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ダンジョンコアの闘争  作者: ライブイ
5章 世界が壊れる音
110/119

91話 暴獣のジュリエ

 今から約五百年前、トトサワルモ地方の南東部にある小さな荒野に村があった。流刑地だ。

 千年前の大戦で荒廃したこの世界を何とか良いものにしようと大勢が努力していたが、ハイディ神聖国から遠く離れたこの地では神官たちが腐敗し、神の威光を笠に横暴を繰り返していた。そんな彼らに反抗したせいで流刑に処された者たちが住んでいた。


 そこは水は無く実りも無く、太陽の光も届かない山と山の間にある荒野だった。当然食べるものも無く人々は飢え苦しむしかない。正しく生きようとした彼らの人心もまた荒廃した。

 すると起きるのは内部の者へのマウントだ。強い者は普通の者に、普通の者は弱い者に、弱い者はさらに弱い者に、さらに弱い者はさらにさらに弱い者に。いじめを働き、頭を押さえつける。村ごと無くなるのは時間の問題だっただろう。


 ある時、一人の村人が気が付いた。おかしなことが起きていると。

 この村の最下層。いじめの負のスパイラルの行きつく先。もはや誰も虐める相手がいないほどの一番下の弱い者、つまり赤子が、なぜか死んでいなかったのだ。


 人は生まれながらに平等ではない。具体的には生まれた時に体重や身長に個体差があり、その後の栄養によっても成長が異なる。この村が出来てから十年が経過していたが、住人たちはみな体が弱くなっていた。食べるものが無いのだから当然だ。栄養不足である。ゆえに生まれた赤子も母体にいたことから栄養不足だったので、生まれたことが奇跡なほどに虚弱だった。

 親でさえも育児を放棄した。人々のストレスと不安を解消するためのサンドバックになった。口に詰め込まれるのは、骨さえしゃぶりつくす餓鬼共でさえも残飯と見なす酷いゴミばかり。


 だというのに、なぜか死なない。気味悪がった村人たちは悪魔の生まれ変わりと考え殺すことにした。

 選ばれた勇者は彼女の両親だった。こんな時に子供を産んでしまった責任を取れと命じられて。内心では、当時はみなも賛成しただろうと悪態をつきながら。


 流刑地のぼろ屋に寝室など無い。部屋は一つだけ。両親は無手で近づいて行く。三歳の赤子を殺すために凶器など不要。ただ両手で首を絞めるか、高く持ち上げて落とすだけで死ぬ、はずだった。

 初めに首を絞めた。何故か死ななかった。純粋な疑問が浮かび、形になる前に、赤子が両親の首を絞めた。


 その膂力にようやく気が付いた。自分たちの恐れが悪魔を見出したのではない。本当に、この赤子は悪魔の生まれ変わりだと。


――にたぁ


 捻じり切った二つの首をもって、赤子は生まれて初めて笑顔を浮かべた。生まれてからずっと、暴力を振るいながら笑う人たちを見続けたせいで学んだのだ。

 暴力をふるうことは、楽しいと。


 人は生まれた時から個体差があり、身体能力は摂取する栄養と環境で成長の仕方が変わる。しかしその赤子は生まれた時から膨大な魔力を有しており、天才的な才能で生まれた時から何となくで身体強化の魔術を発動していたのだ。


 十年の時が過ぎた。浮島の聖領を中心に小さな村が何者かに滅ぼされる事件が多発した。人々は恐れたが国々は戦争中だったために誰も手が回らなかった。

 その戦争は謎の少女が全軍を皆殺しにしたことで終戦。国は民衆には何も知らせず、ただ勝利を触れ回り、新たな英雄を迎えた。


 【暴獣】のジュリエ、ベルゼラード王国護国の騎士に任命。他者をいたぶることでしか喜べない生き物が、身分と後ろ盾を得た瞬間だった。

 それからは他者をいたぶり他者をいたぶり他者をいたぶり、偶に出会った同好の士を下僕に加える。そんな生活がまかり通ってしまったのは悪魔の力を借りなければ存続できないほどに国が疲弊していたせいだろうか。疲弊したのもジュリエのせいだが。


 人を殺し獣を殺し魔物を殺し、唆しにきた邪悪な神々や魔王軍残党さえ殺した彼女は間違いなく英雄の器。生まれと育ちがましであれば、ハイディに見いだされた三千人の救世主の上位四人、四方救世のさらに上に新しい席を用意されるほどの勇者の後継者にもなれただろう。


