登場、冷凍睡眠(コールドスリープ)探偵
◇
空は晴れ渡り心地が良い。季節の変わり目がなくなって半世紀。ずっと初夏のような陽気が続いている。
時刻は午前9:00ちょうど。
桂サツキは颯爽とした足取りで事件現場へ到着した。
婦警姿で正装し、メイクもバッチリ。探偵さんに会っても恥ずかしくないように、念入りに支度を整えてきた。
肩から下げた小さなポーチには、警察手帳に鉛筆、虫眼鏡。他にもメイク直し道具などが詰まっている。
「あれれ、おかしいなー?」
見回すが人影はない。まだ件の探偵は来ていないようだ。
世界を統括するSAIが『過去人材派遣センター』から送り込んでくるはずの探偵。その人は冷凍保管される前、二十一世紀で実際に活躍していた本物の探偵らしい。
初めての事件現場。記念すべき捜査デビュー。
鼓動が高まる。ワクワクが止まらない。
ナチュラルに仕上げたメイクをもう一度手鏡で確認し、前髪を整え、婦警帽をかぶり直す。
「んふ……ふふ」
不審者のようにニヤニヤしながら現場に立っていると、学校へ向かう小学生たちがやってきた。
「あ! なんか変な人がいる」
「もしもし、ポリスメーン」
「ばか、あれは警察……婦警さんだっけ?」
「知ってる、教科書で見たことある!」
「スカート短くね?」
クソガキ共がからかってきた。
近所の小学生どもだ。背中のランドセルには「1/5」から「5/5」まで、それぞれナンバリングされている。全校生徒が5名ということがすぐにわかる。顔がそっくりの五つ子だ。排卵誘発処置で一気に産んだのだろう。お母さん偉い。
「うっさいガキどもめ、逮捕しちゃうぞ!」
「わー!?」
「逃げろー!」
手錠をジャラつかせ、腰から銃を抜くと子供たちは一斉に逃げ出した。冗談めかしてやってみたものの、効果は絶大。やはりお巡りさんって、すごい。
「……ふぅ、婦警さんって大変ね」
サツキは軽い優越感に浸りながら、改めて事件現場となった建物を見上げてみた。
場所は『警察博物館』の目と鼻の先。つまり通りを挟んで反対側。建物は三階建て。コンクリートの外壁は朽ちて、今にも剥がれ落ちそう。
看板には『過去歴史機械資料館』の文字。
サツキも以前、見に来たことがある。ここは大昔の「家電量販店」というお店を改装し、当時使われていた電化製品の遺物を展示している博物館だ。
一番の目玉は薄い「テレビヂョン」装置。なんと今でも実際に映像が映る。驚くべきはその薄さで、厚さが一センチも無いのに絵が映るのだから凄い!
サツキの家にも「テレビヂョン」がある。四角い箱形で256色の総天然色表示が可能な最新型。でも博物館の展示遺物はずっと精細で綺麗だった。
それはさておき――。
この『過去歴史機械資料館』は年間入場者数、およそ千人ほどだという。サツキの勤務する『警察博物館』の倍近い来館者が来ると言うのだから驚く。
「うぬぬ、ライバルめ、今にみてなさい」
やはり来館者を増やすには、事件をズバッと解決。その過程を調書にまとめて展示し『警察博物館』の優秀さをアピール。名声を高めるしかなさそうだ。
――って、解決するのは探偵さんなんだけどね。
とりあえずサツキは仕事に取り掛かった。
昨夜、警察に関する文献や資料は読み返した。学芸員として働いているのだから、警察の仕事についての知見はある。なので、昨夜は現場検証について手順をおさらいしてきた。
「ここから立ち入り禁止……っと」
まずは「規制線」をひく。黄色いテープに『KEEP OUT』とマジックペンで黒い文字を書き入れながら、入り口を塞ぐように貼り付ける。
