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第一章 兄は人気ライトノベル作家でした

 筑波山から吹く風も心地よくなってきて梅祭りで観光客で賑わいを見せる春のつくば市内、比較的新しい二階建てのアパート一室、ライトノベル作家・茨城基氏、本名・真壁基氏21歳は血縁上叔母であるが、義母・真壁佳奈子からのメッセージを見ていた。


 真壁基氏は幼い頃、両親を自然災害で亡くし、叔母夫婦に引き取られた。


 叔母夫婦は本当の両親のごとく、暖かく優しく、時に厳しく接していた。

 

 実の我が子同然、周囲からは実子であると見られるほどに。


 基氏はその家がけして居心地が悪かったわけではない。


 進学と共に『ポツンと一軒家』の取材が来そうな家を出るしかなかった。


 通学に差し障りがあったからだ。


 会社員になるとしても通勤に支障が出そうなほどに山奥。


 そして、もう一つ重大な理由。


 可愛すぎる妹、血縁では従妹と表現する碧純に欲情しないでいられる自信はなくなっていた。


 小学校高学年になり女性らしくなる碧純を見ていると欲情してしまった。


 守るべき人を傷つけかねない欲望に自分が許せないほどに苦しんだ。


 ブラコン、妹が恋しい基氏、歳の離れた妹は歳を重ねるごとに女性らしさは増し、いつあやまちを犯してしまうかと、自ら進学を機会に離れることで妹への欲望を封印した。

 

 離れることで守ろうと思った。

 

 ある日まで封印しようと強く決め。

 

 鹿島神宮の要石のごとく自分の心にしっかりとした石を乗せて封印した。

 

 わざわざ実家から離れたつくば市にある国立の理化学系トップクラスの大学に進学。

 

 水戸市の国立大も考えたがその実家と呼ぶべき家は大子町で水戸駅と福島の郡山を結ぶ水郡線の電車一本で来られてしまう。

 

 それでは妹も度々遊びに来かねない。

 

 そこまで考えて敢えてつくば市を選んだ。

 

 つくば市は常磐線だけでは来られない。

 

 お小遣い的にも地理的位置でも極端に厳しくなる。


 悩んで入った大学には同級生に高校からの知り合いはいなく、田舎暮らしで小学校から高校までほとんど同じメンツで育った基氏はコミュニケーションが上手くとれず、孤独と淋しさに押しつぶされかけていた。


 妹への愛も封印していた基氏、ストレスは大きかった。

 

 そんなときに出会ったのが深夜アニメでありライトノベルだった。


「へぇ~この作品も小説投稿サイト『小説家になっちゃおう』からアニメ化なのか、凄いな。サラリーマンになってから書籍化デビューか、夢を追い続けていれば実現可能な手段がネットにあるって凄い」


 はじめはそんなちょとしたきっかけと関心だったが、何作品か目にしているうちに二次元の世界への興味は深くなりだし書き始めていた。

 

 勿論プロになるなんて夢のまた夢。

 

 ただ淋しさを紛らわせるためだったら何でも良かったのかもしれない。

 

 押しつぶされそうな心の隙間を何かで膨らませられる事が出来ればイラストだって良かったのかもしれない。


 そうして書き始めた処女作『妹のためならなんでもしたいお兄ちゃん』


 あっという間に5000万アクセスを突破し、その年の『小説家になっちゃおうWEB小説大賞・大賞』を受賞、大手出版社から書籍化された。


 大学二年20歳の冬だった。


 実家からは『冬休みは帰ってこられないのか?』と聞かれると、挑戦している仕事と学業の両立で忙しいと返した。


 基氏自身の妹の熱い思いが込められた作品は、妹物を愛するオタクに突き刺さらない物ではなかった。


 すべての妹好き、妹に憧れを持つ者は心が揺り動かされた。


 やはり妹は良いなと。


 意外にも兄に憧れを持つ女性にもウケ、緊急大重版、それはシリーズ化が決まった。


 さらに、中堅出版社からSNSを通してお声がかかり、第二弾の新作『お兄ちゃんのためならパンツもあげるよ』を書籍化、これも重版出来となり、2シリーズを持つ人気ライトノベル作家の仲間入りをはたしていた。


 執筆の忙しさと、大学の目的は家を出るためだった基氏は、大学の退学を考えているが念のため休学にした。


 世間体など考えて。


 打ち切りになったときに復学する保険をかけておいた。


 基氏は印税で心の隙間を埋めるかのごとく、壁には萌美少女ポスター、萌美少女タペストリー、ベッドには・・・・・・、フィギュアも・・・・・・。


 萌グッズに埋め尽くされていた。


 ほどほどに落ち着いた21歳の春、妹が自分のアパートから徒歩圏の学校に進学すると知った。


 東京に大学を持つ私立の女子高校、進学を考えた妹なのだろうと合格を心底喜んだが・・・・・・。


『碧純、春から基氏の所から学校行くから住まわせてヤってね』

 

 可愛い兎が投げキッスのスタンプとメッセージ共に送られてきた。


「酷い誤字だなおい、大丈夫か、母さん」


 基氏はしばらく考えた後、忙しさからか軽く返事をしてしまった。


『ん、わかった』


 萌美少女が『了解であります』と敬礼しているスタンプと共に返信した。


 萌美少女に没頭するあまり妹の思いも心の奥底に封印され一緒に住んでも大丈夫と思ったのだろう。


 妹碧純も大きくなり、もしもがあれば自身で拒否することも出来るはず。


 成長して兄離れもしただろう。


 無防備な姿で兄の前に出てくるなどないだろう。


 一人暮らしも心配だ。


 ここは叔母夫婦に恩を返すとき。


 そんないろいろな考えが頭をよぎり受け入れることとした。


 叔父が借りたアパートも2LDKで一人に住むには広かった。


 碧純一人住む部屋は空いていた。



~真壁基氏~


 元来、俺は妹が可愛かった。


 生まれた瞬間に立ち会った。


 叔母夫婦に待望の実子が生まれたのは俺が6歳の時だった。


 ちょっと不安があった。


 幼心に俺はお払い箱か?なんて思ったのも事実だ。


 だが、叔母夫婦は相変わらずだった。


 自分の子・碧純も可愛がりながら俺には無口で無骨な叔父は、休耕田を利用して遊び場に改造してくれたりした。


 ちょっとやり過ぎと友達が苦笑いを見せるくらいに。


 そんな俺は田植えや稲刈りで忙しいときなど率先して碧純の面倒を見た。


 恩返しなどと言う物ではなく兄妹として当然だろうと。碧純はよくなつき実の兄妹のように。


 俺は従兄妹であることを理解していたが、碧純はちがかった。


 実の兄妹と思って育った。


 そんなある日、小学校2年の春だったと思う。碧純が泣いて帰ってきた。


 『お兄ちゃんはお兄ちゃんじゃないの?』誰かに言われたのだそうだ。


 叔母が問い詰めるとお節介な口が軽い近所のおばさんと、その子の同級生だったらしい。


『碧純、お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょ?確かに私が産んだ子ではないは、でも、あなたにとってお兄ちゃんはお兄ちゃん、ずっと優しかったんじゃないの?』


