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ダンジョンコアの闘争  作者: ライブイ
5章 世界が壊れる音
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88話 賭博国家ギャラルホルン

 セイが転生して最初にいた国、ラキア国。その隣の隣にはギャラルホルンという賭博国家がある。資源に乏しいため上級ダンジョンに集まった冒険者たちを戦わせる闘技場があることで有名だ。


 しかしこの国もセイに征服された。屈強な冒険者たちが立ち向かうも惨敗。国を愛し敵を憎む勇敢に戦った兵士に騎士、冒険者などなどが一人残らず首輪を付けられた。


「時間だ。抵抗はするなよ」

「……分かっているわ。……ぐっ」


 例えばこの女性もそうだ。明るく快適だが絶対に出られない独房に監禁され、素早さを重視しているんですと言い訳出来ないほどに最低限しか体を隠していない武具を身に着け、最後に首輪をぎゅと締められる。


 人々は自由を奪われ、苦しみに満ちた悲しく国になった……と言うことは無かった。


「次が本日最大にして、皆様のお待ちかね!王の扉より現れたのはかつて、ここから北にあった緑あふれる豊穣の国ファミラードの守護者として称えられ、愚かにも賢者様に歯向かい、その圧倒的な力に首を垂れた元A級冒険者…………戦乙女エヴァリーーナーーーー!!!!!」


 なぜなら、セイは闘技場を今までの約百倍にまで拡大させたからだ。


「対する剣闘士はななななぁんと!今回初出場となる十三歳の少年、F級冒険者のボックス君!経歴を読み上げさせていただきます!彼は隣国のチヨウ国の農村に住む平凡な少年でしたが、皆様ご存じの通り魔物の氾濫で滅亡。家族と共にここギャラルホルンに移住しました。しかし、母と二人の子供が都会で今まで通り生きていく術は無く、食うに困った母と姉は、娼婦に身を落とすことになったのです……。ううっ……なんと、なんという悲劇でしょう……。

 しかぁし!勇気ある少年は剣闘士になり、お母さんとお姉さんを助けようというのです!ああ素晴らしい!!お集りの皆様も、そうは思いませんか!!??」


 実況のお兄さんが観客に向けて水を向けると、「その通りだ!」「僕くん、頑張ってー!」「くそ女をぶっ殺せ!」「俺が買ってやるぞ!」と素敵な反応が返ってくる。


「お、お姉さん。ごめんなさい。でも、僕が勝ちます!」

「……心中、察してあまりあるが、私も負けられないのだ。悔いのないように戦おう」


 元の武具をモチーフに創られた屈辱的な格好の女剣闘士と、着ているというより着せられている少年は向かい合い、実況の合図に従って試合が始まる。

 

 片や元A級冒険者、片やF級……薬草採集や街の住人の手伝いをする段階のさらに前、魔境にさえ入れない初心者が冒険者という肩書だけ持ったばかりの初心者。勝敗など考えるまでも無い。

 

