93話 最後の戦争
「一体何を考えているのですかあなたは!」
クロナミ国中央政府でサンドラがセイに詰め寄っていた。その形相は怒りと困惑に満ちている。割合で言えば困惑の方が強いが、折角の根回しが台無しになったことへの怒りも大きい。
「まあまあ落ち着いてくれ、サンドラ。ばれたくないから黙っていたけど予定通りなんだ」
「落ち着けるわけないでしょう!?既に世界中で反乱が起きています!特に元セイ様直属の部下たちが独自に挙兵、団長たちも同士討ちを始めていてもう手が付けられません!」
「はっはっは。元気だよなあいつら」
「笑ってんじゃないですよ!私は本気で起こっているんですからね!?」
キレ散らかしているサンドラに詰められてもセイは余裕の態度を崩さない。当然だ。切れるだろうと予想して、予想通りの反応をされているだけなのだから。
言葉にしたらもっとキレるだろうから言わないが。
「ほらそこ!タイミさん達も手伝ってください!ちゃんと説明してもらわないと私は納得できな……まさか、あなた達は知っていたんですか!?」
「まあ……何となく予想はしていました」
「なんで言ってくれなかったんですか!!!」
「何となく察していただけですし……何より本当にこんなことをするとは思っていなかったので」
「それは……そう、ですが…………セ、セレーナ。もしかしてあなたも……」
「まあ、はい。具体的な時期までは分かっていませんでしたが、世界征服に関心が希薄な態度から何となくは」
「あ、あああ、ああ、あ……――」
比較的冷静にタイミが言葉を返す。今この部屋には主要メンバーが全員いるが、発狂しているのはサンドラだけだ。他の面子は頭が痛そうな顔をしているだけで、事実を事実として受け止めている。
最も、既に誘拐して来た人たちは祖国に送り返したのでタイミにセレーナ、サンドラに獣人たちくらいしかいないのだが。
「それで、セイ様。セイ様はどうして世界征服なんて始めたんですか?サンドラちゃんじゃないですけど私も気になっています」
「ただの暇つぶしだよ。ほんとほんと」
「……それじゃ分かりません。誤魔化さないでください」
「待った、セレーナ。杖を下げてくれ。誤魔化してるわけじゃないんだ。あと……三日くらいは言えるようになるから」
「でも今日中には出ていくんですよね」
「まあそうだね。でもあと三日で分かるから」
セレーナの目に宿る疑心が強くなる。元より裏があるとは理解していた。だからこそ対策としてセイを殺せるだけの力を蓄えようとしていたのだ。
しかしそれも手遅れだ。時間切れ。既にセイは引継ぎの書類を作り終え、今にも立ち去ろうとしている。打つ手がない。時間が足りない。
そして何より、共に過ごした時間が「この薄っぺらい笑顔を作っている時は何を言っても無駄」と理解していた。
「じゃあそういうわけだから。タイミ、皆。後のことは任せたよ」
「ええ、もちろんです。私たちは貴方に救われた身。永遠の留守番くらいは引き受けましょう」
「ありがと、迷惑を掛けるね」
「ええ、本当に」
忠誠心が高いタイミですら呆れ顔だが、それも当然だろう。何も説明しないなんて、この四年間で芽生えた絆は一方的だったのかと思ってもおかしくない。
しかしまだ説明するわけにはいかないのだ。どこから情報が洩れるか分からないのだから。
「じゃあな、皆。一週間後も生きていればまた会おう」
そういって最後の分割体は静かに自壊した。
場所は離れてトトサワルモ地方のある場所で、死体の山が出来ていた。
「どうか落ち着いてください、トラスト様!」
「今はセイ様に確認を取っています!きっと誤報かご乱心に違いありません!ひとまずはお静まりを!!」
「腑抜けたことを抜かしていると死ぬだけだぞ。死にたくなければ儂を殺して見せろ!!――ぬっ」
「止まれボケカスジジイ!!」
「それ以上は殺させない!!」
大気を切り裂き摩擦で火炎を起こす斬撃を、二人の英雄が防ぐ。既に数百人の部下が殺されたが、まだ半数だけでも救うために。
「ロットン、それにリーメール!早速お前たちほどの強者と戦えるとは!セイ様は素晴らしい英雄にして統治者だったが……仲間同士の命の取り合いだけは固く禁じていたことだけは不満だったのだ。ああ、世界征服が達成されれば裏切るつもりだったが、こうも儂に都合よく物事が運ぶとは、素晴らしい幸運じゃ!!」
「ふざけたことを抜かすなボケジジイ!お前みたいな狂人を封じられるからこそ、俺はセイ様に首を垂れたのだ。今更好き勝手なことをさせるものか!」
「全ては命はセイ様のもの。勝手な殺しはセイ様の財産を盗むに等しい。死をもって償え!!」
