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第7話:風雲ラストブロック

 最後に残ったKブロックでは……なんと「一人も参加者が減っていなかった」。

 原因は会場の真ん中で座禅を組んでいる男のせいだった。彼があまりに無防備であるため、誰もが彼を狙おうとする。

 だが、背後を襲おうと間合いを詰めたところで『戻って来てしまう』のだ。


「おい、いい加減に誰か行けよ!」

「い、いや背後から襲い掛かっても無理だ。文句言うならお前行ってみろよ分かるから」

「いや、俺はちょっと……」


『何をやっても通用しない』という負のイメージ。格闘技界では特に珍しいものでもない。そのイメージが生まれてしまう原因としては、受け取る者の弱気も原因の一つではあるが……一番の主原因は。


 ――こいつは、格が違う……!


 と思わせるほどの風体を、相手が持っているせいである。体格、隆起した筋肉、目力、そして一番は「佇まい」。この状況で座禅を組んで目を閉じられる、その胆力に有象無象は怯えているのだ。

 そして、男は遂に動いた。


「二時間ですよ?」


 ずっと目を瞑って一言も発していなかったその男が、中音域のよく通る声を発する。


「僕はここに座って、二時間も眼を閉じていた。その間にどれだけ減っているだろうと思ったら……誰も脱落していないじゃないですか。皆さんはここに何をしに来たのですか?」

「そっ、それはてめぇが」

「眠っていたら襲い掛かってはいけないというルールがあるのですか?」

「ぐむっ」

「もういいです」


 男は立ち上がると、会場の南西の隅っこまで歩いて移動した。そこに居た者は、得体のしれない男に席を譲ってしまった。


「僕は期待していたんですよ。半分ぐらいにはなっていて欲しいと。楽をしたいからね。それがどうですか」


 ゆっくりと掲げた両拳を正中線の前に降ろす。


「全員僕が倒さなければ話が進まないなんて」


 無表情のまま宣戦布告を行った。呆気にとられる有象無象を他所に、魔法発動のための詠唱を行う。


炎神えんじんよ、我が供物くもつを受取り給え」

「させるかっ」


 詠唱が始まった事に焦った三人の参加者が、一斉に攻撃を仕掛ける。だが、既に詠唱は終わっていた。

 男が両拳をそれぞれ別方向に突き出すと、三人の敵のうち二人が炎に包まれ、吹き飛ばされた。


「んなっ……もう『交渉』が終わったってのか!?」


 魔術師はただ格好つけるために呪文を唱えているわけではない。魔法の発動までに必要な、大事なプロセスなのだ。


 ①呪文を唱えて『神』と神通力の交渉を行う

 ②神に供物(本人の体内や表面にある何か)を支払う

 ③「適当な場所」(本人周辺のどこか)に神通力の通道ゲートが開かれる

 ④ゲートを特定して神通力を取り出し、魔法を発動させる


 要するに呪文とは神への神通力の要請である。早い話が神が納得してくれるなら何でも良いのだ。が、強い魔法を使用する場合には一度に要請しなければならない神通力の量も多い。

 故に強い魔法を発動する時ほど神通力の交渉が難しく、必然的に詠唱が長くなるのである。しかも成功するとは限らない。

 短い詠唱では神通力が足りず、同じ台詞を何回も繰り返し唱えるハメになってしまう(カッコ悪いぞ)のはこの世界では珍しくない光景である。


 だがこの男は詠唱も早く、魔力の発動もほぼノータイムでやってのけた。普通は距離を取っていなければこの間に物理的な邪魔をする事ができるのだが……ここまで早くては魔法発動前に潰す事はできない。しかも発動した炎魔法も強力な物だった。


 ――神を神と思うな。彼らは親愛なる隣人にすぎない。


 男は師の言葉を思い出していた。男は師による厳しい修練を経て、魔法発動までの手際の良さを身に着けた。そして手練手管も。


「300人近くか……骨が折れるな」


 男は再び正中線に拳を置いた。


 ***


「あー、しんどい」


 男がテントから出て来たのは30分後だった。本選進出者の情報を集めるために残っていた予選突破者もいたのだが、何人かは痺れを切らして帰ってしまっていた。


『Kブロック、ホウリュウイン・マナブ選手! ようやく! 何とか! 一番遅かったけど! 予選突破です!』

「何ですかそれ……」


 待ちくたびれたアナウンサーが嫌味の混ざった紹介をする。

 更に敵情視察のために残っていた通過者も、うんざりした眼で見ている。


「いや、勝手に残っていたあなた方が悪いですからね?」

「にしたってトロすぎるのよ……ホウリュウイン君だったかしら? 仕事が遅い奴は嫌われるわよ」

「残業代が出ないんですから、文句言われる筋合いはないです」


 誰にでも高圧的なリリィが文句をつけるが、男――法龍院ほうりゅういんまなぶは適当にあしらって帰路に着く。

 蒼は、そんな彼の名前が気になっていた。


「ホウリュウインマナブ……」


 名前、顔、雰囲気。どこどなく蒼は自分と近しい存在である様な気がした。


「もしかして、あの人……うっ!?」


 同時に、再び遠未来のイメージが去来する。

 やはり、学が自分の足元で倒れている絵であった。


「私が、あの人を殺す……?」

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