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第80話:存在意義

「ん?」


 通路を歩くリリィの視界に、よく知っている人物の影が映る。


「やっほー」

「レイムル……また来たの?」

「何よその反応。あんたを心配して来たんでしょうが」

「分かった分かった。そこで見てなさいな」


 それだけの会話で素通りしようとしたリリィのローブの端を、レイムルが引っ張って止める。


「ちょっと何よ。新しいローブなのに」

「一つ提案があるの」

「提案?」

「リリィ。棄権して」


 その言葉を聞いた瞬間に、リリィの杖がレイムルに襲い掛かった。魔剣でそれを受け流したレイムルの手首が痺れている。


「何言ってるのか分かってるの? 魔女たるこの私に! 戦いから逃げろと!?」

「そうよ。私程度の力量なら、ダヴール様は殺さずに勝つ事ができる。でも魔女であるあんたの力量なら、手加減はできない。殺されるわよ」

「魔女は戦う事だけが存在意義! 知ってるでしょ!」

「彼が好きなんでしょ!? 一緒に生きていったらいいじゃない!」


 リリィは力なく杖を下げる。


「あんたも、噛んでたのね」

「そうよ。あなたの幸せのため、彼には負けて貰いたい。そう思った」

「敵だらけね、あいつも。残念だけど、彼には今朝こっぴどくフラれたよ」

「えっ」

「私なりに、頑張ってみたんだけどね……やっぱダメだったよ」


 レイムルは顔を覆った。人付き合いに対しては奥手なリリィが、まさかこんなに早く行動するとは思っていなかったのだ。

 もっと慎重に、積み重ねていかないと何事も成功しない事ぐらい、頭の良い魔女なら分かっていると思ったのだが……。だが彼女の心情を思えば、焦る気持ちも分かってしまう。

 

 ―-悲劇、ね。


「それは、その、何と言うか」

「あんたには感謝してるよ。色々気を遣ってくれて。でも女性としての私なんてこんなもんよ」

「いや、それは早合点だって……うっ」


 レイムルは慰めようとしたが、鋭い眼光で睨みつけられて竦んでしまった。

 学に向けていた女の目ではない。まさしく鬼神たる魔女の目だ。


「けど驚くほど切り替えられているのよ、今。要するに、私は根っからの戦闘マシンって事よ。魔女に育てられた魔女なのよ」

「リリィ……」

「戦闘マシンの存在意義は、最強である事だけ……行ってくる」


 レイムルはそれ以上何も言えなかった。

 ただ、戦友が無事に帰って来るのを祈るのみ。


 ***


「む?」


 通路を歩くダヴールの目に、眩い光が飛び込んで来る。

 戦闘神トーレスだ。仏頂面である。


「これは戦闘神様。私が何か粗相を致しましたか?」

「貴様の企みが気に入らぬ。今度余計な事をしてみろ。その時は」


 ダヴールはその威圧を振り切って、歩を進める。


「その時は、全力でお相手仕りましょう」

「ほう……それは愉しみだなぁ。よし、許す。だが今吐いた言葉を忘れるな」

「はっ」


 トーレスはダヴールの入場を見届けると、観客席へ戻った。


 ――煽ってみるものだな。また愉しみが一つ増えたわ。ククク……。


 ご機嫌ともイライラともとれる表情を見て、大会委員達は戦々恐々であった。


 ***


 二人は図った様なタイミングで、同時に闘技場中央に到着した。

 会場に、緊張が奔る。何故試合順が入れ替わったのかは、一切アナウンスされていないがそんな事はどうでも良かった。


 底の見えない魔人。魔王を倒した魔女。

 この二人が戦ったら、一体どちらが強いのか。その一点にのみ興味を惹かれるのだ。


 事実上の決勝戦。ほとんどの観客がこの戦いをそう位置付けている。


「御機嫌よう、素敵な髪型のおじ様」

「肋骨はいいのか。一撃で砕けたりしたら興醒めだぞ」


 ダヴールは、前日にヒビを入れられたリリィの脇腹を心配するフリをして、挑発する。

 だがそれすら往なすのが魔女流である。


「ああ、これの事?」


 リリィはいきなり光球を作ると、自らの肋骨へ押し込んだ。

 これには流石のダヴールも面喰い、勝負を投げたのかと思った。

 だがそうではない。リリィは杖で自分の脇腹をバンバンと叩き、ノーダメージを証明して見せた。


「肋骨が何だって?」

「凄まじい女だな。星屑で亀裂を埋めたか」


 この世界に回復魔法はない。だがリリィほどの使い手なら、この程度の応急処置なら朝飯前である。

 無論、時間限定の処置に過ぎない。魔力が尽きれば、また肋骨の亀裂は復活する。それでもあるのと無いのとでは雲泥の差である。

 改めて、レベルが違うと感じさせられる観衆。戦闘神は拍手を送る。


「遠慮は要らんと言う事だな」

「ええ。遠慮は一切いらないわ」

「殺してもいいのか」

「あんたを殺すつもりでいる私が、殺されて文句を言うと思う?」

「ふっ……」


 一歩も引かないリリィに、ダヴールは自ら開始位置に下がっていく。

 舌戦に勝利したリリィは胸を反って勝ち誇る。


「準決勝第二試合! 魔人ダヴール・アウエルシュテット対魔女リリィ・リモンド! レディィィィ!」


 二人は、お互いの目を見て動き出す。

 一流の武人の所作であった。


「ゴォォォー!」


 今大会、最大の魔撃戦が始まる。

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