『碧純、基氏は俺たちの子だ、俺たちが一緒に長い年月を共にしてきた。それを我が子と言わないでどうする?』


 思えば無口な叔父がそんな風に語ったのは初じめてだった気がする。


 俺も泣いている碧純を抱き寄せ、『ずっと一緒のお兄ちゃんだぞ』そう言うと碧純は、『うん、お兄ちゃん大好き』にんまりと涙を流しながらも笑っていた。


 そして碧純が小学校5年生だっただろうか、夏休み、田んぼに流れるはずの水が、俺たちのための小さな浅い池と言うのか簡易プール、叔父が作ってくれた水遊び場で遊んでいると碧純のタンクトップのシャツの間から胸がチラリと見えた。


 少しの膨らみと小さなピンクのサクランボ。


 正直その日、碧純を女だと意識してしまった。


 そう見てはだめだという対象をそう見てしまった。


 欲望がわき上がったのを感じた。


 このままでは愛する碧純を汚してしまうのではないかと自分が恐くなった。離れて暮らさないと・・・・・・。


 成績は叔母夫婦を悲しませたくないとそれなりにしていたため、大学は幸いなことに選び放題。


 そこで選んだのは筑波大学。


 大学に進学という理由があれば誰も反対しない。


 碧純は駄々をこねたが両親に諭されると笑顔で見送ってくれた。

 

 碧純、大人になったとき一度だけ言わせてくれ、


『嫁になってくれ』


 その言葉を初詣で訪れた鹿島神宮の要石に封印して誓った。


 大学はつまらなかった。


 学力が追いつかないとかではない。誰とどう接して良いのか上手く距離感がつかめなかった。


 ずっと同じメンツで高校まで育ってしまったから。


 いや、単に俺の性格が内向的だったのか、叔父に似て不器用な男という物になってしまったのか。


 そんなある日、深夜のアニメを見ていて何かがはじけた。


 実の妹と恋愛してしまうアニメだった。


 最後はキスで関係もおしまいってなんとも潔の良い物語。


 そこからライトノベルをむさぼるように読み、サブスクリプションで様々なアニメを時間の許す限り見た。


 自分でも書いて発散してみよう。


 そして人生は大きく変わった。




~叔母・真壁佳奈子~


「ママ~お兄ちゃんなんだって?」


「良いって、あなたも高校生なんだからスマートフォン買ってあげるわよ。お兄ちゃんとは自分で連絡取り合って」


「やった~やっとお兄ちゃんとLINE出来る」


 真壁佳奈子はスマートフォンを使いこなしていた。


 使いこなして基氏が今なにをしているかSNSを見て知っていた。


 たまにツイートされる執筆環境を見た日、本当に基氏なのか?と疑ってしまうほどだった。


 シスコンのはずだったのに、アニメキャラに恋する甥?そして、それを書くライトノベル作家?


「好きなことで成功しているなら良いのだけど、このままでは家の跡取りがいなくなってしまう。それは阻止しなくては。小説なら田舎でも書けるはず、執筆兼業農家になって貰わないと。農作業は人を雇えば可能だし。碧純と共同生活・・・・・・ラッキースケベ、ふふふっ、ヤッちゃって既成事実を作りなさい。いや、孫を作りなさい。ふふふっ」


 そう密かにつぶやいているのを夫である忠信は、ただ静かに聞き、農具のメンテナンスをしていた。


 叔母夫婦は碧純と基氏が結ばれることを願っていた。


 跡取りとして最適。血を分けた訳ではないが自分が育てた我が子のように愛情を注いだ基氏と、自分がお腹を痛めて生んだ娘が結ばれれば言うことなし。


 そんな風に思っていた。ささやかな願い。



~真壁碧純~


 ポツンと一軒家の取材がいつ来るかパパが最近ハラハラしている。


 そろそろ衛星写真で見つかってしまうだろう。私的には恥ずかしい。


 築250年の大きな家、水回りと私とお兄ちゃの部屋は洋室にリフォームしてある家を見られるだけなら良いが出演NGにしてほしい。


 そんな実家から脱出したかった。都会への憧れ。そして大好きなお兄ちゃんを追いかける手段。


 お兄ちゃんの住む部屋を頼りに通学を考え、見事志望校、私立筑波女子学園に入学が決まった。


 大学付属女子校だったのがママ達を説得する決め手にもなった。


 水戸で両親と共に家具などを買い、兄の住む部屋への準備を着々と済ませる。


「ママ、お兄ちゃんの部屋って広いの?」


「行ったことなかったんだっけ?無駄に広いわよ。お父さんが無駄に広い部屋借りちゃうものだから10畳二部屋ある2DK、新婚さん向けの新しいアパートなのよ」


「防犯が良かったんだ。それに大家は農業高校の同級生だ、見守りも頼めっかんね」


 パパは無骨に尻上がりの茨城弁丸出しで言った。


 パパは言葉数は少ないがお兄ちゃんを本当の息子のように見て接していた。


 春は持ち山で山菜採りを教え、田んぼに流れる小さな川でザリガニ採りをしている基氏を静かに見守り、夏はカブトムシを捕りに山に入る氏幹を木の間引きを装いこっそり見守り、秋は食べられるキノコを教えながらキノコ狩りを楽しみ、冬には囲炉裏で火傷しないように柵をがっつりと作っていた。


