10話 ダンジョン防衛
「村の人たちが……なんてひどいことを!」
「この洞窟はダンジョンか?どうしてこんなところに」
「もしかしたらこの中に生き残りがいるかもしれません。行きましょう!」
死んだような色をした森を抜けた先、煌びやかな色の一団が洞窟の前にいた。
セイが生まれた森の中には、セイが全滅させた村がある。彼らはその村に用があったのだが、村人が居なくなっていたため周囲を散策し、セイのダンジョンを見つけた。
正確には、ダンジョンに入ってすぐに転がっていた、村人たちの死体を見つけたのだ。
「ううっ、半分は死体が溶けている。あと少し遅かったら遺品しか残っていなかっただろうな」
「俺たちが巡回していた良かったな」
「しかしあの村はなんなんだろうな。司祭様も村長にこれを渡せとしか言ってなかったし」
彼ら、聖神に仕えるの神官戦士たちはダンジョンが原因だと推測し攻略に乗り出そうとしていた。
聖神はこの世界を創造した神々の長であり、現在この世界を見守っている唯一の神だ。現在の聖神の教義ではかつての魔物のいない世界が正常であり目指すべきもの、転じて魔物は排除の対象とも説いており、魔物を悪と考え力のある信者たちは積極的に魔物を討伐することを使命と考えている。
そんな神の敵を滅ぼして回る戦士たちを、神官戦士と呼ぶ。
彼らは魔物を敵対視するあまり、原因不明の事件の傍で魔物の痕跡を見つけると、魔物の仕業だと短絡的に考えてしまう性質があった。
……それが真実であることも多いが。
「魔境でもないのにダンジョンがあるなんて、魔物の上位種の魔族の仕業に違いないな」
「しかい争った痕跡が無かった以上、だまし討ちをされたのかもしれない。魔族ではなく狐系や蛇系の亜人の仕業かもしれない。ここは一旦帰還するべきでは?」
「何を言う!こうしている間にも生き残りが苦しんでいるかもしれないんだぞ!」
ダンジョンの前で憶測が飛び交い合うが、魔族や亜人が村人たちを拉致して殺したという点は一致している様だ。他の神官戦士たちも異論を口にするものはいない。
(ばっかみたい)
しかし内心では一人だけ違う考えを持っている少女がいた。
名前をセレイナと言い、高司教、簡単に言えば教会の偉い人の隠し子だ。一般人として暮らしていたところ回復魔術の才能があると分かり、無理やり入信させられた境遇を持つ。
まだ十五歳という若い年齢でありながら回復魔術の腕前は一人前だが、信仰が薄いため修行として神官戦士に同行させられている。
もとから信仰心が薄かったわけではなく、この世界の人間の大半が聖神教を信仰していたようにセレイナもそうだっただけだが、最近になって教義や信者に不信感を持つようになってしまっている。そのせいで神官戦士たちとも馴染めていない。
(魔物のせい、魔族の仕業、亜人の犯行、聞き飽きたわよ。実際は違ったこと事もいくつもあるじゃない。第一、本国に所属してる私たちがこんな田舎の司祭の命令を聞かなければいけないことも腹立たしいし、村人たちの死体も埋葬してそれで終わりでいいじゃない。
そうだ!魔族がいるならテイムをして連れて帰れないかしら。そうすればきっと……)
セレイナの教会への反発は父親をはじめとする大人たちへの不満の表れであり、本気で異端や異教の考えを持っているわけではない。そのことは周囲の大人たちは見抜いておりまともに相手をされていないのだがセレイナはそれが自分の父親のご機嫌取りに見逃されていると誤解……いや、信じていた。
「そんな不満そうな顔をするなって、セレイナ、どのみちこいつらを殺したやつは殺さなきゃいけないんだ。いったん帰るなんて面倒なだけだろう?」
「ほぇ?ふ、不満そうな顔なんてしてないわよ」
「どうだか。まあ安心しな、魔物でも魔族でも亜人でも、なんなら悪魔だった俺が切り殺してやるから」
孤立していたセレイナに声を掛けたのはアサル、珍しい銀髪に褐色の肌の健康的な少女だ。