 だというのに戦いは拮抗していた。同年代の友達と喧嘩くらいしか戦いの経験が無いボックスは間合いの外から剣を振るう。

 すると、運営側から支給された謎の剣から斬撃が飛び出した。


 エヴェリーナは慌てて屈んで回避する。斬撃は通り過ぎて壁……の手前に展開された結界に衝突する。響く轟音。弾ける衝撃。音だけは観客席にも届き熱狂を加速させる。

 負けてはいられないと反撃に出る。


「はあぁぁぁ!!!」

「ひゃあ!」


 体に染みついた武術はどのような格好でも衰えない。羞恥心を押し殺して振り下ろした斬撃は見事なものだ。空気を切り裂く一撃は正確に少年の胴体を捉える。


「ぐっ――ッ!」


 その寸前で謎の挙動を見せる。一瞬の停滞。僅かな差で少年が本能的に動かした盾が間に合ってしまう。

 斬撃は盾に当たる。通常であれば竜さえ殴り殺す剛力で動かされた鉄剣は、どれだけ頑丈な盾であろうともひ弱な少年ごと叩き潰すだろう。


 しかし盾は微動だにしない。盾の中で何重にも重ねられたゴムの様な布が衝撃を完璧に吸収する。


「ええとええとええと、そうだ!は、【反射】!」

「なに!?――ぐあぁ!!」


 衝撃を吸収した布は、今度は吸収した衝撃を開放する。方向は球形。盾を中心に半球状の衝撃波が走りエヴァリーナを宙に浮かせた。


 べちゃり。ぼきり。全身が痺れたせいで受け身が取れない。落下の衝撃で足が痛む。骨に罅が入っているかもしれない。

 追撃されればここで負けただろう。追撃されないのはボックスが初心者だからに過ぎない。


「……くそっ、こんな首輪さえなければ……」


 忌々しそうに首輪を掴む。厳つい見た目に反して呼吸は阻害されず、重さも羽のようだが、極めて強力な負の付与魔術が込められている。いわゆる呪いの装備の一種だ。


「うわあああああ!!!なんとも意外な展開だ!かの『戦乙女』のエヴァリーナが、弱弱しい少年に手も足も出ない!おおっとぉ!?ただいま運営からのメッセージが届きましたです!彼女が身に着けているのは【隷属の首輪】!効果は能力値の激減と肉体の脆弱化。今の彼女は能力値を全力の一割程度にまで封印されているようです!対してボックス君に支給されているのは【通撃の剣】と【衝撃の盾】!見ての通り斬撃を飛ばせる剣と、衝撃を吸収する盾だ!すげえ!なんとトト商会の新製品だ!まだ棚に並んでいないが、彼の境遇を哀れんだお方が授けてくれららしいぞ!?

 さあ張った張った!現在はオッズがエヴェリーナが10倍!ボックス君が1.5倍!まず間違いなくボックス君が勝つでしょう!しかしエヴェリーナもかつては守護者と称えられた歴戦の勇士、万に一つの勝利をつかみ取るかもしれませんよ!試合から目が離せません!」


 実況の煽りに充てられ熱狂は最高潮に達する。観客は傍に居た従業員に掛け金を支払い一体感に身を任せる。札束が飛び交いコインが躍る。この一瞬で動いた金額は、ほんの二年前ならば年に一度あったかどうか。


「せい!でりゃあ!――おらぁ!!」

「ぐっ、まっ!」


 舞台の上でも戦いが盛り上がっている。ボックスは剣と盾の性能を理解し、十全に振るう。本人は知らないがそれぞれに一万近い魔力を込められる魔力石と、【身体強化:3Lv】と【剣術:3Lv】が込められており引き出せるようになってきた。

 圧倒的な力。殴っても殴り返してこない相手。自分は思い通りに殴り、相手は自分の思った通りの反応を返す、一方的な力関係。湧き出ているのは征服欲か、それとも支配欲というのか。


 観客たちは目が離せない。かつては栄光を手にしていながらも邪悪な魔術師のせいで全てを失い無様に辱めを受ける女戦士に、大切な家族のために圧倒的強者に立ち向かう心優しい少年に。


「死ねっ!倒れろ!この!このっ!」

(――まずい、また、負けるのか)


 純朴で可愛らしかった少年が、今では獣のような顔で襲い掛かってくる。何度も見た光景だ。自分が不甲斐ないせいで、何度の繰り返してしまう光景だ。

 エヴェリーナの心には後悔が浮かぶ。また負けてしまうのか。またみんなを助けられないのか。またあの独房に戻るのか。悲しい、そして悔しい。


 しかし、まあいいと諦観の気持ちも浮かぶ。百の負けが百一の負けになるだけ。また次に取り返せばいい。

 自分が負け犬に堕ちていることから目をそらし、また今日も気を失った。 


 こんな光景は今となってはありふれたものだ。元は闘技場に賭博場、酒場に道場とがバランスよくあったのだが、セイが極端に金と戦争奴隷と人員を流し込んだことで闘技場が占める割合が急拡大。ただの空き地でも賭け試合が執り行われている。


