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ダンジョンコアの闘争  作者: ライブイ
5章 世界が壊れる音
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86話 訝しむ神々

 セイが部下たちに詰められていたころ、トトサワルモ地方ではない、天上の世界で神々の会議でも似たようなことが起きていた。


「ハイディ様!暴竜を見逃すとはどういうことですか!?」

「今すぐにでも救世主たちを再招集して討伐するべきではありませんか!?」


 詰められているのはハイディ。光と法を司る、この世界で唯一生き残っている大神。

 対して詰めているのは、ハイディの従属神たちだ。


「落ち着くのだ、我が同胞たち」

「落ち着いてなど居られません!あの怪物は世界の人口を一割も減らしたのですよ!?」

「我らの神像も数多くが破壊されています!改宗を拒んだ我が信徒も無残に殺され晒し者にされました!」

「許可を頂ければ私が地上に降臨してでも抹殺してみせます!今こそ我ら英霊の本懐を遂げさせていただけないでしょうか!?」


 正確に言えば、方針をセイとの共存に切り替えようとしているハイディが、抹殺推進派の神々に詰められていた。


「再度告げよう。落ち着きなさい、我が同胞たちよ。汝らも我と同じ神であるのならば、信徒たちの規範となる行動を忘れるな」

「むっ……」

「それは……」

「……失礼。恥ずかしながら、我を失っていました……」

「良い。汝らの気持ちも分かる。人の世の常とはいえ、等しく愛すべき人間たちが殺し合い、命を落とすことは悲しいことだ。ましてや命を落としたのが己の信徒、命を奪ったのが異教徒ならば、な。

 だがそのうえで言おう。この世界に生きる人間は、等しく我らが愛すべき子供たちだ」


 セイはこの世界に新しい秩序を開くつもりだ。


 文明のレベルが低く暮らしが不便で、配下の獣人が差別されて暮らしにくい世界。これを変えるには武力による世界征服が手っ取り早いし、他にも世界征服をしたい理由があるし、なにより自分ならたぶんできる。

 そう思ったから実行した。

 だいたい出来た。あともう少しで完遂だ。


 しかし新たな秩序を開くならば今ある秩序は邪魔であり排除しなければならない。具体的には世界の警察の様なことをやっているハイディ神聖国を滅ぼし、、『ハイディ教』の力を削ぐ必要があるのだ。

 もちろんセイにも理性と冷静な頭脳があるので根絶ではなく共存をある程度は選んでいるが、この世界の宗教の頂点に居るのは人ではなく神そのもの。魔王との戦いで力を失い眠っている他の神々と違い、ハイディはいざとなれば信徒に加護と神託を出し、人の世に介入してきた例がいくつもある。


 ゆえに、セイはハイディと敵対するつもり満々である。力の源である信仰を届ける窓口である神像を故意に破壊し、公共事業として共同神殿で十二の大神の一柱として相対的に小さい神像に作り替えた。当然ハイディ派の従属神たちも同様だ。

 神の勢力範囲は信徒全て。ならば人である信徒を経由して思うように影響を与えることが出来る。いざとなったら力の大半と引き換えに直接降臨出来るのでこれは警戒しつつ、削り方を調節しながら力を奪えばいい。


 トトサワルモ地方中に張り巡らせたダンジョンコアネットワークで情報を収集し、加護や神託を授かった者がいないか、御使いや英霊が派遣されていないかの監視。神の基本能力である信徒の情報収集を悪用されることも想定しハイディの信者は中枢からほぼ排除。

 残した数人から意図的に情報を信徒に与えることで情報操作。セイは完全にハイディと戦うつもりだ。


 セイの最も愚かで恐ろしいところは、自分よりも強大な相手と戦うことになっても「命と引き換えなら指一本分は削れる……じゃあ戦い方次第で勝てる!やるか!」と応じてしまう所かもしれない。


「ぐっ…………最も信徒を殺されたハイディ様の、お言葉なのですから、我らも見習わせていただきます」

「ですが、やはり正気の判断とは思えません。【暴竜】の力は既に神の領域に届き、新しい破壊の神として、まるで現人神のように崇拝しているものまでいます」

「加えて暴竜が信仰しているのはコククロとシャヌマ―。彼らの信徒は狂気に囚われる者も多く、邪悪な神々に改宗する者が多いのはご存じのはず。やはり、殺すべきでは」


 従属神たちの言い分ももっともだ。セイはハイディ派の神々に敬意は有っても信仰はしていないので、情報が全く入ってこない。

 信者の祈りを聞く力は諜報の力ではないので、当たり前と言えば当たり前だが。


 信徒を通じて入ってくる情報に照らし合わせれば、暴竜と和解などありえない。あれは敵である。


 しかしハイディの考えは違う。


「何一つ問題ない。人の世ではよくあることであろう。神に匹敵する人間はたびたび現れる。汝らのようにな。それに、重大な事ゆえ告げる時期を見計らっていたのだが……そろそろいうべきだろう。

