昼休みに私が学校のベンチに座っていると
「やあ、そこで何してるの?」
近くを通った文芸部員に声をかけられた。
「本を読もうと思って。ほら、これ」
「夏目漱石か。僕の好きな作家だ」
「漱石と言えば、小説の他に和訳も有名よね」
「月がきれいですねってやつだろ」
「ねぇ、あなたならどう訳す? 文芸部の部長として興味があるわ」
「僕は好きって気持ちはもっと日常の、ささいな声かけにこそ込められている気がするんだ。好きな人と話をしたいっていう健気な願いが」
「なるほどね。それって具体的には」
「やあ、そこで何してるの? とかかな」
彼はなお平然と構える私に質問を返す。
「君だったらどう訳す?」
「残念だけど、私には言葉にして好意を伝えるほどの勇気がないわ。だから訳せない。できれば普段の動作から感じ取ってもらいたいの」
「例えば、どういうところから?」
「その人が好きな作家の本を読むとかね」
しばしの沈黙が流れた。彼は何かしら考える素振りを見せたあと、太陽と雲しか見えない青空を仰いで少したどたどしく言った。
「その、月が、きれいですね」
私の体はすっかり火照っていた。それでも口調だけはと精一杯いつも通りに返事をする。
「ええ、本当ですね」
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