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ダンジョンコアの闘争  作者: ライブイ
5章 世界が壊れる音
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89話 別動隊

 今となってはトトサワルモ地方のほぼ全てを征服し、統括しているクロナミ国。中央政府はかつて第一自治区とセイが呼んだ場所に変らずあり続けている。


 これは誰もが知っていることだ。


「連絡だ。暴竜は現在ハイディ神聖国に向けて出兵」

「ベルゼラード帝国領域で活動中の四獣もそちらに移動している」

「ハイディ神聖国付近で待機していた本隊もだ」

「……十分な根拠だ。暴竜はクロナミ国本国を留守にしていると結論付けよう。今のうちに仕掛けるぞ」


 しかしセイが肉体を分割出来ることまで知る者は少ない。というか聞いても信じられないので信じている者があまりいない。

 結果としてこういう者たちがたまに出てくる。


 山肌に出来た窪みの様な洞窟に二十人程度の人影がある。

 彼らの所属は様々だ。この世界の勢力図をクロナミ国、ハイディ神聖国、ベルゼラード帝国の三か国を主役とすると、その他大勢である小さな国々や暴竜に反感を抱いている国々が力を合わせて選出した最後の抵抗。最後の切り札たち。

 愛国心溢れる冒険者、忠義に熱い騎士、大金で雇われた傭兵など肩書は様々だが、実力は確かである。全員が最低でもB級冒険者並みで半数以上がA級冒険者並み、リーダーはS級冒険者にも匹敵する。彼らの敗北は暴竜への完全な服従以外の選択肢を失うに等しい。


「これが今回の作戦の最後の休息だ。もしかしたら人生最後の休息になるかもな。全員、しっかりと準備を――」


 小粋なジョークを挟んだ声掛けの途中で隊長の首が飛んだ。

 一瞬の動揺。二瞬で戦闘態勢に移る。S級冒険者相当の実力者が瞬殺されたにも関わらず、即座に平静に戻るのはさすがと言えよう。瞬殺と言っても暗殺だったのが彼らの心にゆとりをもたらしたのかもしれない。


 しかし、襲撃者は彼らよりもさらに格上だ。


「【赫鉄】」


 熱した鉄のように赤い線が大気を切り裂く。B級冒険者相当の実力者たちは何もできずに即死。A級冒険者相当の実力者たちも半数が防御ごと斬られて死に、半分より上の実力だった者たちだけが辛うじて生き残った。


「馬鹿な……」

「あと七人。二撃で殺しきれぬとは、思ったよりやるではないか」


 入口を陣取る影。油断は無かったはずだ。感知能力がある者たちが警戒していたはずだ。自分たちと同格の相手でも、それこそ暴竜が相手でも不意打ちされるはずがなかった。

 しかし全ての「はず」を裏切り、目の前の影は暗殺を成功させた。それほどの実力者はクロナミ国に居ないはず。酷く軽い言葉になったが、「はず」、としか言いようがない。


「貴様は、まさかトラストか!?」

「ぬ?おお!懐かしいのう!五十年ぶりではないか!あの頃から見た目が変わらぬとはエルフは羨ましいのう」


 襲撃者の正体に心当たりがある者が一人だけいた。しかし幸運とは言えないだろう。数多くの修羅場をくぐって来た彼らであっても、絶望が増すことにしかならない情報なのだから。

 トラスト。無名の剣神。当時でさえ剣技の冴えは竜の首を刎ねるほどだったのは記憶に新しい。修行狂いだった彼の実力が現在はどれほどのものか、この数秒で理解してしまった。

 ここに来るまでの道中で仲間たちにも過去の自慢話として話してしまったのが悔やまれる。お陰で他の者たちまで腰が引けてしまっている。


「……なぜ人族であるお前が、あの頃と同じ……いや、むしろ若々しくなっているのか……暴竜の持つ奇跡の力とやらか?」

「奇跡。奇跡の力、のう……その通りじゃ。儂はあの方に挑み、敗れた。そして若さと新たな力、新たな強敵を与えてくださった。今はセイ様に忠実な従僕じゃ。……さて、儂もかつての友を斬る心の整理が付いた。