スラム街で育ったため口が悪いが、同時にスラム街を訪れた流れの聖職者に救われたためか人一倍信仰心が強いのも特徴だ。セレイナとしても、年齢も近く神官戦士には女性も少なく、さらに剣士と魔術師という喰い合わないジョブのためかそれなりに仲良くしている間柄だ。
「セレイナ様、話し合った結果、やはり元凶はこのダンジョンにいると思われます。今すぐ討伐しましょう」
「分かったわ、カッシュさん。でも万が一を考えて何人かは報告に戻らせたほうがいいんじゃないかしら」
「いえ、必要ありません。我らの信仰をもってすればいかなる魔物も打ち砕けるでしょう」
「……そ。じゃあさっさと行きましょう」
「はっ!お前たち、隊列を整えろ!」
「はっ!」
一応この神官戦士団の団長は高司教の娘であるセレイナだが、当然お飾りであり、セレイナの意見を取り入れる者はいない。
不機嫌な様子を隠すことは無く、しかしセレイナには不機嫌そうにする以上のことは何もできない。
神官戦士団一行はセイのダンジョンに入っていった。
「景色が変わりませんね」
「しかしダンジョンなのは確かだ。洞窟がモチーフなのだろう」
「薄暗いのはやっかいだな。ゼクト、明かりを付けろ」
「わかりました」
神官戦士が光属性魔術で明かりをつけると視界が広がったが、やはり『洞窟である』と再認識できるだけに終わった。
「ここまで魔物が全く出ないぞ?いったいどうなっているんだ?」
「ダンジョンじゃない、ってことはありえますか?」
「ねえよ。こんなに瘴気が満ちている場所は魔境かダンジョンくらいだ」
「おい見ろっ!階段があるぞ!」
「もうか!?早すぎるぞ」
「このダンジョンはそんなに狭いのか!?」
神官戦士団は二層へ続く階段を発見し、下っていく。
「まだ洞窟のままか。計測器はどうだ」
「瘴気の濃度が増加しています」
「よし。ならばこの先にダンジョンコアがあるのは間違いないな」
実質的なリーダーであるカッシュを中心に、神官戦士団は極めて順調に進んでいく。負傷者はゼロ、物資の消耗品のなし、理想的という言葉では足りないほどに順調だ。
しかし、それは魔物が一切出ないからというありない状況だからでもあるため、しだいに神官戦士団の面々も不自然さを感じ口数が減っていく。
「ねえアサルさん、私はあなた達に同行するのはダンジョンに入るのも初めてなんだけど、ダンジョンってこれが普通なの?魔物が出ないけど」
「……そんなわけねぇだろ。ありえねぇ」
しかし既に五層まで来ている。引き返してもいいが、瘴気の大きさから考えてそろそろ最深部なはずだ。それが引き返すという選択肢を遠ざけてしまう。
「止まれ!罠だ!」
神官戦士のうち斥候職のものが叫ぶ。
全員が非常に強く警戒していたこともあり、反応が速かった。全員が即座に動きを止め武器を抜く。
「罠とは?」
「前方に落とし穴があります。今解除します」
「よし。任せたぞ」
参加したばかりのセレイナを除いて、カッシュたちは軍隊のように整然とした動きだ。
冒険者や傭兵と違い、神官たちは共通の信仰という繋がりがあるため結束が非常に固い。端的な少ない言葉で意思の疎通を取り合う。
罠を見つけたことで、神官戦士たちの間に安堵が広がっていく。ダンジョンなのに魔物が全くいなかったのだから、罠という障害を見つけたことでかえってここがダンジョンであり自分たちは奥に進んでいるという裏付けが取れた気分だからだ。
ゆえに、油断してしまったのも仕方のないことだろう。
「罠三つ、解除終わりました」
「ご苦労。それでは――ぐっ!」
なんに予兆も無く、カッシュの足元から顎をめがけて柱が生える。咄嗟に剣で防ごうとしたが、今度は時間差で開いた穴が軸足を下げ防ぎきれない。
柱の素材は周囲の土そのもの。つまり洞窟の岩と同じ硬さを持つ柱が顔面を強打し鼻がへし折れる。
「なっ!?」
「カッシュさん!?大丈夫ですか!?」
「おいローリー、罠は解除出来たはずだろ!?」
「そ、そのはずだ!一体何が……」
