憧れの全員集合と、怪しい面々
氷室トケルと桂サツキは館内を一通り見て回った。
時おりカニ歩きになったり、後ろ向きで進んだりする氷室を心配しつつの現場確認は、たっぷり一時間を要した。
最初に確認した現場は二階で電化製品の展示室。館長の古島さんが背後から鈍器で殴られた現場だ。
家電のなかには、血のついたもの無かった。
続いて三階は倉庫と修理作業場。回収してきた家電を分解し、使える部品を見つける作業をするらしい。
ドライバーやペンチなどの工具は、殴るには小さすぎた。人をブン殴るのにちょうど良さげなサイズの家電も無い。掃除機やテレビヂョンじゃ大きすぎる。それに血が付着したものも見当たらない。
最後は戻って一階を確認した。そこは受付と事務室、あとは発電用の機械室もあった。トイレと洗面所などの水場もあったけれど。何処にも怪しい鈍器になるような物は無かった。
入り口は一ヶ所だけ、不審者や部外者はすべて受付兼事務室の前を通らなければならない。
館長さんが殴られたあと、誰もここを通っていないとラオさんが言う。ラオさんが嘘をついていなければ、だけど。
「強盗や泥棒じゃないなら、内部の人の犯行ってことですよね?」
「今のところはまだなんとも」
氷室さんはクールな感じで淡々と現場を眺めては、おかしなことがないか確認している様子だった。
「氷室さん! これ」
けれどサツキは一階のゴミ箱で、血のついたゴム製の袋のようなものを見つけた。
氷室にそれを見せると、ハッとした様子で考え、サツキにしばらく隠すように指示を出した。
◇
「これで全員ですね」
「はい」
被害者である所長さんを除いて、四人。『過去歴史機械資料館』に勤務する職員、全員が集められた。
開館は午前十時から。
今は朝の九時だから、事情を聴くにも十分な余裕がある。
「集まりましたよ、氷室さん」
「えぇ、助かります。歩くのがまだ本調子じゃなくて、このほうが楽です」
「探偵なのに大変ですね……」
「いいですか、サツキさんが一人ずつアリバイを確認してください。僕は皆さんの様子を横から拝見さてもらいます。それで何か事件解決の手がかりが見つかるかもしれません」
「わかりました!」
婦警から探偵助手に鞍替えだ。
集められたのは一階の展示室の一角の休息スペース。パーティションで仕切られた十畳ほどの広さのスペースには簡単な長机が3つ、コの字に配置されていた。周囲にはパイプ椅子が8脚、やや距離をおいて配置されている。
桂サツキと氷室トケルは、一番奥のコの字の真ん中へ。近くにはホワイトボードが設置され、会議スペースとして使えるようになっている。
全員が集まったところで、改めて婦警(※マニア)と探偵であることを明かした。
警察と探偵という、昔の権力組織がピンと来ないようでポカンとしていたけれど、事情は理解してくれた。
犯人を見つけ出し、罪を反省させたら昼御飯はカツ丼できまりだ。
「さぁ氷室さん、一気にビシッと犯人を指名してやってください」
「まだ何も話を聞いていないですが」
「うぅ……確かに」
ついテンションが上がり先走ってしまった。時々不安定な素振りは見せつつも、氷室さんはやっぱり本物の探偵だ。
冷静かつ注意深く、面々を観察している。
こうして被疑者を一ヶ所に集めるのだって、映画や小説ではお馴染みの犯人探しのワンシーン。
夢にまで見た憧れのシチュエーション!
根掘り葉掘り話を聞きながら矛盾点をあぶりだし、複雑巧妙なトリックを見破り、密室の謎を解き、組織の陰謀を暴き、それで「犯人はお前だ!」と犯人を炙り出すのだ。
と、まずは事情聴取から。
「さぁ、ビシビシ白状させちゃいましょう」
サツキが目付きを鋭くし、集められた面々を睨み付けた。腰の手錠に手を掛けるとラオさんも含めた四人は、やや緊張の度合いを高めた様子だった。
氷室さんがホワイトボードの前に立つ。
「えー……。皆さんに集まって頂いたのは、ご存じの通り、所長の古島さんが怪我をした件について、お尋ねしたいことがあるからです。今から、みなさんに順番にお話をうかがいます。昨日の夕方、5時半から6時にかけて、何をしていたか教えてください」
まずは案内係のラオさん。
褐色の肌は健康的。それは日焼けではなく、大昔に海に沈んだ南国の出身だからだという。年は26歳、独身。不謹慎ながら、キスをしたら気持ち良さそうな唇と、サツキを圧倒する胸の持ち主である。
所長の悲鳴を聞き、真っ先に駆けつけた第一発見者だ。
第一発見者を疑え、と何かの本で見た気がする。
「私は事務室で書類を整理していました」
「それを証明できる人はいますか」
「……いません」
「よし、まじめにお仕事をしていた、と」
警察手帳にメモをとる。
きっとラオさんは犯人じゃない。綺麗だし絶対にモテるタイプだと思う。
この施設の男性達は独身ばかり。ラオさんを放っておくはずがない。もしかして愛憎のもつれとか……!?