 男の子だった分、自分もやっていた遊びを教えることが出来るので私より気が楽だったのかもしれない。

 ただ無骨者は無骨者なりの接し方で見守っていた。


 そして、やはりママ同様、跡取りになってほしいと思っている。実は知っている。跡取りにお兄ちゃんを希望していると。


 そんな大事なお兄ちゃんをぼろアパートや、セキュリティーのないような部屋に住まわすのは抵抗があった。山の中から出たことがないパパにとって、つくば市は都会だ。


 私も都会、それこそ東京に出るならつくば市で少々慣れたい。都内への通学も考えられる地だと聞く。


 パパは都会は治安が悪い、怖いところ、勝手にそんな思い込みをしている。


 つくば市近辺は意外にも外国人が多い。


 田舎民にとっては珍しく、外国人=治安が悪い。と、結びつけてしまうが、そんなことはなく、彼らの多くは日本国憲法を遵守している。


「パパのおかげで、お兄ちゃんの部屋間借り出来るんだもん、良いじゃんママ」



「机と椅子と~ベッドと~、ん?ママ、なんでセミダブルのベッド注文してるの?私シングルで良いよ」


「今まで布団生活だったでしょ。それも酷い寝相で明け方なんて敷き布団からはみ出て隣の畳で丸くなってたじゃない。床の間で丸くなっていたことも。シングルになんてしたら落ちるわよ」


「それは小学生の頃じゃん、でも布団からははみ出て寒くて起きるなぁ、そっか~落ちるか~、そりゃ~困った」


碧純はケラケラと笑っていたが佳奈子は、基氏とそう言うことになったときにセミダブルのベッドのほうが良いだろうと、もくろんでいた。


ダブルベッドも考えたが、あからさま過ぎるのでセミダブルベッドだ。


「ママ~お兄ちゃんの部屋の台所は?」


「広いわよ、最新IHコンロ。使ってないみたいだけど」


「ん?なんで、使ってないってわかるの?」


「母親としての感よ」


 嘘だった。SNSで自炊をしているのを一度も見たことがない。


 近くの定食屋や牛丼チェーン店のツイートをほぼ毎日見ていた。


 最近など、憧れデリバリーサービスまで使っているようだ。


 プロのお姉さんがデリバリーされていないのは忠信の同級生の大家から連絡が来ていないので大丈夫だろう。

 

 スポーツカーを買ったとは耳に入ったがそれぐらいの事はかまわない。

 

 安全な運転を心がけてくれれば。


 爆音改造はしていないらしいが目にしない方が良い、と謎のメッセージが来ていた。


「調理器具も少し買って行きたいなぁ~」


「碧純の飯・・・・・・大丈夫なのか?」


「失礼だなぁ~碧純料理くらい出来るんだからね」


 そう頬を膨らませながら新生活の買い物に夢を膨らませていた。


 そして桜の花が満開となった3月下旬。


 中学を卒業した碧純は、早速兄の待つ部屋へ引っ越し・・・・・・プロローグの惨事となった。


 母親に鍵を持たされ、ハラハラドッキリビックリ大作戦とばかりに脅かしてやろうと、到着予定時間午後と偽り私は午前中のお兄ちゃんの住むアパートへ行き、ママに聞いていたお兄ちゃんの部屋をこっそり開けたら・・・・・・大変なことになっていた。


 免疫がなかった碧純にとって嫌悪感を感じる部屋。


 受験勉強に集中するため、アニメ、ライトノベルや漫画の類いから距離を取っていた碧純には衝撃過ぎたのかもしれない。


 私の部屋とリビングにはない。


 お兄ちゃんの部屋だけが、オタク部屋か・・・・・・。


 捨てたい、処分したい。


 耐性のない碧純にとって嫌悪感を与える物だったが、勝手には捨てられずに悩む日々が始まった。


 ただ悔しいのが綺麗にされている部屋には飲食した残りどころか、ゴミも綺麗に片付けられ、初めて見る全自動お掃除ロボと床ふきロボが、なにかペットのように可愛らしく動いていた。未来的だ。


「こんなのお兄ちゃんじゃない、違う違う・・・・・・」


『ママお兄ちゃんが変』


 母親にLINEを送ると、


『なにも変わっていないわよ。もともと美少女好きよ』


 春の農作業が忙しい両親は引っ越しに立ち会えずに業者さんに任せた。


 父親の同級生である大家も、農作業を卒業して隠居している老夫婦がおり、碧純はまずその二人に挨拶をしてからアパートに入った。


 息子の友人の息子と娘、大家の老夫婦にとっては孫とまでは言わないが、ちゃんと見ていてあげなければと、思わせる関係だった。


 基氏も日頃から挨拶はちゃんとしていたので好印象だった。


 引っ越し業者も家具のセッティングも指示をすれば全部してくれるのだから、必要もなかった。


 碧純はその『もともと美少女好きよ』のメッセージに疑問符を並べながら運び込まれる家具の配置、荷物の置き場を指示していた。兄の部屋からはキーボードを叩く音がリズミカルにしていた。


 引っ越しが終わりを迎える頃、萌美少女Tシャツの上に作務衣を羽織った兄は、冷蔵庫からスポーツドリンク2本と缶コーヒー2本をビニール袋に入れて、確認の署名をしている碧純の脇から引っ越し業者のお兄さんに渡して、


「お疲れ様でした。少々ですが車の中ででも飲んでください」


 挨拶をする常識人の面を見せ引っ越し業者のお兄さんもよくあることか、慣れた感じで御礼を言って受け取り帰って行った。


「碧純、俺、締め切り近いから、荷物のかたづけ一人で出来るな?重い物があった時には言ってくれ、職業病で腰痛だけど手を貸すから力にはなれないが」


 そう言って萌美少女渋滞中の部屋に戻っていった。


「ちょっと、お兄ちゃん、待ってよ、細かいのも手伝ってよ」


 尻に一発軽い蹴りを入れたが兄はいそいそと部屋に戻ってしまった。


 あっけにとられていた碧純は仕方なく、一人で荷物を片付ける。


「お兄ちゃんが変わった、お兄ちゃんが変、お兄ちゃんが変、職業病ってなに?パパみたい」


 そうつぶやきながら片付けをしているといつの間にか窓には筑波山に沈む夕日が見えて部屋も暗くなり出していた。

 