 征服されてからまだ二年程度しか経っていないが人々はあっさりと適応し、暴力と血にすっかり興奮している。ある者は夕食のおかずを増やすために賭け、負け、笑ってきた誰かと喧嘩。まあある者は十人を相手に勝利した剣闘士に憧れ弟子入りを頼む。

 ある令嬢は優雅にお茶を嗜みながら自宅の庭で高名な冒険者同士を戦わせ、視線を動かせば大柄な男性冒険者が特別な武具を身に着けた小さな少女にぼこぼこにされていた。


 賭博国家ギャラルホルン。二年で土地面積は五十倍に広がり、圧倒的に数を増やした闘技場が今日も賑わう。人々は富と名声と力と求め、そして彼らという見世物を観に、世界中から人々が集まる欲望の国。


 今ではトトサワルモ地方で五本の指に入る程の大国である。





「何がいいのかよく分かんねーな」

「さ、さようでございますか……」


 一番大きな闘技場のビップルームで、セイは独り言を発し、隣でギャラルホルン国王が怖がるように震えていた。


「セイ様の事ですから、ただの趣味ではないとは理解していたつもりですが、よくわからない、という程とは……」

「もともと捕虜で人体実験しようとしたら部下に進言されたのがきっかけだしな。この政策。せっかく戦争奴隷で元騎士に元冒険者、元英雄まで手に入ったんだから闘技場で戦わせたほうがいいって」

「セイ様の趣味に合わないようでしたら今すぐに方針を修正しますが」

「いいよいいよ。みんな楽しそうだし。ほら見てみろよ。この闘技場だけでも十万人の観客たちが楽しそうだろ?他の場所に中継してるから合わせれば三十万人くらいかな。個人用にはまだ技術的に無理だけど、個人で受信や映像の記録も出来るようになれば百万は超えるだろ。ああいや、この闘技場以外でも戦ってるし、今でも楽しんでいる人数は百万を超えてるのかな。

 俺にはまだよくわからないけど、こんだけの人々が楽しんでるなら、禁止するより仲間に入ったほうが楽しいよきっと」


 はっはっはと笑う横でギャラルホルン国王は冷や汗を流す。軽い口調だが、全て実現可能なのだろう。少なくとも、将来的には実現できる設計図が頭の中にあるのだろう。


 ふと、闘技場とビップルームを隔てるガラスに目を向ける。そこには恰幅の良い老人がいた。首痛くなるほどに大きく豪勢な王冠を被り、伝統を踏まえつつより上等な糸と技法が使われたマントを身に着けている。この二年が大きく質が向上している。この、セイに征服されてからの二年で見違えるほどになった。

 だが同時に、怖がりながらも決意を新たにする。今の関係を壊してはならない。賭博国家ギャラルホルンの最盛期を迎え続けられるかどうかは、暴竜との関係を良好に保てるかにかかっているのだから。


「ん?俺が仕立て直したマントになんか不備があったか?」

「い、いえいえいえいえいえいえ!失礼、たった二年で我が国も大きくなったものだと感慨に耽っておりました!セイ様の御心に不備などありませんぬ!」

「そうか?ならいい。でも不備があったら正直に言ってくれよな。あとから言われるよりも、早めに言ってくれた方が修正がしやすいから」

「ははあぁ!畏まりました!ですが、セイ様もなにか用があればなんでもおっしゃってください。我々が愚かにもセイ様の使途様方に歯向かわせてしまった兵士たちの中には逃げ切って行方不明なものも……」

「いいっていいって。この国で動く通貨を全部トトに変えてくれたんだから、目的は達してるんだし」


 そうは言われても、国王としては安心できない。言われた通りヒナルラ公国の発行している貨幣に通貨を変えて、トト商会を王家御用達にし、国政の全てにセイ……正確にはクロナミ国の官僚の意思を介入を許容した。

