。
この辺も書きたかったけど書くスペースが無いのでここに書いておきます。