 お腹は正直で今にも音を立てて騒ぎそうな碧純は、


「お兄ちゃん、夕飯どうしてるの?」


 ノックをして頭が痛くなる不快の森の部屋を覗くと、


「今日は忙しいからピザ頼んだ。支払いも済ませてあるから届いたら呼んで」


「え?ピザ頼んでくれたの?」


 ピザが届かない実家暮らしだった碧純にとっては宅配ピザは憧れの物。

誕生日やクリスマスぐらい呼んでみたい。CMを羨ましく観た。


 集落から細い道を30分山の中に走って着く家に出前は来てくれなかった。


 30分もしないうちに熱々のピザが届く。支払いはスマートフォンっで決済されているらしく、配達の人はピザを渡すだけだった。碧純にはそれも目新しく、少々感動していた。


「お兄ちゃん、ピザ届いたからね」


「ほい、わかった。今、行く」


 何もないダイニングテーブルに届けられたピザとサラダとドクターペッパーが2本並んだ。


 部屋から出てきた兄はコップに氷を入れると妹にも渡して、座った。


「やっぱりお兄ちゃんと言えばドクターペッパーだよね」


「ん?茨城県民と言えばの間違いじゃないか?いただきます。ほら、温かいうちに」


「いただきます」


カニとエビとイカが乗るピザに手を伸ばしほおばる。


「くぁ~これぞ都会の味」


「碧純、田舎を隠しておいた方が良いぞ」


「え~茨城なんてどこも田舎だよ。ただピザが届くか届かないかの違いでさぁ」


「だな、だが、つくばだと届く。ファミレスも配達圏内だぞ」


「東京まで電車一本で行ける」


「通勤通学圏内」


「シネコンもある」


2人で、つくばがどれだけ都会かと、東京人から見ればやっぱり田舎だろって言うツッコミが来る良いところ自慢が続く。


「あるな、ありすぎてお互いが客を取り合っているくらいに。県北なんて全然ないのに」


「ないね、県北にシネコン。日立の駅前にプラネタリウムはあるけど」


「つくばにもプラネタリウムもあるぞ」


「え?プラネタリウムあるの?」


「あるよ。最新式」


つくば市にはJAXAがあり、また大昔に万博も行われている。


その記念公園の一角にプラネタリウムがある。


そこは意外にも最新の投影機を使っている。


「行きたいな~」


「学校の遠足で行くんじゃないか?校外学習とか」


 碧純は兄と行きたいアピールのつもりだったが、それを躱されるとモヤモヤした。


 ピザを次から次へと口に運んでは、ドクターペッパーで流し込んで3分の2を食べてしまうほどだった。


 兄はよほどピザが嬉しいのかと、何も言わずに食べさせてあげていた。


 一緒に住むにあたって2人は家事分担の話し合いを軽くした。


「お兄ちゃん全然料理してないんだね、キッチン何もないもん」


「あぁ、ほとんど外食か宅配かコンビニ」


「なら、私が食事でお兄ちゃんが洗濯掃除で良いよね?」


「かまわないけど、碧純、料理出来るのか?」


「パパと同じ目してる、私だって料理くらい出来るんだからね」


「なら、頼むよ。そろそろ外食も飽きて来たから。食材は碧純が学校行っている間買うからメモしといてくれ」


「朝ご飯はどうしてるの?」


「ほとんど栄養補助食品かな。朝だいたい寝てるし」


「大学は?」


「休学中・・・・・・多分やめる」


「執筆が忙しいから?」


「そうだな、今デビューして一番勝負の時だし」


「なんだかわからないけど、ニートでなければ許す」


「ちゃんと働いているつうの。大家さんもこないだ心配してたけど、家賃だって自分で払えるくらいは稼いでるのに、父さん達、支払い引き落とし替えてくれないし」


「良いんじゃないかな?そのまま甘えて。私だって住むんだしさ」


「そう言うことにはしておくか。いつか恩返ししないとな」


「もう、お兄ちゃん、ママとパパそんなこと絶対気にしてないからね」


 養子縁組はしていないものの、実の子同然に育てられた基氏はいつかは恩返しをしたいと考えていた。

 

「風呂、先に入って良いぞ。脇のボタンはジェットバスのボタンだから好きに押して大丈夫だぞ」


「え?ジェットバス?」


「なぜか七色に光る。それは大家さんの趣味だから何も言うな・・・・・・」


 最新のアパートは無駄に豪華だった。


 都会からの移住者を狙ってのアパートだったからだ。


 セキュリティーもしっかりしているうえに、隣には一軒家の大家家族が住んでいる。


 安心の二重セキュリティー?


「うわ~ほんとだすごーい」


 ジェットバス、まぁこれは田舎でも風呂にこだわりがあったら新築やリフォームをしている家なら珍しいものではないが、二人の実家は広いが薪で沸かす風呂だった。


『薪の方が芯まで温まる』忠信のこだわり。


台所はとトイレはリフォームされていたが、風呂はそのままだった。


「大きなお風呂、トイレと一緒も覚悟していたけど、凄い良いところじゃん。お兄ちゃんと入る事も出来そう・・・・・・キャッ」


 そんな独り言など知るはずもなく、基氏は締め切り間近の原稿を終わらせようと執筆に集中していた。


「お兄ちゃん~」


 風呂場から基氏を呼ぶ碧純の声が聞こえた。基氏は慌てて行くと、湯船に浸かりながら胸と下半身がギリギリ隠れる手ぬぐいで隠しながら基氏を呼んだ。


「湯船に蛇口ない、お湯足したい」


「あっ、あぁぁぁ、それこうやってシャワー向けるんだよ、あとこのリモコンのここを押せばお湯追加されるから。ってかなんか出たのかと思ったぞ」


 シャワーヘッドの置き場所はポール状になっており、可動式、湯船に向けられる。


 また、お風呂の操作パネルを一回押せば追加湯が出てくる物。


 薪風呂に慣れていた碧純には使い方がわからなかった。


「ありがとう、お兄ちゃん・・・・・・」


 プリッとした柔肌を薄い手ぬぐいで隠している碧純がどうしても視界に入ってしまうと、基氏は生理現象を起こしてしまった。


「お兄ちゃん、妹の裸で興奮しないでよ、まぁお兄ちゃんなら見られるくらい別に良いけど」


「違うってこれは服のたゆみ、何勘違いしてんだっとに、良いからしっかり温まれよ」


 逃げるように風呂を出る基氏。


「バカ兄貴・・・・・・私の体で興奮しちゃうんだ・・・・・・」


その後お風呂からは澄んだ綺麗な声で、歌が聞こえていた。



~真壁基氏~


 3年ぶりに会った妹は女らしさが増していた。


 身長、胸、さほど大きな成長はなかったが、笑顔が輝くちょっとちんまりした女子高生。


 どこか懐かしく優しく温かく、春の日差しを思わせる笑顔が可愛い。


 肌はキメが細かく毛穴が見当たらない。


 お湯から出ていた腕は玉子豆腐かってすすいたくなる綺麗な肌、手ぬぐいごしに透ける乳首。


 ちょっこりとしたおけけ、駄目だ、考えるな。


 俺を追いかけるようにつくば市内にある女子校に進みたいというのは、母や、たまに父のスマートフォンを使って碧純が送ってきた。


 父さん達もなぜそれを許したのだろうか?少々疑問だったが、今度は俺が預かるばん。


 大人になるまでは傷つけずに汚さずに守る。


 っとに、性欲、欲望すべてを二次元美少女にぶつけて発散しているのに、なんて無防備な姿見せるんだよ。

 そう叫びたかった。綺麗だ。泣けてくるほど綺麗だ。今力ずくで手に入れたい。


 でもそうなれば、ガラス細工のように壊れてしまうだろう。関係も、碧純も。


 あと三年我慢・・・・・・卒業したとき思いを真っ正面からぶつける。


 18歳、その時ならきっと駄目でも、笑って断ってくれるだろう。きっと・・・・・・。


 そして、俺は欲望の権化にならないよう・・・・・・自家発電した。


 碧純がお風呂から出ると、基氏は平然としていた。すっきりして賢者タイムを過ごしていた基氏だったが、碧純がそんなことを知っているはずもなく、ちょっと何でもなさそうな基氏を見て癪に障った。