 しかしその上で、受けている恩恵の方が大きいのだ。


 特に替えが効かない物資は、セイとトト商会から支給されたマジックアイテムだろう。【隷属の首輪】と呼称され、制御装置でA級冒険者もE級冒険者並みに弱くなるほど強力な呪いの装備。【符片書】という魔術師で無い者でも魔術が発動できる本型のマジックアイテム。挿入した部位を異空間の収納して疑似的な部位欠損を起こせる空間属性のマジックアイテムなどなど。ギャラルホルンでは製造法が全く分からないほど隔絶したマジックアイテムの数々。

 壊れたらな治せないのだから、縁を切れるはずがない。


 セイやトト商会の人たちは「新商品の宣伝兼データ収集になるから」と言っているが、ギャラルホルン国側に主導権が全くないのだから不安は募るばかりだ。


(俺も競馬やパチンコを嗜んでいたら感想も違ったのかなー。まあでも当時は高校生だったししょうがないのかなー。

 ま、アーゼランの発行してる通貨を大量に流せたし、大量の死にそうなやつらも回収出来たから、サブ目標も含めてクリアってことでいいか)


 セイが世界征服を始めた三つの理由の一つは、拾った獣人たちのためだ。差別され、故郷を失い、先祖の土地にも帰れず、安眠できる場所が無い彼女たちのために安住の地を作る。それが拾った人の責任だ。


 そして二つ目の理由が、アーゼランとの約束を果たすこと。具体的には新通貨の流通である。

 地球人だったころの記憶を持つセイとアーゼランにとって、この世界は暮らしにくいものだ。文明は旧く、不便で、不衛生。なので全てを改良するのだ。


 そのための準備段階として、まずは世界を征服する。民間から、つまり下から干渉するよりも国家を丸ごと征服して、上から干渉したほうが速いし融通が効かせられると考えたのだ。

 アーゼランに説明したときは異世界人を見るような目で見られたが、セイは武力の方に適性があるのだから仕方がない。実際だいたい出来たし。


 そしてもう一つ……世界征服を始めた三つの理由に含まれるほどではないが、サブ目標として、死にそうな人たちの保護も考えていた。

 この世界は人の命が軽い。山賊やら強盗が多いからというわけではなく、飢餓や情勢不安があっさりと沢山の人が死んでいる。いや、死んでいた。


 なのでセイは賭博国家ギャラルホルンを作った後はトト商会を通じて世界中の身売りしている人たちを買いあさった。使用通過はトト。住まわせる場所はギャラルホルン。急拡大しているこの国では人では圧倒的に足りていないのだ賭け試合で破産した人たちも全員購入し、セイの作った衛星都市で元気に暮らしている。

 将来的に剣闘士になるのか、冒険者になるのか、それとも武力とは関係の無い職業に就くのか。それは分からないが、ニ十歳になるのが百人に一人で、あとはみんな死んでしまうという現状を変えられたなら非常に気分がいい話である。


 とはいえまだ完璧に解決しているわけではない。ダンジョンコアをトトサワルモ地方中にだいたい配置したセイですら把握できないほどの田舎では今でもデータに乗らない死者が出ている。それも何とかしたい。

 闘技場で生じる純粋な利益のうち半分はギャラルホルンに、もう半分はセイの懐に入るのだが、これは全て救われない人のために使うと決めている。まだ金があるからもう少し手を伸ばそう。


(しっかし、ヴィクティのやつどこに行ったんだ?孤児院の管理はあいつに任せたかったのに、一年ほど目を話している隙にどっかに行くとは……)


「そうだ、セイ様。今から女奴隷を磔にして鞭で叩くイベントがありますのでセイ様もご参加なさってはいかがですけ?最初はマイルドなものから嗜んでみるのはどうでしょう?もしよろしければセイ様がこの間捕虜にしたという聖女アザレアあたりも提供していただけると皆喜ぶのですが」

「あいつは使い道があるから駄目だよ。まあ参加くらいは……ん?」


 セイは電波を受信してように虚空を向く。しばらくして眉を顰め、ギャラルホルン国王に向き直る。


「すまんが急用だ。これからベルゼラード帝国の英雄とやり合うからこの個体は停止させる」

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