三者三様に独自の理由で剣を抜く。万物を切り裂く剣と、万象を受け流す槍、そして全てを飲み込む財宝の守護者がぶつかり合い、周囲の地形を塗り替える激戦を始めた。
セイが押さえつけていた強者の個が解き放たれ、トトサワルモ地方に混沌が広がっていた。
「陛下!どうかご再考を!」
「今はあの国に攻め込んでいる場合ではありませぬ!」
再び場所が変わり、ある国では国王が臣下たちを睥睨していた。
「既に命は出した。兵をかき集め、隣国を征服する」
「無茶です!今の我が国にそのような力はありません!」
「それに、今は暴竜の真意を探るのを優先すべきかと!」
臣下たちは必死に訴える。目の前の王は賢者ではないが、愚者でもない。必死に言葉を尽くせば愚行に及ばないはずだと、そう信じて訴える。
「そうか……分かった」
「分かってくださったのですね!?」
「ああ……よく分かった」
「よ、よかったぁ……」
「お前たちは、あの国が我が国にした仕打ちを、忘れてしまったのだな」
返答に体が凍り付く。そして理解する。目の前の王は、既に賢者でも愚者でもない。
怨念に取り憑かれた怪物なのだ。
「暴竜は征服した国を操り、他国に遠征させる。それは理解できる。あの国が我が国に攻めてきたのは暴竜の命令で、結果我が国が負けたのは我の落ち度だ。我の無力さを恨むことはあっても、あの国を恨みはしない。お前たちもそう考えているのだろう
だが、どさくさに紛れて我が国の臣民たちを攫ったことはどういうことだ!暴竜も禁じていたことだろう!」
国王の言葉に臣下たちは言葉に詰まる。よく理解できることだ。暴竜の命令で攻めて来た隣国は、どさくさに紛れて乱暴狼藉を働いた。涙を流した者には縁者もいる。恨むのも当然だ。
ただ、戦力不足という現実的な問題が立ちふさがっていたのだ。
「さあ、これは聖戦だ!偉大な竜の言葉を歪曲し私欲を満たす邪悪な国に天誅を下すのだ!」
恨みつらみに狂気が乗った国王は止まらない。同調した者たちと共に薄っぺらい大儀を掲げて戦争を仕掛ける。
トトサワルモ地方は再び戦乱の時代に突入していた。
セイがクロナミ国中央政府から姿を消して数日後、かつてチヨウ国と呼ばれた場所にセイの本体の姿があった。
正確にはチヨウ国の副都の一つ、水の都とよばれたライランの地下にある封印洞窟。
五年に渡る長き戦いを征したセイが、精霊たちを洗脳していた。
「やめなさい……私たちを殺せば、世界のバランスが……」
「アホか。世界のバランスなんてとっくに崩れているよ。神々の九割以上がいなくなり、世界には魔物が溢れている。お前たちの役割なんてほぼ無意味だ。大人しく洗脳されろ。五万年経っても復興が終わらないなんて、ハイディを見限るには十分すぎる時間だとは思わないかい?」
「ぐぅぅ……――っ」
九つの精霊を捕獲したセイは洞窟を抜け出し、転移した。
行き先はヒナルラ国の古代遺跡、約束の場所だ。
「お任せ。燃料と羅針盤を確保したぞ。そっちは?」
「準備ばっちりだよ、お前次第でいつでも起動できる」
そこにいたのはセイを含めた八人の怪物を束ねる頭にして、セイが対等な同盟を組んだ女傑。
八大災禍の頭領、【悪魔】のアデライトだ。
二人は古代遺跡の奥へと進む。石材と植物で構成された通路を進むと、五万年の時間の中でも全く変化していない扉が現れた。
アデライトは抱いていた少女の血を一滴だけ納める。扉に赤い光が走り、開いた。
「王族の血でのみ開く扉か。マジであるんだなこういうの」
「血液は情報の塊だからな。ほら、こっちだ」
目的地はさらに先だが、障害物が無いのだからあっという間だ。
「……感謝するよ、セイ」
「どうした急に」
「そう警戒するな。本心だよ。お前が世界中を巻き込んだ騒乱を起こして、神々の目を惹きつけてくれなかったら、ここまでうまくいかなかっただろう」
「はっはっは。俺は楽しかったから申し訳なく思わなくていいよ。それにお互い様だ」
歩みを続ける。目的地はもうすぐだ。
「俺の目標は最初から変わっていない。俺の全力をぶつけられる相手、俺の全力を出し切れる相手との戦いだ。俺よりも少し強いとか、知恵を出し切れば勝てるとかじゃなくて、俺より圧倒的に強い奴と戦って全部出し切りたいんだ。
その相手は悩んだものだよ。強くなりすぎるとこの世界は窮屈だからな。そして決まったけど、そいつの下に行くための足が無かったからな、お前の誘いは渡りに船ってやつだ」
ようやくゴールだ。そこには船があり、既に他の八大災禍は乗り込んでいた。
「これがそうか。でっかいな」
「ああ。愛と生命の勇者メテオが作り上げた古代兵器の一つ、空中戦艦バミューダ。
これを使って、神の国に攻め込むぞ」