「これでよし。でも、いちいち字を書くのが大変ね」
次に銀色の「指し棒」を伸ばし、先端にチョークをつける。
「ふんふん♪ ふーん」
書き味は良好。地面のアルファルトに白い線で「人の形」を描いてゆく。
刑事ドラマや探偵物の映画で出てくる死体(※検閲済みで見えない)の周囲に描かれる「白い線」だ。
これを地面に一度描いてみたかった。
エア死体の周囲に白い線を上手く描けた。
無論、今回の傷害事件では死者はいない。被害者は今は病院で治療を受け、話も聞ける状態らしい。
「うん、こんなものかな……わっ?」
「あっ!?」
どんっ! と後ろから誰かがぶつかってきた。
思わずよろけるが踏みとどまる。危なかった。
「たっ……」
逮捕だ! と叫ぶのをぐっとこらえ、振り返る。そこには、後ろ向きで青年が立っていた。
どうやら背中合わせでぶつかってしまったらしい。
「すみません。前がよく見えなくて」
青年はすまなそうに頭を下げた。後ろ向きなので向こうの方に向かって。なんだこいつ。
「こちらこそ、ごめんなさい。現場検証で地面とお仕事をしていまして」
何気に仕事中をアピールしつつ相手を観察する。
職務質問。これも婦警の立派な仕事である。
青年はラフに伸ばした金髪にチューリップハットを被り、袖なしのチョッキにTシャツ姿をしていた。革製のブーツに、裾が広がったパンタロンっぽいジーンズ穿き。
なんともいえないトッポさ、間の抜けた雰囲気が漂う。
「現場検証……?」
青年は、サツキの言葉に反応を示した。
同時にサツキも気がついた。
青年の長い前髪に隠れた目に。眼尻の下がった目の奥、瞳の眼光の鋭さに。視線を合わせずに相手や周囲を観察し、見ていないようで視ている……そんな抜け目のない目つき。婦警としての勘でただ者ではないと察する。
「もしかして探偵さんですか?」
単刀直入に尋ねてみる。
「はい! ここに派遣されてきた探偵です。そういう貴女は……婦警さん?」
ようやく青年がくるりと正面を向き、背筋を伸ばした。相手はサツキが見上げるほど背が高い。ノッポさんか。
「こんにちは。私、警察博物館の主任学芸員、今は婦警として今回の現場を任された、桂サツキです」
見よう見まねで敬礼。どうやら不審者ではないらしい。お互いの第一印象はまぁまぁ微妙。
「婦警の桂さん。こちらこそすみませんでした。……昨日の夜、目覚めたばかりで。この時代にいろいろ不慣れなもので」
「ですよね」
すごい、どこも凍っていない。溶けてる。
「申し遅れました。僕は氷室トケル、探偵です」
ぺこりと頭を下げながらチューリップハットを取り払う。
髪はじゃまくさいが、なかなかの好青年っぽい顔立ち。
年齢は……二十代後半ぐらいだろうか。大学を出て就職2年目のサツキよりは年上だろう。
探偵、素晴らしい響き。
「でも金田一さん……じゃないんですね」
ちょっとだけガッカリ。探偵といえば金田一。期待はしていたが、都合よく歴史上の名探偵が冷凍保存されている、なんてことはない。
「はは、謎をトケル? ってよく言われました。当時……2038年頃、都内で探偵業をしていた時に……あれ? 僕……八十年ぐらい眠っていたんですね」
チューリップハットを取り、ぼさぼさの金髪頭をかき、少し困惑した笑みを浮かべる氷室さん。
人を油断させる笑みだ、とサツキは思った。
「氷室さん。これからいきなり現場ですが、目覚めたばかりで大丈夫ですか?」
八十年も氷漬けで眠っていた探偵。『過去人材派遣センター』でコールドスリープしていたのに、解凍されていきなり働くなんて可能なのかしら?