 死ね。【晩夏――」


「待った!俺は降伏する!」

「ぬ?」

「貴様!裏切るのか!?」

「俺は傭兵だ!命には代えられない!!降伏させてくれ!信じてくれないならこの騎士を殺して証明してもいい!!」

「なっ――ぐ、だから冒険者なんぞ信じるべきではないと―――ひぃ!」

「面倒くさいのぅ」


 ぐたぐた抜かす雑兵の耳に、苛立ちの声が届いてしまう。せっかく強者と死闘が出来ると聞いたのに、という不満の声が、殺意となって降り注ぐ。

 百年以上も熟成された戦いへの渇望と、セイに与えられたS級ダンジョンで研ぎ澄まされた殺意は彼らにとっても身が竦んでしまうほどだ。


 トラストにとって、彼らの考えは理解は出来る。彼らを雇ったものは一縷の望みに抱えて彼らに冒険者と傭兵を加えたが、彼らからしてみれば知ったことではない。いつものように雇い主を裏切るだけだ。信頼は命よりは軽いのだから。

 そして彼らからしても、トラストの苛立ちが理解できてしまった。世の中には戦いを好むものがいると、経験的に知っている。目の前の剣士もそういう人種なのだ、と。だからこそ、自分たちが見逃して貰えないことも直観的に理解出来てしまった。不幸なことだ。


「…………………はぁぁぁぁぁぁ……では、降伏するものは伏せておれ。残りは斬る」

「えっ」


 だからこそ、トラストが殺気を抑えて放った言葉には驚いた。


「本気か?トラスト」

「ああ。今の儂はセイ様の従僕、セイ様の掲げる『降伏したものは殺すな』という方針に従うとも」

「……ははっ、本当に変わったんだな、お前。よし、俺も降伏する」


 最終的に六名が捕虜になった。死んだのは忠義に殉じた騎士のみ。

 トラストが消化不良でしばらくS級ダンジョンにこもったこと以外は、何も問題は無く終わった。




 

 トラストが戦っていたころ、クロナミ国の反対側にある森にも一団があった。


「隊長、向こうの隊の生体反応がほぼ消えました。生き残りもバイタル情報から降伏したと思われます」

「そうか、あれほどの奴らが、これほど静かに負けたのか。さすがは世界征服を武力で実現しかけている国、一筋縄ではいかないか。

 だが、クロナミ国の戦力も分断出来たはずだ。我ら本隊も仕掛けるぞ」


 トラストに斬られた者たちは知らないことだが、騎士に冒険者や傭兵を厳選している中で信用できない者がいると判断した雇い主の国々は密かに隊を二分。離反しそうな者たちと、信用できるものたちで分けたのだ。

 実際に忠義に殉じた騎士以外は見立て通りだったので、正しい判断だろう。戦力を小分けにしたデメリットがあっても、意思が統一された裏切る心配のない部隊を作る方がメリットが大きい。


 人数は八十名、S級冒険者相当の実力者を五名も抱える超巨大戦力。武力によって我を通し虐殺を繰り返す邪悪な魔王の如き相手に対抗するために集めることが出来た奇跡の部隊。

 この部隊の戦力は極めて大きく、もし暴竜を撃破後に流用出来ればベルゼラード帝国の精鋭部隊とも渡り合えるほどだ。本来の標的であるクロナミ国も、セイやトラストなどの外れ値の怪物を除けば勝てないかもしれない。


 しかし彼らにとっては残念なことに、外れ値の怪物たちはセイの言うことを素直に聞く。


「隊長!岩に座る怪しい奴がいます!おそらくは娼婦です!」

「何を言っているだお前は。幻覚でも見ているのか?双眼鏡を貸せ!…………確かに、娼婦?いや淫魔……?いや、竜人族の娼婦、か?なぜこんなところに?」

「暴竜の下から逃亡したのではありませんか?良からぬ噂の尽きぬ奴です。どこかの貴族が飼っていた竜人族を物珍しさから略奪したとか」

「そのような話は聞いたことが無いが……相手はトトサワルモ地方の四分の三とかいう馬鹿げたほどの超広範囲を征服した怪物だ。情報を集めきれるはずもない、か……?まあいい。あの体つきなら戦士のはずがない。道中で始末するぞ」


 偵察兵の除く双眼鏡に移ったのは、謎の竜人族だ。生物としての格が無条件で高い竜人族を見るのは珍しいが、その上で娼婦と予想し、戦士ではないと断じたのかその豊満で軟らかそうな体が理由だ。

 

 この世界の強者たちは必ずしも体つきが筋肉塗れなわけではない。ステータスシステムの恩恵もあって細身の女性でも巨漢より腕力に優れている者もいるし、そもそも魔術師のように体をあまり使わない者もいる。

