95話 立ちふさがる救世主たち
「消え去れ!新たな魔王たちよ!」
「ハイディの世界に貴様らは不要だ」
セイの邪眼による空間圧縮を素の肉体性能で耐えた救世主が二人ほど空中戦艦に接近する。背中から神々しい無色透明だがうっすらと蒼いオーラを発する羽を生やした彼らは握った剣に同じく神々しい魔力を纏わせる。
「「【死罪浄剣】!」」
全く同時に放たれる斬撃には驚くほどの魔力が込められている。数値にすれば一万ほど。一流の魔術師の全魔力に匹敵するその魔力量を一撃に込め、かつ息一つ乱さないなど常識的に考えてありえない。
彼らが剣士であることを踏まえるとS級冒険者に匹敵するくらいしか思い当たらない。
しかしそれは、彼らを人間とした見た場合だ。
「ふんっ!」
「【盾よ、ここに】」
ランク8程度の魔物ならば一撃で葬る武技を砕いたのは、ただの剣の風圧と魔力の盾。同じく人型だが、とても人間とは言えない者たち。
「やはりいたか!八大災禍の【鬼武者】のゴウキと……」
「【救護騎士】のミレイユだな。優先順位は低いが放置は出来ない。ここで確実に倒すぞ」
「ああ!」
「「【神化】!!!」」
おそらく羽の魔力は神がかった魔力制御でもなお漏れ出ていたごく少量だったのだろう。そう思う程の圧倒的な神々しい輝きの魔力が青年たちを包む。
輝きは収まらず青年たちに纏わりつき、圧倒的なオーラを放つ。羽がより可視化され、それぞれの頭上には赤と青の輪が浮かんでいる。その圧力に相対するだけで足がすくみ思わず首を垂れそうになる。
「最後に戦う相手が神の人形たちとは。亡き戦神ザザザンに感謝しなければな。【鬼武者】のゴウキ、参る!!!!」
しかしこの場に居るのは。彼らがわざわざ出張ってくるほどの行いをするほどの悪人。脚がすくむどころか戦意を過去最高にまで高め獰猛に嗤う。
全身の皮膚と目の瞳孔が赤く染まり、巨大な角と牙が生えてくる。さらに全身が巨大化し、あふれ出る赤い魔力を吸って愛刀が棍棒のように肥大化する。それどころか、魔力が物質と化しまるで武者のように鎧が全身を包む。
この姿こそ彼が【鬼武者】と呼ばれるようになった所以。鬼族の原種返りである彼は本気を出すと理性を失い、鬼族の始祖と同等の力を手にする。家族が出来て愛を知ってからは使わなくなり、魔族の一種として駆除された時に、最後にもう一度だけ使うと決めた禁断の力だ。
「我が闘志よ、燃え上れ!死ぬがいいハイディの眷属共!!【鬼神殺し】!!」
足に纏った魔力で空中を踏みしめ、殴りかかる。鬼の始祖さえ殺すほどの暴力が救世主たちの斬撃と打ち合い、轟音と衝撃波が空中戦艦バミューダを揺らす。
「【巨大空母】が生きていたら押し付けるのになぁ……私みたいな救護騎士に戦いは職務外なんだけど、最後だし手伝ってあげますか」
常人ならば余波で宙を舞う瓦礫と共に吹き飛ばされる環境で、ミレイユも同じく剣を構えた。
【救護騎士】のミレイユ。無神論者として各地の神殿を破壊して回る悪名高い女性だが、他の【八大災禍】と見比べると見落とりするのも確かだ。
【鬼武者】の様な復讐者ではないし、【森神】のようにこの世界に寝返った元魔王軍の邪神でもないし、【悪軍師】のような野心家でもないし、【猫手】の様な忠義者ではないし、【巨大空母】の様な慈悲深さもないし、【暴竜】の様な武人でもないし、【悪魔】のような嘘つきでもない。
強いて言えば政治家、もしくは活動家だろうか。故郷の腐敗した教会が許せず戦っていたら、他の場所でも腐敗していることを知り、いつの間にか災害と呼ばれるようになっていた。
その経歴上、あくまで人間社会の、人間の悪事が許せず人間と戦う者。実在する神々と戦う理由は【救護騎士】のミレイユには無いのだ。
「神の国でさえ安全ではないとみんなが分かれば、もっと必死になってくれるだろうしね。【鬼武者】!援護しよう!あと七日は死ねると思うなよ!」
しかし、ただの街娘から災害の一人にまで至った彼女の行動力と倫理観は常人に理解できるものではない。
神の僕を名乗りながら神を愚弄する悪人を許せない彼女は刃は、神を名乗りながら神として堕落した神にさえも向けられた。
「アデライト、まだ逃げないのか?目的は既に達したのだろう?」
