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ダンジョンコアの闘争  作者: ライブイ
5章 世界が壊れる音
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81話 謎のエルフ

 トトサワルモ地方のある場所、ありふれた街のどれかに一人のエルフの青年が流れ着いた。


「止まれ!この街に何の用だ!」

「ああっ、お待ちください門番殿。私は見ての通り、流れの吟遊詩人にございます」


 吟遊詩人。それは音とリズムで時に人々を楽しませ、時に遠くの場所で生まれた英雄譚を語り、時に為政者の手先としてあること無い事をまき散らかすやつらである。

 名乗りを聞いて一瞬だけ門番は目を細め警戒する。仕方のない事だ。ギルドの様な仲介役がいないため吟遊詩人は冒険者以上に根無し草。そのため冒険者以上に間者や密偵、工作員が紛れ込んでいる可能性が高いのだから。


「……通って良し」

「どもども~そこら辺の酒場に居ますので、門番殿も興味があれば是非ご一曲お聞きになりに来てくださいな」


 エルフが背負ったリュートと、細く荒事に不慣れそうな腕を見て道を開ける。密偵や工作員の可能性……いや、不安も否定は出来ないが、本当にただの吟遊詩人である場合の方が多いのだ。

 門番の仕事は不審者を追い返すことではなく、正しい訪問者を招き入れることこそ本領。見て、感じて、危険人物ではないと判断したときに道を開ける権限を持つのが門番なのだ。


 それに吟遊詩人の存在は街の住人にとってありがたい存在でもある。文明水準が中世の様なこの世界では吟遊詩人はテレビにラジオ、音楽プレイヤーや動画サイトの様なもの。酒場や広場に一人いるだけで一気に入手できる情報量が上がり生活に彩りが出来るのだから。


(これが暴竜に征服された街か。奇妙だな)


 そうやってうまいこと街に入り込んだ謎のエルフは街を見ながら考察を始めた。


(たいていの場合、武力で征服された国というのは重税と圧政で悲惨なことになるものだ。しかしこの街は以前立ち寄った時とほとんど変わっていない。門番もこの街を守る役割をしっかり果たしている。あの門番がとりわけ職務に忠実だという可能性もあるが、俺の経験上まずありえない。この街を守る価値のあるものと認識しているわけだ)


 謎のエルフは歩を進め、演奏する場所を探すしている風に装いながら街を見聞する。


(物価もほとんど上がっていない。仮にも占領下にあるんだよな?城に詰めている暴竜の部下が頂点に立ち、今まで国王や領主だった者に指示を出しているらしい。駐在軍が居ないから反乱を畏れて勝手なことが出来ないとも考えられるが……トトサワルモ地方のほとんどを武力で征服した暴竜の武力を甘く見ている為政者は居ない。となると、暴竜が指示している方針通りというわけか)


「おーいエルフの兄ちゃん!見ない顔だな!腹減ってないか?うちで食べていけよ!」

「いただきます。おおっ!お安いのにすごい量なんですね」

「ああ。賢者様が征服してくれてから税が安くなったんだ。威張り散らしてばかりの衛兵も居なくなったし、いい世の中になったもんだよ」

「それは素晴らしいですね。私は英雄的な活躍ばかり耳にしますが、やはり素晴らしい方なのですか?」

「ああ勿論さ!暴竜なんておっかない異名が有名だが、この街ではみんな賢者様と呼んでいるよ。あのお方のお陰で必要ない騎士団も冒険者も居なくなったし、その分の税金も減ったんだ。いいこと尽くしだ」


(賢者様、とはやはり暴竜のことか。他の街では『暴君王』に『虐殺神』、『災禍竜』に『邪悪神』なんと異名で呼ぶものもいたが、『奇跡の癒し手』や『知恵の賢者』と呼ぶ者たちもいた。行いを善か悪かで測ることは不可能だが、降伏した街には善政を敷いているのは間違いないだろうな。それがただの性格なのか、別の目的があるのかは不明だが)


 謎のエルフは運ばれてきた料理に目を見開く。メニュー表に描かれた絵と数字で安くて多いのは知っていたが、実際に見ると情報以上だ。


「しかし、騎士団と冒険者がいなくなってしまって大丈夫なのですか?この辺りに魔境はありませんが、盗賊が住み着いてしまうかもしれません。それに魔境でなくともダンジョンが発生する可能性もあります」

「はっはっは。大丈夫だって!ほら、見えるだろう。この街を包む結界を。あれは賢者様の使徒様が維持しているらしい。この間だって空飛ぶ竜を……んんん!!???」

「あれは……竜?馬鹿な、なぜこんなところに!?今すぐ避難を――」

「ま、大丈夫だろ。ほら見てな。すぐに使徒様が駆除するさ」


 店主が言うように、指で示した先、街を半球状に覆う半透明な結界が一部発光する。光が強くなり、熱線となって竜を焼き払った。胴体を失った通りすがりの竜は地に落ち大地を揺らす。

