第6話:奇襲!土魔法
「Pブロック、クライド・クライダル選手、予選通過……あれ?」
コールされた選手がテントから出てこないので、アナウンサーの方が焦ってしまう。
「クライド選手~……うわっ!?」
テントの中の様子を見に行くと、血溜まりの発する匂いに鼻が曲がりそうになる。
どうやら生存者は、一人もいない様だ。後ずさるアナウンサーの首筋に、金属の冷気が触れる。
「おい」
「それ」がナイフだと分かると同時に、彼は失禁を堪えられなかった。
「ひぃぃぃぃ!?」
「予選通過……だな?」
「はいっ、はぃぃぃぃっ!!」
「……」
確認が終わると、クライド・クライダル……『暗殺』を生業とする彼は、誰にも姿を見られぬまま会場を後にした。
ヒヤリとした感覚が消えると、アナウンサーは膝からガックリと地に落ちた。
「ふぅぅ……」
「おい、全員倒したが通過でいいのか?」
「えっ、ひぃぃぃぃ、獅子!?」
首を傾けると、獅子が真横にいた。人間の言葉を話す獣……所謂『獣人』である。収まった筈の膀胱が再び活動を再開する。
「ほ、名前ほ」
「ユンケル・ウエハース」
震える手でマイクのスイッチを入れる。
『Mブロック、ゆ、ユンケル選手……通過です』
***
『Oブロック、ジョン・デビルレイズ選手、予選通過!』
白衣の男性がテントから出て来る。身長も、恰幅も普通だった。特に強いという印象は見られない相手だけに、猛者揃いのこの予選をどうやって通過して来たのか。不気味さを持った中年男性であった。
『Cブロック、レイムル・シーシェルズ選手、本戦進出!』
大量の汗をかきながら、レオタードを纏った挑発的な格好の女性がテントから出て来て男性客の目を釘付けにする。魔剣士・レイムル。魔術師の天敵である。
「くっそー、かなり時間かかっちゃった」
「遅かったね、レイムル」
「リリィ! 久しぶり」
魔女と魔剣士が握手を交わす。レイムルも魔王討伐のサポートメンバーの一人で、リリィやルネサンスと共にアスカリオの討伐に貢献した女傑だ。
「あーもしかして私が最後に決まった? だって皆なかなか魔力尽きなかったんだから! 恥ずかしー」
「安心しな、あと二人いるから」
「ホント!? 私より遅い人いるんだ、助かりー!」
レイムルは汚名を背負わずに済んだことに一先ず感謝した。
***
その頃、Dブロックの蒼は逃げ続けていた。
「来ないでよ~」
「あの娘、集団で来られたら手も足も出ないぜ!」
「組み伏せてひん剥いてやろうぜ!」
男達のセリフの通り、蒼は一対一なら何とか戦えるが、一対多の戦いとなると『情報量を処理しきれずに』戦えなくなるという弱点があった。
だが、蒼もただ逃げているだけではない。多数を相手に勝利するために、走りながら少しづつ、勝利への絵図を描いている。
――あと1周で……なんとかいけるか?
蒼はずっと同じルートを走っている。そして少しずつ、弱めの土魔法で土砂を積み上げていた。一か所に盛り続けてしまうとバレてしまうため、周辺の数ポイントに万遍なく目立たない様に。
一網打尽にするための罠であった。
「よし今だ! 土の神様、神通力くださーい!」
掛け声と同時に地面が振動し、周囲に掘り返された土砂が舞い上がる。男達の走って来るルートへドンピシャで降り注いだ。
「うおっ」
「ちょっ、待って!!」
男達を包み込んで、圧し潰す。辛うじて頭は出せているので窒息死はしていないが、4人の男達は死に体となってしまった。
「このっ、このっ!」
「痛い、痛い!」
蒼は一人一人を、靴の踵で踏んで回る。
「参ったか! 変態ども!」
「うう……参りましたぁ……」
『Cブロック、オリハラ・アオイ選手!予選通過です!』
「よっしゃあ!」
猛者たちの猛攻とセクハラを受け、疲労困憊になりながらもなんとか蒼は予選を通過した。
テントを出ると、既に通過を決めている参加者達が首を長くして待っていた。
「まぁた女性参加者が通過ぁ!? あたしの希少価値がどんどん落ちていくじゃないのよ」
魔女リリィが理不尽な言い分を蒼にぶつける。
「どうでもいいけどあんた通過決めるのが遅いのよ! あたしがトップ通過だけど2時間も待たされてんの! トップ通過でVIPたる私が2時間も!」
「しゅみましぇん……」
「まぁまぁ、オリハラアオイちゃんだっけ? 通過おめでとう」
魔剣士レイムルがフォローを入れる。が、既に遅かったらしくリリィの圧倒的威圧感の前に小さくなる蒼。リリィはその様子に呆れたのか、溜め息をつく。もう蒼は敵ではないと認識されたらしかった。
「まぁいいわ……もっと遅い奴がいるみたいだし」
「えっ、私より!?」
「そ。Kブロック。グダグダとなぁにやってんだか……」
予選中は別のテントに入る事は許可されていない。そのため蒼達はKブロックの決着がつくまで、更に待たされるのだった。