会いに行ける探偵
四人全員が被疑者だった。
氷を作れる機械『冷凍庫』の存在と仕組みを知っている秋葉さん。
血のついた『氷のう』の近くで怪しい行動をとっていた淀橋さん。
妙に腹黒くてアリバイのハッキリしない掃除婦の大尊さん。
疑わしい要素が何も無いのが逆に怪しい(かもしれない)ラオさん。
でも今、全員の視線を集めているのは秋葉さんだ。彼は脂汗を流しながら浅い呼吸を繰り返している。
「ボ、ボクは何もしらない……!」
「疑わしきは、署にご同行ですよ!」
桂サツキは手錠に手をかけた。ついに夢にまで見た逮捕の瞬間だ。
「待ってください桂さん。彼は犯人じゃありませんよ」
「……えっ?」
はたと動きを止めるサツキ。
「秋葉さんは、おそらく僕と同じ『解凍者』です」
「解凍者……コールドスリープから目覚めたひとってことですか?」
「……そうなんだな。ボクは……機械のメンテナンスが出来る人材ってことで、『過去人材派遣センター』からここに送り込まれて来たんだな」
秋葉さんは素性を明かす。
「氷室さんと同じ……」
サツキはそこでハッとした。秋葉さんの妙な落ち着きの無さや、異常な汗。それはきっと解凍処置に伴う後遺症なのだ。
氷室トケルには歩行障害があり、先程意識障害を起こしたように。
「氷室さん、じゃぁ犯人は別に」
「えぇ、他にいます。秋葉さん。何か思い当たることはありませんか? 誰か、別の人に『冷凍庫』の話をしたとか」
氷室さんの問いかけに、秋葉さんは曇った眼鏡を隣の人物に向けた。
「……淀橋くんに。教えました」
「んなっ!?」
「発電室が暑くてたまらないって。辛そうだったんだな。だから、僕が氷のうに氷を入れると良いよって教えたんだな……」
今度は視線が淀橋さんに向けられる。
「くっ、くそ! デブがぁああッ!」
「ひいっ、ごめんなさいいい」
「おまち!」
「うぎゃっ!?」
秋葉さんに殴りかかろうとする淀橋さんを止めたのは、なんと大尊さんだった。掃除用具のバケツを足元に転がして転倒させたのだ。すごい。
「つまり真犯人は……」
「あぁ、彼だ。淀橋さんだ」
「くそっ」
観念したのか淀橋さんは大人しくなった。
「どうして! 淀橋さん……」
ラオさんが悲痛な声を上げる。
「話してください。どうしてあんな事をしたのか。でないと逮捕します」
サツキは強い口調で言った。
「所長が……言ったんだ。『解凍者』は有能で役に立つ……ってな! だから俺の持ち場、発電施設も秋葉みてぇな『解凍者』に任せるなんて言い出しやがったんだ……それで」
「後ろから手に持っている氷嚢で殴りつけた、というわけですか」
「そうだよ。うぉおお……! くそぅ、あんなことするつもりじゃなかったのに……所長は、俺を無能だと……」
大きな身体を揺らして淀橋さんは泣き崩れた。
手錠をかけることも忘れ、サツキは立ち尽くす。
「犯人、わかっちゃいましたね」
真相が明らかになった。
リストラを恐れた淀橋さんの突発的な犯行、ということだ。
でも、なにか引っかかる。
なんだろう何か……。
どうして所長は急にそんなことを言い出したのだろう。
「あの……。秋葉さんがすごい人なのは最初からわかっていたんですよね? 発電施設を任せられている淀橋さんだって大切な無くてはならない人でしょう?」
「すみません!」
サツキの問いかけに、突然ラオさんが頭を下げた。
唇をかみしめて、声を震わせている。
「ラオさん? 一体」
「きっと私が悪いんです。数日前、所長と会計帳簿の確認をしていたときに、私が言ったんです。冷凍睡眠者……秋葉さんはとても優秀で、コスパがいいって」
「コスパ……って」
「博物館だって独立採算制です。人件費、光熱費……いろいろかかるんです。だから会計帳簿上、人件費の割によく働くって。そう話したんです」
それが、所長の言葉のきっかけになった?