神官戦士団の面々が言葉を言い終わるまえに、洞窟の側面から無数の矢が飛び出てくる。魔物との戦いになれている神官戦士団も、壁から矢が飛んでくるという事態に遭遇するのは初めてのことだ。
それに矢が飛び出る罠はありふれているが、この数は異常だ。発射口は百程度だが、その全てが連射している。
「セレイナ!結界だ!」
「きゃ!……へっ?えっ?なっ、なに!?」
「【結界】を使えって言っているんだ!早く!」
唯一【闘気】が使えるアサルは即座に発動し肉体の強度を高める。これでアサルは矢を弾けるが、他の面々はそうはいかない。
皆も鎧を着ているが、それは心臓などの急所だけだ。腕、足、胴体、頬などの肉にある矢は刺さりある矢は肉を裂く。彼らも痛みに慣れてはいるが、全身に矢が突き刺さった状態で出来ることは一気に限られてしまう。
ならば、矢を防ぐために全方位に結界を広げるのが一番だ。
「わ、わかってるわよ。天におります聖なる神よ。その奇跡で我らを――きゃ!」
セレイナが詠唱を始めると、次の瞬間、洞窟そのものが振動する。
地震、とっさにその単語が浮かぶが、ここはダンジョン。地震を起こすような強力な魔物がいない限り、ありえないことだ。
「く、崩れるぞ!」
誰かが叫んだ。しかしそれはまだ生きている面々を絶望させるだけであり、洞窟という大質量は容赦なく脆弱な人間の体を押しつぶし、生存できない状態へと変えた。
洞窟が崩れたことで、ダンジョンの全容が露になる。
上下左右に広大な長さを持つ部屋。それがセイのダンジョンの正体だ。
本来ダンジョンは一層一層が異世界であり、天井や床を壊して次の階層へ行くということは出来ない。セイはその固定観念を利用して、一つの大部屋にまるで複数の階層を移動したと錯覚させるための階段と天井を作ったのだ。
神官戦士団たちも、ダンジョンが崩れるというありえない事態に対応できなかった。
「うっ……セレイナ、生きてるか」
「げほっ、げほっ……生きてなきゃ、この結界は消えてるでしょ」
「ははっ、それもそうだな」
軽口と共に岩が動き、二つの人影が姿を現す。セレイナとアサルだ。セレイナの結界が間に合い、彼女たちだけは生き残ったようだ。
全滅させたつもりであったため、驚いてしまう。
「あれは……魔族!?」
そして驚愕はその人影が咄嗟に隠れる時間を奪ってしまった。
セレイナとアセルの目には、人型の影が映る。
人間と同じ姿だが、顔は無く全身真っ黒。まるで黒色の全身タイツを被っているか、黒いマネキンのようだ。
当然二人の知識にも該当する種族は無い。魔族と言えば吸血鬼や魔人族が有名だが、前進真っ黒な魔族は聞いたことが無い。
しかし、二人は魔族と断定した。穢れた魔力とも呼ばれる瘴気を纏った人型の生き物など、魔族しか考えられないからだ。
「私が出る!援護は任せた!」
アセルは瞬時に飛び掛かる。
本来ならば、アセルは乱暴だが馬鹿ではなく、普段は様子見などのセオリー通りの行動をする人物だ。
しかし、いまの彼女にはいつもの冷静さは無くなっていた。信仰深く年若い彼女にとって、神の敵が仲間たちを殺したことは冷静さを保てなくなるには十分すぎることだった。
アセルは剣を思いっきり振りかぶり、全力で振り下ろす。
単純ゆえに最強。早く、重く、硬い一撃。風のように駆け抜け一瞬で魔族に迫る。
頭の天辺から股間までを切り裂き、確かな手ごたえがアセルの手に伝わる。肉を砕く感触は魔物であれ魔族であれ、致命傷を予感させた。
「勝った……って、はぁあ!?」
しかし人型の影は逆再生するようにくっついてしまう。ありえない光景にアセルも魔術を詠唱していたセレイナも言葉を失ってしまう。
「きゃああああ!」
「また地震か!?」
そして予兆も無く地面が振動する。人型の影を中心に床が登り始め、必然的に周囲にいる二人は下に向かって流されてしまう。
剣や魔術を使った攻撃ではない。しかし落下という自然現象でも人を死に至らしめるには十分だ。
「アセル!助けて!」
「セレイナ!?」