 しかし五百年の時間が流れ、ついに彼女も老いが来た。闘気を習得したのが三十路と遅かったのにまだ二十代にも見えるのは彼女が闘気の才能にも溢れていたのと腕のいい化粧士がいたからだろう。

 とち狂ったジュリエはベルゼラード王国はベルゼラード帝国へと名称を変え、永世大将軍の地位についていた自分の権力を使い最後の略奪と不老不死の奇跡を求めて世界征服を開始。その被害は、トトサワルモ地方の四分の一の土地がほぼ更地となっていることを思えばかつての魔王軍幹部の様な邪悪さだ。


 そんな彼女の人生も、ここで終わる。





「貴方の知らない技を見せてあげるわ!邪剣技、【邪炎連斬】!!!」

「時の神よ我が敵を時の牢獄に捉え給え【時間牢】!!」

「木っ端微塵に吹き飛べ!!【爆剣】!!!!!」


 ジュリエが部下二人と連携を取りながら攻撃を仕掛けてくる。膨大な炎の形をした瘴気を纏った多重斬撃。時間属性魔術を覚醒させた遅延王魔術による時間停止。猿系獣人の原種のその神の如き膂力を活かした触れてば爆発する剛剣。どれも必殺の一撃だ。仮に同格のA級冒険者であろうとも殺すには十分な威力。

 というか余波で砦と結界も壊れるかもしれない。


「全部知ってるわ!【時流れ】!!【羽ばたく水飴蛇】!!【怒冠突】!!!」


 セイは結界は部下を信じて無視。空間の時間の流れを速めて時間の牢獄から即座に脱出し作ったばかりの飴で出来た蛇の使い魔で斬撃を防ぎ、突きで切り返す。

 剣は猿系原種獣人種の腹部に突き刺さり正確に肝臓を破壊。常人ならひとたまりもないが、さすがに全員がA級冒険者以上の実力者。タフさは常識を軽く超える。


「【爆】!!」

「ぎゃあああ!!!!」


 ゆえにセイは長剣を爆破した。アダマンタイトで出来た長剣に起爆性を付与する攻撃は極めて強力であり内部からの衝撃は全身ににダメージを与える。苦悶の表情からもその激痛が読み取れる。

 しかしそれでも死なないのだから、やはりA級までたどり着いた人間は同じ人間と呼びたくない。


(だがすぐには万全の動きには戻れない!今のうちにポーションと回復魔術の使い手を――!?)


 膨大な魔力の高まりを二つ感知。魔力量は数値にすればおよそ十万。魔術系のA級冒険者の最大魔力量がおおよそ十万なので、全てを注ぎ飲んでいる。

 運動で言えば千メートル走の選手が十メートル走り終われば即入院するレベルの全力をここに集中して出すつもりだ。


(あの魔力の動きからして極大魔術!しかも俺が魔術書で広めた奴か!たしか【獄炎砲撃】と【果樹奪命撃】。喰らえば死ぬな。さすがに不味い、回避だ)


 強力な魔術の前兆に回避を選択するが、この砦は広くないため回避できる場所は限られている。上下左右後方に移動しても目標地点を多少換えれば魔術範囲に巻き込まれてしまう。

 ならば回避場所は前方か敵のすぐ傍がいいだろう。


「逃がすものか!捉えたぞ!」

「我ら【束縛仮面】を甘く見たな!」

「しまっ!?」


 回避行動をとるよりも早く鎖が両腕を絡めとる。目元を隠したタキシード姿の双子の兄弟、束縛仮面はその馬鹿みたいな見た目に反して鎖術の達人。かつてラキア国にあったA級ダンジョン黄昏の鉱脈第百層のダンジョンボス、ランク13の粘重巨鉱機重鬼呪から作り上げた鎖は捉えた相手に能力値と思考速度の八割を封じる特殊効果を持つ。

 ジュリエたちが聖領の主さえ葬った時には大きく貢献した二人の拘束から逃れることはS級冒険者どころか世界のどこかにいるさらに上のものですら難しい。


 いつもの必勝パターンに入った。その光景にジュリエは勝利を確信した。


 しかし次の瞬間、セイの両腕がちぎれた。


「あれ?」

「脆い?さすがに疲労したのか?」


「違う!自切だ!」


 一瞬遅れてジュリエだけが気が付いた。拘束が強すぎて、もしくは肉体が脆弱化していて腕がちぎれたのではなく、セイが両腕を壊すことで脱出したのだと。


 しかし遅い。切り落とされた両腕の断面からそれぞれ一秒とかからず新しいセイが生えてくる。肉体を分割されたことで総魔力量は減少していが、技術である魔力操作は据え置きだ。