だとしてもラオさんに罪はない。
所長がその言葉をどう捉え、何を考えるかなんてわからないのだから。
「ラオちゃんは秋葉くんを褒めただけじゃないのさ! しっかりおし」
「そ、そうなんだな、ぶひっ、嬉しい……ラオちゅわん……」
「……大尊さん、秋葉さん……」
「……ラオちゃんは悪かねぇ。無能な俺が悪いんだよ」
うなだれていた淀橋さんが吐き捨てるように言った。
秋葉さんを褒めたことで、所長は淀橋さんのことを否定的に捉えたのかもしれない。けれど、人間の価値はそれだけじゃない。
「僕たちコールドスリープした人間は、優秀なんかじゃない」
何か声をかけねば、と思っていたサツキの代わりに、優しく声をかけたのは氷室さんだった。寄り添うようにリーゼント頭の淀橋さんの目線までしゃがむ。
「氷室さん……」
「身体だって万全じゃない、後遺症でいつ死んでもおかしくない。記憶も時々曖昧になる。それでも……自分に与えられた役割を果たすため、働いているだけなんです」
「アンタ……いい探偵だな」
「いえ。探偵であるまえに、同じ人間だと思ってほしいんです」
微笑みかける氷室さん。静かな声には、そこはかとない哀しみが混じっていた。
逃れられない宿命を『解凍者』は背負っている。
SAIによって勝手に目覚めさせられ、友達も知り合いもいない、誰も生き残っていない未来で生きることを余儀なくされる。
いつ尽きるとも知れない寿命。その恐怖や不安はどれほどだろう。
それは氷室さんも、秋葉さんも同じなのだ。
「探偵さん……ぐぅふ……うぅ……ッ」
秋葉さんは涙と鼻水で、顔をぐしゃぐしゃにした。
「すまない……秋葉。それに、みんな、ほんとうにすまない!」
静かに立ち上がった淀橋さんは、向き直ると深々と頭を下げた。
「アホかい! 謝るなら所長にだよ! さぁ、今から病院に行って、正直に心から謝るんだよ。罪を償うのは、それからでも遅くないよ」
バシッと大男の背中を叩いたのは、掃除婦の大尊さんだった。
「大尊さん……」
「しょうがないねぇ、情けない顔をするんじゃない。ラオちゃんもだよ! 下らないことを言ったのは所長さ。誰だって、急に要らないだの何だの言われたら……アタイならバケツで水をぶっかけるけどね」
緊迫していた空気が緩む。
「アタイらが付き合うから。それでいいね、探偵さんと婦警さん」
「お任せします」
「え、あ……はい!」
「良いんですか? 桂さん」
「はい。だって淀橋さんを博物館に連行して……展示するわけにもいきませんから」
「展示するつもりだったんですか?」
氷室さんが、呆れたように眉根を持ち上げた。
「生きた『犯人』は展示の目玉になるかなって。でも、もういいんです」
最初は犯人を逮捕して、警察博物館へ連れて行き展示の目玉にしようかな、なんてことも思ったけれど、そうもいかないみたい。
罪を憎んで人を憎まず。
人間だもの。誰だって、間違いや、カッとなって過ちをおかすこともある。
人を傷つけてしまったのなら、過ちを認めて謝罪し、赦しが得られるまで謝ればいい。
「罪はいつかきっと、赦されます」
氷室さんと顔を見合わせ頷く。
なんだかスッキリした。
これで事件は解決だ。
仲間たちと一緒に去っていく背中を見つめながら、サツキは晴れ晴れとした気持ちで「うんっ」と伸びをした。
でも、心に引っかかっていたことがあった。
「あの……氷室さん」
「なんですか?」
「コールドスリープから目覚めた人は……寿命が」
短い。いつ死んでもおかしくない、と言っていた。
せっかく出会えた本物の探偵。
氷室トケルさんも、そうなのだろうか。
「それは個人差があるようです。明日かもしれないし、一年後か、いや……むしろ長生きするかもしれませんけど」
冗談めかして笑う顔を初めて見せた。
「もう! それじゃ私達と同じじゃないですか」
人間はいつか死ぬ。
けれど今じゃない。
だから精一杯生きる。
明日がもし、命の尽きる日だとしても悔いが残らないように。
「あの、お願いがあるんです」
「なんですか氷室さん」
「警察博物館でしばらく働かせてください。行く宛が無いもので」
「それはもちろんです! 本物の探偵がいる博物館……! 『会いに行ける探偵』って、なんだか展示としては素敵じゃないですか!」
「会いに行けるアイドルみたいに言われても……」
「アイドルってなんですか?」
桂サツキは小首をかしげる。
アイドルってなんだろう。
絶滅した動物だろうか?
「そ、それも絶滅しているんですか。酷い未来だ……」
氷室は呆れたようにこめかみを指で押さえた。
時は――二十二世紀。
人類は滅びの時、黄昏の刻をゆっくりと歩み始めていた。
「そうだ、氷室さん! カツ丼食べに行きません?」
「えっ、それはあるんですか? 実はお腹がペコペコで」
「なら行きましょう! なんでも昔は『豚』っていう生き物の肉を使っていたみたいなんですけど……。それなりに美味しいですよ」
氷室の手をつかみ、ゆっくりとあるき出すサツキ。
「えっ? 一体なんの肉を使っているんですか!?」
氷室が悲鳴をあげた。
「えーっと、さぁなんでしょう。推理してほしいですね」
「いっ、いいい?」
常に初夏のような陽気が続く穏やかな空には、綿のような雲がぷかぷか浮かんでいた。
<了>
二十二世紀の未来。ディストピアな未来。
二人はこれからも難事件や珍事件を解決しながら、
後世に名を残すような活躍していくことでしょう!
ではまた、次回作でお会いしましょう!