なんの証拠も根拠もないけれど。
次は、ちょっと小太りの中年男性。
「彼は秋葉明彦。機械のメンテナンス担当です」
ラオさんが紹介してくれた。
「ぼ、ボクが何かしたって疑っているの? 心外なんだなぁ」
分厚いメガネを動かしながら不満げに口を尖らせる。
服装は薄汚れた上下のツナギ型の作業着。見たところ返り血は浴びていない。
「秋葉さんは機械のメンテナンスが出来るんですか? 凄いですね」
「ぬふ……! まぁ、壊れた機械は、ボクが直しているんだ。似たような部品を見つけてきて、適当に部品を交換しながらトライアンドエラー、なんだなぁ」
ドヤ顔がなんかイヤ。それに暑くもないのに汗がタラリと頬を伝い、眼鏡の奥で眼球がグリグリ動き落ち着きがない。
「事件の時間、何処で何を?」
「昨日の夕方は、三階でメンテナンスを……していたんだな」
「なるほど、怪しい」
「何でなんだな!?」
雰囲気が怪しい、と手帳に書き込む。
では、次の人。
「……」
最初から視界には入っていたけれど、怪しすぎて直視するのを避けていた人だ。
「おぉ! 俺は淀橋ワタル! この『過去歴史機械資料館』の電源施設担当だぜ!」
笑顔でピース。テカテカのリーゼントに、黄色と黒のストライプ模様の作業着。胸には「プラスとマイナス」の刺繍。なんだか言動が暑苦しいお兄さんだ。
「すごく汗をかいてますね……」
「火力発電は暑くて、たまらないんだぜ」
筋骨隆々で暑苦しい。それにいちいち声が大きい。
ニカッと笑いながらマッチョなポーズをキメると白い歯がやけに目立つ。
こっそり後ろから近づいて、誰かを殴り付けるのは難しいかもしれない。
「あの、昨日の夕方は何をなさっていましたか?」
「せ……洗濯をしていたぜ」
一瞬、淀橋さんが言い淀んだ。
むむっ? これは少し掘り下げてみるべき。探偵助手たるサツキの勘が冴え渡る。
「洗濯を? 何故ですか?」
もしかして「返り血」を洗っていたとか?
ジト目で縞々ストライプ男を観察する。
「そりゃぁ、見ての通り、汗をよくかくからさ! 脇汗で作業着が臭うって見学の子供に言われちまって……。でも、洗っている様子はラオちゅわんが見ているぜ?」
くんくんと自分のワキガを嗅ぐ。なんだか怪しい。
「ラオさん?」
「確かに洗濯をしているのは見ました」
「そうですか」
この人も怪しい。
何よりも血のついたゴム袋の発見場所も、洗濯機のある場所に近い。。
警察手帳にそっと丸を書き入れる。これはもう被疑者から容疑者に格上げだ。
「第一容疑者……っと」
「心の声がダダ漏れだな!?」
淀橋さんが叫ぶ。罪を認めるなら今のうちよ。
「うるさいなあもう。はい、次おねがいします」
「最後は、清掃係の大尊さん」
ラオさんが視線を向ける。
「ったく、なんだってんだい。あたしゃ何もしらないよ」
最後の一人は中年のおばさんだった。年の頃は四十代だろうか。エプロン姿に手袋、三角巾。足元にはバケツに掃除用具が入れてある。
「この施設のお掃除をされているのですね?」
「そうだよ! ったく、血を洗い落とすの、大変だったんだからね」
すごい剣幕で怒っている。血痕の掃除について。
「ちなみに事件の起きた時間帯は何を?」
「掃除に決まってんだろ! おかしなことを聞く娘だねぇまったく。4時半の閉館後、まずは展示室を掃除! 次に上の階の作業場、最後に一階の事務室やらを掃除。さーっとモップをかけてまわるのさ。そしたら、悲鳴が聞こえてさ……」
流石にそこで声を潜める。
所長さんが殴られたのは大尊さんが掃除をした後なのか。
「えーと、すみません大尊さん。掃除をしながら職員のみなさん全員を見かけましたか?」
ズボンのポケットに手を入れたまま、氷室さんが尋ねた。
「そりゃぁ見たわよ。四時半から五時には展示室で古島所長を。そのあとは三階で秋葉くんを。一階に戻ってマオちゃんと淀橋さんを見たわよ。いつもと変わらない様子だったわ」
「他に誰か人影を見ませんでしたか?」
「……さぁねぇ。掃除する時はしっかり隅々まで回るけど、他には誰もいなかったよ。あ、でも、だれか逃げてゆく足音を聞いたような……!」
大尊さんは思い付いたように手を打った。
「な、なるほど!」
これは重要な証言だ。
きっとそれが犯人の足音だ。
サツキは警察手帳にメモをとるふりをして、チラリと氷室に視線を向けた。
全員が怪しい。
アリバイもなんとなくある。
これで犯人、わかっちゃったりするのだろうか?
