94話 立ちふさがる最後の敵たち
大変なことが起こっている。
世界の王を名乗り本当に世界を征服してしまった覇王、【暴竜】のセイ。そのまま素晴らしい統治を続けてくれればよかったのだが、全てを放り出したことでトトサワルモ地方全土が混乱しているのだ。
ある場所では内乱が、ある場所では略奪が、ある場所では暴動が。セイとクロナミ国からの支援が来なくなったことでシティコアの調整が出来なくなり、軍事力を放棄させられていたことも合わさって外敵への備えが無い。いち早く戦争を選んだ勢力が最も得をする状況なのだ。
連絡手段に輸送網すらクロナミ国に依存させれらていた国々は救援を要請することも、疑問を投げかけることも出来ない。今自分たちは誰に襲われ、誰と戦っているかも分からないほどだ。
「暴竜がここまで危険な怪物だったとは。私も判断を誤ったか」
その知らせを受けたハイディ神聖国教皇、ジグラッドはそう嘆いた。
彼の目的はただ一つ。ハイディの威光を世界中に広めることだ。そのために世界中に教会を作り、そのために国々に神聖騎士を派遣していた。新しい勢力を排除するのもその一環だ。
故に暴竜が暴れだした時も奉じる神の違いから争うことは想定していたが、神聖騎士を最も輩出しているライド国が滅ぼされた時点で講和に動いていた。
元より俗世間の統治と宗教的な勢力は力関係こそあれど両立できる。
暴竜がコククロやシャヌマといった学術的な神々を奉じている一方でハイディやヴィーナのような他の大神をないがしろにはしていない。それどころか神話に記述が無い、おそらくは実在しない神々を奉じる民族にも寛容を示していたことから平和的な落としどころがあると考え、傘下に入ることを選んだ。
これはハイディの考えとは異なる。ジグラットは教皇の条件である【ハイディの加護】を授かっていないにも関わらず教皇になった政治力の傑物であり、ハイディの信徒としては失格の面もある。
暴竜の傘下に入ったのも現実的なあくまでその方が理が大きいという政治的な考えだ。実際にベルゼラード帝国からの襲撃から生き残れたので、傘下に入った判断は間違いではなかったのだろう。信仰を捨てる必要もなかったので国民や周辺諸国の信徒たちからの不満も少なかった。
しかし、一か月も経たずに全ての計算の土台が崩れてしまった。
「同胞たちに向ける顔がない。敬虔な信徒らしく修道院にでも入るか」
「教皇陛下、そう悔やまないで下され。あの悪魔が我々の知る前例の全てを超えていたのです。歴代の教皇陛下たちでも、きっと同じことだったでしょう」
ハイディ神聖国の最高機密を扱う会議室に集まった者たちは、全員が深刻そうな顔をしていた。
ジグラットの他には、ジグラットに次ぐ三人の権力者である枢機卿。十七ある神聖騎士団の長であるカイライン、天使を扱うマルニアス魔術師長、無限光を束ねる総隊長コンスティンなどなど。有力者たちが今までは対立していたが未曽有の危機に全ての垣根を乗り越えて一致団結していた。
「とにかく、今は同胞たちが安心できる避難場所の確保が最優先です。同胞はこのトトサワルモ地方全土に居るのですから、戦乱を望まないものたちと手を取り合うべきです」
「その通りだ。だが我がハイディ神聖国は領土が狭い。……悔しいが、暴竜が残したシティコアを使おう」
有力者たちのざわめきが大きくなった。
「正気ですか!?この期に及んであの悪魔の遺物を使うなど!」
「正気も正気だ。今最も優先すべきは同胞たちを保護。そしてそのための土地だ。マルニアス、あれはダンジョンコアを加工して出来た物らしいな。解析はどの程度進んでいる?」
「……大変申し訳ありませんが、解析できたことはあまりありません。あれは、私の学んだ技術系統とは全く異なるものです。ただ…………」
「お前でも分からないなら誰もに分からん。聞こう」
「……おそらくは、全て同一の素材から作られていると思われます。複数のシティコアをくっつけると合体し、機能が向上することが確認されています。原理が分からないので、何らかの副作用があることは否定しきれません」
「分かった。危険性はあるが現状維持では衰退するだけだ。私たちが差し向けた無限光が暴竜たちを止められるかも分からない。周辺諸国に協力を要請し、最も国土が大きいバーダック王国を避難場所にしよう。暫定的な避難場所に連絡を取れ。行動開始だ」
ジグラットの命を受け、各々が動き出した。その中で一人、腰を上げる前に愚痴を呟いた。。
「困ったものですね。ハイディが救世主たちを動かしていただければ、心強いのですが……」