「よいしょ」


 短パンとスポーツブラ姿で頭をバスタオルでゴシゴシ拭きながら基氏の横に座った。


「風邪引くからちゃんと服着ろよ」


「うん、頭拭き終わったらね」


「ドライヤー持ってこなかったのか?」


「あるよ、まだ荷物に隠れてる」


「俺のは・・・・・・壊れたばかりだ、どれ頭拭いてやるから」


 バスタオルを手にすると隣の碧純のほうに向き変えて髪の毛を優しく拭く。


 漆黒の黒髪、肩まであり良く手入れされている。毛玉にならないように注意しながらふく。


「懐かしいね、お兄ちゃん、昔よくしてくれたよね~」 


「あぁ、父さん母さん達組合とかの集まりとか行った夜とかやってたな」


「うん、乾かしてくれた」


「碧純が風邪引きやすかったからな、今もか?」


「ううん、今はそんなんでもないよ」


「ほらでも、油断するなよ。環境変わるんだから」


「うん、わかってるって。お兄ちゃん、変わってないね」


「なにが?」


「なんでもない、甘えん坊妹キャラはここまで、ほら、なんか栗の花みたいな匂いするお兄ちゃん早くお風呂入りなよ。てか、これなんの匂い?イカっぽいような?なんか生臭いような・・・・・・あっ、お兄ちゃん、私入っている間、なんか美味しいの1人で食べてたでしょ?」


「食べてないって、なんだろな、この匂い。まぁ、お湯冷めるともったいないから入ってくるか」


 碧純はその匂いの正体を知ることになるのは、ずっとあとだった。



「お兄ちゃん、朝ご飯テーブルに置いてあるからね、ちゃんと食べないと蹴るからね」


 朝になっても部屋から起きてこない兄に向かって声をかける碧純。


「今日から学校だからね。行ってきます」


「うぃ~気をつけて」

 

 真新しい制服に身を包んだ妹碧純は部屋を出て行ったか。


 あんな可愛い制服を目の前にして欲望を抑えるって出来るか?


 しかも、ワンピース型のシンプルな制服、かぐや様?藤原書記?可愛すぎるだろ!


 ってか、なんで俺の好きなシンプルなポニーテール?狙っているのか?


 玄関から出て行く碧純をドアの隙間からこっそりと見ていた基氏。


 朝ご飯を見ると実家から持たされたであろう野菜の煮物や、山菜の漬物がベーコンエッグと共に大きな平たい皿にのせられていた。


 ご飯を電子レンジで温め、まだほんのりと温かい味噌汁も温め直した。


「懐かしい味、味噌、大子から持ってきたのか?やっぱり味噌は生まれ育ったところのが美味いな・・・・・・ってか、碧純料理覚えたのか?味噌汁美味い」


 味噌汁を口に含むとテーブルに置かれたスマートフォンの画面に『ヤッた?』と、佳奈子からのメッセージが表示された。


「ゲホゲホゲホゲホ、なにをだよ」


 LINEを開くと、『ごめん間違った。やったね、重版おめでとう』と表示された。


 基氏は仕送りを断るのに佳奈子には、ライトノベル作家になったことを伝えている。


 ペンネームは隠して。ただ、それだと叔母夫婦に迷惑をかけないためと思われてしまうので、銀行口座の賞金と印税の振り込みがされているページを写真に撮って送った。


 佳奈子からの返事は、『あなたの養育費はちゃんと姉夫婦の保険があります。結婚するときに残りは全部渡します。お金の心配は子供がすることではありません』真面目なメッセージが返ってきていた。


 佳奈子はネットを使いこなしていた。


 印税が振り込まれる日、そこから噂を頼りに逆算していく。すると、前月発売のライトノベルタイトルに行き着く。


 そこから基氏を見つけるのはあっという間だった。何の工夫もないペンネーム、『茨城基氏』そして妹物。


「ふふふっ、知っていたわよ。あなたがシスコンなのはね。ふふふっ、名実ともに息子になるために、真壁家の跡取りになるため碧純と結ばれなさい。ふふふっ」


 そう画面の向こうで笑っている叔母を基氏は気がつかないでいた。


 実は親公認のシスコンでロリコンで、妹と呼んでいる従妹の碧純と、ただならぬ関係になって良いなど基氏は思っていなかった。



~真壁碧純~


 もう、お兄ちゃんは昼夜逆転生活なのかな?執筆していたのかな?オタクの人って深夜に放送しているアニメをSNS実況しながら観るって聞くけど、私にはわからないな。

 

 テレビって観たら次の日とかに家族や友達と語り合う物じゃないのかな?


 リア充脳の碧純にとってSNSは流行っていることを確認するくらいの物だと思っていた。

 

 つい最近まで母か、父のスマートフォンをリビングで使うくらいしか許されていなかった碧純とってはまだなじみ深い物ではなかった。

 

 中学生まで、通話と家族間メッセージが出来る子供用携帯電話だったからだ。


 こちらに引っ越してくる直前に渡された最新式スマートフォンをまだ使いこなせてなかった。


 碧純が通う学校は基氏のアパートから15分歩いた所にある。


 バスもあったが、15分の距離など山奥に住んでる者にとっては目と鼻の先、歩くのが当たり前。


 しかも、鹿、猪、猿、野犬・・・・・・幽霊に襲われる心配のない舗装された大通り。


 新緑が輝く並木が続く大通りをまっすぐ歩けば、すぐに着いた。


 入学式は親は不参加のものだった。共働きが多く、参加できる家庭、出来ない家庭の差をなくすために学校はオンラインで入学式を中継する最新式だった。


 中継を見られない人のために次の週にはDVDにして配ると言うサービスは私立だからこそと言えるかもしれない。

 高校生ともなれば、反抗期で親に来て欲しくない子供も少なからずいる。その為の配慮。


 入学式を終え教室で自己紹介となる。


 私立のためか、みんなあっちこっちからの進学が多く、中学からの知り合いで固まってスクールカーストを作るような感じではなかった。


 そして意外にも上品な女子校で、『ごきげんよう』と挨拶しないまでも、田舎の『だっぺ』『んだっぺ』『だっけ』『したっけ』『んだから』茨城弁が飛び交うような学校ではくマウント取り合戦も始まり層がない雰囲気。碧純が必死に頑張り、信忠が学費にビックリしながらも様々な打算があり、入学させただけの事はある良い学校だったと言って良い。


