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ダンジョンコアの闘争  作者: ライブイ
5章 世界が壊れる音
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84話 獅子身中の虫

「セイさん、頼まれていた術式が完成しましたよ」

「まじで!?でかした!」


 その日セイの執務室を訪れたのはセレーナだ。


「結構大変でしたのでお礼の言葉と謝礼をたっぷり要求します。たっぷりですよ?」

「もちろんだ。正直に言うとダンジョンコアをアップデートする術式なんて完成しないと思っていた。国二つ分の資源を送る。自由に使ってくれ」

「わあい大好き!ありがとうございます!」


 セイは早速受け取った紙に掛かれた通りに魔術を発動する。

 魔力操作で土地に埋め込んだダンジョンコアと接続。ダンジョンコアに流れ込んでくる情報を今まで以上に精密に解析し、表示する。


「ダンジョンコアを研究できるなんてなかなか無い機会なので楽しかったです。でもセイさんも私と同じくらいには一流の錬金術師ですよね?作れなかったんですか?」

「錬金術師としての俺は生物とか、自己改造、人体改造、他者改造あたりが専門だからな。あとは規模が大きいだけで普通の魔術の延長くらい。こういう未知の機能の拡張は苦手だ」


 セイは種族:ダンジョンコアの身体機能の一部を使ってモニターを開いた。そこにはいくつかの項目が追加されていた。

 元は設置しているダンジョンコアに流れ込んでいる土地の魔力に製造可能な魔物などだったが、新しく追加された項目は魔力圏内の住人とその種族に年齢、登録したマジックアイテムの製造数、取れた特産物の数、出入りした人の数など人間の生活に関係したものだ。


「よし、これでいちいち書類を持ってこさせなくても、各国に配布したシティコアを通じて全ての情報が流れてくるようになった。これで――」

「ふっふーん!これでセイさんも少しは休――」

「空いた時間を次の仕事に充てられるな」


 セレーナの表情が固まる。まるで石化の魔眼でも喰らったようだ。


「……お仕事ってそんなにたくさんあるんですか?」

「そりゃそうだ。俺も驚いたが、トトサワルモ地方全部の統治するとなると、俺の想像の一億倍くらいあった。ていうか終わりがない。細部を埋め続けるとまじで無限」

「お疲れ様です……でも統治している国々の情報はシティコアを通じて自動で入ってくるようになりましたよね。まだ何があるんですか?」

「まずはこの術式が本当に正しく働いているかの確認だな」

「私の術式に不備があると?」

「不備があるかもしれないという可能性を完全に解消するための検証だ。それに各国に纏めさせる情報と一致するか、差異があるか。差異があるなら術式の不備か、役人の過失か、貴族の隠蔽か。などなど調べることは沢山ある。他にもこの術式をさらに拡張して魔力で戸籍や個人確認が出来るようにもしたい」


 モニターをセレーナにも視認できるように性質を変え、さらに宙に文字と絵図を追加して分かりやすく解説する。


「現状は戸籍制度が曖昧な国家が多い。というかほとんどの国で無い。村なら無いし、人口一万人くらいの国でようやく作り始めるくらいだ。だから俺が個人情報を一括で管理すれば出来ることが一気に増えるんだ。具体的には、誰にも認知されず、人知れずに死ぬ奴をかなり減らせるはずだ」

「なるほど。不正もし放題と」

「ああ。こっそりとトトサワルモ地方全土に逃がした元自治区の奴らも、最初からその土地にいたように情報を偽装できる」

「真面目ですねぇ」

「拾った以上は面倒を見る。面倒を見れないなら、次の屋根を探す。そうするべきだよ」


 セイはモニターをもういくつか展開する。内容はこの管理棟の他。ここが第一自治区と呼ばれていたころに第二自治区や第三自治区と呼ばれていた場所。

 表示される数は全て零。同情して拾ってきた難民や貧民は、全て移住が終わっている。


 残っているのはクロナミ国という張りぼての看板と、征服地を管理するクロナミ中央政府という名の管理棟だけ。人間も攫ってきた百人近い役人と、セイに忠誠を誓っている二十人の獣人たちだけ。