「【獄炎砲撃】!!」

「【果樹奪命撃】!!」

「「【奪魔】」」


 まるで聖典に記される冥府で燃え盛るように赤と黒と紫が混ざった色をした炎が圧縮され、半球状の筒から放たれる。余熱だけで砦を溶かす光景は世界の終りのようだ。隣で構築されるのは貪欲に生命溢れる果実を付けた巨大な樹。まるで生き物のように他者の命を吸い取る魔術生命体は術者から指向性を受け敵の命を吸い取り新たな果実に換えようと襲い掛かる。 

 対する二人のセイが使用したのは闇属性魔術【奪魔】。魔力を吸収する魔術は敵の魔術に綻びを生み、殺傷能力の無いただの魔力の塊に換える。膨大な魔力の奔流はそれだけで脅威だが、属性の無い魔力の操作権を奪うことなどセイにとっては造作もない事だ。


「俺に任せな!うおおおおおおおお!!【大!山!体!】!!!」


 魔力の奔流はジュリエたちにも向かうが、重戦士が立ちふさがる。発動したのは【石壁】や【剛体】のようにタンク職が使用する己の肉体を頑丈にして攻撃を防ぐ武技の現状確認されている最上位、【山体】のさらに上位の【大山体】。土で肉体を覆い肥大化し、山のように大きくなる。砦の天井が吹き飛んだ。まるで本当に山が現れたようだ。

 だがこれで終わりではない。


「潰れて死ね!【動山拳】!!!」


 本物の山の様な大質量をそのまま使った格闘術こそが本命だ。

 およそ三百メートル級の山に匹敵する質量が普通の大きさの人間の格闘術と同じ速さで拳を振り下ろしてくる。地面に当たれば直系一キロのクレーターを作り、ランク13の魔物でも一撃で殺す威力を持つ。セイであろうとも肉体が木っ端みじんになり三日は人型に戻れなくなるだろう。その隙に封印されれば一万年は自由に動けなくなるかもしれない。


「【衝換罅】」


 久しく感じていなかった直接的な命の危機にセイは凶悪な笑みを浮かべる。発動した魔術は力属性魔術の【衝換罅】。再生した両腕をそっと伸ばし大山体の拳が触れ合うと両者を遮るように真ん中の空間に蜘蛛の巣のように罅が広がっていく。


「なぁ!受け止めただと!?」


 力属性を完璧に操るセイの絶対防御【衝換罅】はあらゆる力を空間に走る罅に変換する魔術。衝撃であれば大陸を一撃で砕く巨大隕石だろうとも受け止める自信があるほどの許容威力を持つ切り札だ。

 しかしこの魔術の本質は衝撃の吸収ではなく変換、つまりは罅を衝撃に戻すことさえ可能だ。


「死ね!【解放】!!」


 空間に走った罅が逆再生するように衝撃に再変換される。ただし方向だけは逆だ。


「――」


 山がまるでそのまま人の体になって殴りかかって来た威力がそのまま反転し、重戦士を細胞一つ残さず消し飛ばした。


『セイ様!結界が吹き飛んだんですけど加勢は本当に要らなんですか!?まだ生きてますか!?』

『黙って結界だけ張ってろ。逃がさなきゃいい』

『ちょ――』


 ベルゼラード帝国軍側の猛攻は完全に凌ぎ切った。彼らは崩れたバランスを戻すために一瞬下がり隊列を組みなおそうとする。仕方のない話である。復活した邪神や龍さえ屠った必殺の連携技を全て凌ぎ切られ、さらに仲間を一人殺された。何も考えずもう一度挑んでもまた破られるのは目に見えたことだろう。


 しかし十分な隙だ。今度はセイが炎を掌に作る。


 弱弱しい赤黒い炎。一見すると攻撃の準備には見えない。彼らは次のセイの行動を見逃さないように注視し、観察する。観察、かんさ……。


「見てはいけません!炎を使った精神魔術です!!!」

「遅い!」


 ジュリエの右腕の魔術師がいち早く気が付いた。しかし遅すぎる。炎が大きく揺らめき、ふっと消えると彼らは酩酊感に似た感覚に襲われ意識が薄れる。


「むっ……?」

「これは……?」

 