「ああ。皆を扇動した責任があるからな。せめてあいつらを半分は削っとく」
「見つけたぞ!あの女が首魁だ!」
「船ごと落ちろ!【大渦落とし】!!」
「空の窓よ、開け。【極大光豪雨】!!」
セイが打ち漏らした救世主たちが【悪魔】のアデライトと【猫手】のシケに奇襲をかける。まるで海が空中に浮かんでいる様な圧倒的な水量が渦を成して襲い掛かる魔術と、ハイディの力の一端を召喚して物理的な破壊力を伴うレーザーを雨のように降らす魔術。どちらの人間社会で言う神話級の魔術であり、この空中戦艦バミューダを一撃で破壊して余りある力を秘めている。もし回避しても最低でも地上の国一つ分の範囲を粉砕するだろう。
もちろん、人間が生き残れるはずがないほどの圧倒的な魔術だ。
しかし、相手にしているのはセイがリーダーとして認めた女傑。優れているのはその精神性だけではない。
「シケ、手伝えよ」
「当然!」
「【虚脱】」
「【猫の手】!」
アデライトの手の平に黒い靄が形成され、シケが手を添えると一気に肥大化する。その体積は指向性を制御しなければバミューダを覆う程だ。
大渦と光の雨が黒い靄と接触すると、救世主たちの魔術は溶けるように消滅した。
「馬鹿な!?あの力は!」
「くっ、【虚飾】の悪魔と【虚栄】の悪魔を取り込み制御しているとは聞いていたが……」
「予想の中で最も悪い。あれは部位移植者どころではない。全身移植かつ完全制御だ」
「思ったよりも強いな。さすがは救世主」
「じゃ、俺も本気でアシストしますよ。アデライトも本気でやってよな」
「そのまま倒せよ。倒せるだろ」
【猫手】のシケ。彼は元々は大きな商店で働く丁稚の一人だった。体も小さく頭も悪い彼だったが、人の機敏には敏感だった。
誰かが苛立っている。何かがうまくいっていないのだ。それは何だろう。そう考え始めると止まらず、一緒に解決する。誰かのアシストをするときが一番輝く少年だった。当時の会長からは勇者の言葉を引用し「まるで猫の手だ。一人前には足りないがいると何らかの役に立つ」と言葉を授かったこともある。
それなりに順調な人生を送っていた彼だったが、ある日、魔物の大氾濫に巻き込まれて商店が無くなってしまった。運よく他の街に売り込みに出かけていたため生き残った彼は「あの魔物に殺された商会の生き残り」だという評判が付いて回り、その重さに少しづつ歯車が狂い、いつの間には酒の量が増え、誰かの悪評を好む破落戸に落ちぶれていた。
しかし、同郷の友人だったアデライトと再開したことでチンピラから神の反逆者に運命が変わってしまった。
「【次元刀生成】」
「知りたいことがあるんだ。手伝ってくれ」。その言葉に従い、アデライトの腹心として悪名を重ね、ついにはこうして救世主と戦う程の悪人だ。しかしその生涯に後悔は無い。
誰かのために働く時、彼は最も幸福を感じる人間だった。たとえそれが悪人であろうとも。
「【九重刻み】」
空間を切り取ったような透明な刀を振るうと、同じように空間が切り取られ、救世主たちでさえもたいして抵抗できず即死した。
【猫手】のシケ。彼はその異名と性格に反し、直接的な戦闘能力は補助魔術以上に高かった。
「あれが救世主。神をその身に降ろせる聖人たち、か。やはり人間ではなく神の一種……いや、御使いや英霊の一種と言うべきでしょうか。肉体がある分、制限時間も無い。強敵ですね」
空中戦艦バミューダを一人で動かしながら、合間に砲撃をしつつ【悪軍師】のリリが考察する。
「たしかセイが言うには……神々は肉体を持たないから地上で活動する際は常時魔力を消費し続けてしまうため、多くの場合は自分の信徒に御使いを通じて知識や力を渡すことで干渉している。渡せる知識の精度や力の大きさは信徒の精神性に依存し、神々とどの程度同調出来るかによる。これらの課題を完全に克服し、人格のある御使いや英霊と完璧に同調し、力と知識を丸ごと受け継ぎ、寿命さえも克服した神に最も近い人間。それが救世主……だったかしら。彼も情報が少ないから断言できないって言っていたけど、あの魔力の神々しさからしておおよそ当たっている仮定しましょう。
なら、討伐方法も暫定的には正しいと考えていいのでしょう。肉体を破壊し、内部の神性存在を開放すれば、勝手に神の国に送還される、はず!」