「同感だが期待するべきではないだろう。そもそも神の考えなど我ら人の身には及ばない。深淵回廊から人界に移動させたと思ったらすぐに戻したのだ。てっきり暴竜の危険性を鑑みて直接討伐しに来たのだと思ったが……ハイディが暴竜の危険性を見誤ったのでない限り理由が想像もつかない」
「神を全てを見ているのですから、それはないでしょう……ん?なんですあれは?飛行船?」
視界の先で何かが空に浮かんでいる。一瞬魔物にも見えたが、形状から否定する。
あれは何なのか。その答えを出す前に、船から謎の光の球体が発生、複数のビームになり地上に放たれた。
即座に計算し、ジグラットたちは顔を青ざめる。着弾地点は、同胞たちの避難場所だ。
「何やってんだ?」
「神々は信徒の祈りを通じて情報を入手している。これは自動的に入って来るそうだ。ならば人間たちを混乱させておけば神々にも少しは精神的な攻撃が入る。少しでもやっておいた方がいい」
「ふーん。真面目だな」
上空二万メートル。空中戦艦バミューダの甲板でセイはアデライトは談笑しながら地上にビームを放ち続ける。
光属性攻撃魔術【光破砲】。同系統の魔術の中では最も物理的な破壊力が低いが、代わりに最も速く、最も遠くまで飛ぶ性質を持つ。空気中の余剰魔力で適当に連射しているだけだがセイが使えば地上の戦争と街が一撃で消し飛ぶ。
事実として一発ごとに経験値が入ってくる。何かを殺した証だ。多少罪悪感が湧くが、もうすぐ起こる一大決戦の前には些細なことだ。
生涯最大の決戦は、万全の準備で挑まなければ。
「では、地上で暴れる担当もいたほうが良いな。【暴竜】、【悪魔】。儂は降りよう」
後ろから声をかけて来たのは、小さな少女だ。見た目では十代前半。緑色の髪と瞳をしている。
「長老、いいのかい?あんたは誰よりもハイディを殺したがっていたが」
「口惜しいとも。だが、この体はあまり強くない。地上こそ最も儂が根付いた場所。お前たちが暴れてハイディたちを地上まで押しやってくれ」
「そうか、ならここから【森神】の本気を見物していよう。じゃあな」
そういうと少女は植物が枯れるように萎びていき、最後には木像になった。
「なんだなんだ!?長老が本気を見せてくれるのか!?」
「【猫手】、お前も気になるのか」
船内に続く扉が開き大柄なおじさんが出てきたが、すぐに地上から響く轟音に視線を向ける。
眼下には広大な地上が広がっている。人間はおろか巨人であっても豆粒より小さく見えるほどだ。
そんな中で、突如地面が、いや木々が盛り上がり、スケールがおかしなものが出て来た。
ある一点を中心に、ありとあらゆる植物たちが急成長している。異常な速さと規模で成長して絡み合い、肥大化し、木造が出来上がる。木彫りのゴーレムは人間の魔術でもたまにあるが、今回は規模が異常だ。高さだけで空中戦艦バミューダの位置にまで匹敵し、今なお成長を続けている。誰かが止めなければ宇宙まで届くかもしれない。
大地の栄養全てを使い潰して。
「デカすぎだろ」
「正義に目覚めた魔王軍残党ってみんなこれくらいできるのかね」
話には聞いていたが、想像以上の規模に全員があきれ返る。しかし養分を強制的に吸収し大地を殺す木像の巨人の姿に、これなら神の国にたどり着くまでの時間稼ぎにはなるだろうと考える。
しかし、視界の端に移った無数の人影にその考えを放棄した。
「やっぱ邪魔しに来たか。お前ら!本番の前に邪魔な雑魚共を蹴散らすぞ!」
標高一万五千メートルの様の山頂から飛行系の魔物に乗って誰かがこちらにやってくる。全員が武装しており、殺気立っている。敵だろう。
身に着けている武装からハイディ教の神官騎士だと分かる。
「無限光、やっぱ邪魔しに来たか。もう少し削っておけばよかった」
「おっ!見てみろよ!救世主まで千人くらい混ざってるぞ!」
「……そうみたいだな。全員撤退したと聞いていたが、こりゃ情報戦で負けたか?それとも純粋な脚力で戻ってきたか……ん、あれ?」
約二千人の敵影に戦意を滾らせていると、一人知っている人がいた。
「あれは……ヴィクティ?なんでここに?」
ヴィクティ。賭博の国で知り合いった、ララによく似た女性だ。一年ほど離れていたらいなくなっていたが、無限光に入ったのだろうか。
「なんだ、知り合いがいたのか。そいつは俺が殺そうか?」
「ふっ、いらない気遣いだ」
しかしセイの戦意が萎えることは無い。どうでもよくはないが、今は無視できることだ。
「誰であろうと、立ちふさがる者は殺す!」
爛々と輝く瞳で邪眼を発動し、先手を取った。