 入学生みんな、言葉を気にしているのと新しい人間関係形成第一歩の緊張で上品に自己紹介をしていた。


 できる限り茨城弁を出さずにイントネーションも標準語に近づけるか必死になっていた。する必要もないことにこだわってしまうのがこの世代かもしれない。


 自己紹介は恥ずかしくて言い出して辛い者もいるだろうからと、『名前』『出身中学』『趣味』『好きな食べ物』『最後に一言』と担任の女性の先生が黒板に書く。


 失敗のない無難な自己紹介が続く。


 中には厨二病発症中の患者、生徒が『魔界の中学から来た』など言う事はなかった。


 碧純は無難に『趣味は食べることと料理』『好きな食べ物は、大子のりんご』『田舎から出て来たけどよろしくね』と高校生にしてはちょっとだけ幼く見える笑顔で自己紹介した。


 自己紹介が終わり学校の説明など一通り終わって昼休み。


「私の趣味はライトノベルを読むことです」そんな自己紹介をした者に、


「あの~、私も好きですよ、ライトノベル」


「私も好き。異世界転生物語とか、スライムに転生したの面白いですよね」


「私は兄妹物に憧れます。兄がいないので」


「『妹のためならなんでもしたいお兄ちゃん』のお兄ちゃん素敵ですよね」


「あっ、わかる~私も茨城基氏先生の読んでるよ」


「『お兄ちゃんのためならパンツもあげるよ』は、ないよね~、ギャグが面白いから読んでいるけど」


「全然作風が違うってのも魅力的だよね~」


 クラスメイトの話が聞こえてくると碧純は顔を真っ赤にして咳き込んでいた。


 息が止まりそうになり、むせってしまった。


「ゲホゲホゲホゲホゲホゲホ」


「真壁さん大丈夫?」


「碧純さんどうしたの大丈夫?」


 隣で食事をしていたクラスメイトが心配して背中をさすってくれていた。


「うぅぅうん、大丈夫、大丈夫、ちょっとお茶が入っちゃって」


 そう言って小さな細いピンク色の水筒を見せてごまかす碧純。


 なんでお兄ちゃんの本が女子高生が読んでいるのよ!昨日、知ったばかりの兄のライトノベルが人気なのに驚くしかなかった。


 兄が人気のライトノベル作家・・・・・・。


 恐い恐い恐い、ちょっと何が起きてるの?


 マイナーなライトノベル作家とかでないの?


 ライトノベルがまだ『オタク』と呼ばれている一部の人に人気の物だと思っていた碧純にとって衝撃的な事実だった。


 ライトノベル、それは令和ではごくごく普通の人、いや、オタクがごくごく普通の日本文化になっている。


 時に、感動物語の映画の原作になり、時にアメリカハリウッドの絵画会社が興味を示すくらいに認められた文化。


 そこまで成長してる事になっている、浸透している文化だとは碧純は思っていなかったのだ。



 教室を出て中庭のベンチで、まだ使いこなせていないスマートフォンに『茨城基氏』と入れると親切なことにウィキペディアまで作られていた。


「えっえぇぇ、お兄ちゃんが載ってる」


 小声で愕きそのページを開くと、『累計発行部数50万突破』と書かれており、兄の本が売れている事実について行けない碧純は混乱した。


 教室に戻って、先ほどライトノベルを話題にしていたグループに近づく。


「あの~ごめんなさい、聞いて良い?」


「確か、真壁さんでしたよね、なに?」


 慣れないクラスメイト、先ほどライトノベルの話をしていたグループに話しかける碧純。


「茨城基氏の作品と売れてるの?」


「真壁さんも興味あるの?」


「うっうん、ちょっと読んでみようかなぁ~って」


「凄いんだよ。今一番売れている新人作家の一人だよ。作品面白いから絶対買った方が良いって」


 そう一人の生徒が興奮気味に言うと、先ほどいっしょにライトノベルの話題をしていたクラスメイトも頷き返していた。


「うっうん、わかったよ。ありがとう」


 確認が取れると安心と混乱と、何が兄に起きているのか戸惑う碧純。


 お兄ちゃん、文系じゃなかったはずなのに・・・・・・。


 大学だって理数科専攻の科だったはずなのに・・・・・・。なにが起きたの?


 午後の授業で学級委員長や各委員、係など決めれた。


 元来、本好きの碧純は図書委員に自ら望んでなった。


 受験勉強で少々読書から離れていたのでこれを機会にちょっと読書したいな。そんな気持ちも少々あった。


 へぇ~委員長ってすっごい美人さんだ。良いなぁ~背高くて。肌なんか透き通ってるよ、お友達に慣れたらいいんだけど、田舎っぺの私、どう話しかけて良いんだろう。


「ねぇ~知ってる?委員長、『筑波のエルフ』って中学時代あだ名付いているくらい他校でも有名な人だったんだよ。弓道の名手でどっかのクオーターらしいよ。美人だよね~ちょっと近寄りがたいけど」


 そう隣の席になったクラスメイトが教えてくれた。


「『筑波のエルフ』?」


「勿論、褒め言葉だよ」


「あぁ、そうだよね~美人さんだもんね、指輪物語に出て来そう」


「だよねーそれ、わかるー」


 そんなみんなの憧れの存在、女子校ならお姉様になって欲しい等と言う人も出てくるだろう美貌の持ち主。意外な趣味を持っていた。



「お兄ちゃん、ほんとなんな訳?って何してるの裸になって」


 学校を終えアパートに足早に帰ると、兄が裸になって何やらもぞもぞしていた。


 上半身裸でパンツもお尻丸見えに下げており、間抜けな姿だ。


「早かったな、お帰り」


「ばっ、それより服着なさいよ。なんで裸なのよ」


 鞄を投げつけると、すっと避けた基氏、


「そりゃ~肩こり腰痛の薬塗ってるんだから裸にもなるって、薬箱リビングに置いてあるんだから無茶を言うなよ。あっ、碧純も薬必要なときはここにあるからな、絆創膏とか湿布とか虫刺されの塗り薬とか、風邪薬とゲリと痛み止めは用意してあるけど、あのなんだ、生理痛用は自分で買いに行ってくれ。俺はどれが良いかわからないから。学校途中に薬局あったろ?」