絶体絶命の状況、セレイナは助けを求める。お互いに絶体絶命なのだから無理に決まっているのだが、助けを請う人間にそのような理性的な考えはなかった。
そして、その声はアセルに火をつけることになった。
(私がやらないと……)
スラム生まれのスラム育ちというおよそ人間社会の最底辺で生まれた彼女にとって、自分を救ってくれた聖神教は全てであり、その信者は家族同然だ。
助けてほしいという声に応えるために、アセルは限界を超える。
「【限界突破】!【魔剣化】!【魔剣限界突破!】」
自分が使えるスキルや武技の中でも反動が大きいものを惜しみなく発動する。これが最後のチャンスだと分かっている。
その行為は彼女のスキルを上位スキルへと覚醒させた。
「はあぁぁぁあ!!!【限界超越】!」
能力値は通常時の十倍にもなり、その状態でも一撃はドラゴンの首を一刀で落とせるだろう。少なくともこんな低級のダンジョンの魔物を倒せないなどありえない。
爆発的な推進力を生み出す踏み込みが大地を捉える。
「えっ?」
ずるりと、足を滑らせる。
一瞬遅れて、アセルは岩だったはずの地面がぬかるんだ泥になっていることに気が付いた。
人型の影が発動したのは二つ、地面を隆起させる機能と、水場を作る機能だ。
土と水、組み合わせる比率を水に多くすれば氷よりも滑りやすい泥となる。どんな戦士でも、足場が悪ければその実力を発揮できない。
アセルは死を覚悟する。最後のチャンスを逃した。
しかし、それでもセレイナを助けることくらいは――。
「アセルごめん!あなたのことは忘れないわ!」
その言葉を、アセルは理解を拒んだ。
しかし長年の訓練が染みついた体は勝手に動き、声のする方向を見ると、セレイナは風の魔術で位置口へと一人で向かっていた。
(そん、な)
見捨てられた。
自分を犠牲にしてでも家族は助けるつもりだったが、それと自分を見捨てて逃げられるのは別の話だ。
自分は命に代えても家族を助けようとしたが、家族は命を懸けてもくれないし、助けようともしてくれない。その事実がアセルの心を壊した。
抵抗する気力を失ったアセルに岩盤が降り注ぎ、その姿を隠した。
(『おつかれさまです。DPが溜まりましたがどうなさいますか?』)
(保留で。失ったポイントも多いからね)
(『かしこまりました』)
セイは視界に映していたモニターから使い魔との視界共有を消して、迷宮の管理状況を表示する。
アセルとセレイナが対峙していた人型の影、それはセイのダンジョンで生まれた魔物であり、セイの使い魔だ。
ダンジョンで魔物を作るには魔物の情報が必要だ。一般的に魔物の情報は土地から吸い上げたり魔石を吸収したりすることで習得できるが、ダンジョンマスターからも情報を取得できる。
ドラゴンのダンジョンマスターがドラゴンの魔物を作れるように、狼のダンジョンマスターが狼の魔物を作れるように、人間でもあるセイは人間のような魔物を作ったのだ。
ランク3、ドッペルゲンガー。セイと五感を共有でき、セイが習得している魔術やスキルまで使えるまさにセイのコピーの魔物だ。
これにダンジョンの内装操作やギミック配置や軌道をリアルタイムで行えるのだから、まさに地の利を完璧に得ているわけだ。負けるほうが難しい。
……その分消耗も激しく、使用したDPと今回神官戦士団を殺して吸収できた魔力で、利益はそこそこ、といったところだが。
(一人逃がしたけど……まあいっか)
画面越しとはいえ人を殺したが、セイの精神に変化はない。
バイトと同じだ。するといったこと、しなくてはいけないことなら、どんな嫌なことでもする。
そして同時に、セイは人生とはなんでも楽しむものだとも思っている。
人を殺すのは気が進まないことと、人を殺すことでも楽しんだほうが人生は楽しくなるという考えはセイの中で矛盾していなかった。
「先に行ってるぞ」
「おーいセイ?どうしました」
「つきましたよ?」
「いまいくよ」
セイが意識を戻すと、次の街、タリオンについていた。