 こちらは全てが順調だ。元よりこれが目的の一つだから最優先したため、当然だ。


 自分の成果を誇る様にどや顔でセレーナをチラ見する。

 しかし返ってきたのは白けた眼だ。


「いろいろ真面目なことを言ってますけど、で、目下の仕事はお嫁さん探しですか」


 セレーナは白けた眼のまま視線を横にずらすと、天井に届かんばかりのお見合い写真の様なものが積み上げられているのが視界に映る。

 一つ抜き取ってみると、そこには美人さんが。国籍と身分と家、そして本人の歳などなど。

 もう一枚抜き取るとこれまた美人さんが。絵なので多少は違うだろうが、まず間違いなく実際も美人なのだろう。


 勝手ながら期待していた反応が返ってこなかったので、セイも遠慮なく白けた眼線で応じる。


「……分かるだろアホ。家と家を繋げるには結婚が一番だと」

「でも一万人分くらいありますよこれ、そんなにお盛んでしたっけ?」

「馬鹿。性欲が抑えられないだけなら自分専用の店でも作るわ。セレーナ、確かお前も貴族だがいいとこの商人の娘だったから分かるだろ。婚約を餌に相手の内情を探るんだよ」

「???」

「…………ばか、ばか、ばーか。よほど錬金術師にしか興味が無かったと見える。例えば『結婚は前向きに考えている。しかし一蓮托生の関係になる以上、内情を詳しく知っておきたいのは道理だろう。あの鉱山が枯渇しそうと聞くが、直接調べたい』とか。『お互いの家の格を考慮すればうちの娘は正妻には出来ないでしょう。しかしここだけの話ですが、私たちの一族しか使えない特別なマジックアイテムがありましてな』と言っておいて、次の一手の足掛かりにするんだ。婚約自体はすぐに破棄するよ」


 分かってもらえただろうか。


「ほえー」


 分かってなさそうだ。


「じゃあどの方もカッコいい系の美女なのは、セイさんの好みが反映されているわけじゃないんですか?」

「無い。ただ、絶対に婚約話は破綻させるから、経歴に傷がついても一人で幸せになれそうな人たちを最初に選別したからだな」

「いい加減にセイさんも腰を落ち着けたほうがいいんじゃないですかね」

「そんな日は来ないよ。俺は相手を幸せにできる自信が無い。それに土台がもうすぐ壊れる。……まあ、もし世界が続けば、タイミとは寿命が尽きるまで関係が続くだろうけど」

「あの馬鹿女と?」


 タイミの名前を出した瞬間、セレーナの声が低くなった。

 豹変が激しすぎて一瞬硬直してしまう。仲が悪いのは知っていたけど、ここまでとは知らなかった。


「……そんな言い方をするんじゃない。たしかに獣人の自治区には学校が無かったからか足りないこともあるけど、タイミは良くやっている。それにタイミだけじゃない、リンクスにゼララ、モモカたちもたぶん縁は切れないだろう。もちろんセレーナともだ」

「そうですか。セイさんに負担ばっかりかけてる人たちを信用しないほうがいいと思いますけどね。報酬は勝手に持っていきますね」

「あ、ああ」


 セレーナはドアの外で待っていた付き人と共にさっさと帰っていく。

 その不機嫌そうな後ろ姿になにか声を掛けようとするが、一応は上の立場にいる自分が進んで関与するべきではないと判断し無言で見送った。





「せっちゃん、物騒な単語が聞こえた気がしたんだけど、セイ様が何をお考えかしってるの?」

「知ってるわ。でもあなたは知らなくていい事よ」


 リリのところで知り合った付き人、ローレズからの問いかけを詰めたい声色で返す。優秀な助手だが、無意味な想像を膨らませて勝手に不安がるところは嫌いだった。


「で、でもでも、セイ様って暴力的で怖いところもあるじゃない?遠望深慮なのは知ってるつもりだけど……だけど……ね……?」

「あーもう。私たちはセイさんの庇護下にあるんだから。心配することなんて何もないわよ!それでも何か起こるなら、出来ることなんて何もないわ」

「で、でもでも、でもでもでも!セイ様って周囲を巻き込むおっきなことをするつもりってタイミさんが――ひぇっ!」


 好奇心は猫を殺し迂闊な発言は龍の逆鱗を撫でまわす。セレーナの銀色の魔力が暴れだした。


「………………ふぅっ……………………ふぅっ。大丈夫、本当に大丈夫なのよ。ローレズ。セイさんは頭はいいけど、自分を冷酷だと思い込んでいるから……自分の優しさを勘定入れられない人なの。計画は失敗するわよ。まず間違いなくね」

「不安だなぁ……じゃ、じゃあ今進めてる実験は?」

「それはそれ、これはこれ、というやつね」


 場所はセイが住んでいる管理棟から百キロ以上離れた無人の荒野に、ぽっかりと空いた穴がある。

 地下に広がる大空洞。セレーナの研修施設だ。


「蒸し暑い……」

「我慢しなさい」

「セイ様のダンジョンコアを素直に授かれば快適な暮らしが出来るのに……」

「馬鹿ね、何度も言ったでしょ。セイさんのダンジョン内なら衣食住が揃ってて環境設定まで自由自在の夢のような研究施設が作れるけど、内部のことは全部セイさんに筒抜けだって