「あっうん、ごめん。ちょっと動揺した」


「一日中パソコンの前だから職業病なんだよ。椅子買い換えないとなぁ~」


 薬を塗りおえた基氏はシャツを着ては軽くストレッチをしながら、苦痛の顔を見せていた。


 その表情は農作業で疲れる忠信の顔に似ており、思わず、


「踏んであげようか?」


 と口に出てしまった。


「妹に踏まれて喜ぶ性癖はない」


「バカじゃない!足踏みマッサージしてあげようかって言ってるの、なに勘違いしているのよキモッ、パパに教わってちょくちょくしていたんだから、お兄ちゃんキモ、ほんとバカ兄貴になってるよ」


「そんなキモキモ言うな。悲しくなる。父さん・・・・・・どこで覚えた?」


「あ~なんか農協のボランティア活動に参加してタイの農業指導で一ヶ月くらい行っていたんだけど、そこで行ったらしいよ、足踏み本格タイ式マッサージ」


「だからこないだ、変な海外土産届いたのか・・・・・・変な店行ってないだろうな父さん」


「バカ兄貴、変な妄想してないで、そこに横になりなさいよね」


「こうか?」


 逆らうと何が飛んでくるかわからない剣幕だったので大人しく横になる基氏、なにを勘違いしたのか仰向けだった。


「バカ兄貴、それじゃ~お腹でも踏むの?あっ、私のパンツ覗くき?見たいの見たいの?見る?」


 真っ赤になりながらワンピースの制服の裾を掴む碧純、


「見ないよ!仕方ないだろマッサージ行ったことないから知らないんだから、うつ伏せか?こうか?」


 よっこいしょと言いながら絨毯の上にうつぶせ寝になる。


「そうよ、それで良いの。こっち向いてパンツ覗いたら股のボール踏み潰すからね」


「うわっ、それ本当に冗談にならないやつだから勘弁してくれ。どっちなんだよ見せたいの見せたくないの?お兄ちゃんわかんないよ」


「うっさいな、ちょっと静かに横になってなさい」


 うつ伏せ寝になった基氏を碧純は右足を使ってゴリゴリと踏み出した。


「痛くない?」


「うん、あれ?意外と気持ちいい」


「でしょ~パパ喜んでいたんだから」


「そりゃ~父さんなら碧純のマッサージなら嬉しいさ。碧純、成長したな。昔は父さん母さんの肩たたきしていたのに、今は本格タイ式マッサージか」


「お兄ちゃんが全然うちに来なかったから、碧純の成長見逃したんじゃん」


どこか切ない気持ちを込めて基氏を踏む碧純。基氏には強く決めた思いがあって、実家から距離を取っていたなど碧純は知らない。


「どう?お兄ちゃん気持ちいい?」


「うん、ほんと、意外と良いぞ、腰だけでなく肩甲骨とかも頼めるか?」


「ここかな?えいっ」


「おぉぉぉぉ、痛気持ちいい」


「ははははっ、気持ちいいでしょ~でもそのあえぎ声禁止、キモいから。パパのお墨付きマッサージなんだから気持ち良くないはずないじゃん」


碧純は基氏のあえぎ声に熱くこみ上げてくる不思議な何かを感じながらマッサージを続けた。


「うん、気持ちいい・・・・・・マジ、気持ちいい、それにちょっと匂う碧純の足の匂いが良い。甘酸っぱい香りが癒やされる~これすごく良いぞ」


 一日中履いていた紺色のソックスには流石に匂いが染み付いていた。


 腰から肩甲骨、肩付近まで上がってきた足は基氏の鼻をくすぐっていた。


「バカ兄貴、何言ってんのよ、もうおしまい」


 そう言って碧純は基氏の横腹を蹴るとお風呂に向かってシャワーを浴びた。


「なにを勘違いしてるんだ?とっても良い匂いだったたのに・・・・・・」


 基氏は匂いフェチだった。少し酸っぱく蒸れた足、そこに女子高生特有の甘い香り、そして心の奥に押し込めている大好きという感情を持ってしまった妹の匂い。


 それが基氏の匂いセンサーに反応しないはずはなく、基氏はしばらくうつぶせ寝のまま固まっていた。


「静まりたまへ荒ぶるチンコ神よ・・・・・・」


 勃起をしているところを妹に見られなくて良かったとため息を吐いていた。



「私の足臭いかな?」


 ゴシゴシと洗う碧純は勘違いをしていた。


 臭いのではなく良い匂いを放っていることを本人は気がつかないだろう。


 時に体臭は臭く感じる物だが、それが好きな人との間だと実は違う。


 フェロモンが脳を刺激して、性的欲求を増幅させる。


 遺伝子が近しい親兄妹だと、生物学的に匂いが臭いとして受け止められ、性的欲求に結びつかないようになっていると言われている。


 年頃の女性が父親を臭く感じるのはこれが原因の一つだと言われている。


 碧純と基氏、本当の兄妹ならそれが働いていたかもしれない。


 ただ、従兄妹、少々近しい血縁であるが、他人の血がまざってる分、それが機能しなかった。


 基氏にとっても碧純にとってもお互いに恋愛対象と脳は判断している。


 碧純も、知らず知らずに基氏の臭いを受け入れている。


 執筆中の作家は意外と臭う。いや、ちゃんと風呂に入り体を洗い、服だってちゃんと洗濯している。椅子だってファブっている。なんならクッションだって洗っている。


 しかし、執筆している作家は、知らず知らずに熱を発し、椅子に面している尻や背中に汗をかく。その為、ごくごく普通のサラリーマン並みに意外と蒸れるからだ。


 碧純が学校に行っている間、執筆をしていた基氏もそれに当たるのだが、碧純は全然気にならなかった。それどころか安心する匂いとして認識してしまうほどだった。


「ふぅ~さっぱりした」


 シャワーを浴びた碧純に冷蔵庫の前で牛乳を飲んでいた基氏が勧める。


「牛乳飲むか?」


「キモ兄貴、気が利くじゃん」


「碧純、それはやめなさい」


「はい、お兄ちゃん、ありがとう」


 元来素直な碧純は言い直すと冷えた牛乳を受け取り一口飲んだ後、


「お兄ちゃんの本って売れてるんだね」


「ん?どうした急に」


「今日さ、自己紹介でライトノベルが好きって言った人がいて、ちょっとだけ話したんだけどお兄ちゃんの本読んでたよ」


「感想はなんて言ってた?」


「キモいって言ってたよ」


「・・・・・・キモい・・・・・・」


牛乳がこぼれんばかりに手が震え出す基氏、