人間に憑依した神。神と一つの肉体を共存する人間。それが救世主。
それを理解した上でリリも全く臆さずにバミューダの砲門を動かし続ける。
国を滅ぼし、世界を滅ぼしたかと思えば、並行して国を作り、未来を創る奇行を行うセイを見て頭を抱えながらも、セイの意図をくみ取り尽くす彼女の思いは今は亡き姉のララにも匹敵するほど大きい。
愛する人の愛する人も愛したい。その気持ちだけで神々と戦う戦場にも参加する彼女は、間違いなく常軌を逸した狂人であり、災害だった。
羽化する【森神】をサポートする形で生き残りながら、確かにバミューダを神の国へと近づけていた。
「あっはっはっはっはっはっは!!!!!!!どいつもこいつも歯ごたえがあっていいなあ!!!」
どこでも神話の如き戦いを繰り広げているが、テンション高く暴れているセイも同様だった。
今まで戦ってきた神のようだと称えられる者たちとは違う。相手は正真正銘の神々。人間の体を使っているため厳密に言えば神そのものではないが……魔王との戦いでの反省を生かして採用された神を完全にその身に降ろせる救世主たちの力は、神だけの時よりも強力なのだ。
「俺も本気でやろう!!【変身】!!!」
即座に本気を出すことを決めた。この世界の最高神である光と法の神ハイディとの戦いをメインディッシュと考えているが、この前菜たちも決して蔑ろには出来ない。コース料理とは全てが揃ってコースなのだと考えるように、目の前の下級神ごときであっても本気で相手をしなければならない。
セイは地球に居た頃は人間だったが、この世界に転生してからは違う。種族はダンジョンコア、つまりは形を自由自在に変えらえれる固体であり、多種多様な生体情報を取り込んだ怪物。
人型をベースにしながらも、額には三つ目の瞳が開かれ、背中からは虚空から無数の手が伸び、体表には鱗が浮かび上がり、よく見ると眼球が複眼のように変化する。
人間はそもそも戦闘用の生き物ではない。皮は薄く、骨は脆く、臓器は邪魔で、肉は柔らかいし肺は煩わしい。ゆえに人型生命として培ったあらゆる技術を活かせつ形でありながら、今まで取り込んだあらゆる情報を全て使い肉体を変質させたのだ。
「なんという異形!あれ、かっこいい……?」
「えっ?」
「……そうか、精神干渉だ!みんな、奴を見るな!見られることを条件に発動する魔術を使っているぞ!」
正解だ。体表に浮かぶ紋様な見る者の精神を蝕み、己の認識に疑問を覚えさせる。「私は今、本当に正しいことをしているのか」という疑問を無限に沸き上がらせることで個々人の調子を崩し、本調子にさせなくさせる。
卑怯とは思わない。身に着けたありとあらゆるものを使って挑んでこそ意味がある。
「極伝……【爆拳】!!!」
使う技はいきなり最大の大技。極伝。世界を揺らして生まれた魔力を制御し、拳に集め、一気に解き放った。その威力は救世主どころか後方の二万メートル級の山を破壊した。
相手は文字通りの意味で神の領域にいる存在だ。しかし最下級の邪悪な神に匹敵するランク13の魔物すら瞬殺するのが今のセイだ。たかが神の領域にいるだけならば今のセイを止められる道理はない。
「セイさん!もう止めてくださ……きゃ!」
「下がってなさい!会話なんて役立つはずがない!」
奥の方でヴィクティの声がするが、気にせず連射する。ここは戦場だ。相手側に友人がいることも十分にありえることであり、いちいち気にしてなどいられない。
「もういっ――」
刹那、何かを察知した。
即座に他のみんなの座標をずらす。
みんなには当たらず、しかし何かがセイを切り裂いた。
そう、切り裂いた。最も戦闘用に調整した自慢の肉体が斬り裂かれた。今のこの世界でも最も剣術に秀でているセイでさえ切り裂くことは苦労するこの肉体が、あっさりと。
そんなことが出来るものは、一人しかいない。
視線を向けると上空。神の国への扉に立ちふさがる一つの影。
その姿は天使か神か。人型だが、人ではないなにか。
「やはり神になっていたか!スレイ!!」
「師匠に向かってその口の利き方は何ですか、セイ」
スレイ。【次元切り】のスレイ。
死んだはずのセイの師匠が、神の国の扉の前に立ちふさがっていた。