 術と時の神コククロと創造と空間の神シャヌマ―は復活している。【暴竜】ことセイは、我が兄にして弟たちの加護を授かった新たな勇者だ」


 その言葉に、詰め寄っていた従属神たちだけでなく近くで待機していた御使いも、英霊も、他の従属神たちも、全員が言葉を失う。

 永遠に感じられる数秒で理解し、神域は喜びの声で溢れ出した。


「そっ、それは確かなのですか!?」

「ああ。我の分霊をその身に降ろせる信徒が直接視認して確認した。間違いない」


「あ、ああ、あああ!何と喜ばしい!い、急いで世界中に知らせなければ!」

「ついに冬に時代が終わる!そういうことか!?」

「当たり前だろう!ハイディ様一柱で魔王軍残党とヴィーナの新種族たちと互角だったのだ。復活したばかりとはいえ、ハイディ様と同格のお方が二柱も味方になってくださるのだぞ」

「長かった……本当に長かった……っ!」


「あの、だとしたら、どうして暴竜は侵略に虐殺など酷いことをしているのでしょうか……?」

「分からん!だか些細なことだ!人は些細なことで殺し合うが、同時に確かな愛と信仰を両立するだろう!」

「そう……です、ね?」


 一部に訝しんでいる者もいるが、些細なことだ。


 魔王との戦いから五万年。とても長い時間だ。当時の戦いを知る者は今となっては少なく、御使いも含めれば神々の大半は人間上りの神が半分を占める。それほどまでに時代が変わってしまった。それほどまでに追い詰められる酷い時代だ。

 それが、ようやく終わるのだ。神であることを忘れ、人間だった頃のように喜び舞い上がってしまうのも無理はない。


(……おかしな点があるのも確かだ。なぜ、暴竜は我を信仰していない?我は神々の長だというのに)


 しかしその『一部』にはハイディ自身も入っていた。言葉では安心しろと言っていながら、本人は安心できていない。

 ハイディの懸念は当然のことだ。魔王との戦いで最高位の神である大神も十二柱から一柱に減ってしまいこの世界の維持すら困難になってしまった。そのため仕方なく力の源である信仰を自分に集中させるために、ハイディは神々の長であるという新しい神話を書き加えた。


 目論見は成功し、今や世界中の人間がハイディを信仰している。より信仰している神がいることもあるが、ハイディは最低でも二番目くらいには信仰している。

 例外は神話的にハイディと敵対したヴィーナの新種族と、邪悪な神々の信徒くらいのものだろう。


 だがどういうわけかセイもハイディを信仰していない。邪悪な神々を崇拝しているわけでもないし、ヴィーナの新種族でもない。だというのに、なぜ。


(それに謎の三つ目の加護も受けているように感じたのだが…………まあいい。それほどまでにコククロとシャヌマ―を崇拝しているのだろう。稀によくあることだ。我の味方になるのだから、気にするほどの事ではない)


 安心したように顔を綻ばせる。

 もう少し冷静であれば、味方になる理由など全くない事に気が付けただろうに。


 ハイディはセイが己の味方であることを疑っていない。なぜなら、セイはコククロとシャヌマ―の信徒であり、五万年の時を超えて復活した彼らの加護を授かっているからだ。

 コククロとシャヌマ―は己の兄にして弟である。つまり復活すれば、世界のために活動している己の味方になってくれる。


 そんな何の根拠もない未来を、ハイディは信じていた。いや、信じるというのも違う。まるで林檎が木から地面に落ちるように、朝日が東から登る様に、当然そうなると認識していた。

 五万年前にヴィーナが新種族を創造した際に狂ったと決めつけ会談の場で背中から刺した事で疑心を持たれているとも知らず、神々の長を名乗り信仰を独り占めに、転じて他の神々の復活を遅らせていることを悪いとも思わずに。


(復活したのに連絡が無いのは疑問だが、おそらく加護を与えるのが精いっぱいでまだ動けないのだろ。待っていれば我の下に来るはずだ)


 五万年という時間は神にとっても長い。その間ずっと、自分に従う部下だけに囲まれていたハイディは、悲しいことに十二の大神で合議制をしていたころとはすっかり変わってしまっていた。


 最も悲劇的なのは、本人がそれを自覚していないことだろう。

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