「二作あるんでしょ?片方がキモいけどギャグが面白くて、片方がこんなお兄ちゃんなら欲しいなぁ~ってだって」


「なるほど、そう言うことか・・・・・・」


「なんで、ライトノベル書き始めたの?お兄ちゃん理系だったはずだよね?確か宇宙の果てを見つけたいとか言ってなかった?」


「人生の果てを見てしまったから」


「人生の果て?」


「暗黒の世界、暗黒面に落ちそうになったんだ」


「ん~なんだか、わかんないんだけど?それって暗黒物質と関係あるの?」


「あ~宇宙の暗黒物質の証明か・・・・・・それも夢だったなぁ・・・・・・」


 基氏が見た世界、それは孤独という暗黒の世界。


 妹愛を押し殺し、慣れない地での新しい生活、夢や希望が消え、鬱と呼ばれる闇に近づいてしまった基氏、それを救ったのが二次元美少女達。しかし、それを上手く説明できない。


妹愛を封印したが故になったなどは。


「でもさぁ~結構稼いでいるんだ?」


「印税の他にもグッズの収入とか、ゲームのシナリオにもちょっと参加させて貰ったりしているから、生活出来るくらいは稼いでいるよ。いつまで続くかはわからないけど。浮き沈みの激しい世界だから。父さん達も相変わらず家賃光熱費払ってくれてるし」


「まぁ~売れなくなったら家の畑あるしね、食べるには困らないよ」


 特に深い意味はなく碧純は言うと、


「そうだな」


 短い返事を返すのが精一杯だった。


 『家の畑』相続権は碧純にある。基氏は養子縁組はしていない。名字が一緒なのはたまたまで、真壁は茨城では珍しい名字ではない。有名な真壁に塚原卜伝の弟子・『鬼真壁』がいるくらいだ。


「お兄ちゃんさぁ~妹物以外書けないの?妹物だと私のお兄ちゃんか書いてるって言いづらいんだけど、例えば異世界冒険ファンタジーとかさっ」


「勿論、挑戦はしているけど・・・・・・」


「けど?」


「企画が通らないし、コンテストでも受賞出来ない」


「何書いてるの?」


「異世界冒険物や歴史物、推理小説も挑戦したけど、担当さんからは、妹登場しないんですか?って言われるし、ネットに上げればファンから妹が登場しない先生の作品は先生の作品じゃないって感想書かれるし」


「うわ~妹からして言うとキモい。兄が妹専門作家って・・・・・・」


「今はみんな俺に妹を求めているから、仕方ないんだけどな」


「姉にしたら?」


「それは違うんだよ。妹じゃなきゃだめなんだよ」


「もう、わかんないよ。兎に角、私をモデルにしたら絶対許さないんだかね、覚悟しておいてよ」


・・・・・・もう遅いよ、碧純・・・・・・。


その夜、碧純は電子書籍を買った。


『妹のためならなんでもしたいお兄ちゃん』を。


 世に多く出ている妹がヒロインのライトノベル。人気が高いジャンルの一つだ。


 シスコン・ブラコン、ロリコン。多くの読者が理想の妹像を想像し愛する。


 書いている作家は妹好きなのだろうか?妹がいるのだろうか?妹がいてやはり禁断の愛の衝動を持っていて、それをライトノベルや漫画に具現化することで発散しているのではないのだろうか?・・・・・・いや、妹になにかしらの恨みがあって?妹物の物語に出会った基氏が始めて思った感想はそんなところだった。

 

 それが妹愛の自分が欲望と性欲のはけ口とした事を読者は知らない。


 妹のためならなんでもしたいお兄ちゃん・・・・・・基氏は自己投影の小説だった。


 そして、『お兄ちゃんのためならパンツもあげるよ』は妹欲のはけ口だった。


 夕飯は昼間、碧純のメモを頼りに買い出しをする基氏。実家からは米・野菜・旬の山菜・忠信が駆除した畑を荒らす猪肉が届く。希望すれば庭で飼っている奥久慈シャモも絞めたてで届く。


「お兄ちゃん、ご飯出来たよ。奥久慈シャモの親子丼だよ」


 リビングに行くとテーブルには黄金に輝く親子丼。


「おっ、美味そう。いただきます」


「召し上がれ」


「おっ、おっお~」


 一口駆け込むと広がる肉の風味。勿論臭いとかではない鶏肉の良い強い風味が広がった。


「どうしたの?不味い?」


「いや、美味いぞ。母さんの味そっくりだな」


「そりゃ~肉も野菜も実家のだし、醤油も実家で使っているのにしたから。ってお兄ちゃん、私くるまで醤油すらない生活って何してたの?マヨネーズは買い置きいっぱいあったけど」


「大概の物はマヨネーズをかければ美味い。ってほとんど、外食とコンビニ弁当だったから」


「私来て良かったよ。お兄ちゃん享年30歳コースだよ」


「うん、なりそうだとは思っていたからサラダはちゃんと食べていた」


「お兄ちゃんの食事管理は私がするんだからね」


「・・・・・・裸にエプロンで?」


「んなことするわけないでしょ。バカ兄貴!キモい。絶対あの世界の人達って火傷の心配とかしてないよ。お兄ちゃん、書くときは気をつけてよ!」


「うっ、ううううう・・・・・・もう遅い」


「なに、書いたの?」


「体操着ブルマでエプロン」


「うわっ、絶対やらないって!」


「いや、あのだな、ほら臨海学校で女子達の姿思い出すと半袖運動着にエプロンしていたんだよ」


「下は?」


「膝丈短パンか、長いジャージ」


「ほら、ブルマってもう幻想の世界なんだからね」


「ブルマを現役で見たかった」


「ほら、馬鹿言ってないでさっさと食べる」


「うん・・・・・・美味いぞ」


 裸でエプロンは論外だが、ブルマエプロンを想像する碧純。


 そもそもブルマを物心ついてからは穿いたことがない。小さい頃、防寒にスカートの下に穿いていた位なのを思い出す。あんな太もも丸出しで体育。

それどころか、運動会までしてみんなに見せていた。改めて考えると、あれを体操着に採用した人に少し怒りを感じる碧純。だが、兄が喜ぶとなると・・・・・・。


その夜、碧純は試しに検索してみた。


「げっ、売ってるんだ・・・・・・コスプレ用じゃん!どう、使うんだろう大人は?」



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