 さすがに、セイ様を殺す研究をしているなんて知られたら、頭の中身を弄られちゃうわ」


「お待ちしておりました。生活物資と実験素材をお届けに参りました」

「あら、もう来てたのね。ありがとう、アリアさん」

「こんばんはー」

「いえ、お嬢様もあなた方の実験成果をお望みですので。援助は惜しまないとのことです」


 地下へ続く階段を下ると、大きな門の前にメイド姿の女性がいた。

 名前はアリア。セイの同盟相手にして、トト商会の会長。そしてセイと同じ転生者であるヒナルラ公国最高権力者アーゼランの腹心だ。

 見た目以上に容量が大きく重さも無視できるマジックバックを下賜されたアリアは、アーゼランと様々な人物を秘かにつなぐ連絡係でもある。


「お嬢様は経過報告をお望みです」

「ではどうぞ見ていってください」


 門を開けてさらに地下に進む。

 研究施設を覆う七十七層の門は全てが全てを遮断するマジックアイテムであり、七十七層も超えれば、神の持つ権能の一つ、信者の記憶の閲覧すらも遮断する。


 たどり着いた最奥には小さな部屋。それぞれの層で研究がおこなわれているが、このセレーナ個人の研究室に入れる権限を持つ者は五人もいない。


「報告書に書いてあったことは、本当だったのですね」

「嘘は書きませんよー」

「疑うのは当然の事、気を悪くしなくていいわ。じゃあ暴走させるわね」


 研究室の中央には巨大で透明なケースが鎮座している。床と天井で密閉され、外界からの影響を完璧に遮断する。

 ケースの真ん中には禍々しい腕。


 その正体は魔王の欠片。五万年前に異世界から現れた魔王べアルザティの欠片である。死してなお強大な魔力と本能を持ち、今なお復活の機会をうかがっているこの世界でも最も危険な物質だ。

 神の鉄オリハルコンでなければ破壊できないほどに頑丈であり、もし武技や魔術で破壊できればS級冒険者に匹敵する実力者と言っていいだろう。


 もちろんこの場にいる全員がそこまでの実力者ではない。スキルレベルだけならセレーナも高いが、魔術師とはいえ研究者であるセレーナは弱い。

 しかし、それでも魔王の欠片で実験するだけの危険な精神性と、もし暴走しても対処できる理由があった。


 壁際にある装置を操作するとケースの中で魔王の腕が泡立つ。

 体表がぼこぼこと魔力の泡が立ち、邪悪な瘴気が漏れ出す。このままではケースを破壊して外に出て、魔王として復活するべく殺戮を繰り広げるだろう


「【泡沫】」


 しかしそのような未来は訪れない。続けて操作すると、ケースの床部分に魔方陣が浮かび上がり、魔術を発動する。

 腕は無いはずの声帯から悲鳴を発し、次の瞬間消えた。


「――今のは」

「【泡沫】。あらゆる物質を世界の最小単位まで分解する魔術ですよ」

「……本当に再現したのですね」

「ええ。まだ【斥発】と【誘引】を合わせた三つだけですけどね」


 言葉は謙遜だが、声色は高い。美貌を狂気の笑み歪めてにやりと嗤う。


 マジックアイテムの開発をかつては夢だと語った。

 しかしもっと根本にあるのは、世界で最も優れた生き物を創ること。


「魔法には再現性があります。セイさんが至った新たな属性、【力属性】……必ず体系化してみせましょう」


 瞼を閉じればすぐに思い出せる。

 セレーナはライランという街のお嬢様だった。それなりに裕福な家に生まれた。それなりにありふれたお嬢様だった。目立つ違いと言えば、双眼鏡を使い街中を観察する変わった趣味があったころくらいだ。


 すべてが変わったのはあの日。全てを失ったあの日。考えるまでもなく信じていたものが崩れ去ったあの日。

 いつものように街を観察していると、まだ昼間なのに、西に太陽が現れた。

 よく見るとそれは魔術であり、誰かが右手で投げる直前のように構えていた。


 大火球が投げられた。誰かは宙を蹴って追いつき、一回転。吸収するように火球を足に付与して圧縮、空中飛び蹴りのように地面に着弾、火球は解放された。

 爆発。解放された太陽は街の住人の半数を消し炭に換え、焼け野原の中心で彼は無傷で立っていてた。


 セイに【暴竜】という称号が定着したあの事件を、セレーナは忘れないだろう。


 とはいえ、恨みはない。嫌ってもいないし好いている。


「セイさんを、あの究極の生命の全てを、私の手で壊してみたい」


 一目ぼれと言うにはあまりに物騒な、しかし魂を塗りつぶして一生忘れない衝撃が、今でも彼女の中で弾けている。

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