氷室は周囲を見回すと、ゆっくりと瞳を見開いた。
青みがかった綺麗な瞳。ハーフだろうか。しかし視線は定まらず、目は虚ろ。瞳孔が開いてゆく。
「あぁ……ここは……違うんだ。畜生……! みんなどこ行ったんだよ……。大勢友達がいた……。みんないい奴だった。あっちじゃ、友達はごまんといた……。それなのに、ここは何もない……」
頭をかかえ前屈みになる。
「あわわ? 氷室さん!?」
思わず背中に手をかけて、体を支える。普通に大丈夫かこの人、と不安になる。
氷室は自分の手を見つめ震え出した。人材派遣される前は、冷凍睡眠する前との記憶のギャップを埋める処置が施されるらしいが、その副作用に違いない。
「はぁっ……。はあっ……。あれ? 桂さん、僕」
「今、なんか意識ブッとんでましたけど、本当に大丈夫ですか? 無理しないでくださいね」
しかし氷室は大丈夫とばかりに気丈な笑みを浮かべ、背筋を伸ばした。
軽い発作、記憶の混濁のようなものかしら。
「……いきましょう。探偵は、事件を解決するのが仕事ですから」
くるりと建物に背を向ける氷室。そしておもむろに、背中から進む「ムーンウォーク」のような不思議な動きで建物に向かって歩きはじめた。
「えっ? あの氷室さん……?」
「どうも後遺症のせいか、後ろ向きに進むほうが楽で」
だから最初にぶつかってきたのね、と納得する。
「って、ぜんぜん大丈夫じゃないですよね!?」
「おかしいな、ははは……」
この探偵さん、ほんとに大丈夫なの?
サツキは一抹の不安を感じつつ、氷室トケルを追い事件現場へと足を踏み入れた。
◇
「ここが現場ですか」
「えぇ。所長の古島はこの場所で……」
「背後から硬いもので殴られた、と」
サツキは必死でメモをとった。
警察手帳に鉛筆で、聞き取りした状況を書き記していく。
・被害者は古島ケイジ。46歳
この博物館の館長。
・犯行時刻は17時50分、閉館後。
・現場には血痕。しかし凶器は未発見。血の付着したであろう凶器、道具などは見つかっていない。
・職員は古島さんを除いて4名
・内部の犯行の可能性?
・あるいはお客さんが隠れ潜んでいた?
「うーん、なるほど」
サツキは鉛筆の尻で下唇をもちあげた。
楽しい。なんともいえない充足感。
これが警察のお仕事……! サツキは興奮を抑えられない。
『過去歴史機械資料館』の広い展示室には、過去の家電製品がズラリと並んでいた。
どれもこれも貴重な品ばかり。それぞれの説明書きには、洗濯機、掃除機、冷蔵庫、照明器具、健康グッズ、トースターなどと書かれ、機能の記載もある。
それぞれ数種類ずつ展示されていた。今でも使われている器具もあれば、馴染みのない器具もある。
奥には特級展示品コーナーと称して、パァソナルコンピゥタァ、スマアトフォン、タブレッツなどが鎮座していた。今となっては何に使うかもわからない、不思議な道具が展示されている。
そして一番の目玉がピカピカ光るテレビヂョンたち。
いろいろなタイプの機械が並び、七色の四角い幾何学模様が映し出されていたり、砂嵐を表示していたりする。
「ここにあるものは実際に動く機材ばかりです」
「わぁ凄い、わっ、これは何ですか?」
「電動マッサージ器です」
スイッチを入れるとブブブと振動した。凄い。
「こんなに貴重な品物ばかりなら、欲しがるひともいますよね……。強盗さんの仕業かな? あの、何か無くなったものは?」
「いえ、それが何も盗られてはいません。展示品はそのままでした」
「所長さんだけが殴られた……わけですか」
「はい」
案内をしてくれているのは、第一発見者のラオさん。サツキと同い年ぐらいで、髪の長い美人さんだ。
物盗りの犯行ではない、と。
つまり……。
内部の犯行?
四人しかいない職員のだれか?
目の前にいるラオさんも被疑者、ということになる。
「……」
サツキが瞳を輝かせる横で、探偵氷室トケルはポケットに手をつっこんでやや背中を曲げ、周囲を注意深く観察している様子だった。
さすが探偵、動きが違う。
何か独自の目線で気がついたことなどあるかもしれない。
「あの、氷室さん?」
「……寒い、ここは……狭くて……暗……」
また目が虚ろだった。ガタガタと震えている。
「ちょっ!? 大丈夫ですか!? 何か、身体を暖めるもの……ありませんか!?」
「それなら、こちらへ」
ラオさんが暖房器具コーナーへ案内してくれた。
コタツに氷室さんを座らせて、熱いお茶を電気ポットで沸かす。
「……うぅ、すみません。急に……冷凍カプセルの中の記憶がよみがえってきて」
「あぁ……」
この探偵さんはダメなのかもしれない。
サツキの中で不安が膨らみはじめた。
<つづく>
次回、解決編!