氷室探偵はこの状況で何を思うのだろう。
長い前髪に隠れ、探偵の瞳は見えない。
しかし抜け目なく観察し、怪しい事がないか探っているに違いない。
と、氷室さんが足元に置いていた箱から、何かを取り出した。
「……これに見覚えのある人は?」
それはサツキが見つけた血のついたゴムの袋だった。
そこにいた全員がギョッとする。
袋の下の方にはベットリと赤黒い血痕が付いていたからだ。
黄色っぽいゴム製の袋は、だらんとして柔らかそう。買い物をするときに品物を入れるにしては分厚いゴム。口の部分には留め金がついている。
袋の中には水のような液体が少し残っている。氷室さんが揺らすとチャプと音がした。
改めて見ると、一体何に使う袋なのだろう?
「一階のトイレ脇の洗面所の、ゴミ箱で見つけました」
「えっ……!?」
視線が暑苦しい淀橋さんに集まる。
一階で洗濯をしていたと言っていた。洗面所は発電施設の脇、彼の持ち場の近くだ。
「お、俺はそんな袋しらねぇよ!?」
淀橋さんの動揺を気にする様子もなく、氷室さんは皆を見回していた。
「この袋は『氷のう』といって、発熱した患者の頭に載せ、熱を冷ます器具です」
「ひょう、のぅ?」
サツキは小首をかしげた。
はじめて聞く言葉だった。
ヒョウノウ、そんな道具なんて知らない。
氷室さんの持つ道具は熱冷ましの道具だといった。素材は柔らかそうで、凶器として使うには無理があり、突拍子もなく思えた。
「なるほど、わかったぞぉ! 中に氷を入れて殴ったんだなぁ!? だから袋に血がついたワケぞなもし!」
秋葉さんが「気がついた!」とばかりにクワッと豹変、汗を散らしながら叫んだ。視線を同僚である淀橋さんのほうに向けながら。
「はぁ!? 俺は殴るなら拳で殴るわ! 秋葉ァ!」
カッと激昂する淀橋さん。やっぱりキレると危ない感じの人だった。
「袋の中に石でも入れたんじゃないのかねぇ?」
それに意地悪な笑みを浮かべた大尊さんも乗じ、疑いの眼を向ける。自分に疑いさえかからなければ良い。そんな感じの人なのだろう。
「み、みんな落ち着いて……」
ラオさんはそんな皆をなだめようと割って入る。
「あわわ、氷室さんどうしましょう」
サツキは救いを求める目線を氷室に向けた。天井に向けて発砲するシーンが脳裏に浮かぶが、腰の銃はオモチャなのだ。
「えー。ありがとうございます」
氷室さんが低く、けれどよく通る声で場を鎮めた。
「わかりました。この袋、『氷のう』の使い方を知っている人が」
「氷室……さん!?」
サツキは氷室の横顔をみながら皆の会話を思い返す。
「その通り。ヒョウノウは氷嚢。つまり氷を入れる袋です」
「えっ、氷?」
「アホか、氷なんてあるわけねぇだろ」
「馬鹿馬鹿しいことを言うねぇ」
「そ、そうぞなもし!」
南極も北極も氷は解けて久しい。冬だって半世紀も来ていないのに、冷たい氷なんて何処で手に入るというのだろう?
「氷は冷凍庫で作れます」
氷室さんは言いきった。
「れ、冷凍庫? そんなもの、どこに? たしか展示室には冷蔵庫しか無かったはずです」
「昔の冷蔵庫には、冷凍室。つまり氷を作れる氷結ルームがある機種があるんです。もう、失われたロストテクノロジーかもしれませんが……。少なくとも、私が生きていた二十一世紀ではあたりまえに」
「くっ……!」
氷室さんの鋭い視線は、秋葉さんに向けられていた。
汗をダラダラと流す小太りの男。
冷凍庫という大昔のロストテクノロジーの知識を持つ人間。
それは一人だけなのだ。
<つづく>
次回、完結編となります!