 しかしそうはいっても、戦場や魔境に出るのだからどうしたって体を動かす。移動に逃亡、襲撃に索敵。生き残っていれば自然と体が硬くなっていく。そもそも死ねば終わりなのだから、魔力が尽きても体を動かせるように最低限は体を鍛えておくものだ。


 ゆえにこそ双眼鏡に移る竜人族は、戦闘種族である竜人族であっても娼婦と断じるのはおかしなことではない。片方だけで頭よりも大きい乳房。着れる下着が市販品になさそうなほど大きさ臀部。傷一つ無い手に触れれば沈みそうな肌。何より目を奪うのは衆目に見せつけるような露出の多い煽情的な布切れに、人間離れした美貌。

 怪しい点も多いが、元より相手の情報の全てを調べつくすことなど出来はしないのだ。信憑性を求めるのは敵かどうかだけでいい。暴竜に様々な噂が多いことも相まって、彼女は愛玩目的の相手で、かつ逃亡したのだと結論付けるのは論理的だ。


 ならばこそ。


 ならばこそ、彼女が神々を含めて世界でも上位百人に入る程の強者だと見抜けず、ここで全滅するのも、きっと仕方のない事だ。





「あれ、どんな形だったかな……こうかな……こうかな……こうだ!」

「……またぐにゃぐにゃと気持ち悪いな、カラザ」

「あ!ロダン様!始末しておきました!」

「見れば分かる」


 砂漠に塗りつぶされた元森に、もう一人の竜人が現れる。

 竜人の……いや、その竜神と龍神の名は、『砂と試練の悪霊呪竜』カラザと、龍皇神ワクシャクの娘であり転生体の『龍皇神』ロダン。


 二人とも正真正銘の神であり、その力は世界を創造した十二の大神に匹敵する。今のセイとも互角以上に戦えるほどの怪物だ。


「あれ、また崩れた」


 カラザはたった今殺した八十人を気にすることも無く崩れた体を再構築している。霊体である彼女の肉体は司っている砂を基礎にして作っているため、全力を出すと崩れてしまうのだ。

 人間の肉体と見分けがつかないほど精巧な砂を調整しているので、客観的に見て人肉がうねうねと捏ねまわされているようで気持ち悪い。目撃者が親ともいえるロダンだけで良かったと言えるだろう。


「んーもう少しおっぱいを大きくしておきますか」

「あの男なら好むだろうが、それを理由に優遇はしないと思うぞ」

「知ってますけど、人である以上全くの無意味にはなりませんよ」

「それはそうだろうが……カラザ、お前も我と同じ竜であるならば竜としての誇りを持て。人に媚びを売るのはみっともないことだぞ」

「セイ様は人じゃないと思いますけど……まあほら、私は異世界の竜っぽい生き物であって、厳密には竜ではないですし?」


 かつて異世界から魔王を名乗る神々がこの世界に侵略に来た。彼らはこの世界の生き物とはかけ離れた見た目をしたいたと伝わっている。


 例えば全身が触手で出来た生き物、例えば表皮が剥がれ筋肉が剥き出しの生き物、例えば頭部が複数ある生き物。

 そんなグロテスクで奇怪な生き物の中にあって、カラザは比較的直視出来る「竜っぽいなにか」だ。もしこの世界に現代の地球と同じ生物学があれば「外見は似ているが、全くの別物」と言われるだろう。


「あいつが人を自称しているのだから、尊重してやれ。……そしてカラザ、確かにお前は厳密には竜ではない。だが、お前たちが魔王軍からこの世界に陣営を移した際、我の配下になったのだ。ならば既にお前は異世界の竜っぽいなにかの神ではない。この世界の竜神だ。それを自覚しろ」

「……分かりました」


 嫌そうに。もしくは嬉しそうにカラザは答えた。


 砂を司る竜神の索敵に、S級冒険者相当の実力者の感知をすり抜け暗殺する剣士。そして今なお世界最強の生物といって過言ではない龍神の頂点。

 この三柱がクロナミ国を守っている限り、神話で語られる魔王討伐軍級の戦力が無ければ、クロナミ国を落とすことは不可能だろう。





「そういえば、セイ様って今何をしてるんですか?司令塔の個体も停止してますけど」

「ハイディ神聖国に向かった。なんでも教皇から救援要請があったらしい」

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