 火・闇・生命属性複合精神魔術【誘火】。視覚を通じて精神を揺さぶり、それぞれが持つ好意のベクトルとでもいうべきものの対象を強制的に自分に向けさせる魔術だ。今の彼らは目には、いや脳はセイを愛する恋人、友人、家族、もしくは自分自身にも匹敵するほどの好意を覚えている。

 これは強制的に捻じ曲げた不自然な状態なのですぐに戻るだろう。


「セイ……さん?……」

「アンリ……なぜここに?……いや、あれ?男……?」

「かっこいい……」


「とった」


 しかし今この瞬間混乱しているならそれで充分。見ただけで蒸し暑い夜の熱気を斬り飛ばすほど鋭い斬撃が三つの首を飛ばす。

 このまま四つ目も狙うが寸前でジュリエの蹴りが放たれる。対象は意外にもセイではなくセイが狙っていた剣士。混乱から抜け出せないまま予想外の味方からの攻撃にバランスを崩した剣士の首を咄嗟に切り落とすも、同じく姿勢が崩れたセイをさらにジュリエが狙う。


「今度こそ終わりよ!【聖剣解放】!【破邪顕正】!【聖魔混焔斬】!!!」

「サポートします!魔よ、その姿を隠せ。【封魔領域】!!」


「――なっ!不味いか。ならば!!」


 魔術師が使った【封魔領域】は自身を中心に一定範囲内の魔力を消滅させる禁術だ。空気中の魔力なら一瞬で、体内の魔力でも余程の達人以外は五秒もあれば消せる。闘気や身体強化系の魔術なら問題ないが防御魔術は使えなくなる。

 セイも一瞬で膨大な数の選択肢を消された事実に頭が追いつけない。かといってジュリエの邪神を祓った時の一撃が迫りくる今は猶予が無い。


 回避も防御も不可能。ならばとセイは自分の首を進んで刀身にさらした。


「なっ!――……がッ!!」


 当然のようにセイの首が落ちた。

 しかし、ジュリエの腹もセイの拳が貫いた。


「――――がはっ!!!……た、魂を斬る剣で、首を落としたのに、……ど、どうし、て…………」

「…………甘く見たな。俺が人の形をしているのは、俺が人だったからってだけだ。すごく痛いが、腕を斬られるのも首を斬られるのも変わらん」

「……ば、化け物、め……」


 ゆっくりと首を再構築しながら【奪名】で命を吸い取る。腕を突っ込んで初めて分かったことだが、かなり年を取っていたようで、あっさりと全ての生命力を吸収した。

 残ったのは皺皺になった枯れ木の様な老婆が一人。セイと同等と恐れられた【虐殺将軍】はここで死んだ。


「さて残りは……あれ?」


 ジュリエとその親衛隊は全部で十人。ここまでで殺したのは五人。ならば残りは五人いるはずだ。

 しかし誰も残っていなかった。


「あー……さっき魔力を消したのは、結界を解いて逃げるためか。賢いと思うけど……あんた、人望無かったんだな」


 こと切れた死体に話しかける。当然返事は無いが、どこか寂しそうに見えた気がした。

 いや気のせいだろう。セイが勝手に同情しただけだ。樹皮の様に皺皺の顔の表情など分からない。


「セイ様!申し訳ございません!!五人ほど逃げられました!!うち三人は追撃していますが、残りは追えていません!」

「あー分かった分かった。じゃあ追っているやつだけは確実に殺しておいて。俺は休むから……あれ」

「ぎゃー首が!?」

「急造の再構築じゃ甘かったかな、いてて……まあいいか。アザレア、敵将は討ち取ったから全世界に連絡して。あとベルゼラード帝国領も全部接収する。一応は本国があるらしいからそこも占拠で」

「了解です!セイ様はいかがなさいますか?」

「休む――がくっ」

「ちょ!ここで気絶しないでくださいよ!……あーもう。『マルガレット、残っている人を連れて砦の跡地に来て』」


 結果的に言えば追われた三人は全員死んだ。二人ほど逃してしまったが、国との補給が切れた強者の存在なんて些細なことだ。

 

 この決着をもって、トトサワルモ地方の勢力はクロナミ国一強になった。

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