 竜。この世界でも強者に分類される魔物。見たところ最低のランク6といったところだが、この程度の街なら壊滅して当たり前の生きる災害。それがたった一発で。


「————なんと」

「ほらな。賢者様が作った結界のお陰で、もう危ないものなんてないのさ」

「確かに。これほどの結界を作り、国々に配布しているならば偉業も偉業。新しい英雄譚として皆に広めなくては」

「おっ!本当かい?詩が出来たらうちの店でも歌ってくれよ。夜は酒場になるんだ。そうそう。この間は盗賊を相手に賢者様の加護を受けた領主様が――」


 店主は高揚したように熱く語る。

 しかし謎のエルフは聞き流しながら焦ったように思考を加速させる。


(今のはおそらく火属性攻撃魔術の【熱線】。攻撃魔術としてはありふれたもの。しかし込められた魔力量が異常だ。数値にすれば一万。一流の魔術師の全力の一撃に等しい。それほどの魔力を一体どこから?それに結界を維持している魔力量を合わせればその負担は計り知れない。となると……)


「店主、美味しかったよ」

「おう!また来てくれよな!」


 謎のエルフは歩を早め、街中を探索する。

 新たに分かった事実に震撼し、歩き疲れてかいた汗を拭くふりで顰めてしまう眉を隠す。


(街の住民の暮らしが良くなったのは騎士団を解体したのが大きいのだな。有事の際には必要だが普段は金食い虫になる騎士団は負担が大きい。大抵の場合は冒険者の数を増やすことで騎士団に割く金を減らすものだが、暴竜の作ったマジックアイテムとその管理者たちが国防を完全に担うことで解決したのだろう。暴竜への献上金を差し引いても負担が減り、財政状況が良くなっている。元騎士や元冒険者は不満そうだが、総じて言えば反乱が不満がほとんど出ないのも納得だな。好き好んで命を担保に生きていくやつは少ない)


 視線を上げ結界を見る。ありえないはずだが、街中を覆う結界がこちらを見返している様に錯覚する。


(魔力は街の住民から賄っているようだ。大抵の奴は魔術を使えないが、魔力自体は誰もが持っている。そして魔力は生き居るだけで生産され、消費しなければ子供の元気のように蓄積し、周囲に溢れ出す。あの結界はこの溢れ出す余剰な魔力で賄っているとみて間違いないだろう。どのみち空気に溶けて消えるのだから問題は起きないが、あまりにも革新的で未来の技術だ。俺もマジックアイテムについては詳しくないが……こんなものがあるなら噂になるはずだ。どの王侯貴族もこの情報をつかめなかったのか?暴竜は術と時の神コククロと、創造と空間の神シュヌマーの信徒だという噂もある。あの二柱の神の信徒は研究狂いや魔術狂いが多い。ならば誰も知らない場所で独自の研究を重ね作り出したとも考えられるが………………研究には資金も物資も人手もいる。これは違う、か?くそっ、情報が足りない。次の街に向かうか)


 謎のエルフは街を出て、次の街に向かう。

 同じようなやり取りに、同じような方法で情報を集める。その途中で奇妙なことに気が付いた。


(魔境が、減っている?)


 魔物は生きているだけで瘴気をまき散らし、空間に一定以上の瘴気が溜まると魔境に変質する。

 魔境は魔物にとって好ましい場所であり、心身ともに良好になり能力値の増加、子供が生まれやすくなるといった好ましい影響を与え、増えた魔物がさらに瘴気をまき散らし、さらに魔境を拡大させる。これを繰り返して魔物の支配領域が世界の半分以上になってしまっているのがこの世界の抱える問題の一つだ。

 魔境を減らすには魔物を殺し、汚染された動植物や空間を正常にし、ようやく魔境を浄化できる。


 そんな魔境が、一気に数を減らしている。

 魔物を大規模に駆除しているわけでもないのに、偉大な聖者が土地そのものを浄化しているわけでもないのに。


 喜ばしいことだ。しかし謎のエルフは一気に危機感を覚えた。


 次に調査に訪れた街でさらに奇妙なことが分かった。


(間違いない。街全体の瘴気が減っているんだ。神話の時代に降臨し、この世界を汚染している魔王軍残党たちの影響は世界中に及び、世界中が瘴気に汚染されている。人間たちも常に微量な瘴気をまき散らしていて、この世界の本来の魔力でのみ構築された空間を聖域という。

 ……これまでに訪れた結界のある街は全て、まさに聖域だ。人間たちがまき散らしてしまう瘴気すら吸収し、利用している。だがおかしい。俺は何を畏れている?良い事しか起こっていないはずなのに、なぜ俺はダンジョンの最下層に居るような寒気を覚えているんだ?まさか、どこかに瘴気を集めているのか?だとしたら、なぜ?なんのために?)


 謎のエルフは地面が消えたような恐怖を覚えながら、平静を装って街を歩く。そうだ、分からないことは多いが、この街の住人たちは平和で安全な暮らしを送れているのだ。


(暴竜には不審な点が多い。なぜこれほどの善政を敷いているんだ?延命や長寿化の術はいくらでもあるが、噂によると外見は二十代らしい。ならば世界を征服した多くの者たちのように贅の限りを尽くしたり、美女を集めるくらいはしそうなものだが、それもない。

 そもそもの話、世界征服なんのために……いや、誰のためなんだ?)


 そこまで考えて、謎のエルフは考えることを止めた。


「不安な要素はあるが、この程度なら人間の営みの範囲内だ。俺たちが介入する道理はないな。本部にも報告しておこう」


 そう呟いて謎のエルフ、世界に三人しかいないS級冒険者『森人』のアルフは人の世から再び姿を隠した。

今年最後の更新です。来年もよろしくお願いします。

来年には完結させたいと思います。

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